
ビートルズが、1968年11月22日に英国・アップルからステレオとモノラルで、同年11月25日に米国・アップルからステレオで、それぞれリリースしたアルバム「THE BEATLES」は、2枚組で全30曲入りで、現代音楽の全てのジャンルとまで云われる様々な楽曲が収録されています。ジャケットは真っ白で、英国初回盤には、只「THE BEATLES」とだけ型押しされて、シリアルナンバー入りで、通称「ホワイト・アルバム」と呼ばれています。ビートルズはこのアルバムの前にインドに修行に行って、瞑想する以外にはやる事がなかったので、ジョン・レノンとポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンは、アコースティック・ギターで全部で約40曲位の曲を書きました。ちなみに、曲が書けないリンゴ・スターは食が合わなかった事もあり、2週間も経たずに帰国しています。ポールは一か月半位インドにいて、ジョンとジョージはマハリシが女性に手を出したと云うデマを信じてしまい、2か月弱で帰国しました。それでも充分に曲が出来たので、1968年5月20日からジョージの別荘に4人が合宿して、27曲のアコースティック・ギターを中心にした「イーシャー・デモ」を制作します。ビートルズがプリプロダクションを行ったのは初めての事で、その「イーシャー・デモ」の段階でも既に27曲もレコーディングされていて、その勢いのままで同年5月30日からレコーディング・セッションが開始されて、それは同年10月14日までつづきました。「イーシャー・デモ」から始まったので、アルバム「THE BEATLES」のレコーディング・セッションは、5か月近く掛かっていて、しかも当時のビートルズはライヴ活動をやっていなかったので、その期間はレコーディングばかりしていたのです。
さて、今回は「JPGR」からの1CDブートレグ「WHITE ALBUM 1968 FEAT. LENNON & McCARTNEY」を紹介します。内容は、まずは「PAUL SIDE」として、1「BACK IN THE U.S.S.R.」、2「OB-LA-DI, OB-LA-DA」、3「WILD HONEY PIE」、4「MARTHA MY DEAR」、5「BLACKBIRD」、6「ROCKY RACCOON」、7「WHY DON'T WE DO IT IN THE ROAD?」、8「I WILL」、9「BIRTHDAY」、10「MOTHER NATURE'S SON」、11「HELTER SKELTER」、12「HONEY PIE」、そして「JOHN SIDE」として、13「DEAR PRUDENCE」、14「GLASS ONION」、15「THE CONTINUING STORY OF BUNGALOW BILL」、16「HAPPINESS IS A WARM GUN」、17「I'M SO TIRED」、18「JULIA」、19「YER BLUES」、20「EVERYBODY'S GOT SOMETHING TO HIDE EXCEPT ME AND MY MONKEY」、21「SEXY SADIE」、22「REVOLUTION 1」、23「CRY BABY CRY」の、全23曲入りです。つまりこれは、アルバム「THE BEATLES」全30曲中25曲の「レノン=マッカートニー」作品を、それぞれポール主導で書いた12曲と、ジョン主導で書いた13曲中11曲(「REVOLUTION 1」に「REVOLUTION 9」が内包されているのと、リンゴが歌った「GOOD NIGHT」を抜いた)の別テイクや別ミックスを、それぞれまとめて並べ替えているのです。まずは、こうしてポールだけとかジョンだけとかで分けられると、聴いた印象は公式盤とは全く違います。この頃には「レノン=マッカートニー」作とは云え、どちらか片方が書いていたわけですけれど、それを分けちゃったらイカンですなあ。
それから、ジョンが主導で書いた11曲は、全てが既に「イーシャー・デモ」でレコーディングされていた曲ばかりなのに対して、ポールが主導で書いた12曲中半数の6曲(「WILD HONEY PIE」、「MARTHA MY DEAR」、「WHY DON'T WE DO IT IN THE ROAD?」、「I WILL」、「BIRTHDAY」、「HELTER SKELTER」)が「イーシャー・デモ」ではレコーディングされていません。そして、ジョンが主導で書いた11曲中、ジョンがソロでレコーディングしたのは「JULIA」だけで、と云うかビートルズ時代にジョンがソロでレコーディングしたのは「JULIA」だけで、他の10曲はあくまでもバンドでの演奏に拘っています。ところが、ポールが主導で書いた12曲は、7曲(「WILD HONEY PIE」、「MARTHA MY DEAR」、「BLACKBIRD」、「ROCKY RACCOON」、「WHY DON'T WE DO IT IN THE ROAD?」、「I WILL」、「MOTHER NATURE'S SON」)がソロもしくはソロ志向の楽曲です。アルバム「THE BEATLES」が「ソロの寄せ集め」と揶揄された原因は、明らかにポールのソロ志向にあったと考えられます。アルバム「THE BEATLES」でのポールが主導で書いた曲は、その感触が1970年にリリースされる初のソロ・アルバム「McCARTNEY」に限りなく近いわけで、それは8トラックの導入によって4人が揃っていなくとも曲を仕上げる事が可能になっただけではなく、ジョンとジョージとリンゴが、ポール独裁体制を嫌っていたので、ポールはひとりぼっちでレコーディングせざるを得ない状況もあったのでしょう。特にリンゴは、2枚組でも1枚に1曲の割り当てで、しかもその2曲(「DON'T PASS ME BY」、「GOOD NIGHT」)が7月には完成していたので、その後はベーシック・トラックでドラムスを叩く以外にはやる事がなかったのです。
そんな時に、8月22日の「BACK IN THE U.S.S.R.」のレコーディング・セッションで、事件が起きました。ポールが望む様なドラムスが叩けなかったリンゴが、自分の存在価値がないと悩んで脱退してしまったのです。ところが、リンゴが去った後に、ポールは自分でドラムスを叩いて、ジョンとジョージもオーバーダビングをしてドラムスを補強して、「BACK IN THE U.S.S.R.」をリンゴ抜きで完成させてしまったのです。それをアルバムの1曲目に収録するんですから、リンゴの立場がないわけですが、なんと2曲目の「DEAR PRUDENCE」もリンゴ不在で、ポールがドラムスを叩いているのです。それで、3曲目の「GLASS ONION」はリンゴが戻って来てからの9月にレコーディングされているので、イントロのリンゴのスネアが効いているわけですけれど、普通だったらドラマーが辞めると云ったらレコーディングを中断して呼び戻そうとするはずなのに、代わりに自分で叩いちゃうポールって、何なのでしょうか。ポールは悪気が全くなしに、リンゴ不在の2曲で始まって、最後はリンゴのソロの「GOOD NIGHT」で〆たから、結果オーライとか思っていそうなんですよね。ポール主導で書いた曲には、前述の通り「イーシャー・デモ」の段階では、まだなかったのか、もしくは出し惜しみした曲も多いものの、ジョン主導で書いた曲はリンゴにあげた「GOOD NIGHT」以外は全て「イーシャー・デモ」の段階で出来ていました。それどころか、ジョンが主導で書いた曲は、その後のアルバム「ABBEY ROAD」に収録されたり、ソロ・アルバムで発表する事となる曲まで出来ていて、ジョンとしては充分に曲のストックを作っておいたのでしょう。その分、ヨーコさんとの活動に時間を回そうと考えていたんでしょうなあ。
このブートレグ「WHITE ALBUM 1968 FEAT. LENNON & McCARTNEY」は、ポール主導の12曲と、ジョン主導の11曲を、それぞれまとめて、それぞれの曲順に関しては公式盤アルバム「THE BEATLES」と同じにしています。選曲されたテイクは、全てが公式ステレオ盤とは違う別テイクや別ミックスを採用しています。但し、どのアウトテイクも別ミックスも、他のブートレグでも聴ける音源ばかりなので、音源としての面白味はなく、それは「JPGR」から出ているブートレグの特徴のひとつです。云わば、ポール主導曲とジョン主導曲を分けたところが、最大の売りであるものの、公式盤の曲順に慣れていると違和感があります。伊達や酔狂でジョンとポールは、24時間もかけてアルバム「THE BEATLES」の曲順を決めたわけではないのです。そんなアウトテイクの中では、特筆すべきなのはやはり「REVOLUTION 1」の「take 20」でしょう。コレは、他のブートレグでも聴ける音源ですけれど、10分45秒位ある「REVOLUTION 1」と「REVOLUTION 9」の元となった音源です。2018年にリリースされた箱「THE BEATLES」には、この「REVOLUTION 1」の「take 18」が収録されているのですけれど、アレにオーバーダビングをして完成させたのが、この「take 20」なのです。ジョンがシングル化を望んだのは、この10分45秒の「REVOLUTION 1」の「take 20」であって、公式盤には「take 18」しか収録されていないのはイカンですなあ。この「take 20」の前半が公式盤の「REVOLUTION 1」になって、後半を元にしたのが「REVOLUTION 9」なのです。この「REVOLUTION 1」の「take 20」を聴くと、コレはこのままで発表した方が良かったと思えます。それを二つに分けてしまった事で、明らかに曲のパワーが落ちています。それから、敢えて裏ジャケットを貼りましたが、このリンダ・イーストマンが撮影したジョンとポールの仲が良さそうな2ショットは、二人の関係性を見事に捉えていると思います。
(小島イコ)
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