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2026年08月16日

「ポールの道」#1180「BEAT THE BEATLES」
#227「WORD OF MOUTH」

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キンクスのリーダーで、ほとんど全ての曲を書いてアルバムもプロデュースしている、レイ・デイヴィスことサー・レイモンド・ダグラス・デイヴィスは、ロック界でも指折りの変人としても有名です。キンクスのオリジナル・メンバーは、レイ・デイヴィス(リード・ヴォーカル、リズム・ギター)、デイヴ・デイヴィス(リード・ギター、ヴォーカル)、ミック・エイヴォリー(ドラムス)、ピート・クウェイフ(ベース)の4人ですが、1964年のデビューから1984年までの20年間は、レイ・デイヴィスとデイヴ・デイヴィスの兄弟と、ミック・エイヴォリーの3人は不動のメンバーでした。ところが、1984年に、デイヴ・デイヴィスの脱退復帰騒動の代償として、ドラムスがミック・エイヴォリーからボブ・ヘンリットに交代しています。ベースは、ピート・クウェイフ、ジョン・ダルトン、アンディ・パイル、ジム・ロッドフォードと4人変わっていて、キーボードも、ジョン・ゴスリング、ゴードン・エドワーズ、イアン・ギボンズ、マーク・ヘイリーと4人変わっています。何となく単純に考えると、独裁的なレイ・デイヴィスの下ではやってゆけないとなって、レイ・デイヴィスの実の弟であるデイヴ・デイヴィスと、レイ・デイヴィスの親友であるミック・エイヴォリー以外のメンバーは長続きしなかったのではないか、とも思えます。しかしながら、1983年リリースのアリスタ移籍第5弾(ライヴ・アルバムを含めれば第6弾)で通算19作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「STATE OF CONFUSION」から、1984年リリースのアリスタ移籍第6弾(ライヴ・アルバムを含めれば第7弾)で通算20作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「WORD OF MOUTH」の間に起こった、デイヴ・デイヴィスの脱退からの即復帰と、ミック・エイヴォリーの解雇の経緯を見ると、それまで辞めていったベーシストやキーボード・プレイヤーがマトモなのは当然で、レイ・デイヴィスだけではなく、デイヴ・デイヴィスとミック・エイヴォリーもアタマがおかしいんじゃないか、と思えてきます。

キンクスがメジャー・デビューしたのは1964年で、3作目のシングル「YOU REALLY GOT ME」が全英首位!・全米7位となってスターになった時、レイ・デイヴィスとミック・エイヴォリーは若干二十歳だったわけで、デイヴ・デイヴィスはまだひよっこの十七歳だったのです。レイ・デイヴィスは早熟なソングライターでしたが、デイヴ・デイヴィスなんてギターを弾いていなければ街の不良少年と変わりません。キンクスがノリノリだった1965年から1969年まで、米国でのライヴ活動が出来なくなった原因は、1965年5月19日にカーディフのキャピトル・シアターで行ったキンクスのライヴ演奏中に、1曲目の「YOU REALLY GOT ME」が終わった途端に、デイヴ・デイヴィスが前の晩に酔っ払って喧嘩したのを根に持っていて、ミック・エイヴォリーを罵ってドラムセットを蹴り倒した事が発端になって、ミック・エイヴォリーが怒ってハイハットのスタンドでデイヴ・デイヴィスを殴って、デイヴ・デイヴィスは意識不明となり(頭を16針縫う重症)、デイヴ・デイヴィスを殺してしまったと思い込んだミック・エイヴォリーが逃走した事件があったからなのです。ミック・エイヴォリーは警察で「お互いに楽器を投げ合うパフォーマンスをやった」などと、分かり易いウソを云っているのです。それが、20年の時を越えて再燃したのが、デイヴ・デイヴィスの脱退及び復帰からの、ミック・エイヴォリーの解雇だったのです。そんな20年近くも憎しみ合っていたのに、よくもまあ、ライヴ・アルバムやサントラ盤も加えたら24作ものアルバムをリリースしてきたと、逆に感心してしまいます。折角シングル「COME DANCING」が全米6位の大ヒット曲となったのに、己の力を過信したデイヴ・デイヴィスの脱退からの復帰嘆願と、それなのにミック・エイヴォリーとはやってゆけないと駄々をこねる実弟・デイヴの我がままに振り回されたレイ・デイヴィスは、3人の登場人物の中では一番マトモな人間じゃないか、と思えるのです。だってね、レイ・デイヴィスは弟・デイヴの我がままを許したし、解雇せざる得なくなった親友・ミック・エイヴォリーにはスタッフとして残ってもらったのですよ。

そんなゴタゴタがあった1983年に、レイ・デイヴィスはソロでテレビ映画「RETURN TO WATERLOO」を制作して、同名サントラ盤を1985年7月1日にアリスタからリリースしています。内容は、A面が、1「INTRO」、2「RETURN TO WATERLOO」、3「GOING SOLO」、4「MISSING PERSONS」、5「SOLD ME OUT」で、B面が、6「LONELY HEARTS」、7「NOT FAR AWAY」、8「EXPECTATIONS」、9「VOICES IN THE DARK(END TITLE)」の全9曲入りで「27分59秒」しかありません。全曲がレイ・デイヴィス作で、プロデュースもレイ・デイヴィスことレイモンド・ダグラス・デイヴィスですが、レコーディングはデイヴ・デイヴィス以外のキンクスのメンバーで行われていて、3曲(「GOING SOLO」、「MISSING PERSONS」、「SOLD ME OUT」)はアルバム「WORD OF MOUTH」と重複しています。順序は逆になりますが、そのアリスタ移籍第6弾(ライヴ・アルバムを含めれば第7弾)で通算20作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「WORD OF MOUTH」は、1984年11月19日にアリスタからリリースされました。内容は、A面が、1「DO IT AGAIN」、2「WORD OF MOUTH」、3「GOOD DAY」、4「LIVING ON A THIN LINE」、5「SOLD ME OUT」で、B面が、6「MASSIVE REDUCTIONS」、7「GUILTY」、8「TOO HOT」、9「MISSING PERSONS」、10「SUMMER'S GONE」、11「GOING SOLO」の全11曲入りで、CDには、12「GOOD DAY」拡張版、13「SUMMER'S GONE」拡張版の2曲を加えた、全13曲入りになっています。4「LIVING ON A THIN LINE」と、7「GUILTY」の2曲がデイヴ・デイヴィス作で、他はレイ・デイヴィス作で、プロデュースもレイ・デイヴィスことレイモンド・ダグラス・デイヴィスですが、デイヴ・デイヴィス作の2曲はデイヴ・デイヴィスがアソシエイト・プロデューサーになっています。前述の通り3曲はサントラ盤と被っていて、「MASSIVE REDUCTIONS」も1981年のシングルB面曲を再レコーディングしていて、純粋な新曲は7曲しかありません。

この時のキンクスは、レイ・デイヴィス(ヴォーカル、ギター、キーボード、「GOOD DAY」と「DO IT AGAIN」と「LIVING ON A THIN LINE」のドラム・マシン)、デイヴ・デイヴィス(ギター、バッキング・ヴォーカル、「GUILTY」と「LIVING ON A THIN LINE」のリード・ヴォーカル)、ジム・ロッドフォード(ベース、バッキング・ヴォーカル)、イアン・ギボンズ(キーボード、バッキング・ヴォーカル)、そして、ミック・エイヴォリー(「MISSING PERSONS」と「SOLD ME OUT」と「GOING SOLO」のドラムス、パーカッション)、ボブ・ヘンリット(「MISSING PERSONS」と「SOLD ME OUT」と「GOING SOLO」以外のドラムス、パーカッション)となっています。つまり、デイヴ・デイヴィス抜きでサントラ盤用にレコーディングを開始して、デイヴ・デイヴィスが戻ってきた代わりにミック・エイヴォリーを解雇したのでドラム・マシンでレコーディングして、その後にデイヴ・デイヴィスが連れてきたボブ・ヘンリットがドラムスを叩いて完成させています。いきなりビートルズの「A HARD DAY'S NIGHT」みたいなイントロで元気溌剌な「DO IT AGAIN」(キンクスは「CATCH ME NOW I'M FALLING」ではローリング・ストーンズの「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」の、「BERNADETTE」ではビートルズの「BIRTHDAY」の、それぞれギター・リフをパロディ化している)に始まり、胸キュンな名曲「GOOD DAY」と「SUMMER'S GONE」や、デイヴ・デイヴィス作の佳曲「LIVING ON A THIN LINE」、娘まで生まれたのにレイ・デイヴィスを捨てて若いミュージシャンに走った元・恋人・クリッシー・ハインドへ捧げた「GOING SOLO」など、良い曲も多く個人的には好きなアルバムですが、全米57位止まりで、シングルも「DO IT AGAIN」の全米41位が最高と振るわず、キンクスはアリスタから契約を切られてしまうのでした。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする