
サー・ポール・マッカートニーの18作目のオリジナル・スタジオ・ソロ・アルバム「THE BOYS OF DUNGEON LANE」が、2026年5月29日にキャピトル/MPLからリリースされました。先ず思うのは、コレがポールの18作目のソロ・アルバムとなっている事に対する違和感です。それは、ビートルズが1970年に解散して56年も経っているのに、ポールはまだ18作しかソロ・アルバムをリリースしていないとの公式見解に対してです。リンゴ・スターが23作もソロ・アルバムをリリースしているのに、ポールの方が少ないって変ざんしょ。それで数えてみると、1970年のアルバム「McCARTNEY」が1作目で、1980年のアルバム「McCARTNEY U」が2作目で、1982年のアルバム「TUG OF WAR」が3作目で、1983年のアルバム「PIPES OF PEACE」が4作目で、1986年のアルバム「PRESS TO PLAY」が5作目で、1988年の「CHOBA B CCCP」が6作目で、1989年のアルバム「FLOWERS IN THE DIRT」が7作目で、1993年のアルバム「OFF THE GROUND」が8作目で、1997年のアルバム「FLAING PIE」が9作目で、1999年のアルバム「RUN DEVIL RUN」が10作目で、2001年のアルバム「DRIVING RAIN」が11作目で、2005年のアルバム「CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD」が12作目で、2007年のアルバム「MEORY ALMOST FULL」が13作目で、2012年のアルバム「KISSES ON THE BOTTOM」が14作目で、2013年のアルバム「NEW」が15作目で、2018年のアルバム「EGYPT STATION」が16作目で、2020年のアルバム「McCARTNEY V」が17作目なので、確かに今回の2026年のアルバム「THE BOYS OF DUNGEON LANE」は18作目なのです。勿論、ポールにはライヴ・アルバムやベスト・アルバムもあって、それらは含まないし、サントラ盤だった1984年のアルバム「GIVE MY REGARDS TO BROAD STREET」も含まないし、クラシック・アルバムや「THE FIREMAN」の様な別ユニットのアルバムも含まないのですけれど、何よりも1971年のアルバム「RAM」がポール&リンダ・マッカートニー名義だったのと、1971年から1979年までのウイングスとポール・マッカートニー&ウイングス時代の7作も含めないから18作なのです。
今更な話ですが、1971年のアルバム「RAM」も、1971年のアルバム「WILD LIFE」も、1973年のアルバム「RED ROSE SPEEDWAY」も、1973年のアルバム「BAND ON THE RUN」も、1975年のアルバム「VENUS AND MARS」も、1976年のアルバム「WINGS AT THE SPEED OF SOUND」も、1978年のアルバム「LONDON TOWN」も、1979年のアルバム「BACK TO THE EGG」も、みんな「ポール&リンダ」とか「ウイングス」とか「ポール・マッカートニー&ウイングス」のアルバムだなんて思っていなくて、全部がポールのソロ・アルバムだと考えて聴いて来たわけで、それらを加えて今回は実質的には26作目なんですよ。何なら2008年のFIREMAN名義のアルバム「ELECTRIC ARGUMENT」も加えて27作目と云っても誰も文句は云わないでしょう。大体、リンゴがポールよりも多くソロ・アルバムをリリースしているなんて、事実だけれど、冗談にもなりませんよ。さて、前回に述べた通り、前作アルバムの「McCARTNEY V」と、この5年半ぶりの新作アルバム「THE BOYS OF DUNGEON LANE」の間にも、ポールは多くの仕事を遺しています。近年はオリジナル・スタジオ・アルバムの間隔が空いているだけで、他にも色々とリリースしているので、ポールのファンにとっては5年半ぶりとは思えません。しかしながら、やはり新作スタジオ・アルバムは久しぶりなので、もう聴く前からソワソワしてしまいます。先ず、危惧して構えてしまうのは、83歳にもなって果たしてポールはマトモに歌えているのだろうか、と云う点です。特に、2018年のアルバム「EGYPT STATION」や、2020年のアルバム「McCARTNEY V」では声の衰えが目立っていたので、それから更に歳を重ねたポールの声は大丈夫なのか、と要らぬ心配をしてしまったのです。結論から申し上げますと、それは全くの見当違いな事であったと、今回のアルバム「THE BOYS OF DUNGEON LANE」を聴けば分かります。プロデュースはポールとアンドリュー・ワットで、リンゴ・スターやクリッシー・ハインドなどのゲストもいますけれど、ほとんどの演奏と歌はポールがひとりで行っています。ツアーをやりながら、合間にひとりでレコーディングしたのですから、そりゃあ5年半かかりますわなあ。ポールの甥がデザインしたジャケットは相変わらずシンプルですが、ポールはシンプルなデザインが好きなのでしょう。
アルバム「THE BOYS OF DUNGEON LANE」の内容は、1「AS YOU LIE THERE」、2「LOST HORIZON」、3「DAYS WE LEFT BEHIND」、4「RIPPLES IN A POND」、5「MOUNTAIN TOP」、6「DOWN SOUTH」、7「WE TWO」、8「COME INSIDE」、9「NEVER KNOW」、10「HOME TO US」、11「LIFE CAN BE HARD」、12「FIRST STAR OF THE NIGHT」、13「SALESMAN SAINT」、14「MOMMA GETS BY」の、全14曲入り「47分7秒」です。CDだけではなく、アナログ盤もリリースされているので、この長さとなっていますが、実に味わい深いアルバムとなっています。インナー・スリーブにポールの幼少期の写真や、ジョン・レノンとジョージ・ハリスンとリンゴ・スターの若かりし頃の写真(ブライアン・エプスタインもいる)がコラージュされていて、全体的なテーマも少年時代を回顧する内容となっています。そのテーマでビートルズ・ファンが思い出すのは、1967年のビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」の初期構想でしょう。1966年にライヴを辞めたビートルズは、スタジオ・レコーディングに特化したバンドに再生して、当初は少年時代を回顧するテーマで、ジョンが「STRAWBERRY FIELDS FOREVER」を書き、ポールは「PENNY LANE」で対抗したものの、その2曲が史上最強の両A面シングルになってしまった事で、新たなテーマでアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」として世に出た経緯があります。それを、83歳にもなって、ポールが再挑戦しているのです。その事実だけで感動的なアルバムとなっていて、多くのポールの名盤が、またひとつ増えたと断言出来ます。ポールの声も、以前よりも出る様になっていて、やはり本人が声の衰えは誰よりも分かっていたので、色々と試して再生した感じです。いきなりラップ調で始まる出だしには戸惑ったものの、お得意の曲調が変化する技を使っていて、気が付いたらポールが絶叫していて、おいおい、本当に83歳の爺さんなのか?と思いましたよ。明らかに無名時代のビートルズを題材にした曲もあって、アコースティック・ギターが中心の曲も多くて、本当にポールはギターが上手いです。いや、楽器は全部上手いわけで、こんな爺さんは他にいません。何故、ポールはワンマン・レコーディングするのかと云うと、ポールの斬新な創造力に対等に渡り合えるミュージシャンがいないから、としか云えません。時間が掛かっても、遠回りの様でも、ひとりで演奏した方が結果的には早いのです。そして、最早ポールには締め切りなど無いので、納得がゆくまでひとりでアルバムを作れるのです。
このアルバムのテーマである少年時代の回顧が、全く後ろ向きにはなっていないのも驚異的な事です。15歳の時にジョン・レノンと出逢ったポール・マッカートニーは、まさか83歳になってもロック・アルバムを制作している未来など想像していなかったでしょう。現在のロックを作ったのはビートルズなのですから、1960年代のビートルズ時代のポールの20代は全てが新たな挑戦だったのです。ビートルズの恐ろしさは解散後に更に大きくなって、解散したバンドの4人全員がそれぞれソロでも全米首位!となる大ヒット曲を生み出したバンドなんて、他にはいません。そして、ビートルズ後期の音楽的なリーダーだったポールは、過去の自分と比較され罵倒されて、ウイングスを結成した当初にはビートルズ・ナンバーをライヴで一切演奏しなかったのです。ジョンやジョージが「ポールがいないビートルズ」をやる事で絶賛されていた時に、「ビートルズしか出来ないポール」はボロクソに叩かれました。1970年代の30代はウイングスで再び天下を取ったのに、サー・ジョージ・マーティンに「自分より下手な奴とばかりレコードを作っている」と痛いところを突かれ、盟友のジョンを失っても、アルバム「TUG OF WAR」の様な傑作アルバムを作り上げました。ところが今度は1980年代の40代に、スティーヴィー・ワンダーやマイケル・ジャクソンやエリック・スチュワートやエルヴィス・コステロなどとコラボレーションしなければアルバムが出せなくなったと云われ、エリック・スチュワートと組んだアルバム「PRESS TO PLAY」が全英8位・全米30位なのに終わったと断じられ、ビートルズ・ナンバーを全開にした世界ツアーを大成功させたら懐メロ・ライヴと貶されて、大物とのコラボもアンプラグドもポールが最初にやったのに評価されず、1990年代の50代にはビートルズのリイシューで盛り上がっているレコード会社から「ポールのソロなんて要らないんだよ」とリリースを見送られ、愛妻リンダとも死別して、2000年代の60代には若いメンバーと頑張っても、再婚した悪妻に天文学的な数字の慰謝料をふんだくられ、2010年代に70代になったらファンにまで声が衰えたと何様発言をされました。それでも、2026年に83歳でこのアルバム「THE BOYS OF DUNGEON LANE」を世に問うた、ポールの前に道はなし、ポールの後に道となる、常に前人未踏の道を開拓する、ロック界の生ける伝説に収まらない、現在進行形で輝きつづける最大のスターが、僕たちのサー・ポール・マッカートニーなのです。ポール、素晴らしい新作を届けてくれて、ありがとう。
(小島イコ)
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