
2021年に配信されたピーター・ジャクソン監督のドキュメンタリー映画「GET BACK」は、1969年1月2日から1月31日までにビートルズが行った「THE GET BACK SESSIONS」を時系列で構成した作品です。ビートルズの「THE GET BACK SESSIONS」は、1970年にマイケル・リンゼイ=ホッグ監督が映画「LET IT BE」としてまとめていますが、それは81分しかなくて、膨大な未使用フィルムが遺されていたので、ドキュメンタリー映画「GET BACK」は8時間近い長尺な作品となりました。その中で、ジョージ・ハリスンが、ポール・マッカートニーが席を外したタイミングで、ジョン・レノンに「ビートルズのアルバムには自作曲が2曲位しか入れてもらえないから、このままじゃ全部発表するのに10年は掛かっていまうので、ソロ・アルバムを出したい」とお願いする場面があります。ビートルズには3人のソングライターがいて、ジョージも良い曲を特にビートルズの末期には書く様になったのですけれど、他の二人のソングライターと云うのが「レノン=マッカートニー」だったわけですよ。デビュー前から膨大な曲を書いていたジョンとポールが同じバンドにいたわけですから、ジョージの曲はアルバムに2〜3曲しか取り上げてもらえず、大量の曲がボツにされていました。サー・ジョージ・マーティンも「ジョージの曲を軽視していたのは認めるが、相手がレノン=マッカートニーだったのだから仕方なかった」と云っています。事実としてビートルズが解散状態になった1970年11月に、ジョージはLP3枚組の傑作アルバム「ALL THINGS MUST PASS」を発表して、それまでビートルズ時代には発表出来なかった曲を一気に吐き出して「ビートルズが解散して最も得をした男」と云う称号を得たのでした。ジョージの例でも分かる通り、バンドでは主導権を握れなかったからソロ・アルバムを出すと云うのは、よくある話なのです。
キンクスの場合は、どう見てもレイ・デイヴィスが主導権を握っているバンドなので、1960年代から弟でリード・ギタリストのデイヴ・デイヴィスがソロ志向を心に秘めていました。キンクスの曲はほとんど全てを兄であるレイ・デイヴィスが書いていて、リード・ヴォーカルもレイ・デイヴィスがほとんどの曲で担当しているし、アルバムの方向性も全てレイ・デイヴィスが考案してプロデュースしていた「ワンマン・バンド」なのです。そうでなければ、パイ時代の後期からRCA時代にかけての大量なコンセプト・アルバムは誕生していません。故に、元々仲が悪いデイヴィス兄弟の弟であるデイヴ・デイヴィスは、1980年からソロ活動も行っていて、ソロ・アルバムも何作もリリースしていて、1983年には自分の力を過信してキンクスを脱退してソロに転向しようとして大失敗してしまい、大嫌いな兄のレイ・デイヴィスに頭を下げて、キンクスに復帰する騒動を起こしています。挙句の果てに、復帰したデイヴ・デイヴィスは、勝手にオリジナル・メンバーだったドラマーのミック・エイヴォリーをクビにしてしまったのです。レイ・デイヴィスは「デイヴが弟でなけりゃ、とっくの昔にクビにしている」と公言していたのですが、やはり泣きついてきた弟をクビにする事は出来ず、親友であるミック・エイヴォリーにキンクスを辞めてもらって、コンク・スタジオのスタッフとして残ってもらったのです。そんな骨肉の争いがあるキンクスが、1996年のライヴ・アルバム「TO THE BONE」を最後に長過ぎる活動休止期間に入ったわけですが、2000年頃からデイヴ・デイヴィスはスタジオ・ソロ・アルバムやライヴ・アルバムをコンスタントにリリースしています。デイヴ・デイヴィスとしては、うるさい兄貴がいないところで、ノビノビと演奏出来て楽しいのでしょうし、いざとなれば「YOU REALLY GOT ME」をギターで弾くだけで、お客さんは拍手喝采で大喜びなのです。近年ではキンクスは1996年に正式に解散したと云われているのですけれど、そんな事実はなかったと思うのですよ。
そう云うわけで、レイ・デイヴィスがソロ・アルバムをリリースすると云うのは、つまりは「今は弟とはやらないよ」と云う事なのです。2006年2月7日に、レイ・デイヴィスは「V2」から初のオリジナル・スタジオ・ソロ・アルバム「OTHER PEOPLE'S LIVES」をリリースしました。キンクスのライヴ・アルバム「TO THE BONE」から10年が経過していましたが、レイ・デイヴィスは1985年にサントラ盤「RETURN TO WATERLOO」を、1998年にライヴ・アルバム「THE STORYTELLER」を、既にソロ名義でリリースしていました。それらはサントラ盤やライヴ盤だからソロ・アルバムではない、と云う事なのでしょう。そして、レイ・デイヴィスのアルバムなのですから、それは、本人がどう思っていようが、「キンクスのアルバム」でもあるのです。このアルバム「OTHER PEOPLE'S LIVES」を、キンクス名義で発表していたとしても、誰も文句は云わないでしょう。内容は、1「THINGS ARE GONNA CHANGE(THE MORNING AFTER)」、2「AFTER THE FALL」、3「NEXT DOOR NEIGHBOUR」、4「ALL SHE WROTE」、5「CREATURES OF LITTLE FAITH」、6「RUN AWAY FROM TIME」、7「THE TOURIST」、8「IS THERE LIFE AFTER BREAKFAST?」、9「THE GETAWAY(LONESOME TRAIN)」、10「OTHER PEOPLE'S LIVES」、11「STAND UP COMIC」、12「OVER MY HEAD」、13「THANKSGIVING DAY」の、全13曲入り「61分23秒」で、最後の「THANKSGIVING DAY」はシークレット・トラックです。日本盤には「THE STORYTELLER」からの「LONDON SONG」が、ボーナス・トラックとして収録されています。全曲がレイ・デイヴィス作で、プロデュースもレイ・デイヴィスで、一貫したテーマがあるコンセプト・アルバムですが、個々の楽曲が良いのでRCA時代みたいにはなっていません。コレにデイヴ・デイヴィスの騒々しいギターと甲高いコーラスを入れれば、キンクスになっちゃうんですけれどねえ。このアルバム「OTHER PEOPLE'S LIVES」は、全英36位・全米122位となっています。
(小島イコ)
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