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2026年03月31日

「ポールの道」#1045「BEAT THE BEATLES」
#094「THE PARADE」「SMALL CIRCLE OF FRIENDS」「ROGER NICHOLS AND PAUL WILLIAMS」

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1960年代後半から1970年代前半に米国で流行したポピュラー・ミュージックを、日本では「ソフト・ロック」と呼んでいるのですけれど、どうにもしっくりきません。「ハード」な「ロック」で「ハード・ロック」は分かるけれど、「ソフト」な「ロック」って何じゃらホイなのです。直訳すれば「柔らかい岩」なわけで、そんなもんないでしょう。米国では「サンシャイン・ポップ」と呼ばれている様で、色々なバンドが結成されてレコードを出しています。そんな中で「パレード」と云うグループがあってですね、1967年にデビュー・シングル「SUNSHINE GIRL」をA&Mからリリースして、全米20位とヒットしました。パレードのメンバーは、ジェリー・リオペル、マレー・マクレード、アレン“スモーキー”ロバーズの3人組ですが、所謂ひとつのレッキング・クルーが関わっていて、ジェリー・リオペル自身がレッキング・クルーとしてキーボードを担当していて、シングル「SUNSHINE GIRL」には、ハル・ブレイン(ドラムス)、キャロル・ケイ(ベース)、スティーブ・ダグラス(サックス)などがレコーディングに参加しています。パレードはデビュー曲の「SUNSHINE GIRL」は売れたものの、その後のシングルは売れず、アルバムもリリース出来ずに1968年には解散しています。その音源を集めた全13曲入りのCDが日本で1988年に世界初リリースされて、1995年には1曲足して全14曲入りのCD「THE PARADE」がA&Mからリリースされています。海外では、2008年に全23曲入りのCD「SUNSHINE GIRL:THE COMPLETE RECORDINGS」が「NOW SOUNDS/CHERRY RED RECORDS」からリリースされています。1995年盤のコンピレーション・アルバム「THE PARADE」の内容は、1「SUNSHINE GIRL」、2「SHE SLEEPS ALONE」、3「THE RADIO SONG」、4「LOVERS」、5「KINDA WASTED WITHOUT YOU」、6「FROG PRINCE」、7「WELCOME, YOU'RE IN LOVE」、8「HALLELUJAH ROCKET」、9「SHE'S GOT MAGIC」、10「A.C. / D.C.」、11「LULLABY」、12「THIS OLD MELODY」、13「LAUGHIN' LADY」、14「I CAN SEE」の、全14曲入りです。

パレードは「SUNSHINE GIRL」の一発屋で、無理矢理に「日本発世界初CD化」されたわけですけれど、内容は悪くはありません。それで、パレードのメンバーだったマレー・マクレードは、同時期に「ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ」のメンバー(妹のメリンダ・マクレードとの3人組)でもありました。こちらのアルバムも、1968年のA&Mからのリリース当時には日本盤は出ていませんし、その後も大瀧師匠がラジオで紹介しただけでした。それが1987年になって「日本発世界初CD化」されて、渋谷系の元ネタとして日本限定で異常に持ち上げられています。それで、1997年には1CDで「THE COMPLETE ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS」がリリースされました。内容は、1「DON'T TAKE YOUR TIME」、2「WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS」、3「DON'T GO BREAK MY HEART」、4「I CAN SEE ONLY YOU」、5「SNOW QUEEN」、6「LOVE SO FINE」、7「KINDA WASTED WITHOUT YOU」、8「JUST BEYOND YOUR SMILE」、9「I'LL BE BACK」、10「COCOANUT GROVE」、11「DON'T WANT TO HAVE TO DO IT」、12「CAN I GO」、13「OUR DAY WILL COME」、14「LOVE SONG, LOVE SONG」、15「JUST BEYOND YOUR SMILE」、16「I'LL BE BACK」、17「LET'S RIDE」、18「THE DRIFTER」、19「TRUST」の、全19曲入りです。1「DON'T TAKE YOUR TIME」〜12「CAN I GO」の12曲が本編で、13「OUR DAY WILL COME」〜16「I'LL BE BACK」が「ロジャー・ニコルズ・トリオ」名義で、17「LET'S RIDE」〜19「TRUST」が「ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ」名義のボーナス・トラックです。「WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS」と「I'LL BE BACK」はビートルズのカバーで、「KINDA WASTED WITHOUT YOU」は「パレード」でもレコーディングしています。ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズは再発によって日本で人気となり、1995年には新録アルバム「BE GENTLE WITH MY HEART」が日本限定でリリースされて、その後も日本企画の新録や編集アルバムを何作もリリースしています。

そんな日本での「ロジャニコ人気」に乗って、2001年にはロジャー・ニコルズとポール・ウィリアムスの連名アルバム「WE’VE ONLY JUST BEGUN COMPOSED BY ROGER NICHOLS & PAUL WILLIAMS」と云うアルバムまでリリースされています。コレはですね、1970年に、ロジャー・ニコルズが作曲して、ポール・ウィリアムスが作詞して、ロジャー・ニコルズが演奏して、ポール・ウィリアムスが歌った、楽曲売り込み用のデモ音源集でありましてですね、当然の事ながら「日本発・世界初公式発売!」なのです。いやはや何とも、レコード会社へのデモ音源までCD化してしまった日本のレコード会社の商魂の逞しさには驚かされましたけれど、コレがとても良いアルバムとなっております。内容は、1「AFTER ALL」、2「SO MANY PEOPLE(光りある世界へ)」、3「SOMEBODY WAITING」、4「TIME」、5「THE DRIFTER」、6「WE’VE ONLY JUST BEGUN(愛のプレリュード)」、7「SOMEDAY MAN」、8「LET ME BE THE ONE(あなたの影になりたい)」、9「WHEN LOVE IS NEAR」、10「DO YOU REALLY HAVE A HEART(真心はどこへ)」、11「I KEPT ON LOVING YOU(愛しつづけて)」、12「OUT IN THE COUNTRY」の、全12曲入りです。後にスリー・ドッグ・ナイトが取り上げる「OUT IN THE COUNTRY」や、カーペンターズで有名な「WE’VE ONLY JUST BEGUN」と「LET ME BE THE ONE」や、ハーパース・ビザールが取り上げた「THE DRIFTER」や、モンキーズの「SOMEDAY MAN」と云った楽曲のデモ音源が聴けます。所詮は売り込み用のデモ音源にすぎないので、演奏は簡素ですが、楽曲の良さは充分に伝わるし、例えば「THE DRIFTER」なんかは、個人的にはこちらのデモ音源の方が好きです。それで、タイトルにもなっている「WE’VE ONLY JUST BEGUN(愛のプレリュード)」ですけれど、カーペンターズがカバーして大ヒットさせたこの曲を、最初にレコーディングしたのはフレディ・アレンです。そのフレディ・アレンとは、パレードのメンバーだったアレン“スモーキー”ロバーズの変名です。元々はCM用の曲で、それを聴いたリチャード・カーペンターが「フル尺はあるのか?」と問い合わせたところ、チャンスだと思ったポール・ウィリアムスが、まだ未完成だったのに「あるよ」と嘘をついて慌てて完成させたそうです。

(小島イコ)

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2026年03月30日

「ポールの道」#1044「BEAT THE BEATLES」
#093「THE MILLENNIUM」

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ゲイリー・アッシャーと共に「サジタリウス」の1968年リリースのアルバム「PRESENT TENSE」をレコーディングしたカート・ベッチャーは、ほぼ同時進行で「ミレニウム」と云うバンドを結成して活動していました。メンバーは、カート・ベッチャー(ヴォーカル、ギター)、リー・マローリー(ヴォーカル、ギター)、サンディ・サリスベリー(ヴォーカル、ギター)、ジョーイ・ステック(ヴォーカル、ギター)、マイケル・フェネリー(ヴォーカル、ギター)、ダグ・ローズ(ベース、ハープシコード、ピアノ)、ロン・エドガー(ドラムス、パーカッション)、の7人組です。ミレニウムは、1968年8月に唯一のアルバム「BEGIN」をコロムビアからリリースしただけで解散しています。このアルバム「BEGIN」は、当時としては画期的な16チャンネルでレコーディングされていて、それはサイモン&ガーファンクルの1968年リリースのアルバム「BOOKENDS」につづいて2作目だと云われています。その革新的なサウンドは、評論家には絶賛されたものの、米国や英国ではチャート入りせずセールス的には大失敗作となり、当時の日本ではアルバム「BEGIN」はリリースされていません。日本では「ザ・ミレニューム」としてシングル「霧のファイブ・エイエム(5.A.M.) / 初恋のプレリュード(PRELUDE)」が出ただけでした。それが、1981年になってようやく日本盤LPがリリースされて、1990年にCD化され再評価されて、例によって「歴史的名盤!」と謳われる様になりました。アルバム「BEGIN」の内容は、A面が、1「PRELUDE」、2「TO CLAUDIA ON THURSDAY」、3「I JUST WANT TO BE YOUR FRIEND」、4「5.A.M.」、5「I'M WITH YOU」、6「THE ISLAND」、7「SING TO ME」で、B面が、1「IT'S YOU」、2「SOME SUNNY DAY」、3「IT WON'T ALWAYS BE THE SAME」、4「THE KNOW IT ALL」、5「KARMIC DREAM SEQUENCE #1」、6「THERE IS NOTHING MORE TO SAY」、7「ANTHEM(BEGIN)」の、全14曲入りで、CDには、15「JUST ABOUT THE SAME」、16「BLIGHT」を加えた全16曲入りです。

プロデュースはカート・ベッチャーとキース・オルセンで、ゲイリー・アッシャーがエグゼクティブ・コーディネイターとなっています。全体的にポップでドリーミーな楽曲が並んでいて、時代性もあってサイケデリックな展開をするアレンジで、カート・ベッチャーらしい素晴らしいコーラスが聴けて、琴が使われた日本風な演奏も飛び出すなど革新的で、コレは確かに名盤です。が、しかし、それは再評価されて以降の事で、リリース当時には多額な制作費をかけたのにサッパリ売れず、裏ジャケには「TO BE CONTINUED」と書いてあるのに、このアルバム「BEGIN」のみで解散に追い込まれたバンドが「ミレニウム」なのです。その「つづき」としては、2000年にコンピレーション・アルバム「THE SECOND MILLENNIUM」が、同2000年にコンピレーション・アルバム「THE MILLENNIUM CONTINUES」が、2001年には3CDのコンピレーション・アルバム「MAGIC TIME」(前身の「ボールルーム」の音源も含めたアルバム「BEGIN」の拡張盤)が、2002年にはコンピレーション・アルバム「VOICES OF THE MILLENNIUM」が、2003年にはコンピレーション・アルバム「PIECES」が、更に2012年には日本編集で8CD!の箱「THE MILLENNIUM AT THE LAST(ミレニウム・コンプリート・ボックス)」までリリースされています。1960年代後半の活動期間中には、アルバム「BEGIN」しか遺せなかったバンドの音源集が、そんなにも沢山2000年代にリリースされると云うのも些かやりすぎな感じもしますし、ホイホイと買ってしまってそれらのコンピレーション・アルバムを聴いても、所詮は当時は未発表音源だったにすぎないのです。何度も云いますけれど、ミレニウムのアルバムは「BEGIN」1作しかありませんので、聴くなら最初は「BEGIN」でしょう。間違って初めに他のコンピレーション・アルバムを買ってしまうのは、とても危険がアブナイのです。

特に、まだ3CDの「MAGIC TIME」は兎も角として、日本のソニーがやらかした8CDの箱「THE MILLENNIUM AT THE LAST」は完全にやり過ぎです。「コンプリート・ボックス」などと謳っているものの、抜けている曲も多いし初出は3曲のみで、ナイアガラ関連と云い、ソニーのやり方は酷いですなあ。こんなもんで最初にミレニウムを聴いてしまうと云うのはですね、例えば、ビートルズを「ANTHOLOGY」から聴いてしまう様なもんなのです。前回に触れた様に、カート・ベッチャーの生前のソロ・アルバムは1973年の「THERE'S AN INNOCENT FACE」だけしかありません。他は死後にリリースされたコンピレーション・アルバムで、2000年のアルバム「MISTY MIRAGE」も、2003年のアルバム「ANOTHER TIME」も、2004年のアルバム「CHICKEN LITTLE WAS RIGHT」も、2019年のアルバム「LOOKING FOR THE SUN」も、2024年のアルバム「PASSIONFRUIT」も、全ては死後にリリースされた発掘音源集です。それはミレニウムのメンバーだったサンディ・サリスベリーのアルバムにも云えて、2001年のアルバム「SANDY」も、2002年のアルバム「FALLING TO PIECES」も、2004年のアルバム「EVERYTHING FOR YOU」も、2006年のアルバム「CATCHY」も、全ては後に編纂されたコンピレーション・アルバムであってですね、2023年のカート・ベッチャーとサンディ・サリスベリーの連名アルバム「TRY FOR THE SUN」も同じです。サンディ・サリスベリーの場合は、グレアム・ソールズベリーとして児童文学作家に転身しているので、サンディ・サリスベリー名義のコンピレーション・アルバムの発掘にも関わっているのでしょうけれどね。サンディ・サリスベリーの発掘音源集では、元々が1969年に公式リリースを計画していた「SANDY」が、カート・ベッチャーのプロデュースで良いとは思います。それにしても、矢鱈と「日本発・世界初CD化!」となっているのは、何とも胡散臭いですなあ。まあ、諸々買ってしまったわけですけれど、普通にアルバム「BEGIN」だけでいいでしょうにねえ。他は、オフィシャル・ブートレグみたいなもんですよ。

(小島イコ)

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「湯けむりバスツアー 桜庭さやかの事件簿7」(再)で内山理名ちゃん

マジカル・ミステリー・ツアー(完全初回生産限定盤)(デラックス・エディション) [Blu-ray]


TBSチャンネル2 23:00〜0:40

萬田久子主演。湯けむり旅情サスペンス、第7弾!今回の舞台は三重県伊勢志摩。新郎新婦両家で一緒に旅をする“家族になろうよ”ツアー。その旅先で起こる事件とは…!?

内山理名 AS 高根沢智子

「湯けむりバスツアー 桜庭さやかの事件簿7」の、今年3回目の再放送です。理名ちゃんが演じた智子さんは新婦役で、冒頭でウエディングドレス姿を披露しています。そして、新郎新婦の両家で親睦を深める為にバスツアーへと出かけるのですが、そこで事件が起こり、バスガイドの桜庭さやかさんが解決します。何故かBGMで、ローリング・ストーンズの「JUMPIN' JACK FLASH」や、演奏者は不明なビートルズの「IN MY LIFE」と「YESTERDAY」のインストゥルメンタル・ヴァージョンや、ポリスの「EVERY BREATH YOU TAKE(見つめていたい)」や、演奏者不明なカーペンターズの「YESTERDAY ONCE MORE」と「(THEY LONG TO BE)CLOSE TO YOU(遥かなる影)」のインストゥルメンタル・ヴァージョンや、ボブ・ディランの「BLOWIN' IN THE WIND(風に吹かれて)」や、エリック・クラプトンの「TEARS IN HEAVEN」や、ステッペンウルフの「BORN TO BE WILD(ワイルドでいこう!)」や、レッド・ツェッペリンの「STAIRWAY TO HEAVEN(天国への階段)」や、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の「PROUD MARY」などが使われています。音楽担当の方の趣味なのでしょうけれど、この手の洋楽が流れると反応してしまいます。

本放送:2016年5月23日(TBS)

(姫川未亜/小島イコ)

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2026年03月29日

「ポールの道」#1043「BEAT THE BEATLES」
#092「SAGITTARIUS」

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1966年にリリースされた、アソシエイションのデビュー・アルバム「AND THEN ... ALOMG COMES THE ASSOCIATION」をプロデュースしたカート・ベッチャーは、そのアルバムが全米5位とヒットしたものの、アソシエイションのプロデューサーを解雇されています。アソシエイションの最初のヒット曲「ALONG COMES MARY」はタンディン・アルマー(後にビーチ・ボーイズの「MARCELLA」や「SAIL ON, SAILOR」をブライアン・ウィルソンなどと共作している)が書いていますが、カート・ベッチャーがアップテンポのアレンジにしてデモをレコーディングして、それを元にアソシエイションがレコーディングしたので揉めたらしいです。しかし、カート・ベッチャーは同1966年にサンディ・サルスベリーとミシェル・オマリーとジム・ベルの4人で「ボールルーム」と云うグループを結成してシングルをリリースしていて、その時にプロデュースしたゲイリー・アッシャーと出逢いました。ゲイリー・アッシャーは、ご存知、ブライアン・ウィルソンの盟友です。1967年にゲイリー・アッシャーは「サジタリウス」と云う名のバンドを結成して、シングル「MY WORLD FELL DOWN」をコロムビアからリリースしましたが、そのレコーディングにはスタジオ・ミュージシャンと共に、グレン・キャンベル、ブルース・ジョンストン、テリー・メルチャーなどを参加させていて、つまりサジタリウスと云うのは架空のバンドでした。ちなみに「MY WORLD FELL DOWN」は、ジョン・カーターとジェフ・スティーブンスが書いて1966年に英国のバンド「アイヴィー・リーグ」がリリースしたのがオリジナルで、そのジョン・カーターは後に「フラワーポット・メン」で「LET'S GO TO SAN FRANCISCO」を、更に「ファースト・クラス」で「BEACH BABY」をヒットさせたジョン・カーターと同一人物です。ゲイリー・アッシャーは続いてサジタリウスのアルバム「PRESENT TENSE」を制作するのですが、それはゲイリー・アッシャーとカート・ベッチャーの二人を中心として制作されています。そうして、1968年7月3日にコロムビアからサジタリウスのデビュー・アルバム「PRESENT TENSE」がリリースされました。

アルバム「PRESENT TENSE」の内容は、A面が、1「ANOTHER TIME」、2「SONG TO THE MAGIC FROG(WILL YOU EVER KNOW)」、3「YOU KNOW I'VE FOUND A WAY」、4「THE KEEPER OF THE GAME」、5「GLASS」、6「WOULD YOU LIKE TO GO」で、B面が、1「MY WORLD FELL DOWN」、2「HOTEL INDISCREET」、3「I'M NOT LIVING HERE」、4「MUSTY DUSTY」、5「THE TRUTH IS NOT REAL」の、全11曲入りです。このアルバム「PRESENT TENSE」は、後にリイシューされた海外盤CDでは、12「ARTIFICAL LIGHT(OF ALL THE LIVING LIES)」、13「GET THE MESSAGE」、14「MASS #586」、15「LOVE'S FATAL WAY」、16「MY WORLD FELL DOWN」モノラル・シングル・ヴァージョン、17「HOTEL INDISCREET」モノラル・シングル・ヴァージョン、18「LONELY GIRL」、19「THE KEEPER OF THE GAME」デモ、20「SISTER MARIE」を加えた全20曲入りになっていて、日本盤CDでは、12「MY WORLD FELL DOWN」、13「HOTEL INDISCREET」、14「ANOTHER TIME」、15「YOU KNOW I'VE FOUND A WAY」、16「THE TRUTH IS NOT REAL」、17「I'M NOT LIVING HERE」、18「THE KEEPER OF THE GAME」、以上モノラル・シングル・ヴァージョン、19「VIRGO」、20「LIBRA」、21「PISCES」を加えた、全21曲入りになっています。今でこそ「ソフト・ロックの歴史的名盤」などと云われているサジタリウスのアルバム「PRESENT TENSE」ですが、リリース当時は相手にされず、ゲイリー・アッシャーはコロムビアを辞めて「トゥゲザー・レコード」を立ち上げるのです。何せ、サジタリウスのアルバム「PRESENT TENSE」は、1991年に日本で世界初CD化されたわけで、1990年代から2000年代にかけては日本でレコード会社主導で「ソフト・ロック・ブーム」みたいな事になっていて、矢鱈と「世界初CD化!」とか「歴史的名盤を発掘!」とか謳われていたわけで、お陰で色々なアルバムを聴ける様にはなったのですけれど、中には酷いアルバムも混じっていたし、何から何まで「名盤!」とか云われるのは困ったちゃんでした。その点で云えば、このサジタリウスのアルバム「PRESENT TENSE」は「アタリ」です。カート・ベッチャーは、現在では「コーラスの魔術師」とまで称されているのです。

サジタリウスは、1969年には2作目のアルバム「THE BLUE MARBLE」をトゥゲザーからリリースしています。内容は、A面が、1「IN MY ROOM」、2「FROM YOU UNTO US」、3「WILL YOU EVER SEE ME」、4「GLADYS」、5「I SING MY SONG」で、B面が、1「THE BLUE MARBLE」、2「LEND ME SMILE」、3「I STILL CAN SEE YOUR FACE」、4「I SEE YOU」、5「CLOUD TALK」の全10曲入りで、CDにはボーナス・トラックとして、11「IN MY ROOM」、12「NAVAJO GIRL」、13「I GUSS THE LOAD MUST BE IN NEW YORK CITY」、14「I STILL CAN SEE YOUR FACE」、以上シングル・ヴァージョン、15「WILL YOU EVER SEE ME」未発表曲、を加えた全15曲入りです。コレも、2001年に日本で世界初CD化されています。カート・ベッチャーを始めとした「ミレニウム」のメンバーも参加していますが、ほとんどがゲイリー・アッシャーによる歌とモーグ・シンセサイザーの演奏で、ゲイリー・アッシャーのソロ・アルバムに近い内容です。それで、カート・ベッチャーですけれど、現在では色々なソロ名義のアルバムがリリースされているものの、リアルタイムでのソロ・アルバムは1973年にエレクトラからリリースされたアルバム「THERE'S AN INNOCENT FACE」だけです。内容は、A面が、1「I LOVE YOU MORE EACH DAY」、2「SUCH A LADY」、3「SHE'LL STAY WITH YOU」、4「LOVE YOU YES I DO」、5「WITHOUT HER」、6「ROBBY CALIFORNIA」で、B面が、1「THE CHOICE IS YOURS」、2「MALACHI STAR」、3「LAY DOWN」、4「I'VE BEEN WRONG」、5「WUFFERTON FROG」の、全11曲入りです。コレも、1998年に日本で世界初CD化されています。このアルバム「THERE'S AN INNOCENT FACE」にも、ゲイリー・アッシャーがエグゼクティブ・プロデューサーとして関わっています。他にもカート・ベッチャー名義のアルバムは何作か持っていますけれど(中には前述の「ALONG COMES MARY」のデモ音源まで収録されている)、それらは死後の発掘音源集ばかりなのです。カート・ベッチャーは1987年6月14日に43歳で亡くなり、ゲイリー・アッシャーは1990年5月25日に51歳で亡くなっているので、自分たちが作った音源が死後にドンドン出されて「歴史的名盤!」とか云われているのを、永遠に知らないのです。

(小島イコ)

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「332万アクセスの、三期生スペシャル」



当ブログのアクセス数が、332万を超えました。今後とも、何卒宜しくお願い致します。

(小島イコ/姫川未亜)

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2026年03月28日

「ポールの道」#1042「BEAT THE BEATLES」
#091「THE ASSOCIATION」

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1964年の「ブリティッシュ・インヴェイジョン」によって、それまで米国で人気があったバンドは時代遅れとされて、生き残ったのはビーチ・ボーイズとフォー・シーズンズだけだったと云われています。しかしながら、ビートルズを筆頭とする英国のバンドに対抗する為に、新たに米国のバンドが結成されて人気になったりもしています。代表的な例として「モンキーズ」の様に、顔出しのメンバーはオーディションで選んで、職業作家が曲を書いて、演奏はスタジオ・ミュージシャンが行うと云うシステムでのバンドもあります。そんなビートルズに対抗出来たバンドで成功したひとつが、1965年にデビューした「アソシエイション」です。アソシエイションのメンバーは、ジュールズ・アレキサンダー(ヴォーカル、ギター)、テリー・カークマン(ヴォーカル、管楽器)、ブライアン・コール(ヴォーカル、ベース)、ラス・ギグアー(ヴォーカル、パーカッション、ギター)、テッド・ブルーシェル(ヴォーカル、ドラムス)、ボブ・ペイジ(ヴォーカル、ギター)の6人がオリジナル・メンバーですが、ボブ・ペイジはすぐに脱退して、代わりにジム・イエスター(ヴォーカル、キーボード、ギター)が加入しました。アソシエイションは1965年にシングル「BABY I'M GONNA LEAVE YOU」でジュビリーからデビューして、同年にボブ・ディランのカバーでシングル「ONE TOO MANY MORNINGS」をヴァリアントからリリースしますがヒットせず、翌1966年にヴァリアントからのシングル「ALONG COMES MARY」が全米7位となりブレイクしました。その後は、1966年のヴァリアントからのシングル「CHERISH」が全米首位!となり、1967年のワーナーからのシングル「WINDY」も全米首位!となり、同年のワーナーからのシングル「NEVER MY LOVE(かなわぬ恋)」が全米2位となり、1968年のワーナーからのシングル「EVERYTHING THAT TOUCHES YOU(恋にタッチはご用心)」が全米10位となりますが、1969年頃から以前の様な大ヒット曲には恵まれていません。

アソシエイションのアルバムは、2016年にライノ/ワーナーから「THE ASSOCIATION ORIGINAL ALBUM SERIES」として5作がまとめてリリースされています。アソシエイションに限らず、この「ORIGINAL ALBUM SERIES」はCD5枚で驚く程の安値で売られているので、興味があるバンドなら買って損はありません。先ず、1966年7月にワーナー/ヴァリアントからリリースされたデビュー・アルバム「AND THEN ... ALOMG COMES THE ASSOCIATION」は、A面が、1「ENTER THE YOUNG」、2「YOUR OWN LOVE」、3「DON'T BLAME IT ON ME」、4「BLISTERED」、5「I'LL BE YOUR MAN」、6「ALONG COMES MARY」で、B面が、1「CHERISH」、2「STANDING STILL」、3「MESSAGE OF OUR LOVE」、4「ROUND AGAIN」、5「REMEMER」、6「CHANGES」の、全12曲入りです。このデビュー・アルバムは、カート・ベッチャーがプロデュースして、演奏はレッキング・クルーに任せて、アソシエイションはヴォーカルに専念していて、全米5位まで上がりました。つづいて、早くも1966年11月には2作目のアルバム「RENAISSANCE」をワーナー/ヴァリアントからリリースしていて、内容は、A面が、1「I'M THE ONE」、2「MEMORIES OF YOU」、3「ALL IS MINE」、4「PANDORA'S GOLDEN HEEBIE JEEBIES」、5「ANGELINE」、6「SONG IN THE WIND」で、B面が、1「YOU MAY THINK」、2「LOOKING GLASS」、3「COME TO ME」、4「NO FAIR AT ALL」、5「YOU HEAR ME CALL YOUR NAME」、6「ANOTHER TIME, ANOTHER PLACE」の、全12曲入りです。この2作目のアルバムでは、カート・ベッチャーを降板させて、ジム・イエスターの兄弟で元モダン・フォーク・カルテットのジェリー・イエスターにプロデュースを任せて、全曲をメンバーが書いて、演奏も全てメンバーが行っていますが、全米34位と振るいませんでした。

それで、ヴァリアントがワーナーに吸収された1966年末にはジュールズ・アレキサンダーが脱退してしまい、ラリー・ラモスが加入して、1967年6月には、3作目のアルバム「INSIGHT OUT」をワーナーからリリースしていて、内容は、A面が、1「WASN'T IT A BIT LIKE NOW」、2「ON A QUIET NIGHT」、3「WE LOVE US」、4「WHEN LOVE COMES TO ME」、5「WINDY」、6「REPUTATION」で、B面が、1「NEVER MY LOVE」、2「HAPPINESS IS」、3「SOMETIME」、4「WANTIN' AIN'T GETTIN'」、5「REQUIEM FOR THE MASSES」の、全11曲入りです。この3作目のアルバム「INSIGHT OUT」は、演奏はレッキング・クルーに任せて、ボーンズ・ハウがプロデュースしていて、大ヒット曲である「WINDY」と「NEVER MY LOVE」が収録されている事もあって、全米8位とヒットしました。1968年3月には、4作目のアルバム「BIRTHDAY」をワーナーからリリースしていて、内容は、A面が、1「COME ON IN」、2「ROSE PETALS, INCENSE AND A KITTEN」、3「LIKE ALWAYS」、4「EVERYTHING THAT TOUCHES YOU」、5「TOYMAKER」で、B面が、1「BAREFOOT GENTLEMAN」、2「TIME FOR LIVIN'」、3「HEAR IN HERE」、4「THE TIME IT IS TODAY」、5「THE BUS SONG」、6「BIRTHDAY MORNING」の、全11曲入りです。この4作目のアルバム「BIRTHDAY」も、前作に続いてボーンズ・ハウがプロデュースして、演奏はメンバーとレッキング・クルーで、全米23位まで上がっています。同1968年11月には、公式のベスト・アルバム「THE ASSOCIATION GREATEST HITS!」をワーナーからリリースしていて、内容は、A面が、1「THE TIME IT IS TODAY」、2「EVERYTHING THAT TOUCHES YOU」、3「LIKE ALWAYS」、4「NEVER MY LOVE」、5「REQUIEM FOR THE MASSES」、6「ALONG COMES MARY」で、B面が、1「ENTER THE YOUNG」、2「NO FAIR AT ALL」、3「TIME FOR LIVIN'」、4「WE LOVE US」、5「CHERISH」、6「WINDY」、7「SIX MAN BAND」の、全13曲入りです。このベスト・アルバム「THE ASSOCIATION GREATEST HITS!」は、全米4位とヒットしています。

最後の「SIX MAN BAND」は、1968年のシングルでオリジナル・アルバムには未収録ですが、1969年にジュールズ・アレキサンダーが復帰して7人組になったので「SEVEN MAN BAND」と変えて披露される様になった曲です。1969年3月には、映画「さよならコロンバス」のサントラ盤「GOODBYE, COLUMBUS」をワーナーからリリースしていて、内容は、1「GOODBYE, COLUMBUS」、2「HOW WILL I KNOW YOU?」、3「DARTMOUTH? DARTMOUTH!」、4「GOODBYE, COLUMBUS」、5「RON'S REVERIE」で、B面が、1「IT'S GOTTA BE REAL」、2「A MOMENT TO SHARE」、3「LOVE HAS A WAY」、4「A TIME FOR LOVE」、5「SO KIND TO ME(BRENDA'S THEME)」の、全10曲入りです。このサントラ盤はジョン・ボイランのプロデュースですが、全米99位までしか上がっていません。そして、1969年8月には5作目のアルバム「THE ASSOCIATION」をワーナーからリリースしていて、内容は、A面が、1「LOOK AT ME, LOOK AT YOU」、2「YES, I WILL」、3「LOVE AFFAIR」、4「THE NEST」、5「WHAT WERE THE WORDS」、6「ARE YOU READY」で、B面が、1「DUBUQUE BLUES」、2「UNDER BRANCHES」、3「I AM UP FOR EUROPE」、4「BROCCLI」、5「GOODBYE FOREVER」、6「BOY ON THE MOUNTAIN」の、全12曲入りです。タイトルがグループ名で気合が入っていて、ジョン・ボイランとアソシエイションの共同プロデュースですが、全米32位と云う成績でした。アソシエイションは、翌1970年にはLP2枚組のライヴ・アルバム「THE ASSOCIATION “LIVE”」(全米79位)を、1971年には6作目のスタジオ・アルバム「STOP YOUR MOTOR」(全米158位)を、1972年には7作目のスタジオ・アルバム「WATERBEDS IN TRINIDAD!」(全米194位)をリリースしますが、全盛期は「THE ASSOCIATION ORIGINAL ALBUM SERIES」で聴けます。但し、シングルのみの曲もあるので、ベスト・アルバムも加えれば完璧でしょう。コーラスが魅力のバンドですけれど、ビーチ・ボーイズやフォー・シーズンズとはまた違ったスタイルで、分かり易く云えば、タツローの「クリスマス・イブ」の最後の方のコーラスは、もろにアソシエイションです。

(小島イコ)

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「駆込み女と駆出し男」で内山理名ちゃん

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WOWOWプラス 16:00〜18:30

2015年公開作品

内山理名 AS 戸賀崎ゆう

「駆込み女と駆出し男」の、今年4回目の放送です。WOWOWプラスは一度ラインナップに入れると、集中して何度も繰り返し放送します。理名ちゃんが演じたゆうさんは、駆込み女のひとりで、物語のカギを握る重要な役どころです。事情があって最初は男装で登場しますが、時代劇では珍しくお色直しが何回もあります。2時間半の長尺な映画で、ゆうさんはいいところで登場し、その後は最後まで出ずっぱりで、クライマックスも「ゆうさん絡み」なので「裏ヒロイン」と云った感じです。

(姫川未亜)

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2026年03月27日

「ポールの道」#1041「BEAT THE BEATLES」
#090「THE FOUR SEASONS」

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1964年にビートルズが全米制覇を成し遂げて、それをきっかけに他の英国のバンドが続々と米国のチャート入りを果たした「ブリティッシュ・インヴェイジョン」の旋風に、それ以前から第一線で活躍していて対抗出来た米国のグループは、ビーチ・ボーイズとフォー・シーズンズだけだと云われています。フォー・シーズンズは、1953年頃から音楽活動を始めたフランキー・バリが、何度か改名して1956年に「フォー・ラヴァーズ」となって、1960年に「フォー・シーズンズ」と改名しました。フォー・シーズンズのオリジナル・メンバーは、フランキー・ヴァリ(リード・ヴォーカル)、ボブ・ゴーディオ(キーボード、テナー・ヴォーカル)、トミー・デヴィート(リード・ギター、バリトン・ヴォーカル)、ニック・マッシ(ベース・ギター、バス・ヴォーカル)の4人です。フォー・シーズンズとしても、始めの内はヒットに恵まれなかったものの、1962年のシングル「SHERRY」が全米首位!となり、つづくシングル「BIG GIRLS DON'T CRY(恋のヤセがまん)」も全米首位!となり、翌1963年のシングル「WALK LIKE A MAN(恋のハリキリ・ボーイ)」も全米首位!となり、シングル「CANDY GIRL」は全米3位となり、ビートルズがやって来る前に米国の大人気グループとなっていました。奇しくも、当時のフォー・シーズンズがレコードを出していたヴィージェイに、ビートルズは米国で最初に契約をしていて、勝手にフォー・シーズンズとビートルズをカップリングにしたレコードを出されたりもしました。ビートルズが米国に上陸した後も、1964年のシングル「DAWN(GO AWAY)(悲しき朝やけ)」は全米3位、シングル「RONNIE」は全米6位、シングル「RAG DOLL(悲しきラグ・ドール)」は全米首位!となり、翌1965年にもシングル「LET'S HANG ON!」が全米3位、更に1966年にもシングル「WORKING MY WAY BACK(君のもとへ帰りたい)」が全米9位、シングル「I'VE GOT YOU UNDER MY SKIN(君はしっかり僕のもの)」が全米9位、シングル「TELL IT TO THE RAIN」が全米10位、1967年のシングル「C'MON MARIANNE」が全米9位となっています。

更に、フランキー・ヴァリはソロ活動も行っていて、1967年にはシングル「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU(君の瞳に恋してる)」が全米2位と大ヒットしていて、1970年代に入ってからも、ソロの1974年のシングル「MY EYES ADORED YOU(瞳の面影)」が全米首位!、1978年のシングル「GREASE」も全米首位!1975年のフォー・シーズンズとしてのシングル「WHO LOVES YOU(愛はまぼろし)」が全米3位、シングル「DECEMBER, 1963(OH, WHAT A NIGHT)(1963年12月(あのすばらしき夜))」が全米首位!となっています。1969年頃にはサイケデリック・ポップスになったり、1970年代にはディスコ路線になったりもしていますけれど、まあ、アノ頃はビーチ・ボーイズやウイングスやローリング・ストーンズもディスコをやったりしていたわけで、ビージーズが売れたからみんなマネしたのでしょう。フォー・シーズンズの場合は、沈没したビーチ・ボーイズと違って、ディスコ路線でも一時期は売れました。2005年にはフォー・シーズンズを題材にしたミュージカル「ジャージー・ボーイズ」が上演されて、2014年にクリント・イーストウッド監督で映画化もされています。フォー・シーズンズは何度もメンバー・チェンジを繰り返していますが、フランキー・ヴァリとボブ・ゴーディオの二人はずっと在籍していて、ボブ・ゴーディオが引退した後はフランキー・ヴァリのみがオリジナル・メンバーとして活動しています。フランキー・ヴァリは90歳を超えていると思われるのですけれど、元気ですなあ。フォー・シーズンズは長いキャリアがあるので、GONE、ヴィージェイ、フィリップス、モータウン、ワーナー、MCA、CURBと、レーベルを渡り歩いているのですけれど、ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」が好評だったので、2007年にライノから、レーベルを越えた3CD+1DVDのベスト・アルバム「... JERDEY BEAT ... THE MUSIC OF FRANKIE VALLI & THE 4 SEASONS」がリリースされています。フォー・シーズンズだけではなく、フランキー・ヴァリのソロでのヒット曲も含めた内容です。

CD1は、1「SHERRY」、2「BIG GIRLS DON'T CRY」、3「WALK LIKE A MAN」、4「AIN'T THAT A SHAME」、5「CANDY GIRL」、6「MARLENA」、7「PEANUTS」、8「ALONE(WHY MUST I BE ALONE)」、9「STAY」、10「LITTLE BOY(IN GROWN UP CLOTHES)」、11「DAWN(GO AWAY)」、12「BIG MAN'S WORLD」、13「MARCIE」、14「SILENCE IS GOLDEN」、15「HUNGGIN' MY PILLOW」、16「RONNIE」、17「RAG DOLL」、18「SAVE IT FOR ME」、19「BIG MAN IN TOWN」、20「BYE, BYE, BABY(BABY, GOODBYE)」、21「BETRAYED」、22「TOY SOLDIER」、23「GIRL COME RUNNING」、24「LET'S HANG ON!」、25「DON'T THINK TWICE(IT'S ALL RIGHT)」、26「THE SUN AIN'T GONNA SHINE(ANYMORE)」、27「(YOU'RE GONNA)HURT YOURSELF」、28「PITY」、29「YOU'RE READY NOW」、30「COUSIN BRUCIE GO GO」の、全30曲入りです。1962年から1966年までの楽曲で、フォー・シーズンズが「ワンダー・フー?」と云う変名でリリースしたボブ・ディランのカバー「DON'T THINK TWICE(IT'S ALL RIGHT)」(全米12位)や、フランキー・ヴァリのソロ曲「THE SUN AIN'T GONNA SHINE(ANYMORE)」、「(YOU'RE GONNA)HURT YOURSELF」、「YOU'RE READY NOW」も収録されています。ベイ・シティ・ローラーズがカバーしてヒットさせた「BYE, BYE, BABY(BABY, GOODBYE)」はフォー・シーズンズがオリジナルですし、ウォーカー・ブラザーズがカバーしてヒットさせた「THE SUN AIN'T GONNA SHINE(ANYMORE)」はフランキー・ヴァリがオリジナルです。そのイントロは、大瀧師匠の「恋するカレン」に引用されています。1957年のシェパード・シスターズのカバー「ALONE(WHY MUST I BE ALONE)」は、タツローもアカペラでカバーしています。

CD2は、1「WORKING MY WAY BACK TO YOU」、2「CAN'T GET ENOUGH OF YOU BABY」、3「EVERYBODY KNOWS MY NAME」、4「COMIN' UP IN THE WORLD」、5「BEGGARS PARADE」、6「OPUS 17(DON'T YOU WORRY ’BOUT ME)」、7「I'VE GOT YOU UNDER MY SKIN」、8「THE PROUD ONE」、9「TELL IT TO THE RAIN」、10「BEGGIN'」、11「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」、12「C'MON MARIANNE」、13「LONESOME ROAD」、14「AROUND AND AROUND」、15「I MAKE A FOOL MYSELF」、16「WATCH THE FLOWERS GROW」、17「RAVEN」、18「TO GIVE(THE REASON I LIVE)」、19「WILL YOU LOVE ME TOMORROW」、20「GOOD-BYE GIRL」、21「SATURDAY'S FATHER」、22「ELECTRIC STORIES」、23「SOMETHING ON HER MIND」、24「IDAHO」、25「GENUINE IMITATION LIFE」の、全25曲入りです。こちらは、1966年から1969年までの曲で、「LONESOME ROAD」は変名ワンダー・フー?名義で、「THE PROUD ONE」、「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」、「I MAKE A FOOL MYSELF」、「TO GIVE(THE REASON I LIVE)」の4曲はフランキー・ヴァリのソロなんですけれど、「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」が大ヒットしたので、次の「I MAKE A FOOL MYSELF」(全米18位)が、思いっ切り「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」の二番煎じになっています。同じ人(ボブ・クルー&ボブ・ゴーディオ)が書いているのですけれど、コレを他人がやらかしたら盗作だとか淋しい云い方をされそうな位に似ています。フォー・シーズンズやフランキー・ヴァリの曲は、ほとんどがこのコンビが書いているわけですけれど、他人にパクられる前に自分たちでパクったのでしょうなあ。「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」は色々なミュージシャンがカバーしていますが、オリジナルはこのフランキー・ヴァリです。サイケに走った「GENUINE IMITATION LIFE」は、思いっ切り「HEY JUDE」なんですけれどね。

CD3は、1「AND THAT REMINDS ME(MY HEART REMINDS ME)」、2「THE GIRL I'LL NEVER KNOW(ANGELS NEVER FLY THIS LOW)」、3「SHE GIVES ME LIGHT」、4「PATCH OF BLUE」、5「HEARTACHES AND RAINDROPS」、6「LAY ME DOWN(WAKE ME UP)」、7「WHERE ARE MY DREAMS」、8「SLEEPING MAN」、9「THE NIGHT」、10「MY EYES ADORED YOU」、11「SWEARIN' TO GOD」、12「WHO LOVES YOU」、13「OUR DAY WILL COME」、14「DECEMBER, 1963(OH, WHAT A NIGHT)」、15「SLVER STAR」、16「FALLEN ANGEL」、17「RHAPSODY」、18「GREASE」、19「EAST MEETS WEST」、20「STREETFIGHTER」、21「HOPE AND GLORY」の、全21曲入りで、3CDの合計76曲入りです。CD3は、1969年から1992年までの曲となっていて、「THE GIRL I'LL NEVER KNOW(ANGELS NEVER FLY THIS LOW)」、「MY EYES ADORED YOU」、「SWEARIN' TO GOD」、「OUR DAY WILL COME」、「FALLEN ANGEL」、「GREASE」の6曲は、フランキー・ヴァリのソロです。そして、1984年のシングル「EAST MEETS WEST」は、フォー・シーズンズとビーチ・ボーイズの共演盤です。この曲は、ボブ・クルー&ボブ・ゴーディオが書いているからなのか、このフォー・シーズンズのベスト・アルバムには収録されていますが、ビーチ・ボーイズのアルバムにはあたくしが知る限りでは収録されていません。「東のフォー・シーズンズ、西のビーチ・ボーイズ」と云われていた両者の共演なのですけれど、それほど話題になっていないのは、このフォー・シーズンズのベスト・アルバムでしか聴けないからでもあるのでしょう。フォー・シーズンズとビーチ・ボーイズは、共にドゥーワップを元にしているコーラスが売りのひとつで、リード・ヴォーカルがファルセットで歌うと云う共通点があるので、共演するのは自然な事でしたが、1960年代前半だったら良かったのに、1984年にもなってからやられてもなあ、と云う感じだったのでしょうなあ。

DVDは、1「BIG GIRLS DON'T CRY」、2「1964 MEDLEY:SHERRY / WALK LIKE A MAN / BIG GIRLS DON'T CRY / DAWN(GO AWAY) / RAG DOLL / BROTHERHOOD OF MAN」、3「WORKING MY WAY BACK TO YOU」、4「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」、5「LET'S HANG ON!」、6「SATURDAY'S FATHER」、7「(YOU'RE GONNA)HURT YOURSELF」、8「I'VE GOT YOU UNDER MY SKIN」、9「DAWN(GO AWAY)」、10「WHO LOVES YOU」、11「RHAPSODY」、12「DECEMBER, 1963(OH, WHAT A NIGHT)」の、全12曲入りです。こちらは、貴重な映像が収録されていて、1「BIG GIRLS DON'T CRY」は1963年の「スティーヴ・アレン・ショー」での演奏で、2「1964 MEDLEY:SHERRY / WALK LIKE A MAN / BIG GIRLS DON'T CRY / DAWN(GO AWAY) / RAG DOLL / BROTHERHOOD OF MAN」は1964年の「オン・ブロードウェイ・トゥナイト」からの演奏で、3「WORKING MY WAY BACK TO YOU」は1966年の「ハラバルー」からの演奏で、4「CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU」はフランキー・ヴァリのソロで1967年の「ビター・エンド」からの演奏で、5「LET'S HANG ON!」は1971年の「トップ・オブ・ザ・ポップス」からの演奏で、6「SATURDAY'S FATHER」は1968年の「クラフト・ミュージック・ホール」からの演奏で、7「(YOU'RE GONNA)HURT YOURSELF」は1968年の「ジョーイ・ビショップ・ショー」からの演奏で、8「I'VE GOT YOU UNDER MY SKIN」は1971年の「トップ・オブ・ザ・ポップス」からの演奏です。9「DAWN(GO AWAY)」は1972年のロスアンゼルスでのライヴ映像で、10「WHO LOVES YOU」は1974年の、11「RHAPSODY」は1976年の、12「DECEMBER, 1963(OH, WHAT A NIGHT」は1975年の、それぞれプロモーション・フィルムです。音源が76曲に映像が12曲の、87曲に及ぶ決定盤ベスト・アルバムとなっておりましてですね、時流に乗って演奏スタイルは変化するのですけれど、基本的なコーラスは変わっていないのが肝ですし、大瀧師匠やタツローが下敷きにしたと思われる曲も満載です。

(小島イコ)

つげ義春さんが亡くなりました。長い間、新作マンガは発表されていなかったけれど、やはりショックです。特に影響を受けたのは「必殺するめ固め」や「ヨシボーの犯罪」と云った夢を題材にした作品で、アレは一寸他の人には描けないと思います。でも、一番好きなのは「海辺の叙景」だったりします。ご冥福をお祈りいたします。

(小島イコ/姫川未亜/鳴海月)

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「確証〜警視庁捜査三課」(再)で内山理名ちゃん

オール・シングス・マスト・パス


TBSチャンネル1 14:00〜15:50

内山理名 AS 武田秋穂

「確証〜警視庁捜査三課」の、今年初めての再放送です。理名ちゃんが旦那さんと刑事の相棒役で初共演して出逢ったドラマですが、同じ原作で2013年に同じTBSで榮倉奈々ちゃんと高橋克実さんのコンビで連続ドラマとして放送された同名作品のリメイクです。この単発ドラマは、連ドラの第1話と第2話と同じ話なので続きがあるわけで、続編で夫婦共演も期待したいところでしたけれど、お子さんも誕生して、プライベート感が出過ぎるので難しいかもしれません。このドラマでは、最後の方で、何故かジョージ・ハリスンの名曲「ISN'T IT A PITY」が流れます。音楽担当の方の趣味なんでしょうけれど、興味がある方はジョージのアルバム「ALL THINGS MUST PASS」を聴いて下さい。ベスト・アルバム「LET IT ROLL」にも収録されていますけれど、あのベスト・アルバムは何だかよく分からない選曲なので、オリジナル・アルバムがオススメです。何せ「ロックの金字塔」と呼ばれた名盤ですからね。LPは3枚組ですけれど、CDは2枚組です。

本放送:2017年11月6日(TBS)

(小島イコ/姫川未亜)

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2026年03月26日

「ポールの道」#1040「BEAT THE BEATLES」
#089「THE FLOWERPOT MEN」「THE FIRST CLASS」

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1964年にビートルズが全米制覇を成し遂げて、つづいて英国のバンドが続々と米国に押し寄せる「ブリティッシュ・インヴェイジョン」が起こり、米国のバンドもビーチ・ボーイズを始めとしてその波に対抗しました。しかしながら、例えばビーチ・ボーイズの場合は、逆に英国に上陸して、英国での人気が爆発したりもしています。特に1966年以降は、ビーチ・ボーイズの1966年のアルバム「PET SOUNDS」は、全米10位と米国でもヒットしていますが、英国では全英2位まで上がっていて、つづく1967年のアルバム「SMILEY SMILE」は全米41位までしか上がっていないものの、全英9位まで上がり、同年のアルバム「WILD HONEY」は全米24位なのに全英7位で、1968年のアルバム「FRIENDS」は全米126位なのに全英13位で、1969年のアルバム「20/20」は全米68位なのに全英3位となっています。シングルも、英国では、1966年の「GOD ONLY KNOWS」が全英2位(全米39位、但しB面)、シングル「GOOD VIBRATIONS」が全英首位!(全米首位!)、1967年には英国独自シングル「THEN I KISSED HER」が全英5位(全米リリースなし)、シングル「HEROES AND VILLAINS」が全英8位(全米12位)、シングル「DARLIN'」が全英11位(全米19位)、1968年のシングル「DO IT AGAIN」が全英首位!(全米10位)、1969年のシングル「I CAN HEAR MUSIC」が全英10位(全米24位)、シングル「BREAK AWAY」が全英6位(全米63位)、1970年のシングル「COTTON FIELDS」が全英5位(全米103位)と軒並み大ヒットしていて、人気投票でビートルズを抜いて首位!となっていたのです。となると、今度は英国のバンドがビーチ・ボーイズのマネをする逆転現象が起こりました。何せ、ビートルズが1968年に「BACK IN THE U.S.S.R.」や「WILD HONEY PIE」と云ったビーチ・ボーイズをマネした曲をリリースしていて、既にアルバム「PET SOUNDS」の時点で影響されて、1966年に「HERE, THERE AND EVERYWHERE」をリリースしていたのです。これらの曲は、全てをポール・マッカートニーが書いています。

それで、1967年には英国のバンド「フラワーポット・メン」が登場して、「LET'S GO TO SAN FRANCISCO」と云うビーチ・ボーイズに酷似した楽曲をリリースして全英4位とヒットさせました。このバンドは、元・アイヴィー・リーグのジョン・カーターとケン・ルイスが仕掛けたスタジオ・バンドで、つまり実在するバンドではなかったのですけれど、「LET'S GO TO SAN FRANCISCO」が売れたので、ツアー用にスタジオ・ミュージシャン(ディープ・パープルのジョン・ロードも含む)と、トニー・バロウズ、ニール・ランドン、ピート・ネルソン、ロビン・ショウ、の4人のセッション・ヴォーカリストを雇って、ライヴはその面々が行っています。それで、スタジオではジョン・カーターとケン・ルイスが中心となって曲を書いてレコーディングして、テレビ出演やツアーは影武者が務めると云う体制で活動していたのです。結局はシングル4枚と「フレンズ」と改名しての1枚の計5枚のシングルだけで終わったバンドですが、それら10曲に未発表4曲を加えたCD「LET'S GO TO SAN FRANCISCO」が、1993年に日本のセンチュリーからリリースされています。内容は、1「LET'S GO TO SAN FRANCISCO(PART 1)」、2「LET'S GO TO SAN FRANCISCO(PART 2)」、3「A WALK IN THE SKY」、4「AM I LOSING YOU」、5「YOU CAN NEVER BE WRONG」、6「A MAN WITHOUT A WOMAN」、7「BUSY DOING NOTHIN'」、8「WHITE DOVE」、9「JOURNEY'S END」、10「MYTHOLOGICAL SUNDAY」、11「BLOW AWAY」、12「PICCOLO MAN」、13「LET'S GO BACK TO SAN FRANCISCO」、14「SILICON CITY」の、全14曲入りです。売れたのは「LET'S GO TO SAN FRANCISCO」だけですが、前述の通り仕掛け人であるジョン・カーターとケン・ルイスは、元々はアイヴィー・リーグでヒット曲をリリースしていたし、作家としても多くのバンドやミュージシャンに楽曲を提供したり、コーラスで参加したりしていました。故に、フラワーポット・メンとしては「一発屋」ですけれど、実はそうではないのです。ライヴ用に呼ばれたトニー・バロウズは、その後にスタジオ・レコーディングでもリード・ヴォーカルを担当していますが、他のグループ名義でも歌っています。ソロ・シングルもリリースしているものの、そっちはサッパリ売れていません。

それで、トニー・バロウズは、別名義で5曲の大ヒット曲、「MY BABY LOVES LOVIN'」ホワイトプレインズ(全英9位・全米13位)、「LOVE GROWS(WHERE MY ROSEMARY GOES)」エイジソン・ライトハウス(全英首位!・全米5位)、「UNITED WE STAND」ブラザーフッド・オブ・マン(全英10位・全米13位)、「GIMME DAD DING」ピプキンズ(全英6位・全米9位)、「BEACH BABY」ファースト・クラス(全英13位・全米4位)を持つ「一発屋」と云う訳が分からないシンガーとなったのです。1974年に、その「ファースト・クラス」と云う名の英国のバンドが登場して、これまたビーチ・ボーイズに酷似した「BEACH BABY」と云う曲をリリースして、全英13位・全米4位と大ヒットさせました。この楽曲を書いたのは、ジョン・カーターと妻であるジル・シェイクスピアです。ジョン・カーターは、再びトニー・バロウズと、新たにチャズ・ミルズを起用して、3人でスタジオ・レコーディングしたのが「ファースト・クラス」の正体です。それで、またしても売れたのですが、ジョン・カーターとトニー・バロウズとチャズ・ミルズの3人はレコーディングに専念して、ライヴ用に5人のメンバーを雇ってツアーを行わせていました。ジャケット写真には8人いますが、スタジオ3人とライヴ5人で、ライヴ5人はレコーディングには参加していません。ファースト・クラスはUKから2作のアルバムをリリースしていて、1993年にやはり日本のセンチュリーから「2 in 1」で全曲集CD「BEACH BABY & OTHER ASSORTED SONGS」としてリリースされました。内容は、1「BEACH BABY」、2「WON'T SOMEBODY HELP ME」、3「WHAT BECAME OF ME?」、4「SURFER QUEEN」、5「FIRDT DAY OF YOUR LIFE」、6「LONG TIME GONE」、7「FUNNY HOW LOVE CAN BE」、8「DREAMS ARE TEN A PENNY」、9「BOBBY DAZZLER」、10「THE DISCO KID」、11「I WAS ALWAYS A JOKER」、12「I WAS A STAR」、13「SMILES ON A SUMMER NIGHT」、14「CHILD'S PLAY」、15「OLD TIME LOVE」、16「BABY BLUE」、17「LIFE IS WHATEVER YOU WANT IT TO BE」、18「CARRY ON SINGING MY SONG」、19「AIN'T NO LOVE」、20「SEVEN-TEN TO NOWHERE」、21「AUTUMN LOVE」、22「AND SHE CRIED」の、全22曲入りで、1〜11が1作目で、12〜22が2作目です。フラワーポット・メンもファースト・クラスも、その名前では「一発屋」なのですが、ジョン・カーターやトニー・バロウズは「一発屋」ではないと云う、なかなか複雑な事になっております。

(小島イコ)

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2026年03月25日

「ナイアガラ考」#119「RING-A-BELL」30th Anniversary Deluxe Edition

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今年(2026年)3月21日には、「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1」50周年記念盤だけではなく、渡辺満里奈さんのミニ・アルバム「RING-A-BELL」の30周年記念盤もリリースされました。リリース情報としては、こちらの「RING-A-BELL」30周年記念盤の方が先で、後出しで「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1」50周年記念盤が告知されました。ミニ・アルバム「RING-A-BELL」は、1996年3月21日に、当時大瀧師匠が設立したYoo-Loo(Oo RECORDS)からリリースされていて、オリジナル盤は、1「金曜日のウソつき」、2「ばっちりキスしましょ」、3「ダンスが終わる前に」、4「約束の場所まで」、5「あなたから遠くへ」、6「うれしい予感(アルバム・ヴァージョン)」の、全6曲入りでした。今回の30周年記念盤は、2CDにボリューム・アップされていて、CD1は、1「うれしい予感(アルバム・ヴァージョン)」、2「金曜日のウソつき」、3「ばっちりキスしましょ」、4「ダンスが終わる前に」、5「高い空遠い街」、6「冬の星座」、7「約束の場所まで」、8「あなたから遠くへ」の、全8曲入りです。オリジナル盤では最後に収録されていた「うれしい予感(アルバム・ヴァージョン)」が1曲目になっていて、「高い空遠い街」と「冬の星座」が新たに加わっています。つまりこの2曲は当時はボツ音源だったのでしょうけれど、完成度は高いです。何せ「高い空遠い街」はター坊こと大貫妙子さんの書き下ろしで、文部省唱歌「冬の星座」は渡辺満里奈さんと大滝詠一さんのデュエットなのです。「高い空遠い街」は、一聴してター坊が書いたと分かる名曲ですし、1996年の大瀧師匠の歌声が聴ける「冬の星座」も貴重音源です。オリジナル盤に入っていた曲では、佐野元春さんが書き下ろした「ダンスが終わる前に」は多羅尾伴内(大瀧師匠の変名)の編曲で、ナイアガラらしい楽曲で、佐野さんはセルフ・カバーしています。この曲は世紀のトンデモ盤「Happy Ending」に大滝詠一さんによるガイド・ヴォーカルでアレンジを薄っぺらにしたヴァージョンで収録されていて、神をも恐れぬ愚行でした。「あなたから遠くへ」は、1972年に細野晴臣さんがプロデュース(元々は大瀧師匠が手掛けていたものの降板)した金延幸子さんの曲のカバーで、大瀧師匠の編曲です。

メインだった「うれしい予感」は、アニメ「ちびまる子ちゃん」のテーマ曲で、作詞はさくらももこさんで、作編曲は大瀧師匠の書き下ろしでした。この曲は「君は天然色」の姉妹編となっていますけれど、元ネタはピクシーズ・スリーの「COOL COOL WINTER」で、イントロはもろにビートルズの「PLEASE PLEASE ME」となっています。「うれしい予感」には「TV ヴァージョン」と「シングル・ヴァージョン」と「アルバム・ヴァージョン」と「アルバム・ヴァージョンをシングル・ヴァージョンの長さに編集したヴァージョン」と「ストリングス・ヴァージョン」と「カラオケ・ヴァージョン」と「ナイアガラ・トライアングル・ヴァージョン」と「ライヴ・ヴァージョン」があってですね、今回は「アルバム・ヴァージョン(大瀧師匠とタツローの合いの手コーラス抜きで大サビ入り)」と「TV ヴァージョン」と「ナイアガラ・トライアングル・ヴァージョン」と「カラオケ・ヴァージョン」と「ライヴ・ヴァージョン」が収録されています。さて、問題はCD2で、内容は、1「うれしい予感」、2「LINER NOTES BY MARINA'S VOICE」、3「正月のモチつき」、4「ダンスが終わる前に」、5「あなたから遠くへ」、6「うれしい予感」、7「金曜日のウソつき」、8「ばっちりキスしましょ」、9「ダンスが終わる前に」、10「高い空遠い街」、11「冬の星座」、12「約束の場所まで」、13「あなたから遠くへ」、14「うれしい予感」、15「それはぼくぢゃないよ」、16「うれしい予感」、17「ダンスが終わる前に」の、全17曲入りで、合計25曲入りです。オリジナル盤は全6曲入りですから、今回はボーナス・トラックが19曲も加わっている事となりました。1「うれしい予感」はTVサイズ、2「LINER NOTES BY MARINA'S VOICE」は渡辺満里奈さんが自ら語るオリジナル盤の解説、3「正月のモチつき」はトータス松本さんが歌う「金曜日のウソつき」の替え歌(歌詞翻訳:伊藤銀次、トータス松本)、4「ダンスが終わる前に」は大滝詠一さんによるガイド・ヴォーカル(但し「Happy Ending」版みたいなスカスカなアレンジではなく、豪華絢爛な渡辺満里奈さんヴァージョンと同じオケ)、5「あなたから遠くへ」はストリングスなしのヴァージョン、6「うれしい予感」はナイアガラ・トライアングル・ヴァージョンです。

この「うれしい予感」のナイアガラ・トライアングル・ヴァージョンは、渡辺満里奈さんのヴァージョンと、大滝詠一さんによるガイド・ヴォーカルと、新たに大サビをトータス松本さんが歌っているヴァーチャル共演で、基本的にはシングル・ヴァージョンを渡辺満里奈さんと大瀧師匠が別々に歌ったものを合体させて、新たにトータス松本さんによる大サビを加えている複雑怪奇な捏造ヴァージョンです。7「金曜日のウソつき」〜14「うれしい予感」の8曲は今回のCD1に収録された全8曲のカラオケで、15「それはぼくぢゃないよ」は1992年の、16「うれしい予感」〜17「ダンスが終わる前に」は2025年の、ぞれぞれライヴ・ヴァージョンです。CD1は渡辺満里奈さんによる歌唱ですけれど、CD2の方はカラオケが8曲に、大瀧師匠やトータス松本さんによる歌唱曲が2曲あったり、3人でのヴァーチャル共演まであるので、渡辺満里奈さんのソロ歌唱は5曲のみとなっております。大滝詠一さんによるガイド・ヴォーカルをこうして商品化するのは抵抗感があるし、疑似ナイアガラ・トライアングルまで捏造しちゃったのは困ったちゃんなのですけれど、「ダンスが終わる前に」に関しては「Happy Ending」でスカスカ・ヴァージョンが先に世に出てしまっているので、こうしてマトモなヴァージョンが改めて出て来たのは良しとするべきなのかもしれませんなあ。それにしても、リリース当時にター坊が書き下ろした「高い空遠い街」と、渡辺満里奈さんと大瀧師匠のデュエット曲「冬の星座」がボツになっていた事実には驚かされます。と申しますのもですね、ボツにするならば、どれとは云いませんけれど、他にヘッポコリンな曲があるではありませんか。「高い空遠い街」と「冬の星座」は、どちらも大瀧師匠の編曲なのです。それから、これだけボーナス・トラックをオリジナル盤の3倍位収録したのにも関わらず、何故「うれしい予感」のシングル・ヴァージョンが入っていないのでしょうか。シングル・ヴァージョンのコーラス・アレンジはノンクレジットでタツローがやっていて、合いの手コーラスは大瀧師匠とタツローなんですけれどね。その合いの手コーラスは、今回の捏造ナイアガラ・トライアングル・ヴァージョンで聴けますけれど、ソニーと現・ナイアガラがやらかす事は、何か違うんだよなあ。

(小島イコ)

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2026年03月24日

「ナイアガラ考」#118「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」(下)

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さて、前回につづいて、箱「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」のCD2ですが、内容は、1「ドリーミング・デイ」、2「パレード」、3「遅すぎた別れ」、4「日射病」、5「ココナツ・ホリデイ'76」、6「幸せにさよなら」、7「新無頼横丁」、8「フライング・キッド」、9「夜明け前の浜辺」、10「ナイアガラ音頭」、11「幸せにさよなら」の、全11曲入りです。こちらは「1986 Tamotsu Yoshida & Papilapopa Ohno Re-Mix」となっていて、1986年盤の初CD化された時の吉田保さんと大野邦彦さんによるリミックス音源です。その時にリミックスされたのは、「ドリーミング・デイ」、「パレード」、「遅すぎた別れ」、「新無頼横丁」、「フライング・キッド」の5曲で、「ココナツ・ホリデイ'76」は2分以上も短くエンディングがフェイド・アウトするヴァージョンになっていました。1986年盤では曲目と曲順はオリジナル盤と同じでしたけれど、今回は「FUSSA STRUT Part-1」を抜いて、最後に「幸せにさよなら」のシングル・ヴァージョンが加えられています。1986年6月1日に他のナイアガラ作品と共に初CD化された盤は、スリムケースが割れて取り出せる様になっていて、他のアルバムも含めてほとんどがリミックスされていたものの廃盤となっているので、こうして聴ける様になったのは良いのですけれど、何故曲目と曲順が変更されたのかは謎です。大瀧師匠はいないわけで、誰かがこうして新たな曲目や曲順に変更しているわけですよ。それから、掛け声が沢山デカイ音で入っていてカットアウトする「ココナツ・ホリデイ'76」に顕著な様に、今回の11曲は全てが1986年リミックス・ヴァージョンとなっています。つまり、前記の5曲以外の「日射病」、「ココナツ・ホリデイ'76」、「幸せにさよなら」、「夜明け前の浜辺」、「ナイアガラ音頭」、「幸せにさよなら」シングル・ヴァージョンの6曲も、全てが1986年リミックス・ヴァージョンになっていますので、1986年盤CDとは別物に変貌しています。

CD3は、1「ドリーミング・デイ」、2「パレード」、3「日射病」、4「幸せにさよなら」、5「フライング・キッド」、6「FUSSA STRUT Part-1」 、7「ナイアガラ音頭」、8「幸せにさよなら」、9「ドリーミング・デイ」、10「パレード」、11「遅すぎた別れ」、12「日射病」、13「幸せにさよなら」、14「新無頼横丁」、15「フライング・キッド」、16「FUSSA STRUT Part-1」、17「ナイアガラ音頭」の、全17曲入りです。こちらは、「1995 Dohji Fuefuki Re-Mix + Karaoke」となっております。1「ドリーミング・デイ」〜7「ナイアガラ音頭」の7曲が1995年のスリムケース廉価盤用に笛吹銅次こと大瀧師匠がリミックスした音源ですが、何故か「遅すぎた別れ」、「ココナツ・ホリデイ'76」、「新無頼横丁」、「夜明け前の浜辺」の4曲がカットされています。と云うよりも、これらの1995年リミックス音源は、1995年盤とは明らかに違っているので、結局は使用されず、オリジナル・ミックスが1995年盤に使われていると思われます。8「幸せにさよなら」は、初公開の大瀧師匠とタツローが二人で歌っている(おそらく別々に歌ったものを重ねた)ヴァージョンです。9「ドリーミング・デイ」〜17「ナイアガラ音頭」の9曲は、1995年リミックスのカラオケ音源で、イントロにカウント入りでエンディングも完奏する、全てが初出となります。何故か「ココナツ・ホリデイ'76」と「夜明け前の浜辺」がカットされていて、「ココナツ・ホリデイ'76」に関しては、そもそもインストゥルメンタル曲なので割愛したのかもしれませんけれど、同じ様な「FUSSA STRUT Part-1」は入っているので、掛け声を抜いたヴァージョンも聴いてみたかったです。「夜明け前の浜辺」は元々が「NIAGARA MOON」のセッション曲に歌入れした曲なので、そのカラオケが「夜の散歩道」として「NIAGARA MOON」の30周年記念盤に入っているから外したのかもしれません。と云うわけで、こちらも曲目及び曲順が変更されているので、1995年盤CDを持っていても全くの別物になってはいます。カラオケを聴くと、このアルバム「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1」の主役は教授で、ずっと弾き捲っています。

そして、最大の目玉であるBDですけれど、以上3CDに収録されている楽曲は全てがハイレゾ・リマスタリング音源で収録されていますので、やはりBDだけバラ売りしてくれ、と云われそうです。ソニーはBDレコーダーから撤退するのに、こうしてBDソフトは販売しているわけで、なかなか困ったちゃんですなあ。最大の目玉はスタジオ・ライヴ映像「Fussa 45 Studio Live」でしょう。内容は、1「福生ストラット(PARTU)」、2「あの娘に御用心」、3「楽しい夜更し」、4「ハンド・クラッピング・ルンバ」、5「恋はメレンゲ」の、全5曲入りで、最初と最後に「NIAGARA MOON」と「ナイアガラ音頭」入りです。このスタジオ・ライヴは、音源としては1995年盤の「NIAGARA MOON」に全曲がボーナス・トラックとして収録されていましたが、映像は初収録です。メンバーは、大滝詠一(ヴォーカル、ギター)、伊藤銀次(ギター)、村松邦男(ギター)、駒沢裕城(スティール・ギター)、寺尾次郎(ベース)、上原裕(ドラムス)、坂本龍一(キーボード)と云う、現在の感覚では信じられない様な「スーパー・バンド」ですが、当時はみんなが無名の20代前半の若手ミュージシャンで、大瀧師匠だってまだ20代後半でした。実際には、後で大瀧師匠が、ヴォーカル、コーラス、パーカッション、オルガン、アコーディオン、ブラスなどをオーバーダビングしているのですが、躍動感がある演奏はライヴ・レコーディングされています。ライヴ映像だけではなく、当時の風景なども映されていて、細野晴臣さんが意外なカタチで唐突に出て来たりもしますし、何よりも動く大滝詠一さんの姿は滅多に観れませんので、このBDだけでも貴重です。と云うわけで、ざっと箱の内容を紹介しましたが、ディープなファンやナイアガラーの方々には堪らない音源集ですけれど、普通の方々には「同じ曲が何度も繰り返して入っているだけじゃん」で終わってしまうでしょうなあ。通常盤では、1976年オリジナル・ミックスとスタジオ・ライヴのDVDがセットになっているので、そっちで充分でしょう。それにしても、ソニーと現・ナイアガラの商魂の逞しさには、毎年この時期になると驚かされます。1995年盤は税込み1千5百円だったし、2006年の30周年記念盤は税込み2千百円だったのに、今回の箱は税込み1万9千円もするんですよ。来年は「NIAGARA CM SPECIAL VOX」とか、再来年には「NIAGARA CALENDER '28 VOX」とか、既にやる気マンマンなのでしょうなあ。出たら買うけど、何だかなあ。

(小島イコ)

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空想格闘メタフィクション

「千秋万歳」第2部第2章 COMING UP

其の一 恋のダイアモンド・リング(下)



「第壱回・片瀬那奈・怪優グランプリ」のつづきの
「千秋万歳」序章のつづきの


西暦 2026年 西豪寺コロシアム


未亜:おっと、いきなりだなあ、と豊原みどりがシアーハートアタック!ここは平山まどか先生が冷静にかわして、トライアングルシューター・フラガール式!負けじと豊原みどりもトライアングルシューター・みどり式!出だしから大技が炸裂だ!

イコ:対抗戦とは云え、まだ前座の第2試合ですからねえ、あまり大技のオンパレードと云うのはいただけませんなあ。オーソドックスな試合で魅せる技をですね、旧マジメ軍同士ですから出来るはずなんですけれどねえ。

未亜:小島さんの苦言がきみにしか聞こえないとばかりに届いたのでありましょうか、一転して地味なグラウンドの攻防へと移行しました!

イコ:これでいいわけですよ。二人共、グラウンドの技術は長けていますし、通好みな展開となりましたね。

未亜:おっと、平山まどか先生が豊原みどりの腕に狙いを定めたのか、脇固めでガッチリと極めにかかりました!豊原みどりは「カマン!カマン!」と声を出しているぞ!

イコ:アレはですね、自分に云い聞かせているわけですよ。自分を鼓舞する為に、極まりかけているのに効いてないと云うわけですよ。

未亜:豊原みどりが、やや強引に回転して技から逃れました!

イコ:平山まどかくんがかなり良い角度で極めに掛かっていましたから、豊原みどりくんは利き腕の右腕にダメージを負って、決め技のシアーハートアタックに影響がありそうですね。

未亜:今度は平山まどか先生が、タックルからマウントポジションを取りパンチの連打!豊原みどりが反転すれば、魔性のスリーパーホールド裸締め!アナコンダ殺法!豊原みどりが無理矢理に立ち上がって振りほどいた!平山まどか先生の首を狙ってヘッドロックに行けば、待ってましたとばかりに、出ました!平山まどか先生のバックドロップ岩石落とし!一発目はへそで投げるルー・テーズ流!そして二発目は捻りを加えたマサ斎藤流!

イコ:平山まどかくん、良いですよ。投げに無駄がありません。

未亜:さあ、キメにかかるのか、平山まどか先生!豊原みどりにガッチリと監獄固め!これは苦しいぞ!豊原みどりが歯を食いしばって耐えております!

イコ:美脚がミシミシと音をたてていく様ですね。

未亜:何とか逃れた豊原みどりが、平山まどか先生の背後に回ってジャーマンスープレックス投げっぱなし!そして、スーパーフリーク!一進一退の攻防だ!

イコ:今のスーパーフリークは汗で滑ってしまいましたね。滑らなければワン・ツー・スリー入っていたでしょう。豊原みどりくん、惜しかった。

未亜:小島さんのご指摘通り、汗で滑ったのか!リング上はテレビ・ライトもあって灼熱の砂漠の如き暑さとなっております!両者共に汗だく状態で戦っております!しかしながら、次の試合に出場するはずの檀上みきは吉野家でつゆだく牛丼を食べてウォーミングアップ中です!

イコ:両者共に、そろそろキメにかかって大技を解禁するべきですなあ。

未亜:平山まどか先生がトライアングルシューター・フラガール式で来れば、豊原みどりもトライアングルシューター・みどり式で応戦して、両者が空中で激突!ガメラ対ギャオス状態か!どちらがガメラで、どちらがギャオスなのでありましょうか!

イコ:ギロンはただの包丁でしたね。ガメラもただのカメですからね。キングコングと戦った大ダコも本物のタコですし、エビラはただのザリガニで、ゲソラはただのイカだし、モスラもただの蛾ですよ。

未亜:「巨大イカの大逆襲」の巨大イカは、そのまんまイカでしたね!怪獣談義はそれ位にして、リング上に目を向けましょう!やはり、平山まどか先生がは豊原みどりの右腕に狙いを定めたのか、思いっ切りアームブリーカーを放った!かつてアントニオ猪木がタイガー・ジェット・シンの腕を折った技ですね!

イコ:オーバーリアクションで豊原みどりくんが痛がっていますね。平山まどかくんの極め方も大袈裟でしたが、10万人収容の西豪寺コロシアムの最後列のお客さんにも伝わる様に見せているわけですなあ。この辺が、プロレスのエンターテイメント性なわけで、コレを否定しちゃうとプロレスが成り立たないし、格闘演武としては総合格闘技よりも数段上なんですよ。関節技や打撃だけで、しかも軽量級ばかりじゃあつまらない上にガチンコですらなかったんですからねえ。そりゃあ、プロレスが残りますわなあ。

未亜:さて、平山まどか先生は完全に豊原みどりの右腕一本狙いとなったのか、キーロックからV1アームロックでガッチリと極めにかかった!小島さん、極まってますか!

イコ:いや、まだ浅いと云うか、わざとポイントをずらして平山まどかくんは攻めていますね。V1アームロックなんて、極まったら「ギャッ!」で、タップしておしまいなんですからね。

未亜:立ち上がった豊原みどりに、平山まどか先生がビンタ!コレは効いたぞ!豊原みどりダウン!パチン!と良い音がしましたね!

イコ:毎回、福田沙紀ちゃんの頬っぺたにパチンとお見舞いしていましたからね。

未亜:少々ふらつきながら立ち上がりぎわの豊原みどりに、平山まどか先生がトライアングルシューター・フラガール式!そして、ツームストンパイルドライバーからボストンクラブ!おっと、片足だけのハーフボストンクラブだ!豊原みどり、耐えられるか!いや、セコンドからタオルが投入されました!12分34秒、平山まどか先生の勝利です!この結果、プロレスリング・エレナ対MZGの対抗戦は、1対1のイーブンとなりました!小島さん、如何だったでしょう!

イコ:最後の展開は「猪木 VS モンスターマン」や「前田 VS ニールセン」を思い起こさせる異種格闘技戦の様な緊張感がありました。対抗戦らしい良い試合がつづいていますね。

未亜:次の第3試合は「藤田千秋 VS 檀上みき」なんですけれど、どうでしょう!

イコ:折角シリアスな対抗戦で盛り上がっているのですから、檀上みきくんにはマジメにやってもらわなければなりませんよ。ここでお笑いプロレスをやらかしたら、台無しですよ。

未亜:それでは、今回はこの辺でお開きです!実況は姫川未亜、解説は小島イコさんでお送り致しました!皆さん、御機嫌よう、さようなら!



以 下、あの娘のスタイル(上)につづく

DEMO 2014−11−1
MIX 2026−3−24


(小島イコ/姫川未亜)


空想格闘メタフィクション


「千秋万歳」第2部第2章 
COMING UP

其の二 あの娘のスタイル(上)

SHE'S JUST !

HEY EVERYBODY 
GOT BACK !

ON 2026・4・X

SINCE 2013・11・7


DE IMAGEN NO INC. A CADA*** CON AMOR

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2026年03月23日

「ナイアガラ考」#117「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」(上)

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今年(2026年)も「3.21」がやって来て、当然の如くナイアガラ作品のリイシュー盤がリリースされました。初めは渡辺満里奈さんのアルバム「RING-A-BELL」の30周年記念盤のリリースだけが発表されたので、今年は税込み3千9百60円で済むのかと思ったら、後出しで「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」税込み1万9千円のリリースも発表されてですね、今、手元にはそれらがあるわけですなあ。「レコード・コレクターズ」誌は当然の如く2026年4月号の表紙と巻頭で特集を組んでいますけれど、毎度の事ですが執筆陣はまだ「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」を試聴する前に記事を書いていて、相変わらず酷いですなあ。しかしながら、箱の「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」に付属されたブックレットには、1995年盤と2006年盤の大瀧師匠によるライナーノーツばかりか、2006年の「レコード・コレクターズ」誌での「大瀧師匠とタツローの対談」と「大瀧師匠と銀次の対談」まで転載されているのです。つまり、ソニー及び現在のナイアガラと「レコード・コレクターズ」誌はズブズブの身内みたいな関係で、要するに「レコード・コレクターズ」誌は、ソニーと現ナイアガラの広報誌なのです。だったら特権を利用して、先出しで試聴させてもらって記事を書けば良いのにねえ。さて、今回の箱「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」は、1976年3月25日にナイアガラ/コロムビアからリリースされた、アルバム「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1」の50周年記念盤です。このオムニバス盤は、大瀧師匠こと大滝詠一さんと、銀次こと伊藤銀次さんと、タツローこと山下達郎さんが、各々の楽曲を持ち寄ったアルバムで、画期的な作品集なのですけれど、今でこそ3人やそのバンドのメンバーたちの多くがビッグ・ネームとなったものの、リリース当時にはマイナーなミュージシャンたちによるアルバムでした。タツローによる爽やかなポップ・ナンバー「ドリーミング・デイ」で始まり、世紀の怪作「ナイアガラ音頭」で終わると云う、無茶苦茶なレコードで、以前も書いた通り「ハイ それまでヨ」をアルバムにした様な支離滅裂な作品です。

オリジナルのアルバム「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1」の内容は、A面が、1「ドリーミング・デイ」、2「パレード」、3「遅すぎた別れ」、4「日射病」、5「ココナツ・ホリデイ’76」で、B面が、1「幸せにさよなら」、2「新無頼横丁」、3「フライング・キッド」、4「FUSSA STRUT Part-1」、5「夜明け前の浜辺」、6「ナイアガラ音頭」の、全11曲入りです。その後、ナイアガラがソニーに移籍して、1981年4月1日にストレート・リイシューされて、同1981年12月2日の箱「NIAGARA VOX」にも収録されました。1986年6月1日に初CD化されましたが、5曲(「ドリーミング・デイ」、「パレード」、「遅すぎた別れ」、「新無頼横町」、「フライング・キッド」)が吉田保さんによるリミックスになっていて、「ココナツ・ホリデイ'76」はエンディングがフェイドアウトします。このリミックス盤は、同日にリリースされた箱「NIAGARA CD BOOK T」にも収録されています。1995年3月24日にはオリジナル・マスターでスリムケース廉価盤でCD化されましたが、「ココナツ・ホリデイ'76」はエンディングがフェイドアウトしたままで、ボーナス・トラックとして「幸せにさよなら」、「ドリーミング・デイ」、「ナイアガラ音頭」のシングル・ヴァージョンが加わった全14曲入りになっています。そして、2006年3月21日には30周年記念盤がCD化されていて、スリムケース廉価盤の全14曲に加えて、更に「あなたが唄うナイアガラ音頭」、「ココナツ・ホリデイ3日目」が加わった全16曲入りとなっていますが、これで「ココナツ・ホリデイ'76」はオリジナルの長さに戻されています。2011年3月21日には、新たにリマスターされて箱「NIAGARA CD BOOK T」にオリジナルの全11曲入りで収録されました。今回の50周年記念盤は、それ以来15年ぶりのリリースで、単品としては30周年記念盤以来20年ぶりとなりました。3CD+1BDの箱「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」と、1CD+1DVDの通常盤「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1」50th Anniversary Editionと、1LP「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1」50th Anniversary Editionの3形態でのリリースとなっています。

先ずは「NIAGARA TRIANGELE VOL. 1 VOX」のCD1ですが、1「ドリーミング・デイ」、2「パレード」、3「遅すぎた別れ」、4「日射病」、5「ココナツ・ホリデイ'76」、6「幸せにさよなら」、7「新無頼横丁」、8「フライング・キッド」、9「FUSSA STRUT Part-1」、10「夜明け前の浜辺」、11「ナイアガラ音頭」、12「幸せにさよなら」、13「ドリーミング・デイ」、14「ナイアガラ音頭」、15「あなたが唄うナイアガラ音頭」、16「ココナツ・ホリデイ3日目」、17「真室川ソウル」、18「日射病」の、全18曲入りです。1「ドリーミング・デイ」〜11「ナイアガラ音頭」の11曲は、「1976 Original Dohji Fuefuki Mix」で、1976年盤のオリジナルの笛吹銅次ミックスです。笛吹銅次とは大瀧師匠の変名で、ミキサーとしてはこの名前を使っていました。12「幸せにさよなら」〜15「あなたが唄うナイアガラ音頭」の4曲はシングル・モノラル・ヴァージョンで、「幸せにさよなら」はアルバム・ヴァージョンは銀次のソロですが、シングル・ヴァージョンでは大瀧師匠とタツローを加えた3人で歌っています。「ナイアガラ音頭」のシングル・ヴァージョンはピッチを上げている上に、教授こと坂本龍一さんが大瀧師匠に「スティーヴィー・ワンダーみたいに弾いてよ」と云われて弾いたクラヴィネットが唸りを上げる別ヴァージョンです。16「ココナツ・ホリデイ3日目」〜18「日射病」の3曲はレア音源で、掛け声をオーバーダビングした時の「ココナツ・ホリデイ3日目」は30周年記念盤にも入っていましたが、「真室川ソウル」と「日射病」は初出音源です。「真室川ソウル」はインストゥルメンタル・セッション音源で、「日射病」は銀次がお風呂で歌っている様な別ヴォーカル・ヴァージョンです。それで、先に云ってしまうとですね、CD1はオリジナルの1976年ミックスで、CD2が1986年リミックスで、CD3が1995年リミックスなので、新たにリマスターはしてあるのでしょうけれど、新たなリミックスは行われていません。大瀧師匠はいないけれど、銀次とタツローはいるのにリミックスしないのは、しないのではなくて「幸せにさよなら」のマスター・テープが上書きされていて存在しないから出来ないらしいです。(つづく)

(小島イコ)

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「駆込み女と駆出し男」で内山理名ちゃん

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WOWOWプラス 23:20〜1:55

2015年公開作品

内山理名 AS 戸賀崎ゆう

「駆込み女と駆出し男」の、今年3回目の放送です。理名ちゃんが演じたゆうさんは、駆込み女のひとりで、物語のカギを握る重要な役どころです。事情があって最初は男装で登場しますが、時代劇では珍しくお色直しが何回もあります。2時間半の長尺な映画で、ゆうさんはいいところで登場し、その後は最後まで出ずっぱりで、クライマックスも「ゆうさん絡み」なので「裏ヒロイン」と云った感じです。

(姫川未亜)

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2026年03月22日

「ポールの道」#1039「BEAT THE BEATLES」
#088「CALIFORNIA MUSIC」

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ブルース・ジョンストンは、1965年にライヴ活動から撤退したブライアン・ウィルソンの代役でツアーに参加したグレン・キャンベルの、そのまた代役でビーチ・ボーイズのライヴに参加して、そのままビーチ・ボーイズの正式メンバーとなりました。それで、アルバムで云うと1965年の「SUMMER DAYS(AND SUMMER NIGHTS!!)」から参加しているのですけれど、1971年のアルバム「SURF'S UP」を最後に、当時のインチキ・マネジャーだったジャック・ライリーとの確執でビーチ・ボーイズから脱退してしまいました。結局、ブライアン・ウィルソンの要望もあって、1979年のアルバム「L.A.(LIGHT ALBUM)」からビーチ・ボーイズに復帰して、その後は3分裂した時にもマイク・ラヴと共にビーチ・ボーイズを名乗って活動しています。1965年にビーチ・ボーイズに参加する前には、前回で取り上げた様に1962年にはソロ名義のライヴ・アルバム「SURFERS' PAJAMA PARTY」を、1963年にはソロ・アルバム「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」をリリースしていて、それらは「サーフィン・ミュージック路線」でした。1963年から1966年にかけては、テリー・メルチャーと組んで、ブルース&テリー名義や、リップ・コーズ名義や、ローグス名義や、ホット・ドッカーズ名義などで、主に「ホット・ロッド路線」の楽曲を量産しています。それでも、ビーチ・ボーイズの正式メンバーとなってからはビーチ・ボーイズに専念していて、1967年から1971年にかけてはソロ活動は行っていません。しかしながら、1972年にビーチ・ボーイズから脱退して、1979年に復帰するまでの期間は、1977年にソロ・アルバム「GOING PUBLIC」をリリースしています。1979年にビーチ・ボーイズに復帰してからは、2026年の現在までビーチ・ボーイズの活動に専念しているので、基本的にマジメな人なのでしょう。完全にマイク・ラヴの補佐にまわっていて、才能があるのに勿体ないなあ、とも感じます。ブルース・ジョンストンは、2026年1月でビーチ・ボーイズのツアーから勇退したそうなので、また名曲を書いてソロ・アルバムをリリースして欲しいものです。

1970年代にビーチ・ボーイズから離れた期間のブルース・ジョンストンは、ソロ・アルバムでセルフ・カバーしている「I WRITE THE SONGS」がバリー・マニロウの歌唱で全米首位!となって、グラミー賞を受賞しています。その一方で、再びテリー・メルチャーと組んで、イクイノックス・プロダクションを設立して、1974年には自らも「カリフォルニア・ミュージック」と云う名の3人組(ブルース・ジョンストン、グロリア・グライネル、ケニー・ヒンクル)のグループを結成しています。カリフォルニア・ミュージックは、所属していたイノイノックスが1976年に潰れてしまったので、1974年から1976年までの短命に終わっていて、シングルしか遺していないのですけれど、ブルース・ジョンストン、テリー・メルチャー、ゲイリー・アッシャー、カート・ベッチャー、ディーン・トーレンス、ブライアン・ウィルソン、と云った面々が関わっている「スーパー・グループ」でした。その音源を集めたアルバムを1992年に日本の「MM」レーベルがコンピレーション・アルバム「THE COMPLETE COLLECTION OF CALIFORNIA MUSIC」としてリリースしています。内容は、1「DON'T WORRY BABY」、2「TEN YEARS HARMONY」、3「WHY DO FOOLS FALL IN LOVE」、4「JAMAICA FAREWELL」、5「CALIFORNIA MUSIC」、6「MUSIC MUSIC MUSIC」、7「HAPPY IN HOLLYWOOD」、8「(JUST TO LET YOU KNOW)I LOVE YOU SO」、9「I CAN HEAR MUSIC」、10「LOVE'S SUPPOSED TO BE THAT WAY」、11「MUSIC MUSIC MUSIC PART U」、12「I CAN HEAR MUSIC PART U」、13「HAPPY IN PARADISE」、14「BANANA BOAT SONG」、15「IKO IKO」、16「DISNEY GIRLS」の、全16曲入りです。1「DON'T WORRY BABY」〜5「CALIFORNIA MUSIC」の5曲がカリフォルニア・ミュージック名義で、6「MUSIC MUSIC MUSIC」〜15「IKO IKO」がカート・ベッチャーを中心としたカリフォルニア名義で、16「DISNEY GIRLS」はパパ・ドゥー・ラン・ラン名義の曲ですが、ブライアン・ウィルソンがプロデュースしたのは「WHY DO FOOLS FALL IN LOVE」だけです。珍しい12インチ・シングル・ヴァージョンも収録されていますけれど、このCDは、おそらく盤起こしでしょうなあ。ちなみに「カリフォルニア・ミュージック」と云うグループ名は、2021年にブライアン・ウィルソン以外のビーチ・ボーイズのメンバー(マイク・ラヴ、ブルース・ジョンストン、アル・ジャーディン、デイヴィッド・マークス)と、カーニー・ウィルソンとウェンディ・ウィルソンも含めたビーチ・ボーイズの子どもたちに継承されています。

それで、2000年に元々は「RCA」音源で「BMG」から日本独自編集盤としてリリースされた、コンピレーション・アルバム「CALIFORNIA MUSIC & DISNEY GIRLS RCA/EQUINOX COLLECTION」が公式盤ではオススメです。帯に「世界初のオフィシャル・コンピレーション!!」と謳っているので、前述の「MM盤」はオフィシャル盤ではないと云うわけですなあ。内容は、1「DON'T WORRY BABY」、2「WHY DO FOOLS FALL IN LOVE」、3「JAMAICA FAREWELL」、4「CALIFORNIA MUSIC」、5「DISNEY GIRLS」、6「BE TRUE TO YOUR SCHOOL」、7「SUMMER」、8「L.A. TO MEXICO」、9「FIRE IN A RAINSTORM」、10「NINA」、11「WE USED TO LOVE 」、12「YOU'RE NO BETTER THAN A COMMON THIEF」、13「WE COULD BE SO GOOD TOGETHER」、14「GET IT UP FOR LOVE」、15「I WRITE THE SONGS」、16「DISNEY GIRLS」、17「I'LL ALWAYS LOVE YOU」、18「NOTHING GOOD COMES EASY」、19「DARLIN'」、20「THIS COULD BE THE NIGHT」、21「GOD ONLY KNOWS」、22「DISNEY GIRLS」、23「TEN YEARS HARMONY」の、全23曲入りです。カリフォルニア・ミュージックのシングル3作5曲(「DON'T WORRY BABY / TEN YEARS HARMONY」、「WHY DO FOOLS FALL IN LOVE / DON'T WORRY BABY」、「JAMAICA FAREWELL / CALIFORNIA MUSIC」)は押さえてあるし、イクイノックスからリリースされたパパ・ドゥー・ラン・ラン(「DISNEY GIRLS」、「BE TRUE TO YOUR SCHOOL」)や、テリー・メルチャー(「L.A. TO MEXICO」、「FIRE IN A RAINSTORM」)や、デヴィッド・キャシディ(「GET IT UP FOR LOVE」、「I WRITE THE SONGS」、「DARLIN'」、「THIS COULD BE THE NIGHT」)や、バリー・マン(「I'LL ALWAYS LOVE YOU」、「NOTHING GOOD COMES EASY」)や、キャス・エリオット(「DISNEY GIRLS」)に、ジョージ・リー、トニー・マーティン・ジュニア、ビル・ハウス、ジャック・ジョーンズまで、短命ながら豊潤なイクイノックスの名曲が満載です。タツローがライヴ・アルバム「JOY」でカバーしている「GOD ONLY KNOWS」は、ジャック・ジョーンズ盤のアレンジを参考にしているのでしょう。

(小島イコ)

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「十万分の一の偶然」(再)で内山理名ちゃん



テレ朝チャンネル2 19:05〜21:00

内山理名 AS 布川麻奈美

「十万分の一の偶然」の、今年3回目の再放送です。今は亡き田村正和さんが主人公のルポライターを演じて、冒頭で中谷美紀さんが演じた娘が交通事故で死んでしまいます。その事故現場を偶然に撮影し賞を取った高嶋政伸さんが演じたカメラマンに主人公は疑念を抱き、身分を偽って接近して追い詰めてゆきます。理名ちゃんが演じた麻奈美は、事故の唯一の生存者で目撃者でもある人物が入院した病院の看護師ですが、実はカメラマンの愛人で共犯者でもあり、目撃者も殺されてしまいます。理名ちゃんは、こうした悪女役も上手いんですけれど、刑事役が内藤剛志さんで、理名ちゃんとは共演が多く、理名ちゃんは刑事の相棒だったり、犯人だったり、重要参考人だったり、娘だったりして、内藤さんは大抵は刑事役なので、一寸混乱します。果たして、主人公は娘の死の謎を解明できるのか、と云った内容です。主人公の娘の少女時代を、当時12歳だった久保田紗友ちゃんが演じています。成長した娘役の中谷美紀さんは、那奈ちゃんの3代目につづく、4代目「きれいなおねえさん」です。3代目の那奈ちゃんは、初代、2代目、5代目との共演はありますが、4代目とはありません。

本放送:2012年12月15日(テレビ朝日)

(姫川未亜/小島イコ)

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2026年03月21日

「ポールの道」#1038「BEAT THE BEATLES」
#087「SURFERS' PAJAMA PARTY」「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」「THE BEST OF BRUCE & TERRY」

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ブライアン・ウィルソンが1965年にビーチ・ボーイズのツアーから撤退して、代役としてグレン・キャンベルがツアー・メンバーとなりました。しかし、グレン・キャンベルはソロで活動をする為に短期間でツアーから離脱したので、その代役の代役として、ブルース・ジョンストンが加わり、そのままビーチ・ボーイズの正式メンバーとなりました。ブルース・ジョンストンは、ブライアン・ウィルソンやアル・ジャーディンと同じ1942年生まれで、ビーチ・ボーイズよりも早くから音楽活動を行っています。1962年6月には、初のソロ名義でのアルバム「SURFERS' PAJAMA PARTY」をデル・ファイからリリースしていて、内容は、1「SURFER'S DELIGHT」、2「KANSAS CITY」、3「MASHIN' THE POPEYE」、4「GEE BUT I'M LONESOME」、5「GREEN ONIONS」、6「RAMROD」、7「LAST NIGHT」、8「SURFER STOMP」、9「WHAT'D I SAY」、10「SOMETHING ON YOUR MIND」となっていて、このアルバムはUCLAでのライヴ・レコーディングです。1963年7月には、コロムビアから、2作目で初のスタジオ・アルバム「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」をリリースしています。内容は、1「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」、2「MAKSHA AT MIDNIGHT」、3「DOWN UNDER」、4「CAPETOWN」、5「BIARRITZ」、6「JERSEY CHANNEL ISLAND - PART 7」、7「THE HAMPTONS」、8「VIRGINIA BEACH」、9「SURF-A-NOVA」、10「HOT PASTRAMI, MASHED POTATOES, COME ON TO RINCON - YEAH!!!」、11「MALIBLU」、12「SURFIN'S HERE TO STAY」の、全12曲入りで、1997年にサンデイズドからリイシューされたCDには、13「DOWN UNDER」、14「THE HAMPTONS」、15「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」の3曲がボーナス・トラックで収録されています。

ブルース・ジョンストンと云えば、ビーチ・ボーイズの1971年のアルバム「SURF'S UP」に収録された「DISNEY GIRLS(1957)」や、1975年にバリー・マニロウが歌ってグラミー賞を受賞した「I WRITE THE SONGS」の様な、美しく雄大な楽曲を書く人と云う印象がありますけれど、それは1970年代の話であってですね、この1960年代前半にリリースされたアルバム「SURFERS' PAJAMA PARTY」やアルバム「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」は、思いっ切り「サーフィン路線」です。故に、1977年の3作目のソロ・アルバム「GOING PUBLIC」の様な路線を期待して聴くと、盛大にズッコケます。ビーチ・ボーイズのオリジナル・メンバーで本物のサーファーだったのはデニス・ウィルソンだけですが、途中で加入したブルース・ジョンストンもサーファーで、サーフィンをやっていたからビーチ・ボーイズのマネをしてサーフィン・ミュージックをやり始めたわけで、後に実際にビーチ・ボーイズに加入したら、デニス・ウィルソンしかサーファーではない事実を知って驚いたでしょうなあ。ブルース・ジョンストンと云う人は、あくまでも時流に乗ってサーフィン・ミュージックをやっていたので、後にディスコ・ブームとなった1970年代には、1977年のソロ・アルバム「GOING PUBLIC」でビーチ・ボーイズ時代の「DEIDRE」や、シャンティーズの「PIPELINE」をディスコ・アレンジにしたり、ビーチ・ボーイズに復帰した1979年のアルバム「L.A.(LIGHT ALBUM)」では「HERE COMES THE NIGHT」をディスコ・アレンジにしたりしているのです。ビーチ・ボーイズが3分裂した時に、ブルース・ジョンストンはマイク・ラヴ側に付いてビーチ・ボーイズとして活動しているのですけれど、初期のサーフィン路線のアルバムを聴くと、ノリがマイク・ラヴと同じなのです。

そんなブルース・ジョンストンは、ドリス・デイの息子でもあるテリー・メルチャーとアルバム「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」の頃に知り合って、実際に「SURFIN' ’ROUND THE WORLD」と云う表題曲は二人で共作しています。それで、ブルース・ジョンストンはテリー・メルチャーと組む事となって、ブルース&テリー名義や、リップ・コーズ名義や、ローグス名義や、ホット・ドッカーズ名義などで、1960年代中頃に活躍しています。そんなブルース&テリーの楽曲を集めたコンピレーション・アルバム「THE BEST OF BRUCE & TERRY」が、1998年にサンデイズドからリリースされています。内容は、1「HAWAII」、2「SUMMER MEANS FUN」、3「COME ON, LET'S GO」、4「CARMEN」、5「DON'T RUN AWAY」、6「CUSTOM MACHINE」、7「I LOVE YOU MODEL “T”」、8「RAINING IN MY HEART」、9「EVERYDAY」、10「ROGER'S REEF」、11「YEAH!」、12「THANK YOU BABY」、13「GIRL, IT'S ALRIGHT NOW」、14「ROGER'S REEF, PART TWO」、15「HALFWAY」、16「COME LOVE」、17「FOUR STRONG WINDS」、18「HELP ME, RHONDA」、19「LOOK WHO’S LAUGHING NOW」、20「HERE COMES SUMMER」の、全20曲入りです。ブルース&テリーの未発表が5曲、ローグス名義が4曲、ブルース&テリー名義の既発が11曲の構成で、1963年から1966年までの音源集です。ブルース&テリーはシングルのみでアルバムは遺していないので、このコンピレーション・アルバム「THE BEST OF BRUCE & TERRY」はレア音源が満載で、リップ・コーズの曲は別にアルバムがリリースされています。テリー・メルチャーとブルース・ジョンストンはズブズブの盟友なので、テリー・メルチャーが大きく関わっている「GETCHA BACK」や「KOKOMO」以降のビーチ・ボーイズに、3分裂した後にブルース・ジョンストンが残ったのは必然でしょう。

(小島イコ)

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「家売るオンナの逆襲」第6話(再)で内山理名ちゃん

家売るオンナの逆襲 Blu-ray BOX


ファミリー劇場 22:35〜5:20(第1話〜第7話連続放送)

第6話「運命大作戦!W不倫夫婦に奇想天外の家爆売りGO!」

内山理名 AS 八十多つぐみ(第6話ゲスト)

「家売るオンナの逆襲」第6話の、今年2回目の再放送です。理名ちゃんが演じたつぐみさんは、W不倫カップルの奥さん役です。ソレで、夫役は「24 JAPAN」のアレクシスなんですけれど、理名ちゃんは、アンドレとも、ビクターとも、民三とも、氷川七々美とも、テロリストのほとんどと共演しています。何せ、元・伝説のテロリストである「カナリアの娘」ですからね。第1話から第7話までの連続再放送ですけれど、第6話だけ観たい場合は、3時半位をめどに観ればよろしいでしょう。普通なら寝ている時間ですなあ。

本放送:2019年2月13日(日本テレビ)

(姫川未亜/小島イコ)

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2026年03月20日

「ポールの道」#1037「BEAT THE BEATLES」
#086「THE BOYS NEXT DOOR」「THE WARMTH OF THE SUN SONGS INSPIRED BY THE BEACH BOYS」

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ビートルズが1964年に全米制覇を成し遂げて、つづいて「ブリティッシュ・インヴェイジョン」が起こりましたが、それ以前から活躍していた米国のグループで生き残ったのは、ビーチ・ボーイズとフォー・シーズンズ位でした。職業作家が書いた曲を歌っていたアイドル歌手やグループは、軒並み売れなくなっていて、フォー・シーズンズはヴォーカル・グループなので、バンドで生き残ったのはビーチ・ボーイズだけです。ビートルズが米国に上陸するまでは、ビーチ・ボーイズが米国で一番のバンドで、つまりは世界で一番のバンドでした。そんなビーチ・ボーイズに対して、当然の如く競い合うバンドも米国にはいて、前回取り上げた「サンレイズ」みたいに元・ビーチ・ボーイズのマネジャーでウィルソン3兄弟の実の父親であるマリー・ウィルソンが手掛けたバンドもいます。「ビーチ・ボーイズを叩き潰す」為に、ビーチ・ボーイズのマネをさせられたサンレイズの場合は「ビーチ・ボーイズの公式ライバル」みたいな感じですけれど、全く無関係なバンドもビーチ・ボーイズのマネをしてデビューしています。そのひとつに「ボーイズ・ネクスト・ドア」と云うバンドがあってですね、このバンドはジャケット写真を見て頂けば分かる通りに、服装までビーチ・ボーイズのマネをしていて、完全に開き直っています。ボーイズ・ネクスト・ドアは、元々は「フォー・ホイールズ」と名乗っていて、「インディアナポリスのビーチ・ボーイズ」と云われていたそうです。何だか「下町の玉三郎」みたいな感じで、シングルを7作程しかリリースしていないバンドですが、サンデイズドから1987年に全曲集のCDが出ています。

内容は、1「COLD 45」、2「CENTRAL HIGH PLAYMATE」、3「MANDY」、4「OUR FACE IN THE CROWD」、5「WHY BE PROUD」、6「SEE THE WAY SHE'S MINE」、7「I COULD SEE ME DANCING WITH YOU」、8「SUDDENLY SHE WAS GONE」、9「LORALI」、10「BEGONE GIRL」、11「THERE IS NO GREATER SIN」、12「MARY, MARY」、13「SNEAKY LITTLE SLEEPER」、14「RATCHET」、15「MANDY」、16「SHE'D RATHER BE WITH ME」、17「WASTIN' MY TIME」、18「RADIO SPOT:CASTITE MOTOR HONEY」、19「THE WILDEST CHRISTMAS」、20「CHRISTMAS KISS」、21「RADIO SPOT:COLLEGE CONCERT」、22「MANDY」の全22曲入りです。22曲も入ってはいるものの、6曲は未発表音源で、フォー・ホイールズ名義が6曲で、ボーイズ・ネクスト・ドア名義が10曲です。活動期間が1964年から1967年なので、最初の頃はホッド・ロッド・ソングで、途中からフォーク・ロック路線になって、最終的にはソフト・ロック路線へと、全く脈絡もなく世間の流行に流されるが侭に音楽性が変貌しています。代表曲なのか「MANDY」は、スタジオ・ヴァージョンとデモ音源とライヴ音源と、3ヴァージョンも入っています。ジャケット写真は初期ビーチ・ボーイズのマネをしていますけれど、裏ジャケットでは1965年のアルバム「THE BEACH BOYS TODAY!」のジャケットと同じ様にセーター姿になっていて、カタチから入るタイプだったのでしょうなあ。と云うよりも、本物の「パチモン」だったのでしょうなあ。と書いて「本物のパチモンって何だ?」と、自分でつっこんでしまいました。

さて、そうした「ビーチ・ボーイズ・フォロワー」と云えば聞こえが良いものの、ズバリ云って「ビーチ・ボーイズのマネをしたバンド」と云うのは沢山いて、それらを集めた2000年に「ヴァレーズ・サラバンド・レコーズ」からリリースされたコンピレーション・アルバム「THE WARMTH OF THE SUN:SONGS INSPIRED BY THE BEACH BOYS」があります。内容は、1「NEW YORK'S A LONELY TOWN」、2「G.T.O.」、3「HOT ROD HIGH」、4「GIRL ON THE BEACH」、5「SUNSHINE MUSIC」、6「YOU'RE GONNA RIDE WITH ME」、7「COMPETTTION COUPE」、8「THERE'S NO SURF IN CLEVELAND」、9「I BELIEVE IN HER」、10「I LIVE FOR THE SUN」、11「YELLOW BALLOON」、12「MY WORLD FELL DOWN」、13「SHE DID IT」、14「RENDEZOONS」、15「AS LONG AS I'M WITH YOU」、16「LOVE TONIGHT」、17「THRU MY WINDOW」、18「CHANNEL SURFING」、19「BEACH BABY」の、全19曲入りです。コレがなかなか良いコンピレーション・アルバムで、結構良い曲が沢山収録されています。先ず、1「NEW YORK'S A LONELY TOWN」は、アンダース&ポンシア作で、トレイド・ウィンズ名義で1965年にリリースして全米32位まで上がった曲で、後に「NEW YORK」をデイヴ・エドモンズが「LONDON」に、タツローが「TOKYO」に代えてカバーしています。2「G.T.O.」は、ロニー&ザ・デイトナスの1964年の曲で、全米4位まで上がった典型的なホッド・ロッド・ソングです。3「HOT ROD HIGH」は、サーファリーズの1964年の曲で、ゲイリー・アッシャーとロジャー・クリスチャン作で、ゲイリー・アッシャーがプロデュースしています。

4「GIRL ON THE BEACH」は、サンレイズのリック・ヘンが1973年にソロでリリースした曲で、タイトルまでビーチ・ボーイズのマネをしていて、流石は本家本元の「ビーチ・ボーイズのマネならお任せあれ」です。5「SUNSHINE MUSIC」は、1972年のパパ・ドゥー・ラン・ランの曲で、このバンドはビーチ・ボーイズのコピーをやっている影武者みたいな連中です。6「YOU'RE GONNA RIDE WITH ME」は、1964年のホンデルズのシングルで、コレも作者はゲイリー・アッシャーとロジャー・クリスチャンで、ゲイリー・アッシャーのプロデュースで、サーファリーズやホンデルズは、ビーチ・ボーイズの分家みたいなもんです。7「COMPETTTION COUPE」は1963年のアストロノーツの曲で、アストロノーツは日本ではインストゥルメンタル・バンドだと思われていますけれど、本来は歌入りもやっています。これも、ゲイリー・アッシャーが曲作りで関わっています。8「THERE'S NO SURF IN CLEVELAND」は、1978年のユークリッド・ビーチ・バンドのシングルで、このバンドはエリック・カルメンのバック・バンドだったので、エリック・カルメンが共同プロデュースしています。9「I BELIEVE IN HER」は、1966年のトレンド・ウィンズのシングルで、アンダース&ポンシアのプロデュースです。10「I LIVE FOR THE SUN」と、17「THRU MY WINDOW」は、ビーチ・ボーイズやブライアン・ウィルソン・バンドのサポート・ヴォーカリストでもあるジェフリー・フォスケットの1996年のソロ・アルバム「THRU MY WINDOW」からの曲で、10「I LIVE FOR THE SUN」はサンレイズの完全コピーと云う、屈折したカバーとなっています。

11「YELLOW BALLOON」は、1967年のイエロー・バルーンのシングルで全米25位まで上がっています。ゲイリー・ゼクリーが書いてジャン&ディーンがレコーディングしたのですが、ゲイリー・ゼクリーが気に入らず、自分で架空のバンド「イエロー・バルーン」名義でリリースしたら、そっちの方が全米25位(ジャン&ディーン・ヴァージョンは全米111位)と売れてしまったのです。12「MY WORLD FELL DOWN」は、1967年のサジタリアスの全米70位になったシングル・ヴァージョンで、このバンドもゲイリー・アッシャーが仕掛けた架空のバンドで、ゲイリー・アッシャーとカート・ベッチャーがプロデュースして、グレン・キャンベルが歌っています。13「SHE DID IT」は、1977年のエリック・カルメンのシングルで、全米23位まで上がっていますが、コレにはビーチ・ボーイズを脱退中だったブルース・ジョンストンが参加しています。14「RENDEZOONS」は、1975年のハドソン・ブラザーズのシングルで、全米26位まで上がっています。15「AS LONG AS I'M WITH YOU」は、1977年のルビナーズ(本来の発音はルビヌーズ)のシングルで、邦題は「恋はいっしょに」です。16「LOVE TONIGHT」は、1997年のフラターナル・オーダー・オヴ・ジ・オールの曲で、このバンドはアンドリュー・ゴールドの変名ユニットで、WAXでコンビを組んだ10ccのグレアム・グールドマンも曲作りで関わっています。18「CHANNEL SURFING」は、ビーチ・ボーイズのアルバム「THE SMILE SESSIONS」などをプロデュースしたアラン・ボイドの曲です。19「BEACH BABY」は、やはり最後を飾るのはコレでしょうと、ファースト・クラスの1974年の全米4位の大ヒット曲です。どの曲も、思いっ切り「ビーチ・ボーイズしている」わけですけれど、ブライアン・ウィルソン風のファルセットだけではなく、マイク・ラヴの低音コーラスも入れている曲に、より愛を感じます。

(小島イコ)

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「NO IMAGE」


here is

mia/iko presents

「the diary of nana katase」

A/K/A/ 「COPY CONTROL」


Recording Produced by IKO KOJIMA

Engineer : MIA HIMEKAWA

All voices & instruments : MW-777
(MIA/IKO/TACO/LUNA)

All Songs arranged , written and compoced by

009:栗

(A/K/A/ mia/iko) except where indicated.


with a big help from

001:ANTETSU (from NANAchan OGAMITAI of NO IMAGE),
002:USHIO (from SHiNY ☆ BRADBURYS of NO IMAGE),
008:HITO-WOLF (from MEI-KYO-SHI-SUI),
& 100 = TACO (from Queen of NO IMAGE),


055:PIN (from NEW of NO IMAGE)&
033:KIRI (from SISTER of NO IMAGE),
・・・with their family・・・,


101:NANAMI NARUMI (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
051:LUNA NARUMI (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
0101010・・・,& so on:KOYUKI SISTERS #0-#2 with TVC-15,
& 「KOYUKI #3-#5」with TVC15-2!!,
m-G4-MIMI & W-7,W-10-nanaco#1-#3,

ukulele-MIDORI #1-#3 (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
070 & 077:NEO FLOWER GIRLS (from &'S LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
396:pirozhki (from MARQUEE MOON),
099;mayaya

R-157:rina-chan

000:mamma-mia A+C ! &

007:nana-chan


& EVERY***

AND ・・・「∞:my MOTHER = MIAMIA/IKO-CHAN !」



ALL FOR NANA KATASE from the bottom of my heart.

since 2004-8-8

(C) NO IMAGE INC. with LOVE ☆



YES, we're just only the " NANA chan's FAN " .

since 1981-11-7