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2026年05月03日

「ポールの道」#1078「BEAT THE BEATLES」
#127「FLOWERS」

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ビートルズが1962年にデビューして、ビーチ・ボーイズも1962年にデビューして、ローリング・ストーンズが1963年にデビューした1960年代は、それぞれのバンドが恐ろしいまでのスピードで駆け抜けていった時代でした。ビートルズは、1962年のデビュー・シングル「LOVE ME DO」が、1965年にはアルバム「RUBBER SOUL」になっていたし、ビーチ・ボーイズは1962年のデビュー・シングル「SURFIN'」が、1965年にはアルバム「THE BEACH BOYS TODAY!」になっていたし、ローリング・ストーンズは1963年のデビュー・シングル「COME ON」が、1965年にはアルバム「OUT OF OUR HEADS」になっていたのです。更に、翌1966年には、ビートルズはアルバム「REVOLVER」になっているし、ビーチ・ボーイズはアルバム「PET SOUNDS」になっているし、ローリング・ストーンズはアルバム「AFTERMATH」になっていたわけですよ。そして、1967年には、ビートルズはアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」になり、ビーチ・ボーイズはアルバム「SMiLE」になり、ローリング・ストーンズはアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」となるのです。元々米国のバンドであるビーチ・ボーイズの場合は米国キャピトル盤がオリジナル・アルバムですが、英国のバンドであるビートルズやローリング・ストーンズは、英国オリジナル・アルバムと米国編集アルバムで内容が異なっていました。それが英米で統一されたのが1967年で、ビートルズはアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」から、ローリング・ストーンズはアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」からと云う事になります。つまり、それまでのビートルズとローリング・ストーンズの米国盤は編集アルバムであってですね、ビートルズは1966年のアルバム「REVOLVER」まで、ローリング・ストーンズは1967年のアルバム「FLOWERS」までが、米国編集アルバムでした。ローリング・ストーンズは英国オリジナル・アルバムでは1967年の「BETWEEN THE BUTTONS」がアンドリュー・ルーグ・オールダムの最後のプロデュース作ですが、米国ロンドン編集盤では寄せ集めのアルバム「FLOWERS」もアンドリュー・ルーグ・オールダムのプロデュース作となっています。

1967年には、ビートルズの米国編集アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」もリリースされていますが、それは元々の英国オリジナル盤が6曲入りの2枚組EPでのリリースだったからです。米国キャピトルはその6曲をA面にして、B面には1967年にリリースされたアルバム未収録シングルから5曲を入れた全11曲入りにしたのです。この米国編集アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」は、1987年のビートルズの初CD化の際に唯一米国キャピトル編集アルバムではCD化されていて、それ以後は英国オリジナル・アルバムと同等の扱いをされています。全曲が1967年にリリースされた楽曲で、A面に関してはEP「MAGICAL MYSTERY TOUR」の楽曲なので、統一感がある編集アルバムとなってはいます。但し、やはりロック史上最強の両A面シングル「STRAWBERRY FIELDS FOREVER / PENNY LANE」を、単なるアルバムの2曲にしてしまったのはいただけませんなあ。まあ、それまでの米国キャピトル編集アルバムだった「BEATLES Y」や「YESTERDAY AND TODAY」に比べたらマシになっただけです。米国キャピトルは1970年にもビートルズの編集アルバム「HEY JUDE」をリリースしていますが、基本的には1966年から1969年までのシングル曲を集めたのに、最初の2曲だけ1964年の英国オリジナルでは3作目のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」からの2曲(「CAN'T BUY ME LOVE」、「I SHOULD HAVE KNOWN BETTER」)を収録してしまい、その落差に驚かされます。決してアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」が悪いわけではなく、逆に名盤なのですけれど、その後の1966年から1969年までの楽曲(「PAPERBACK WRITER」、「RAIN」、「LADY MADONNA」、「REVOLUTION」、「HEY JUDE」、「OLD BROWN SHOE」、「DON'T LET ME DOWN」、「THE BALLAD OF JOHN & YOKO」)とは楽曲の方向性が全く違っているのです。混ぜるな危険な選曲で、もしも1964年の2曲を「THE INNER LIGHT」と「GET BACK」シングル・ヴァージョンにしていたならば、ほとんどがアルバム未収録シングルなので、アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」の様にCD化されて、オリジナル・アルバムと同等の扱いになっていたでしょう。ちなみに、編集アルバム「HEY JUDE」も、2009年リマスター音源に差し替えられてはいますが、現在では公式盤としてCD化されてはいます。

そう云った意味で、1967年6月26日に米国ロンドン編集アルバムでは8作目(ライヴ・アルバムを加えれば9作目)となったローリング・ストーンズのアルバム「FLOWERS」は、ビートルズの編集アルバムたちも裸足で逃げ出す程に酷い選曲です。内容は、A面が、1「RUBY TUESDAY」、2「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、3「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、4「LADY JANE」、5「OUT OF TIME」、6「MY GIRL」で、B面が、1「BACK STREET GIRL」、2「PLEASE GO HOME」、3「MOTHER'S LITTLE HELPER」、4「TAKE IT OR LEAVE IT」、5「RIDE ON BABY」、6「SITTIN' ON A FENCE」の、全12曲入りです。先ずは、幾ら「RUBY TUESDAY」が全米首位!になったからと云って、米国ロンドン編集アルバムでは前作の「BETWEEN THE BUTTONS」に収録したばかりだった「RUBY TUESDAY」と「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」を、また入れているのは酷いでしょう。「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」は1966年のシングル曲で、後は1966年の英国オリジナル・アルバム「AFTERMATH」から米国ロンドン編集アルバム「AFTERMATH」で外した4曲(「LADY JANE」、「OUT OF TIME」但し短縮ヴァージョン、「MOTHER'S LITTLE HELPER」、「TAKE IT OR LEAVE IT」)と、1967年の英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」から米国ロンドン編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」で外した2曲(「BACK STREET GIRL」、「PLEASE GO HOME」)に、この米国編集アルバム「FLOWERS」でしか聴けなかった3曲(「MY GIRL」、「RIDE ON BABY」、「SITTIN' ON A FENCE」)を加えてアルバムにしちゃったのです。未発表の3曲があるので買わずにはいられないのですけれど、テンプテーションズのへっこぽこりんカバーの「MY GIRL」ではミック・ジャガーの音痴ぶりが酷く、アウトテイクにしたのも頷けるし、「RIDE ON BABY」はクリス・ファーロウに、「SITTIN' ON A FENCE」はトワイス・アズ・マッチに、それぞれ提供した曲ですが、セルフ・カバーではなく、デモ音源なのです。いやはや何とも、米国は酷い事をしますわなあ。それでも、全米3位まで上がっていて、ジャケットは工夫している様に見えるものの、ローリング・ストーンズのメンバーの顔写真は、1966年の英国オリジナル・アルバム「AFTERMATH」のジャケット写真を流用しています。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする