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2026年08月12日

「ポールの道」#1176「BEAT THE BEATLES」
#223「LOW BUDGET」

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レイ・デイヴィスが率いるキンクスは、1976年にRCAからアリスタへ移籍して、それまでパイ時代の1968年リリースの6作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「THE KINKS ARE THE VILLAGE GREEN PRESERVATION SOCIETY」から、RCA時代の1975年リリースの14作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「THE KINKS PRESENT SCHOOLBOYS IN DISGRACE」まで、9作連続(内2作はLP2枚組なので11枚連続)で試みたコンセプト・アルバムを止めました。それで、アリスタ移籍第1弾で1977年リリースの通算15作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「SLEEPWALKER」は、全米21位まで上がるヒット作となりました。つづく移籍第2弾で通算16作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「MISFITS」は全米40位までしか上がっていませんが、シングル・カットした「A ROCK'N'ROLL FANTASY」は全米30位まで上がる久しぶりのヒット曲となっています。しかしながら、アリスタ側としては前作アルバム「SLEEPWALKER」よりもアルバム「MISFITS」が売れなかった為に、ない袖は振れぬとばかりに、キンクスの次作アルバムは低予算で急いでレコーディングする様に要請しました。全米40位だったならば、RCA時代ならば充分にヒットしたと喜ばれる様な結果でしたが、その辺はRCA時代のどん底状態を知っていたアリスタ側は、シビアに対応しています。当時のキンクスは、レイ・デイヴィス(ヴォーカル、ギター、キーボード)、デイヴ・デイヴィス(ギター、ヴォーカル)、ミック・エイヴォリー(ドラムス)のオリジナル・メンバー3人に、ジム・ロッドフォード(ベース)とゴードン・エドワーズ(キーボード)を加えた編成でしたが、ゴードン・エドワーズがすぐに脱退してしまったので、レイ・デイヴィスがレコードではキーボードも兼任する事になっていました。

そうして、1979年7月10日(米国)・9月7日(英国)に、アリスタ移籍第3弾で通算17作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「LOW BUDGET」が、云わばやっつけ仕事でリリースされたのです。内容は、A面が、1「ATTITUDE」、2「CATCH ME NOW I'M FALLING」、3「PRESSURE」、4「NATIONAL HEALTH」、5「(WISH I COULD FLY LIKE)SUPERMAN」で、B面が、6「LOW BUDGET」、7「IN A SPACE」、8「LITTLE BIT OF EMOTION」、9「A GALLON OF GAS」、10「MISERY」、11「MOVING PICTURES」の、全11曲入りです。CDにはボーナス・トラックとして、12「A GALLON OF GAS」米国盤シングル・ヴァージョン、13「CATCH ME NOW I'M FALLING」オリジナル拡張版、14「(WISH I COULD FLY LIKE)SUPERMAN」ディスコ・ミックス・拡張版の、3曲を加えた全14曲入りになっていて、全曲がレイ・デイヴィス作で、プロデュースもレイ・デイヴィスことレイモンド・ダグラス・デイヴィスが務めています。ゴードン・エドワーズが参加したのは「LOW BUDGET」だけなので、他の曲ではレイ・デイヴィスがキーボードも弾いています。アリスタ側としては、前作アルバム「MISFITS」からのシングル「A ROCK'N'ROLL FANTASY」が全米30位とヒットしたので、このアルバム「LOW BUDGET」からもヒット・シングルを出そうとした様で、「(WISH I COULD FLY LIKE)SUPERMAN」、「A GALLON OF GAS」、「CATCH ME NOW I'M FALLING」、「MOVING PICTURES」、「PRESSURE」と、立て続けに5枚もシングル・カットして、「(WISH I COULD FLY LIKE)SUPERMAN」は12インチ・シングルも出したのですが、「(WISH I COULD FLY LIKE)SUPERMAN」が全米41位まで上がっただけで、他は全く売れていません。

ところが、なんと、このアルバム「LOW BUDGET」は、全米11位まで上がる大ヒット・アルバムになってしまったのです。いや、内容はやっつけ仕事とは思えない出来栄えで、シングル・ヒットした「(WISH I COULD FLY LIKE)SUPERMAN」では大胆にシンセサイザーを導入してディスコ・サウンドに挑戦していたり、無茶苦茶にカッコイイ「ATTITUDE」や「PRESSURE」や「LOW BUDGET」、ローリング・ストーンズを茶化した様な「CATCH ME NOW I'M FALLING」、ロッカ・バラッドの「LITTLE BIT OF EMOTION」等々、聴きどころは満載なのですけれど、シングル「(WISH I COULD FLY LIKE)SUPERMAN」が全米41位止まりなのに、アルバムが全米11位と云う結果だけ聞くと、俄かに信じられません。全曲がライヴ演奏を念頭に置いた内容で、それは次作ライヴ・アルバムで証明されます。世は1970年代末で、パンクやニュー・ウェイヴが全盛期で、1960年代から活動していた、例えばピンク・フロイドとかローリング・ストーンズなどは、若い連中からバカにされていた時代です。ところが、その若い連中が、何故かこの時期に挙ってキンクスの楽曲をカバーしてヒットさせていたのです。それは、ヴァン・ヘイレンのよる「YOU REALLY GOT ME」、ジャムによる「DAVID WATTS」、プリテンダーズによる「STOP YOUR SOBBING」と「I GO TO SLEEP」、ロマンティックスによる「SHE'S GOT EVERYTHING」、ナックによる「THE HARD WAY」などで、特にヴァン・ヘイレンによる「YOU REALLY GOT ME」は全米36位のヒットをかっ飛ばしていたのです。つまり、キンクスによるオリジナル・ヴァージョンは軒並み廃盤になっていて聴けなかったそれらの楽曲が、若い連中によるカバー・ヴァージョンでヒットしていて、だったらオリジナルのキンクスとは何ぞや、となったわけですよ。レイ・デイヴィスは、若い頃に書いた自作曲に救われたのです。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする