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2026年05月07日
結成当時のローリング・ストーンズのリーダーは、ブライアン・ジョーンズでした。ブライアン・ジョーンズは黒人音楽に精通していて、ローリング・ストーンズはリズム&ブルースのカバーばかり演奏していました。ところが、メジャー・デビュー後にマネジャー兼プロデューサーだったアンドリュー・ルーグ・オールダムは、ローリング・ストーンズもビートルズの様にオリジナルで勝負すべきだと考えて、メンバーにオリジナル曲を書く様に命令したのです。ブライアン・ジョーンズはオリジナル曲には興味がなかったので、アンドリュー・ルーグ・オールダムはミック・ジャガーとキース・リチャーズの二人に、ビートルズの「レノン=マッカートニー」の様に「ジャガー=リチャーズ」として共作する様に命じて、オリジナル曲を書かせたのです。ところが、始めの内は稚拙な曲しか書けなかったジャガー=リチャーズですが、1965年には「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」と云う傑作を書く様になり、1966年のアルバム「AFTERMATH」では全曲がジャガー=リチャーズ作のオリジナルで構成される程に成長してしまったのです。曲を書いているのはジャガー=リチャーズなのに、周りは未だにブライアン・ジョーンズをリーダー扱いしている事に、ミック・ジャガーとキース・リチャーズは不満を持つ様になりました。しかしながら、ブライアン・ジョーンズは「楽器の天才」でマルチプレイヤーだったので、ジャガー=リチャーズ作の楽曲をアレンジ面では大いに支えていて、例えば「PAINT IT BLACK」でのシタール、「UNDER MY THUMB」でのマリンバ、「LADY JANE」でのダルシマー、「RUBY TUESDAY」でのリコーダー、「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」でのメロトロン、等々、楽曲の魅力を決定づける楽器をローリング・ストーンズに導入しています。アンドリュー・ルーグ・オールダムはその貢献度を認めていたものの、ジャガー=リチャーズはそれ程には認めておらず、逆にひとりでギターを弾く機会が増えたキース・リチャーズは迷惑に思っていました。そして、アンドリュー・ルーグ・オールダムは1967年のシングル「WE LOVE YOU / DANDELION」を最後に、ローリング・ストーンズと袂を分かつ事となりました。
1968年12月6日に英国オリジナルでは7作目(米国では10作目)のアルバム「BEGGARS BANQUET」を、新たにジミー・ミラーのプロデュースで、デッカ/ロンドンからリリースしたローリング・ストーンズは、素早く同年12月10日から12日にかけてテレビ特番「ROCK AND ROLL CIRCUS」を制作しますが、それはお蔵入りしてしまいます。そのスタジオ・ライヴでは、早くも「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」が演奏されていて、次作アルバム「LET IT BLEED」へと向かっていたのですが、バンドでの立場が悪くなったブライアン・ジョーンズはドラッグに溺れて、アルバム「LET IT BLEED」の制作中だった1969年6月に自分が創設したバンドであるローリング・ストーンズから解雇されてしまったのです。そして、同1969年7月3日に、ブライアン・ジョーンズはプールで水死しているところを発見されました。享年・27歳。ローリング・ストーンズは、新たに若き天才ギタリストだったミック・テイラー(当時は少女マンガの王子様みたいだった)をメンバーに加えて、同1969年7月5日にそのお披露目のフリー・コンサートをハイドパークで行ったのですが、ブライアン・ジョーンズの死を受けて急遽、追悼コンサートとして行われました。話は逸れますが、そのハイドパークでのライヴは映像作品になっているので観る事が出来るのですけれど、ライヴが終わった後に観衆の中でニヤけているポール・マッカートニーの姿がバッチリと映っています。丁度、ビートルズはアルバム「ABBEY ROAD」をレコーディング中だったのですけれど、7月5日は土曜日でレコーディングはお休みだったのですよ。折角のお休みなのに、ポールはローリング・ストーンズを観に行っていたわけですなあ。さて、ローリング・ストーンズのアルバムは1968年12月6日リリースの「BEGGARS BANQUET」からギタリストの交代もあって間が空いていて、全米ツアー前にヒット曲「JUMPIN' JACK FLASH」と「HONKY TONK WOMEN」も収録したアルバムを出したかったところに、ブライアン・ジョーンズの死を追悼すると云う大義名分も重なったので、2作目のベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」を1969年9月12日に、英国デッカからと米国ロンドンからリリースしました。
折角、1967年の英国オリジナルでは6作目(米国編集では9作目)のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」から英米で同じ内容になったのに、このベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」は再び英米で別の選曲になっています。ジャケット写真は英米で同じですが、英国オリジナル盤では八角形の変型ジャケットとなっています。英国盤の内容は、A面が、1「JUMPIN' JACK FLASH」、2「MOTHER'S LITTLE HELPER」、3「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、4「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、5「YOU BETTER MOVE ON」、6「WE LOVE YOU」で、B面が、1「STREET FIGHTING MAN」、2「SHE'S A RAINBOW」、3「RUBY TUESDAY」、4「DANDELION」、5「SITTIN' ON A FENCE」、6「HONKY TONK WOMEN」の、全12曲入りです。先ずは、英国オリジナル・アルバムには収録されていないシングル・ヒット曲が6曲(1968年「JUMPIN' JACK FLASH」、1967年「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、1967年「WE LOVE YOU」、1967年「RUBY TUESDAY」、1967年「DANDELION」、1969年「HONKY TONK WOMEN」)もあります。更に、1967年の米国編集アルバム「FLOWERS」に収録されていた「SITTIN' ON A FENCE」(トワイス・アズ・マッチへの提供曲のデモ音源)も、英国では初収録です。他は1966年のアルバム「AFTERMATH」から「MOTHER'S LITTLE HELPER」、1964年のEP「THE ROLLING STONES」から「YOU BETTER MOVE ON」(英国アルバム初収録)、1968年のアルバム「BEGGARS BANQUET」から「STREET FIGHTING MAN」、1967年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」から2曲(「SHE'S A RAINBOW」、「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」)と云った構成で、英国オリジナル・アルバムで集めている方々にとっては嬉しい選曲となっております。特に、米国編集アルバムがなくなった1967年のシングル曲「WE LOVE YOU」は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーも参加した重要な曲ですが、米国編集アルバムでは1972年の「MORE HOT ROCKS(BIG HITS & FAZED COOKIES)」まで聴けなかった曲です。この英国盤ベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」は、全英2位まで上がっています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
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結構、長い間プロレスについて書いてこなかったのですけれど、スターダムにしろ、新日本プロレスにしろ、OZアカデミー、東京女子プロレス、仙女、Sareee自主興行、Fortune Dream、等々、まあ、観てはいるけれど特筆すべき興行がなかったからでもあります。スターダムの4・26横浜アリーナ大会に関しては、玖麗さやかが上谷沙弥に勝ってしまって、赤いベルトの王者になってしまった事が賛否両論あるのですけれど、上谷沙弥は売れっ子になってコンディションが悪く、2月にスターライト・キッドとの防衛戦で指を骨折していて、普通ならドクター・ストップでキッちゃんの勝ちになるか、もしくはノーコンテストで再戦になるかだと思うのですけれど、平然と試合続行して上谷沙弥が防衛しちゃったりして、何だかなあ、だったので、ファイヤーバード・スプラッシュで玖麗さやかが勝ったのは説得力がありました。でもね、一体、誰が玖麗さやかにファイヤーバード・スプラッシュを伝授したのでしょうか?本家は今は亡き初代・ハヤブサですけれど、スターダムでファイヤーバード・スプラッシュを使っていた選手って、上谷沙弥しかいなかったんじゃないでしょうか。まあ、それはそれとして、4・26では推しの安納サオリがOZアカデミーの後楽園ホール大会とスターダムの横浜アリーナ大会がバッティングして、OZアカデミーに出てからスターダムに出て、なんとまあ、2連敗しちゃったのですよ。OZアカデミーでの対戦相手はウナギ・サヤカで、スターダムでは再デビューして数か月の新入り選手が相手だったのですけれど、まさか安納サオリがどっちも寝るとは思わなかったので、ショックでしたよ。ウナギ・サヤカには負けたら何でも云う事をきくって条件だったのですけれど、それがですね、ウナギ・サヤカ曰く「アノたんとタッグが組みたい」って、おいおい、何じゃそりゃあ、でした。まあ、一応は安納サオリが勝ったならばウナギ・サヤカは正危軍入りするって云う条件で、ウナギ・サヤカとしては勝ったから正危軍には入らないけれど、安納サオリとはタッグを組みたいって話なんですけれどね。
それで、一応はOZアカデミーの方はストーリーが出来て、安納サオリはウナギ・サヤカと越境タッグを組むけれど、負けたら解消するって事になったみたいです。問題は、横浜アリーナ大会の方で、そっちは流石に負けないだろうと思っていたし、ド新人にサシの勝負で負けた安納サオリのスターダムでの立場って、何なのでしょうか。何だか、スターダムの大きな大会では、ここのところずっと安納サオリが負けてばかりいる様な気がして、やっぱりOZアカデミーとかにも参戦しているから、負けちゃうのかなあ、と思わされますよ。そう云えば、なつぽいも負けていたし、メインエベントで玖麗さやかが負けたらコズエン(コズミック・エンジェルズ)解散とか云う話だったので、こりゃあ、もう解散だね、と思っていたら腹黒・玖麗さやか(引退した鹿島沙希・命名)が勝って解散回避となったわけです。でも、安納サオリもなつぽいも最近はコロコロと負けてばかりいる印象だし、元々のコズエンって、中野たむと白川未奈とウナギ・サヤカのユニットだったわけで、もう誰もスターダムにはいないんですよ。赤を巻いたから玖麗さやかがリーダーになるのか、とも思えるものの、赤は巻いても何だか格付けとしては安納サオリとなつぽいの方が相変わらず上みたいだし、よく分かりませんなあ。安納サオリは横浜アリーナ大会に滋賀から両親を招いていたらしく、それで負けちゃったのですから、困ったちゃんですよ。地味に推しの舞華も血だるまになって負けているし、推しが二人共に負けたんじゃ、あんまり嬉しくないんですよ。さて、5月3日と4日には新日のレスリングどんたくがあってですね、4日のメインはIWGP王座戦で鷹木信悟が挑戦者だったのですけれど、なんとまあ、新婚のお嫁さんであるなつぽいがリングサイド最前列で応援していてですね、煽りVTRでも夫婦仲良く出ていた上に、試合中に応援している様子もバッチリと映っていてですね、王者のカラム・ニューマンがなつぽいにちょっかいを出して鷹木信悟が怒って割って入るなんて場面まであって、おいおい、一体何を見せられているんだ?と思ったりもしました。試合は、嫁まで応援に来ていたのに、鷹木信悟が負けました。
それから、4月16日の小橋建太がプロデュースした大会「Fortune Dream 11」にも触れておくとですね、やはりセミファイナル(元々はメインエベントだったものの、Sareeeが米国大会とのダブルヘッダーだったのでセミファイナルになった)の上谷沙弥(スターダム)VS Sareee(フリー)VS 橋本千紘(センダイガールズプロレスリング)の3WAYマッチは、面白かったです。あたくしはベビーフェイス時代からヒールに転向してからも、一貫して上谷沙弥が苦手なんですけれど、こうして3WAYを組まれたのでは観ないわけにはいきません。但し、試合はSareeeと橋本千紘は何度も対戦しているからか、手が合って、上谷沙弥は最初の内は観客席で高みの見物を気取ったり、場外戦で連れて来た渡辺桃と一緒に暴れたりしていた印象はあるものの、初対戦となる橋本千紘と、2度目の対戦となったSareeeとは、やはりプロレスの方向性が違っていて、噛み合わない感じはありました。試合は、30分時間切れ引き分けでした。Sareeeは、玖麗さやかに負けて赤いベルトを失った上谷沙弥に「何やってんだ!私と戦え!」とか云っていますけれど、多分、手が合わなくて名勝負にはならない様な気がします。Sareeeは、スターダムだったならば、やはり朱里みたいに強い選手とやっていた方が良いし、鈴季すずとも手が合っていたので、ベルトも落とした事ですし、上谷沙弥とは関わらない方が良いと思いますけれどね。横浜アリーナ大会では、メインエベント以外でも「H.A.T.E.」が持っていたベルトのタイトルマッチでは全て「H.A.T.E.」が負けて王座が移動しましたが、以前から思っているのですけれど、スターダムはやる事が度が過ぎていて、逆に観客の想定内の結果になっている気がします。上谷人気などで8千人以上の観客が入って、昨年の敗者引退マッチを超えたものの、赤いベルトの王者が玖麗さやかで大丈夫なのか、とは普通に思いますよ。何せ、玖麗さやかは白いベルトどころか、フューチャーのベルトすら巻いていなくて、いきなり赤いベルトの王者になってしまったからです。早速、舞華や、刀羅ナツコや、鈴季すずや、スターライト・キッドなどが挑戦を表明していますが、何故か次期挑戦者は伊藤ちゃんなのです。タッグ・パートナーのさくらあやも狙っているでしょうから、これからが大事ですね。
(小島イコ)
posted by 栗 at 22:00|
KINASAI
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テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第5話「探偵とまぼろしの女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第5話の、今年5回目の再放送です。那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」の冴島響子先生は、第4話では自ら依頼人になったのでドラマ全編に登場していましたが、第5話では冒頭とオチのバーでの登場へと逆戻りしています。そして、第5話では「ダン」と「アンヌ」が「ウルトラセブン共演」をしています。どちらも水商売のマスターとママなのですけれど、劇中での絡みがなかったものの、現場では逢っていた様で、2ショット写真を公開していました。内容は、記憶喪失になった依頼人の女性の過去を探偵が探るもので、その女性がホステスとして務めていたクラブのママが「アンヌ」です。アンヌは「ウルトラセブン」の後に東映成人映画にも出ていますが(初めて観た時にはショックだった)、阿南刑事役のキチホンさんも若い頃には日活ロマンポルノに多数出演していました。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
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2026年05月06日

ローリング・ストーンズの音源は、1963年にデビューしてから1971年に独立してローリング・ストーンズ・レコードからアルバム「STICKY FINGERS」をリリースする前までの、英国デッカと米国ロンドンでリリースした音源と、その期間にレコーディングされた音源の全てが、悪徳マネジャーだったアラン・クレインが設立した会社「ABKCO」に版権を所有されています。故に、この連載でもこの辺から実際にリリースされた順番ではなく、デッカ/ロンドンでのレコーディング音源を先に紹介してゆきます。ローリング・ストーンズの1960年代の音源は「ABKCO」に握られているので、結構いい加減なコンピレーション・アルバムが多数リリースされるのですけれど、1971年と1972年にリリースされてそれぞれLP2枚組だったベスト・アルバム「HOT ROCKS 1964-1971」と「MORE HOT ROCKS(BIG HITS & FAZED COOKIES)」や、1975年にリリースされたレア音源集のアルバム「METAMORPHOSIS」や、1975年にリリースされたLP2枚組のベスト・アルバム「ROLLED GOLD」や、1989年にリリースされた3CDのシングル集「SINGLES COLLECTION THE LONDON YEARS」などのアルバムは、ローリング・ストーンズの1960年代の音源を全て聴く為には避けれて通れません。それぞれのコンピレーション・アルバムは、例えばシングル集と謳っている「SINGLES COLLECTION THE LONDON YEARS」の様にシングル曲ではあるものの、シングル・ヴァージョンではない音源が収録されていたりもするのですけれど、レノン=マッカートニー作の「I WANNA BE YOUR MAN」のローリング・ストーンズ・ヴァージョンなどはそれらでしか聴けません。アルバム「HOT ROCKS 1964-1971」と「MORE HOT ROCKS(BIG HITS & FAZED COOKIES)」に関しては、同じくアラン・クレインが関わったビートルズの「THE BEATLES 1962-1966(赤盤)」と「THE BEATLES 1967-1970(青盤)」を翌1973年にリリースする雛型になっているし、二番煎じだった「MORE HOT ROCKS」には「MONEY」が収録されているので、ビートルズとローリング・ストーンズの両方がカバーした曲を聴くにはそれに頼るしかありません。1975年6月6日に、ローリング・ストーンズ・レコードになって初めてリリースされたベスト・アルバム「MADE IN THE SHADE」にバッティングさせたデッカ/ロンドン時代のレア音源集「METAMORPHOSIS」も、やり口は褒められたものではありませんが貴重です。
さて、時代を1968年12月に戻すと、ローリング・ストーンズは7作目の英国オリジナル・アルバム「BEGGARS BANQUET」を、ジャケット差し替え問題などで遅れて、ようやく1968年12月6日にデッカからリリースしました。そこからがスピーディーで、12月10日から12日まで、翌1969年1月1日に放送予定だったテレビ特番「ROCK AND ROLL CIRCUS」を収録しています。このスタジオ・ライヴ番組は、ローリング・ストーンズがメインのトリで登場して、多くのゲストを招いて前座で演奏させて、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督で撮影されていますが、諸々の理由でお蔵入りして、1996年10月14日に30年近い時を越えて「ABKCO」から映像作品と音源集としてリリースされています。内容は、1「MICK JAGGER'S INTRODUCTION OF ROCK AND ROLL CIRCUS」、2「ENTRY OF THE GLADIATIORS」、3「MICK JAGGER'S INTRODUCTION OF JETHRO TULL」、4「SONG FOR JEFFREY」、5「KEITH RECHARD'S INTRODUCTION OF THE WHO」、6「A QUICK ONE WHILE HE'S AWAY」、7「OVER THE WAVES」、8「AIN'T THAT A LOT OF LOVE」、9「CHARLUE WATT'S INTRODUCTION OF MARIANNE FAITHFULL」、10「SOMETHING BETTER」、11「MICK JAGGER'S AND JOHN LENNON'S INTRODUCTION OF THE DIRTY MAC」、12「YER BLUES」、13「WHOLE LOTTA YOKO」、14「JOHN LENNON'S INTRODUCTION OF THE ROLLING STONES〜JUMPIN’ JACK FLASH」、15「PARACHUTE WOMAN」、16「NO EXPECTATIONS」、17「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」、18「SYMPATHY FOR THE DEVIL」、19「SALT OF THE EARTH」の、全19トラック入りです。それぞれの曲紹介やサーカス団の演奏もトラック分けされているので、実際のバンドでの演奏は全12曲となっています。このスタジオ・ライヴで最も話題になったのは、ジョン・レノン(ヴォーカル、ギター:ビートルズ)、エリック・クラプトン(ギター:クリーム)、キース・リチャーズ(ベース!:ローリング・ストーンズ)、ミッチ・ミッチェル(ドラムス:ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス)によるスーパー・バンド「ダーティー・マック」です。
演奏は、4「SONG FOR JEFFREY」がジェスロ・タル、6「A QUICK ONE WHILE HE'S AWAY」がフー、8「AIN'T THAT A LOT OF LOVE」がタジ・マハール、10「SOMETHING BETTER」がマリアンヌ・フェイスフル、12「YER BLUES」がダーティー・マック、13「WHOLE LOTTA YOKO」がダーティー・マックとヨーコさんの「キエーッ!」にイヴリー・ギトリス(ヴァイオリン)、14「JAMPIN' JACK FLASH」〜19「SALT OF THE EARTH」の6曲がローリング・ストーンズです。お蔵入りした原因は、フーによるロック・オペラの「A QUICK ONE WHILE HE'S AWAY」の演奏が凄過ぎて、ミック・ジャガーがローリング・ストーンズの演奏部分を撮り直ししたいと云い出したからとも云われています。そのローリング・ストーンズはトリだったので、収録が押して本番は12月11日の深夜から始まりお客さんも帰ってしまい、終わったのは翌12月12日の早朝だったそうです。ジョン・レノンの出演に関しては、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督が先にポール・マッカートニーに声を掛けたのにポールからの返事がなくて、ジョンに声を掛けたら即オッケーされた上に、エリック・クラプトンとミッチ・ミッチェルを連れて来て、おそらく「SYMPATHY FOR THE DEVIL」や「STREET FIGHTING MAN」での演奏を気に入っていたので、キース・リチャーズにベースを弾かせたわけです。ほとんどが生演奏ですが、ジェスロ・タルとマリアンヌ・フェイスフルとローリング・ストーンズの最後の「SALT OF THE EARTH」の3曲はカラオケで歌のみが生収録です。このアルバム「ROCK AND ROLL CIRCUS」は、2019年に拡張盤がリリースされていて、タジ・マハールによる3曲と、ジュリアス・カッチェンによる2曲に加えて、ダーティー・マックの「REVOLUTION」、「WARMUP JAM」、「YER BLUES」テイク2の3曲が蔵出しされました。この番組「ROCK AND ROLL CIRCUS」は、ブライアン・ジョーンズがローリング・ストーンズから解雇される前の、最後のライヴ演奏する姿を観る事が出来る映像作品ですが、当日に手に怪我をしていたらしく、すっかり影が薄くなっています。その分、キース・リチャーズが「ダーティー・マック」でも「ローリング・ストーンズ」でも頑張っています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
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テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第4話「探偵と敵が多い女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第4話の、今年5回目の再放送です。毎回、バーで那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」である冴島響子先生が、匿名探偵に依頼をして、探偵は特命係長の様に腕力にものを云わせずに、独自の捜査と推理力で事件を解決してゆきます。この第4話は冴島響子先生が何者かに命を狙われて、冴島響子先生自らが依頼人となるので出番が多い話になっています。一体誰が冴島響子先生を狙っているのかと、探偵は裁判記録を調べて、冴島響子先生との裁判で負けた被告連中の仕業だと考え話を聞く(何故か昼の顔の只野仁のコスプレをしている)ものの、裁判で負けた連中は「アンナ素敵で腕もある弁護士先生なんて他にいないから、何かやらかしたら今度は冴島響子先生に弁護を頼みますよ」とか「僕なんか有罪になったけれど、冴島響子先生が新しい職場を紹介してくれたんですよ、美人だし優しいし最高の弁護士です」とかみんなが云っているので、それじゃあ一体、冴島響子先生を車で追いかけて轢こうとしたり、トラックの前に突き出したり、サウナに閉じこめてしまったり、明らかに冴島響子先生を恨んでいるのは誰だ?となって、探偵の推理(そうか、そう云う事か)で、意外な真犯人が浮かび上がる展開です。サブタイトルの「敵が多い女」は冴島響子先生の事なのでしょうけれど、実際には裁判で負けた連中は敵ではなく、真犯人は別にいた、と云うわけです。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
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2026年05月05日

ビートルズのマネばかりしている、とジョン・レノンにバカにされていたローリング・ストーンズですが、確かに1967年のシングル「WE LOVE YOU」(ジョン・レノン&ポール・マッカートニー参加)はビートルズのシングル「ALL YOU NEED IS LOVE」(ミック・ジャガー&キース・リチャーズ参加)の二番煎じだったし、同年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」はビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」の後追いでした。特にアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」は、評論家から「ビートルズの劣化版で猿真似だ」とまで云われています。しかしながら、ローリング・ストーンズの英国オリジナル・アルバムを年代順に聴いてゆくとですね、いきなりだなあ、とアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」の様なサイケデリック・サウンドになったわけではありません。1966年のアルバム「AFTERMATH」から、1967年のアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」を経て、1967年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」となったわけで、英国デッカ・オリジナル・アルバムでは徐々にサイケデリックな方向へと進んでいたと分かるのです。ところが、当時の米国ロンドン編集アルバムだと、アルバム「AFTERMATH」もアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」もタイトルは同じなのに収録曲が違っていて、シングル曲を無理矢理に押し込んでオリジナル・アルバムでの数曲を外してしまっていたので、いきなりアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」が出た様に感じられたわけですよ。それを云ったならば、ビートルズの1965年のアルバム「RUBBER SOUL」も1966年のアルバム「REVOLVER」も、米国キャピトル盤は不完全なカタチでリリースされていたわけで、どちらも英国オリジナル・アルバムと同内容となったのは、1967年のビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」であり、ローリング・ストーンズのアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」だったのです。故に、米国では突如としてビートルズやローリング・ストーンズが劇的な変化を遂げた様に受け取られたわけですなあ。
ローリング・ストーンズのレコードは、1967年のシングル「WE LOVE YOU / DANDELION」まではアンドリュー・ルーグ・オールダムがプロデュースしていましたが、決裂してアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」はローリング・ストーンズのセルフ・プロデュース作になっています。そこで、1968年からは新たにジミー・ミラーをプロデューサーに迎えて、原点回帰の方向性へと進むのです。それで、1968年5月にはシングル「JAMPIN' JACK FLASH」(B面は「CHILD OF THE MOON」)をリリースして、全英首位!・全米ビルボード3位(キャッシュボックス首位!)の大ヒット曲となりました。それまでの最高傑作とされていた「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」に対抗出来る名曲を生み出した事から、アルバムの方向性も決まって、英国オリジナルでは7作目となるアルバム「BEGGARS BANQUET」が、ジミー・ミラーのプロデュースで完成しました。が、しかし、現在では元のデザイン通りにトイレのジャケットになっているものの、1968年当時は「下品過ぎる」との理由で変更せざるを得なくなって、やけっぱちの如く真っ白なジャケットに変更されて、1968年12月6日にようやく英国デッカ・米国ロンドンからリリースされたのです。そうです、その通りです。運悪く、1968年11月22日にビートルズのアルバム「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」がリリースされたばかりで、そこに同じ様な無地のジャケットでローリング・ストーンズのアルバム「BEGGARS BANQUET」が登場したわけで、またしても「ビートルズのマネばかりしている」と思われてしまったのです。アルバム「BEGGARS BANQUET」の内容は、A面が、1「SYMPATHY FOR THE DEVIL」、2「NO EXPECTATIONS」、3「DEAR DOCTOR」、4「PARACHUTE WOMAN」、5「JIGSAW PUZZLE」で、B面が、1「STREET FIGHTING MAN」、2「PRODIGAL SON」、3「STRAY CAT BLUES」、4「FACTORY GIRL」、5「SALT OF THE EARTH」の、全10曲入りです。ロバート・ウィルキンズのカバー「PRODIGAL SON」以外の9曲はジャガー=リチャーズによるオリジナルとなっていて、全体的にアコースティック・ギターを中心としたブルースに回帰した様なサウンドとなっています。これはですね、ひとことで云えば「名盤」です。
前作のサイケデリックなアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」とは真逆の方向転換をした様に聴こえますが、実はこの二つのアルバムはそれ程にはかけ離れた作品集ではなくて、逆にかなり近い感覚で制作されています。と申しますのも、ローリング・ストーンズの5人と共に、ニッキー・ホプキンスがどちらのアルバムでも全面的に参加していて、つまり同じ布陣でレコーディングされているからです。ブライアン・ジョーンズがメンバーだった時代にリリースされた最後のアルバムで、翌年にブライアン・ジョーンズはローリング・ストーンズを解雇された挙句、亡くなってしまうのです。それ故に貢献度が低いアルバムとも云われているものの、実際には全10曲中8曲のレコーディング・セッションに参加していて、相変わらず、アコースティック・スライド・ギター、アコースティック・ギター、ハーモニカ、メロトロン、シタール、タブラ、バック・ヴォーカル、とマルチプレイヤーぶりを発揮しています。但し、このアルバム「BEGGARS BANQUET」ではキース・リチャーズが大活躍していて、エレクトリック・ギター、アコースティック・ギター、エレクトリック・スライド・ギター、ベース、バック・ヴォーカルと、ギターはほとんどをキース・リチャーズが弾いているし、印象的な「SYMPATHY FOR THE DEVIL」、「STREET FIGHTING MAN」、「STRAY CAT BLUES」での手数が多いベースもキース・リチャーズが弾いていて(シングル「JAMPIN' JACK FLASH」のベースも弾いている)、最後の「SALT OF THE EARTH」では出だしのリード・ヴォーカルまで務めています。ブライアン・ジョーンズが目立たないと云うよりも、キース・リチャーズが目立ち過ぎなのです。「SYMPATHY FOR THE DEVIL」なんて、もう「リード・ベース」ですよ。ポール・マッカートニーは、アルバム「THE BEATLES」に収録された「WHY DON'T WE DO IT IN THE ROAD?」を「STREET FIGHTING MAN」へのアンサー・ソングとして書いたと云われていますが(インドで猿が道端で交尾していたのを見て書いたとも云われている)、前述の理由でアルバム「BEGGARS BANQUET」は1968年12月までリリース出来なかったので、ポールはわざわざ米国で1968年8月に先行シングル化されたのを聴いたのか、もしくはミック・ジャガーかキース・リチャーズに見本盤をもらって聴いたのでしょう。ポールは、ジョンとは違う意味で、結構ローリング・ストーンズを意識しているのです。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
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テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第3話「探偵と世間知らずの女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第3話の、今年5回目の再放送です。那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」の冴島響子先生は、冒頭でバーで探偵に仕事を依頼して、事件が解決後にバーで探偵への報酬を大幅にピンハネするパターンです。この第3話は痴漢事件が発端となるのですが、痴漢親父の娘役で初登場する小池里奈ちゃんが演じた麻美は、その後も何度も再登場するセミ・レギュラーとなっています。このドラマや、元ネタだったドラマ「特命係長 只野仁」は、2026年の現在ではお色気シーンが問題になって、地上波での放送は困難でしょうなあ。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
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2026年05月04日

ジョン・レノン曰く「ローリング・ストーンズは、ビートルズのマネばかりしている」が最高潮に達したのは、1967年です。ローリング・ストーンズの英国オリジナル・アルバムを追えば、1966年のアルバム「AFTERMATH」は1965年のビートルズのアルバム「RUBBER SOUL」のマネだし、1967年のアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は1966年のビートルズのアルバム「REVOLVER」のマネだし、1967年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」は1967年のビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」のマネと云う事になります。そうやって、ローリング・ストーンズはビートルズの後追いをしていたのですけれど、1968年のアルバム「BEGGARS BANQUET」で遂に独り立ちした様に思えます。但し、1968年にはビートルズはアルバム「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」をリリースしていて、1969年には失敗に終わったものの「THE GET BACK SESSIONS」を行っているので、原点回帰と云う意味ではローリング・ストーンズは未だビートルズの後追い状態でした。ビートルズは事実上では1969年のアルバム「ABBEY ROAD」で解散してしまうので、ローリング・ストーンズは繰り上げ当選の様なカタチでトップになってしまいます。しかしながら、そこからがローリング・ストーンズの底力で、常に時代の最先端を行くバンドのマネをして、2026年の現在まで世界最強のロックンロール・バンドとして君臨してゆくのです。ビートルズが解散した後の1970年代には、グラム・ロックが流行すれば化粧してグラム・ロック化するし、ディスコが流行れば臆面もなくディスコをやるし、レゲエが流行れば普通にレゲエもやるし、パンクが出てくれば平気でパンクだってやったわけです。ディスコに接近した「MISS YOU」を聴いたジョン・レノンは、アレは自分が書いた「SCARED」のスピードをアップしただけのパクリだ、と公言していました。ジョンにとっては、ローリング・ストーンズは舎弟であってですね、ビートルズが1966年にライヴ活動を止めた時に、ミック・ジャガーが文句を云ったら、ジョンは「ビートルズは、ミックがランチ・ボックスを持って学校に通っていた頃には、既にハンブルクで夜通し箱バンをやっていたんだぜ」と相手にしていなかったのです。
話は一寸変わりますが、トッド・ラングレンが「レコードで世界を変えようとしているバカがいる」と歌にした時も、ジョンは「トッドの『I SAW THE LIGHT』は、ビートルズの『THERE'S A PLACE』に似ているね」と鼻で笑っていて、ジョンみたいな毒舌野郎に喧嘩を仕掛けるのはアホですなあ。そんなローリング・ストーンズがビートルズに大接近したのが、1967年で、先ずはブライアン・ジョーンズがビートルズのレコーディング・セッションに前年の1966年から参加していて、「YELLOW SUBMARINE」と「YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」でプレイしています。1967年6月25日の世界衛星生中継番組「OUR WORLD」でビートルズが「ALL YOU NEED IS LOVE」を公開レコーディングした時には、ミック・ジャガーとキース・リチャーズがコーラスで参加していて、その姿がバッチリと映っています。そのお返しに、ジョンとポールはローリング・ストーンズのシングル「WE LOVE YOU」にコーラスで参加していて、ノンクレジットながら聴けばすぐにジョンとポールによる歌声だと分かります。ビートルズが1967年5月26日にリリースした英国オリジナルでは8作目のアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」のジャケットには、シャーリー・テンプルの人形が「WELCOME THE ROLLING STONES」と書かれた洋服を着ていて、それに返答するかのようにローリング・ストーンズのアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」のジャケット写真にはビートルズの4人の顔が潜んでいます。前述のシングル「WE LOVE YOU(全英8位・全米50位) / DANDELION(全米14位)」を最後に、アンドリュー・ルーグ・オールダムはローリング・ストーンズのプロデュースを辞めてしまったので、このアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」はローリング・ストーンズのセルフ・プロデュース作となっています。英国デッカからのオリジナルでは6作目で、米国ロンドンからの編集アルバムでは9作目(ライヴ・アルバムを加えれば10作目)となったアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」は、初めて英米で内容が同じになった作品で、1967年12月8日にリリースされています。ちなみに、ビートルズも英国オリジナルでは8作目で、米国編集アルバムでは14作目となったアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」で英米の内容が同じ(厳密に云えば英国盤では最後に入っているインナー・グルーヴは米国盤には入っていない)になっています。
アルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」の内容は、A面が、1「SING THIS ALL TOGETHER」、2「CITADEL」、3「IN ANOTHER LAND」、4「2000 MAN」、5「SING THIS ALL TOGETHER(SEE WHAT HAPPENS)」で、B面が、1「SHE'S A RAINBOW」、2「THE LANTERN」、3「GOMPER」、4「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、5「ON WITH THE SHOW」の、全10曲入りです。但し、A面最後の「SING THIS ALL TOGETHER(SEE WHAT HAPPENS)」の後に、シークレット・トラックで「COSMIC CHRISTMAS」が収録されています。英国での初回盤のジャケット写真は3Dになっていて、トータル・アルバムになっている点も、明らかにビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」を意識しています。それは別にローリング・ストーンズに限った事ではなくて、1967年当時の英米のバンドはこぞってアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」のマネをしていたのですけれど、やはり、そこは「ビートルズの公式ライバル」だったローリング・ストーンズなので、ビートルズのマネはイカンでしょ、となったのです。「IN ANOTHER LAND」がビル・ワイマン作で、他の9曲はジャガー=リチャーズ作で、全曲オリジナルです。アルバムは全英3位・全米2位とヒットしたものの、やはり「ビートルズのマネ」と評論家には貶されました。英国でのシングル・カットはなくて、米国などでは「IN ANOTHER LAND(ビル・ワイマンのソロ名義) / THE LANTERN」(全米87位)と「SHE'S A RAINBOW / 2000 LIGHT YEARS FROM HOME」(全米25位)がシングル・カットされました。このアルバムに乗り気ではなかったと云われているブライアン・ジョーンズは、それでも、メロトロン、テルミン、サックス、ヴィブラフォン、ハープ、フルート、オルガン、エレクトリック・ダルシマー、リコーダー、バック・ヴォーカルと大活躍していて、ミック・ジャガー(リード・ヴォーカル)、キース・リチャーズ(ギター、ベース、バック・ヴォーカル)、ビル・ワイマン(ベース)、チャーリー・ワッツ(ドラムス)の、ローリング・ストーンズ5人に加えて、ニッキー・ホプキンス(ピアノ、オルガン、チェンバロ)が全面参加していて、「SHE'S A RAINBOW」のストリングス・アレンジは後にレッド・ツェッペリンに加入するジョン・ポール・ジョーンズが手掛けています。そして、ブライアン・ジョーンズが同じ1967年に制作したサントラ音源には、ジミー・ペイジがギターで参加しています。個人的にはブライアン・ジョーンズが好きなので、アルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」も好きです。
(小島イコ)
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テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第2話「探偵と傷だらけの女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第2話の、今年5回目の再放送です。主演の高橋克典さんの代表作のひとつである「特命係長 只野仁」と、同じスタッフで共演者も被っている、清々しい程の二番煎じドラマですが、やはり週末の金曜日の夜に放送される「金曜ナイトドラマ」枠では、こうしたおバカなドラマが受けるのでしょうなあ。コレも深夜ドラマなのに、数字が平均で二桁を超えていて、2014年には続編も制作されて、那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」冴島響子先生も続投しています。5月12日からは、その第2シリーズも7年ぶりに再放送されます。只野仁は夜の顔ではスーパーマンでしたけれど、こちらではとぼけた探偵で、推理力で事件を解決するので、頭は良いのでしょう。探偵が「そうか、そう云う事か」と云って事件の真相に迫るのと、最後に冴島響子先生が報酬を大幅に掠め取るのがお約束です。それから、バーのマスターであるモロボシ・ダンは、この第1シリーズでは全編に渡ってセリフが全くありません。
(小島イコ/姫川未亜)
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ACTRESS
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2026年05月03日

ビートルズが1962年にデビューして、ビーチ・ボーイズも1962年にデビューして、ローリング・ストーンズが1963年にデビューした1960年代は、それぞれのバンドが恐ろしいまでのスピードで駆け抜けていった時代でした。ビートルズは、1962年のデビュー・シングル「LOVE ME DO」が、1965年にはアルバム「RUBBER SOUL」になっていたし、ビーチ・ボーイズは1962年のデビュー・シングル「SURFIN'」が、1965年にはアルバム「THE BEACH BOYS TODAY!」になっていたし、ローリング・ストーンズは1963年のデビュー・シングル「COME ON」が、1965年にはアルバム「OUT OF OUR HEADS」になっていたのです。更に、翌1966年には、ビートルズはアルバム「REVOLVER」になっているし、ビーチ・ボーイズはアルバム「PET SOUNDS」になっているし、ローリング・ストーンズはアルバム「AFTERMATH」になっていたわけですよ。そして、1967年には、ビートルズはアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」になり、ビーチ・ボーイズはアルバム「SMiLE」になり、ローリング・ストーンズはアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」となるのです。元々米国のバンドであるビーチ・ボーイズの場合は米国キャピトル盤がオリジナル・アルバムですが、英国のバンドであるビートルズやローリング・ストーンズは、英国オリジナル・アルバムと米国編集アルバムで内容が異なっていました。それが英米で統一されたのが1967年で、ビートルズはアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」から、ローリング・ストーンズはアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」からと云う事になります。つまり、それまでのビートルズとローリング・ストーンズの米国盤は編集アルバムであってですね、ビートルズは1966年のアルバム「REVOLVER」まで、ローリング・ストーンズは1967年のアルバム「FLOWERS」までが、米国編集アルバムでした。ローリング・ストーンズは英国オリジナル・アルバムでは1967年の「BETWEEN THE BUTTONS」がアンドリュー・ルーグ・オールダムの最後のプロデュース作ですが、米国ロンドン編集盤では寄せ集めのアルバム「FLOWERS」もアンドリュー・ルーグ・オールダムのプロデュース作となっています。
1967年には、ビートルズの米国編集アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」もリリースされていますが、それは元々の英国オリジナル盤が6曲入りの2枚組EPでのリリースだったからです。米国キャピトルはその6曲をA面にして、B面には1967年にリリースされたアルバム未収録シングルから5曲を入れた全11曲入りにしたのです。この米国編集アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」は、1987年のビートルズの初CD化の際に唯一米国キャピトル編集アルバムではCD化されていて、それ以後は英国オリジナル・アルバムと同等の扱いをされています。全曲が1967年にリリースされた楽曲で、A面に関してはEP「MAGICAL MYSTERY TOUR」の楽曲なので、統一感がある編集アルバムとなってはいます。但し、やはりロック史上最強の両A面シングル「STRAWBERRY FIELDS FOREVER / PENNY LANE」を、単なるアルバムの2曲にしてしまったのはいただけませんなあ。まあ、それまでの米国キャピトル編集アルバムだった「BEATLES Y」や「YESTERDAY AND TODAY」に比べたらマシになっただけです。米国キャピトルは1970年にもビートルズの編集アルバム「HEY JUDE」をリリースしていますが、基本的には1966年から1969年までのシングル曲を集めたのに、最初の2曲だけ1964年の英国オリジナルでは3作目のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」からの2曲(「CAN'T BUY ME LOVE」、「I SHOULD HAVE KNOWN BETTER」)を収録してしまい、その落差に驚かされます。決してアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」が悪いわけではなく、逆に名盤なのですけれど、その後の1966年から1969年までの楽曲(「PAPERBACK WRITER」、「RAIN」、「LADY MADONNA」、「REVOLUTION」、「HEY JUDE」、「OLD BROWN SHOE」、「DON'T LET ME DOWN」、「THE BALLAD OF JOHN & YOKO」)とは楽曲の方向性が全く違っているのです。混ぜるな危険な選曲で、もしも1964年の2曲を「THE INNER LIGHT」と「GET BACK」シングル・ヴァージョンにしていたならば、ほとんどがアルバム未収録シングルなので、アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」の様にCD化されて、オリジナル・アルバムと同等の扱いになっていたでしょう。ちなみに、編集アルバム「HEY JUDE」も、2009年リマスター音源に差し替えられてはいますが、現在では公式盤としてCD化されてはいます。
そう云った意味で、1967年6月26日に米国ロンドン編集アルバムでは8作目(ライヴ・アルバムを加えれば9作目)となったローリング・ストーンズのアルバム「FLOWERS」は、ビートルズの編集アルバムたちも裸足で逃げ出す程に酷い選曲です。内容は、A面が、1「RUBY TUESDAY」、2「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、3「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、4「LADY JANE」、5「OUT OF TIME」、6「MY GIRL」で、B面が、1「BACK STREET GIRL」、2「PLEASE GO HOME」、3「MOTHER'S LITTLE HELPER」、4「TAKE IT OR LEAVE IT」、5「RIDE ON BABY」、6「SITTIN' ON A FENCE」の、全12曲入りです。先ずは、幾ら「RUBY TUESDAY」が全米首位!になったからと云って、米国ロンドン編集アルバムでは前作の「BETWEEN THE BUTTONS」に収録したばかりだった「RUBY TUESDAY」と「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」を、また入れているのは酷いでしょう。「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」は1966年のシングル曲で、後は1966年の英国オリジナル・アルバム「AFTERMATH」から米国ロンドン編集アルバム「AFTERMATH」で外した4曲(「LADY JANE」、「OUT OF TIME」但し短縮ヴァージョン、「MOTHER'S LITTLE HELPER」、「TAKE IT OR LEAVE IT」)と、1967年の英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」から米国ロンドン編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」で外した2曲(「BACK STREET GIRL」、「PLEASE GO HOME」)に、この米国編集アルバム「FLOWERS」でしか聴けなかった3曲(「MY GIRL」、「RIDE ON BABY」、「SITTIN' ON A FENCE」)を加えてアルバムにしちゃったのです。未発表の3曲があるので買わずにはいられないのですけれど、テンプテーションズのへっこぽこりんカバーの「MY GIRL」ではミック・ジャガーの音痴ぶりが酷く、アウトテイクにしたのも頷けるし、「RIDE ON BABY」はクリス・ファーロウに、「SITTIN' ON A FENCE」はトワイス・アズ・マッチに、それぞれ提供した曲ですが、セルフ・カバーではなく、デモ音源なのです。いやはや何とも、米国は酷い事をしますわなあ。それでも、全米3位まで上がっていて、ジャケットは工夫している様に見えるものの、ローリング・ストーンズのメンバーの顔写真は、1966年の英国オリジナル・アルバム「AFTERMATH」のジャケット写真を流用しています。
(小島イコ)
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NHK BSプレミアム4K 10:45〜11:30
第五回「絶体絶命」
内山理名 AS 七化けのお千代
「雲霧仁左衛門」第五回の、今年初めての再放送です。この回では、理名ちゃんが演じる七化けのお千代姐さんが、冒頭部分で怪しい動きをする三次(「24 JAPAN」の民三)を強烈にビンタして「私を見くびるんじゃないよ!」と啖呵を切ったり、雲霧仁左衛門とのラヴシーンの様な受け渡しがあったり、公家の後家に化けている事がバレそうになったり(だからサブタイトルが「絶体絶命」なのでしょう)と、色々な見せ場があります。岡田と云い三次と云い、女絡みで組織を裏切るどうしようもない展開です。そう云えば、「24 JAPAN」の主役の現馬も、決めセリフは「俺を見くびるな!」でした。
(姫川未亜/小島イコ)
posted by 栗 at 11:30|
RINA
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(小島イコ/姫川未亜)
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LOOK UP THE #
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2026年05月02日

ローリング・ストーンズの英国での5作目のオリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、1967年1月20日にデッカからリリースされています。内容は、前回の繰り返しになりますが、A面が、1「YESTERDAY'S PAPERS」、2「MY OBSESSION」、3「BACK STREET GIRL」、4「CONNECTION」、5「SHE SMILED SWEETLY」、6「COOL, CALM & COLLECTED」で、B面が、1「ALL SOLD OUT」、2「PLEASE GO HOME」、3「WHO'S BEEN SLEEPING HERE?」、4「COMPLICATED」、5「MISS AMANDA JONES」、6「SOMETHING HAPPEND TO ME YESTERDAY」の、全12曲入りです。英国オリジナル・アルバムにはヒット・シングル曲を収録しておらず、トータル・アルバムを目指していたと思われる内容でした。ところが、米国ロンドンでの7作目の編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、同1967年2月10日にリリースされていて、内容は、A面が、1「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、2「YESTERDAY'S PAPERS」、3「RUBY TUESDAY」、4「CONNECTION」、5「SHE SMILED SWEETLY」、6「COOL, CALM & COLLECTED」で、B面が、1「ALL SOLD OUT」、2「MY OBSESSION」、3「WHO'S BEEN SLEEPING HERE?」、4「COMPLICATED」、5「MISS AMANDA JONES」、6「SOMETHING HAPPEND TO ME YESTERDAY」の、全12曲入りになっています。英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」から「BACK STREET GIRL」と「PLEASE GO HOME」の2曲を抜いて、結果的には両A面シングルとなった「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」と「RUBY TUESDAY」の2曲を加えて、更に曲順を変更しています。「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」がセックスを連想させるとして「エド・サリヴァン・ショー」では「LET'S SPEND SOMETIME TOGETHER」と歌詞を変えて歌われたりもしましたが、無難な「RUBY TUESDAY」の方が売れて、全米首位!となっています。
問題は、この英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」と米国編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、タイトルもジャケット写真も同じなのに、それぞれで収録曲が違っている点です。ビートルズの英国オリジナル・アルバム「REVOLVER」全14曲入りを、米国編集アルバム「REVOLVER」では3曲抜いただけの全11曲入りにされた程の手抜き編集ではありませんが、既にトータル・アルバムを意識していたローリング・ストーンズにしてみれば、英米で同じタイトルと同じジャケットなのに内容が違っているのでは困ったちゃんだったでしょう。米国編集アルバムは全米2位まで上がっていて、抜かれた2曲(「BACK STREET GIRL」、「PLEASE GO HOME」)は、米国ロンドン編集アルバムでは8作目で最後となる「FLOWERS」に収録されるのですが、その編集アルバム「FLOWERS」と云うのが、これまた酷い選曲で、それに関しては次回で取り上げますけれど、ひとことで云えば、ビートルズの米国編集アルバム「YESTERDAY AND TODAY」も腰を抜かす程に滅茶苦茶な事となるのです。この英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」と米国編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、実質的にはアンドリュー・ルーグ・オールダムが最後にプロデュースしたアルバムとなっていて、米国では次作の編集アルバム「FLOWERS」もアンドリュー・ルーグ・オールダムがプロデューサーとして名前が載っているものの、その収録曲は全てが英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」以前の音源を集めたものなのです。故に、アンドリュー・ルーグ・オールダムとローリング・ストーンズの蜜月期間は、このアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」で終わっています。アンドリュー・ルーグ・オールダムは、シングル曲を中心にしたプロデュースを行っていたので、それまでの米国編集アルバムも意味があるものとなっていたのですが、英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」の頃には、ローリング・ストーンズは独り立ちしていたので、両者に齟齬が生まれていました。
ローリング・ストーンズは、元々はブライアン・ジョーンズがリーダーのバンドで、R&Bのカバーばかり演奏していました。ところが、アンドリュー・ルーグ・オールダムがマネジャーになって、実質的にはブライアン・ジョーンズを名ばかりのリーダーにしてしまい、ジャガー=リチャーズにオリジナル曲を書かせて、ミック・ジャガーをフロントマンにしてしまったのです。アマチュア時代から音楽的な才能はブライアン・ジョーンズが最も秀でていて、実際にジャガー=リチャーズによるオリジナル曲も、ブライアン・ジョーンズが多彩な楽器を演奏する事で他のバンドよりも個性が強くなっていました。しかしながら、ジャガー=リチャーズがアルバムの全ての曲を書く様になった1966年のアルバム「AFTERMATH」の頃になると、ミック・ジャガーとキース・リチャーズは自分たちが曲を書いているのに、依然としてブライアン・ジョーンズがリーダーとされている事を不満に思う様になったのです。ブライアン・ジョーンズがマルチプレイヤーとして活躍していたのも、アンドリュー・ルーグ・オールダムは認めていたものの、ジャガー=リチャーズにとってはそれ程には貢献度を感じてはおらず、キース・リチャーズはひとりでギターを弾く事になって負担が増えて嫌気がさしていました。ブライアン・ジョーンズは、ビートルズのメンバーとも特に仲が良くて、例えば「PAINT IT BLACK」でシタールを弾いているのは、ジョージ・ハリスンの家に遊びに行ったらシタールがあったので、一寸貸してもらって我流で弾いてしまったのです。1966年にはビートルズの「YELLOW SUBMARINE」のセッションに参加して、バックヴォーカルと効果音を担当していて、1967年(リリースは1970年)にはビートルズの「YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」のセッションでサックスを担当しています。ビートルズからの紹介もあったのか、1968年にはピーター&ゴードンやマッゴー&マクギア(どちらもポール・マッカートニーの身内がメンバー)のレコーディングにも参加していて、ドラムスやサックスを演奏しています。
(小島イコ)
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FAB4
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テレ朝チャンネル2 16:00〜18:00
内山理名 AS 布川麻奈美
「十万分の一の偶然」の、今年5回目の再放送です。今は亡き田村正和さんが主人公のルポライターを演じて、冒頭で中谷美紀さんが演じた娘が交通事故で死んでしまいます。その事故現場を偶然に撮影したと云って発表して賞を取った高嶋政伸さんが演じたカメラマンに、主人公は疑念を抱き、身分を偽って接近して追い詰めてゆきます。理名ちゃんが演じた麻奈美は、事故の唯一の生存者で目撃者でもある人物が入院した病院の看護師ですが、実はカメラマンの愛人で共犯者でもあり、目撃者も殺されてしまいます。理名ちゃんは、こうした悪女役も上手いんですけれど、刑事役が内藤剛志さんで、理名ちゃんとは共演が多く、理名ちゃんは刑事の相棒だったり、犯人だったり、重要参考人だったり、娘だったりして、内藤さんは大抵は刑事役なので、一寸混乱します。果たして、主人公は娘の死の謎を解明できるのか、と云った内容です。主人公の娘の少女時代を、当時12歳だった久保田紗友ちゃんが演じています。成長した娘役の中谷美紀さんは、那奈ちゃんの3代目につづく、4代目「きれいなおねえさん」です。3代目の那奈ちゃんは、初代、2代目、5代目との共演はありますが、4代目とはありません。理名ちゃんは田村正和さんとの共演も多かったのですけれど、那奈ちゃんも2016年のドラマ「地方紙を買う女」で共演を果たしました。
(姫川未亜/小島イコ)
posted by 栗 at 18:00|
RINA
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2026年05月01日

ビートルズが、米国キャピトル編集アルバムに対して「いい加減にしてくれよ」と思ったのは、1965年12月リリースのアルバム「RUBBER SOUL」の辺りからでしょう。ビートルズの6作目のオリジナル・アルバム「RUBBER SOUL」は、1965年12月3日に英国パーロフォンから全14曲入りでリリースされていて、タイトルやジャケットもビートルズが決めています。ところが、同年12月6日に米国キャピトル編集アルバム「RUBBER SOUL」としてリリースされた方は、ジャケットもタイトルも英国オリジナル・アルバムと同じなのに、内容は英国盤「RUBBER SOUL」から4曲カットした10曲に、英国オリジナルでは前作で5作目のオリジナル・アルバム「HELP!」から2曲を持ってきていて、更にその2曲をA面とB面の最初に入れているのです。英国盤「RUBBER SOUL」にはシングル曲が1曲も収録されていませんが、米国では編集盤からカットした「NOWHERE MAN」と「WHAT GOES ON」をシングルで出しています。ちなみに、日本でも「ひとりぼっちのあいつ(NOWHERE MAN)」と「消えた恋(WHAT GOES ON)」としてシングル・カットされています。更に、米国キャピトルは1966年6月20日に編集アルバム「YESTERDAY AND TODAY」をリリースしていて、その内容は、英国盤「HELP!」から2曲と、英国盤「RUBBER SOUL」から4曲と、英国ではシングルのみだった「DAY TRIPPER / WE CAN WORK IT OUT」2曲と、英国では未だリリース前だった「REVOLVER」から3曲の、合計11曲入りと云う奇怪な代物でした。その編集アルバム「YESTERDAY AND TODAY」は初回回収盤が所謂ひとつの「ブッチャー・カバー」で、トンデモナイ価格でコレクターズ・アイテム化しましたが、ビートルズが米国キャピトルの出鱈目な選曲に異議申し立てする為にわざと醜悪なデザインにしたと云われています。更に驚かされるのは、1966年8月5日に英国では7作目のオリジナル・アルバムとして全14曲入りでリリースされたアルバム「REVOLVER」を、米国キャピトル編集盤ではタイトルもジャケットも同じなのに、編集盤「YESTERDAY AND TODAY」で先出しした3曲を抜いただけの全11曲入りでリリースされてしまった事です。
1960年代にはビートルズの後追いをしていたローリング・ストーンズの場合も、同じ様な展開となっています。ローリング・ストーンズには、1965年のアルバム「OUT OF OUR HEADS」と、1966年の「AFTERMATH」と云うアルバムがあって、どちらもタイトルは同じですが、英国デッカ・オリジナル・アルバムと米国ロンドン編集アルバムでは収録曲が違っていました。ローリング・ストーンズも、英国オリジナル・アルバムにはシングル曲を収録していないのですが、米国編集アルバムではシングル曲をメインにして、その分水増ししてアルバムを出していました。マネジャーでプロデューサーでもあったアンドリュー・ルーグ・オールダムがシングル曲を中心として仕切っていた頃には、それで問題はなかったのですけれど、やはりビートルズと同時期の1966年のアルバム「AFTERMATH」が、英国オリジナル・アルバムでは初めてジャガー=リチャーズによる全14曲がオリジナルでリリースされた辺りから、米国編集アルバムに対して疑問を抱く様になってきました。米国編集アルバム「AFTERMATH」は、英国オリジナル・アルバム「AFTERMATH」から4曲抜いた10曲に、シングル曲「PAINT IT BLACK」を加えた全11曲入りのスカスカ盤となっていて、ジャガー=リチャーズのオリジナル曲だけと云うコンセプトは守られているものの、3曲も少ないのですからローリング・ストーンズとしても不満だったでしょう。曲順も変更されているのですから、そろそろトータル・アルバムへと向かっていた時期に、スカスカ盤を出されたのでは困ったちゃんなのです。ジャガー=リチャーズにオリジナル曲を書かせたのはアンドリュー・ルーグ・オールダムですが、その自分が命じたジャガー=リチャーズに自我が芽生えてしまい、アンドリュー・ルーグ・オールダムの手に余る存在へと成長していたのです。そんな中で、1967年1月20日に英国デッカから5作目のオリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」がリリースされました。
この英国オリジナルでは5作目のアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、同1967年2月10日に米国では7作目(ライヴ・アルバムも含めれば8作目)の編集アルバムとしてリリースされますが、タイトルもジャケットも英国盤と米国盤で同じです。それまでのローリング・ストーンズのアルバムは、タイトルが同じで別の収録曲と、ジャケットが同じで別のタイトルと別の収録曲はありましたが、タイトルもジャケットも同じなのに収録曲が違っているのは、このアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」が最初で最後となります。英国オリジナル・アルバムでアンドリュー・ルーグ・オールダムがプロデュースしたのは、この5作目のアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」が最後となりました。今回は英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」を紹介しますが、内容は、A面が、1「YESTERDAY'S PAPERS」、2「MY OBSESSION」、3「BACK STREET GIRL」、4「CONNECTION」、5「SHE SMILED SWEETLY」、6「COOL, CALM & COLLECTED」で、B面が、1「ALL SOLD OUT」、2「PLEASE GO HOME」、3「WHO'S BEEN SLEEPING HERE?」、4「COMPLICATED」、5「MISS AMANDA JONES」、6「SOMETHING HAPPEND TO ME YESTERDAY」の、全12曲入りです。全曲がジャガー=リチャーズ作で、シングル曲は収録しておらず、明らかにトータル・アルバムを目指していたと分かります。それは、最初が「YESTERDAY'S PAPERS」で、最後が「SOMETHING HAPPEND TO ME YESTERDAY」となっている事からも明らかです。ミック・ジャガー(ヴォーカル)、キース・リチャーズ(ギター)、ビル・ワイマン(ベース)、チャーリー・ワッツ(ドラムス)、そして、ブライアン・ジョーンズの5人が基本形ですが、ブライアン・ジョーンズはギターだけではなく、前にも増して色んな楽器を担当していて、オルガン、マリンバ、リコーダー、テルミン、メロトロン、ピアノ、ダルシマー、バンジョー、ハーモニカ、と云った楽器を独自のやり方で弾いていて、やはり「楽器の天才」です。「COOL, CALM & COLLECTED」や「SOMETHING HAPPEND TO ME YESTERDAY」は、同時期のキンクスからの影響も感じられます。この英国5作目のオリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、全英3位まで上がっています。
(小島イコ)
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テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第1話「探偵と汚れなき女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第1話の、今年早くも5回目の再放送です。那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」の冴島響子は、毎回冒頭の探偵への依頼と最後のオチでバーの場面に出てくるパターンです。主演の高橋克典さんの代表作のひとつである「特命係長 只野仁」と同じスタッフで、主要キャストだった田山涼成さんや三浦理恵子さんも出ている、完全なる二番煎じです。開き直ってセルフ・パロディも交えた演出で、高橋克典さんも「まあ、同じ様なドラマです」と云っていました。高橋克典さんは、顔合わせで那奈ちゃんに「那奈ちゃんは、下ネタは大丈夫?」と訊いたらしいのですが、まあ、エロス沢村に鍛えられていたから平気でしょう。「金曜ナイトドラマ」枠で平均二桁の数字を叩き出したので、2014年には続編が制作されています。今回の再放送で注目なのは、その第2シリーズ全9話も7年ぶりに再放送される事でしょう。
(小島イコ/姫川未亜)
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ACTRESS
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2026年04月30日
1960年代の初期から中期にかけてのローリング・ストーンズは、マネジャーでプロデューサーでもあったアンドリュー・ルーグ・オールダムの存在なしには語れません。アンドリュー・ルーグ・オールダムは、ビートルズのマネジャーだったブライアン・エプスタインの元で働いていた事もあって、ブライアン・エプスタインがリーゼントに皮ジャンの不良スタイルだったビートルズを、お揃いのスーツにマッシュルーム・カットの優等生スタイルに変えて売り出したのを見て、逆にローリング・ストーンズを不良スタイルにして売り出しました。他にも、オリジナル・メンバーだったピアノ担当のイアン・スチュワートを、ルックスが悪いからと正式メンバーから外したり、リーダーだったブライアン・ジョーンズではなくミック・ジャガーをフロントマンに抜擢したり、ジョン・レノンとポール・マッカートニーをローリング・ストーンズに紹介して、目の前でレノン=マッカートニーに曲を書かせて、ジャガー=リチャーズにもオリジナル曲を書く様に強要したりしました。そうして、まんまとローリング・ストーンズを「ビートルズの公式ライバル」に仕立て上げたのです。それで疑問なのは、アンドリュー・ルーグ・オールダムには何故にそれ程の権限があったのか、と云う事です。アンドリュー・ルーグ・オールダムがローリング・ストーンズのマネジャーになったのは19歳の時で、ローリング・ストーンズのメンバーよりも若造だったのですけれど、そうして自分たちがアマチュア時代に積み上げてきたイメージを一新させられて、文句が出なかったのが不思議です。ジャガー=リチャーズを曲が書けるまでキッチンに閉じ込めたなどとも云われていて、何故に二人はそんなジャイアンみたいなアンドリュー・ルーグ・オールダムに従ったのでしょうか。ビル・ワイマンは既にアラサーだったわけで、8歳も若いひよっこにやりたい放題やられて内心は面白くなかったでしょう。そして、アンドリュー・ルーグ・オールダムはマネジャーを務めるだけではなく、ローリング・ストーンズの1964年から1967年にかけてのアルバムをプロデュースも務めていて、ビートルズで云ったならば、ブライアン・エプスタインとサー・ジョージ・マーティンの両方の役割を担っていたのです。
アンドリュー・ルーグ・オールダムは、ブライアン・エプスタインに憧れると云うよりも、フィル・スペクターに憧れていて、実際にフィル・スペクターやフィレスのアレンジャーだったジャック・ニッチェをローリング・ストーンズのレコーディング・セッションに招いていて、時には参加してもらってもいます。それで、自らが指揮を取った「アンドリュー・オールダム・オーケストラ」を率いて、ローリング・ストーンズの楽曲を中心としたインストゥルメンタル・アルバムをリリースしています。アンドリュー・オールダム・オーケストラは、実体がないオーケストラで、正体はローリング・ストーンズのメンバーを含めたスタジオ・ミュージシャンによる流動的な架空の楽団でした。1964年10月にエースからアルバム「16 HIP HITS」全16曲入りを、同1964年10月にデッカからアルバム「LIONEL BART'S MAGGIE MAY」全12曲入りを、翌1965年にパロットからアルバム「EAST MEETS WEST」全12曲入り(フォー・シーズンズとビーチ・ボーイズのカバー)を、そして1966年6月にロンドンからアルバム「THE ROLLING STONES SONGBOOK」全11曲入りと、4作のアルバムをリリースしています。ローリング・ストーンズの楽曲に特化したアルバム「THE ROLLING STONES SONGBOOK」に、それまでのアルバムでのローリング・ストーンズ関連の曲を加えた1CDの「THE ANDREW OLDHAMM ORCHESTRA THE ROLLING STONES SONGBOOK」が1989年にデラムからリリースされているので紹介します。内容は、1「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」、2「BLUE TURNS TO GREY」、3「YOU BETTER MOVE ON」、4「TIME IS ON MY SIDE」、5「HEART OF STONE」、6「AS TEARS GO BY」、7「PLAY WITH FIRE」、8「THEME FOR ROLLING STONES」、9「TELL ME(YOU'RE COMING BACK)」、10「CONGRADULATIONS」、11「THE LAST TIME」、12「MEMPHIS TENNESSEE」、13「I WANNA BE YOUR MAN」、14「THERE ARE BUT FIRE ROLLING STONES」、15「365 ROLLING STONES(ONE FOR EVERYDAY OF THE YEAR)」、16「OH, I DO LIKE TO SEE ME ON THE ‘B’ SIDE」、17「DA DOO RON RON」、18「FUNKY AND FLEOPATRA」の、全18曲入りです。
全てがインストゥルメンタルではなく、クリスタルズのカバー「DA DOO RON RON」ではミック・ジャガーのやる気がないヴォーカルが聴けたり、「365 ROLLING STONES(ONE FOR EVERYDAY OF THE YEAR)」ではブライアン・ジョーンズの掛け声が聴こえたりします。これらのアンドリュー・オールダム・オーケストラの音源が再評価されたのは、1997年にヴァーヴが「BITTER SWEET SYMPHONY」にアンドリュー・オールダム・オーケストラ盤の「THE LAST TIME」をサンプリングして(と云うよりもループした音源をカラオケとして使用して)それが大ヒットしたからです。そして、アンドリュー・オールダム・オーケストラは、変名の「アランビー・ポップ・シンフォニー・オーケストラ」としても、1966年に自らのレーベルであるイミディエイトからアルバム「THE ARANBEE POP SYMPHONY ORCHESTRA UNDER THE DIRECTION OF KEITH RICHARD」をリリースしています。この変名アルバムは、タイトルにもある様にキース・リチャーズがプロデュースしていて、ローリング・ストーンズのアルバムとは立場が逆転しています。内容は、1「THERE'S A PLACE」、2「RAG DOLL」、3「I GOT YOU BABE」、4「WE CAN WORK IT OUT」、5「PLAY WITH FIRE」、6「MOTHER'S LITTLE HELPER」、7「IN THE MIDNIGHT HOUR」、8「TAKE IT OR LEAVE IT」、9「SITTIN' ON A FENCE」、10「I DON'T WANT TO GO ON WITHOUT YOU」の、全10曲入りです。ビートルズ(ジャケットにも登場)のカバーが2曲(「THERE'S A PLACE」、「WE CAN WORK IT OUT」)、ローリング・ストーンズのカバーが4曲(「PLAY WITH FIRE」、「MOTHER'S LITTLE HELPER」、「TAKE IT OR LEAVE IT」、「SITTIN' ON A FENCE」)、フォー・シーズンズのカバーが1曲(「RAG DOLL」)、ソニー&シェールのカバーが1曲(「I GOT YOU BABE」)、ウィルソン・ピケットのカバーが1曲(「IN THE MIDNIGHT HOUR」)、ムーディー・ブルースのカバーが1曲(「I DON'T WANT TO GO ON WITHOUT YOU」)で、アンドリュー・オールダム・オーケストラよりも、よりクラシック調のアレンジになっています。その辺が、実は聖歌隊出身のキース・リチャーズらしい上品な味なのでしょう。
(小島イコ)
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2026年04月29日
ビートルズが1964年と1965年にハリウッド・ボウルで行ったライヴ音源を、1977年になってライヴ・アルバム「THE BEATLES AT THE HOLLYWOOD BOWL」としてリリースされた時に、サー・ジョージ・マーティンが「オーバーダビングは一切行っていない」と断言したのは、かなり重要な証言です。歓声が大き過ぎて歌や演奏用のマイクにもそれを拾ってしまい、PAも貧弱で、たったの3トラックでレコーディングされて、ビートルズは自分たちが演奏している音すら聴こえない状況でのライヴ音源です。それで現役時代のビートルズはリリースを拒否していたのですが、それでも「ビートルズはライヴ演奏が下手だった」などと云う世迷言を、ちゃんと聴いていれば云えるはずがありません。サー・ジョージ・マーティンの「ノーオーバーダビング発言」は、ビートルズの名誉を守る為でもあったのでしょうけれど、実際に遺された3回のショー音源をブートレグで聴くと、確かにオーバーダビングはしていません。何せ、使用しなかった1965年8月29日のライヴ音源は、最初の方でポール・マッカートニーのマイクがオフになっていて、ポールがリード・ヴォーカルを担当している「SHE'S A WOMAN」などはカラオケ状態になっているのです。あれじゃあ、オーバーダビング以前の問題です。ファンの女の子たちが絶叫している1960年代のライヴ音源は、ローリング・ストーンズやキンクスなどもライヴ・アルバムにしていますが、それらは同時代にリリースされていて、ビートルズの場合は解散後にライヴを行ってから10年以上も経ってからリリースされた事もあって、比較対象がローリング・ストーンズやキンクスなどの1970年代のライヴ・アルバムとなってしまったので、そりゃあ、10年以上も前のライヴ音源と比べられたんじゃ、ビートルズの立場がありません。比較するのならば、1976年リリースのウイングスのライヴ・アルバム「WINGS OVER AMERICA」であるべきで、ビートルズだったならば、1969年1月30日の「THE GET BACK SESSIONS」での「ルーフトップ・コンサート」でしょう。それらのどこが下手なのか、説明して欲しいもんですなあ。
さて、毎度お馴染みの米国ロンドンは、1966年11月28日に、ローリング・ストーンズの初めてのライヴ・アルバム「GOT LIVE IF YOU WANT IT!」をリリースしました。このライヴ・アルバムは、英国デッカから1965年6月11日にリリースされた5曲入りのライヴEPとタイトルが同じですが、内容は全く違っています。基本的には、1966年秋の英国ツアーでのライヴ・アルバムと云う事になっていて、ツアーの初日である1966年9月23日のロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ音源だと云われていました。が、しかし、実は同1966年10月1日のニューカッスル公演と、同年10月7日のブリストン公演と、さらには同1966年3月5日と7日の英国での公演からのライヴ音源に加えて、未発表曲のスタジオ・レコーディング音源に歓声をオーバーダビングした疑似ライヴまで入っているのです。ライヴ・アルバム「GOT LIVE IF YOU WANT IT!」の内容は、A面が、1「UNDER MY THUMB」、2「GET OFF OF MY CLOUD」、3「LADY JANE」、4「NOT FADE AWAY」、5「I'VE BEEN LOVING YOU TOO LONG」、6「FORTUNE TELLER」で、B面が、1「THE LAST TIME」、2「19TH NERVOUS BREAKDOWN」、3「TIME IS ON MY SIDE」、4「I'M ALRIGHT」、5「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、6「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」の、全12曲入りです。ニューカッスル公演から4曲(「UNDER MY THUMB」、「GET OFF OF MY CLOUD」、「THE LAST TIME」、「19TH NERVOUS BREAKDOWN」)、ブリストン公演から4曲(「LADY JANE」、「NOT FADE AWAY」、「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」)、場所が不明の公演から2曲(「TIME IS ON MY SIDE」、「I'M ALRIGHT」)、そしてスタジオ・レコーディング曲に歓声を被せたのが2曲(「I'VE BEEN LOVING YOU TOO LONG」、「FORTUNE TELLER」)となっております。
スタジオ・レコーディングを疑似ライヴにした2曲以外の10曲に関しても、ヴォーカルなどをオーバーダビングしているので、このライヴ・アルバム「GOT LIVE IF YOU WANT IT!」自体が疑似ライヴ・アルバムとなっています。しかしながら、元になっているのは2曲を除けば実際のライヴ音源なので、スタジオ・レコーディングでは味わえない1966年当時のライヴをうかがい知れるアルバムにはなっています。ミック・ジャガー(ヴォーカル、タンバリン)、キース・リチャーズ(ギター、バックヴォーカル)、ビル・ワイマン(ベース)、チャーリー・ワッツ(ドラムス)に、これが唯一のローリング・ストーンズとしてのフル・ライヴ・アルバムとなってしまったブライアン・ジョーンズの5人のオリジナル・メンバーによるライヴ音源です。ブライアン・ジョーンズはギターの他に、「LADY JANE」ではダルシマーを、「NOT FADE AWAY」ではハーモニカを、「UNDER MY THUMB」ではヴィブラフォンと云った多彩な楽器を担当しています。第1期ローリング・ストーンズによるライヴが聴けるのは、このライヴ・アルバム「GOT LIVE IF YOU WANT IT!」と、前述の同名の英国盤EPと、1968年に収録されて1996年になってようやくリリースされた「ROCK AND ROLL CIRCUS」だけです。アルバム「ROCK AND ROLL CIRCUS」は、元々がテレビ特番用で観客は入れているもののスタジオ・ライヴなので、1960年代中期に実際にライヴ会場でレコーディングされたのは、1965年のEPと、この1966年のライヴ・アルバム「GOT LIVE IF YOU WANT IT!」だけとなります。それで、コレとビートルズの「THE BEATLES AT THE HOLLYWOOD BOWL」を比べるとですね、そんなにローリング・ストーンズのライヴ演奏が優れているとは思えないのですよ。ズバリ云って、同時代だったならばビートルズの方が上手いでしょう。アンドリュー・ルーグ・オールダムがプロデュースしたこのライヴ・アルバム「GOT LIVE IF YOU WANT IT!」は、米国でしかリリースされず、全米6位まで上がっていますが、ローリング・ストーンズはこのライヴ・アルバムを公式盤とは認めていません。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
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テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第9話(最終話)「探偵と最期の女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第9話(最終話)の、今年4回目の再放送です。最終話では、当時カタカナに改名して「愛人キャラ」で売り出し中だった橋本マナミさんがメイン・ゲストで、第6話での最高数字「12.0%」に貢献した壇蜜さんも再びカメオ出演させて盛り上げています。最終話は、アイドル業界の闇を描いた話となっていますけれど、現実でもこんな内情だったなら、夢も希望もありませんわなあ。このドラマは平均二桁の「10.5%」と深夜枠では考えられない数字を叩き出したので、2014年に続編が制作されていて、冴島響子役の那奈ちゃんも続投しています。那奈ちゃんは「金曜ナイトドラマ」への出演が多く、他にも「ビバ!山田バーバラ」(主演)、「歌のおにいさん」(平均二桁で助演女優賞授賞)、「24 JAPAN」(大爆死)などに出ております。今回も第1作のみの再放送ですが、実は来月(5月)にも今年5回目の再放送が予定されていて、次回はこの2012年の第1作だけではなく、2014年の第2作も再放送される模様です。続編は2年前に地上波で第2話と第4話だけ再放送されていますが、全9話での再放送としては2019年以来7年ぶりとなります。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
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2026年04月28日
ローリング・ストーンズの米国での最初のベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」は、1966年3月28日に米国ロンドンからリリースされています。内容は、前回の繰り返しになりますが、A面が、1「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」、2「THE LAST TIME」、3「AS TEARS GO BY」、4「TIME IS ON MY SIDE」、5「IT'S ALL OVER NOW」、6「TELL ME」で、B面が、1「19TH NERVOUS BREAKDOWN」、2「HEART OF STONE」、3「GET OFF OF MY CLOUD」、4「NOT FADE AWAY」、5「GOOD TIMES, BAD TIMES」、6「PLAY WITH FIRE」の、全12曲入りです。この米国ロンドン盤のベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」は、米国でのシングル10作のA面10曲と両A面2曲を集めたシングル・ヒット集なのですけれど、米国ロンドンはシングル曲もアルバムに収録して水増しアルバムを出していたので、この米国ロンドン・ベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」でしか聴けない曲は「19TH NERVOUS BREAKDOWN」と「TIME IS ON MY SIDE」ギター・イントロ・ヴァージョンの2曲だけで、他の10曲は既に米国ロンドン編集アルバムに収録済みでした。そもそもシングルとアルバムで2度買いさせられていたわけで、米国ロンドン編集アルバムとシングルを買っていたファンにとっては、これで3度買いになると云う阿漕な商売をやらかしていたのです。そうならない様に、英国盤のビートルズやローリング・ストーンズのシングル曲は英国オリジナル・アルバムには未収録だったのですけれど、米国は普通にシングル曲も入れるどころか、それをメインにした編集盤を出していたわけです。英国のバンドとしては、そう云う米国のアイドル歌手のアルバムみたいにはしたくないので、アルバムの統一性を目指していたのに、米国では相変わらずそう云うやり方でしかアルバムを考えてはいなかったのです。
ローリング・ストーンズは、英国デッカからは同1966年11月4日になって、ようやくベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」をリリースしました。タイトルは米国ロンドン盤と同じで、アンドリュー・ルーグ・オールダムのプロデュースですが、ジャケットも収録曲も違っています。内容は、A面が、1「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、2「PAINT IT BLACK」、3「IT'S ALL OVER NOW」、4「THE LAST TIME」、5「HEART OF STONE」、6「NOT FADE AWAY」、7「COME ON」で、B面が、1「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」、2「GET OFF OF MY CLOUD」、3「AS TEARS GO BY」、4「19TH NERVOUS BREAKDOWN」、5「LADY JANE」、6「TIME IS ON MY SIDE」、7「LITTLE RED ROOSTER」の、全14曲入りです。米国ロンドン盤よりも2曲多く、米国ロンドン盤と英国デッカ盤に共通しているのは9曲(「IT'S ALL OVER NOW」、「THE LAST TIME」、「HEART OF STONE」、「NOT FADE AWAY」、「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」、「GET OFF OF MY CLOUD」、「AS TEARS GO BY」、「19TH NERVOUS BREAKDOWN」、「TIME IS ON MY SIDE」)で、米国ロンドン盤のみに収録されたのが3曲(「TELL ME」、「GOOD TIMES, BAD TIMES」、「PLAY WITH FIRE」)で、英国デッカ盤のみに収録されたのが5曲(「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、「PAINT IT BLACK」、「COME ON」、「LADY JANE」、「LITTLE RED ROOSTER」)となっています。それで、米国ロンドン盤と英国デッカ盤では9曲がダブっているわけですが、それらの楽曲の意味合いは、米国と英国では大きく違っています。簡単に云えば、米国ロンドン盤は前述の通り全12曲中2曲しかベスト・アルバムだけで聴けるアルバム初収録曲がなかったのに対して、英国デッカ盤は全14曲中3曲しかアルバムでの既発曲がないのです。
英国デッカ盤では、「HEART OF STONE」(アルバム「OUT OF OUR HEADS」収録)、「LADY JANE」(アルバム「AFTERMATH」収録)、「TIME IS ON MY SIDE」(アルバム「THE ROLLING STONES No.2」収録)以外の11曲(「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、「PAINT IT BLACK」、「IT'S ALL OVER NOW」、「THE LAST TIME」、「NOT FADE AWAY」、「COME ON」、「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」、「GET OFF OF MY CLOUD」、「AS TEARS GO BY」、「19TH NERVOUS BREAKDOWN」、「LITTLE RED ROOSTER」)が、このベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」に収録されるまでは、アルバム未収録のシングル・ヒット曲だったのです。これなら、英国オリジナル・アルバムを集めていたファンにとっても嬉しい選曲ですし、そもそもベスト・アルバムと云うのは、こうしてアルバム未収録シングル曲が収録されているのが旨味なんですよ。同1966年には、ビートルズも現役時代で唯一のベスト・アルバム「A COLLECTION OF BEATLES OLDIES」全16曲入りをリリースしていますが、そちらにも英国ではシングルのみでアルバム未収録だった7曲(「SHE LOVES YOU」、「FROM ME TO YOU」、「WE CAN WORK IT OUT」、「I FEEL FINE」、「DAY TRIPPER」、「PAPERBACK WRITER」、「I WANT TO HOLD YOUR HAND」)に、英国では未発表だった1曲(「BAD BOY」)の全体の半数を占める合計8曲が収録されています。ビートルズのベスト・アルバム「A COLLECTION OF BEATLES OLDIES」は未CD化で、なかった事にされていますが、ローリング・ストーンズのベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」は米国ロンドン盤も英国デッカ盤もCD化されています。ビートルズの場合は、CD化によって曲がダブらない様に全世界統一規格化されたわけですけれど、ローリング・ストーンズの場合は、特にアラン・クレインの「ABKCO」が版権を持っている1960年代の音源は、無茶苦茶な事になっています。この英国盤ベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」は、全英4位まで上がっています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
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「NO IMAGE」
here is
mia/iko presents
「the diary of nana katase」
A/K/A/ 「COPY CONTROL」
Recording Produced by IKO KOJIMA
Engineer : MIA HIMEKAWA
All voices & instruments : MW-777
(MIA/IKO/TACO/LUNA)
All Songs arranged , written and compoced by
009:栗
(A/K/A/ mia/iko) except where indicated.
with a big help from
001:ANTETSU (from NANAchan OGAMITAI of NO IMAGE),
002:USHIO (from SHiNY ☆ BRADBURYS of NO IMAGE),
008:HITO-WOLF (from MEI-KYO-SHI-SUI),
& 100 = TACO (from Queen of NO IMAGE),
055:PIN (from NEW of NO IMAGE)&
033:KIRI (from SISTER of NO IMAGE),
・・・with their family・・・,
101:NANAMI NARUMI (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
051:LUNA NARUMI (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
0101010・・・,& so on:KOYUKI SISTERS #0-#2 with TVC-15,
& 「KOYUKI #3-#5」with TVC15-2!!,
m-G4-MIMI & W-7,W-10-nanaco#1-#3,
ukulele-MIDORI #1-#3 (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
070 & 077:NEO FLOWER GIRLS (from &'S LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
396:pirozhki (from MARQUEE MOON),
099;mayaya
R-157:rina-chan
000:mamma-mia A+C ! &
007:nana-chan
& EVERY***
AND ・・・「∞:my MOTHER = MIAMIA/IKO-CHAN !」
ALL FOR NANA KATASE from the bottom of my heart.
since 2004-8-8
(C) NO IMAGE INC. with LOVE ☆
YES, we're just only the " NANA chan's FAN " .
since 1981-11-7