当ブログは、
1998年から2021年まで片瀬那奈さんが行った芸能活動を記録した、
非営利なファン・ブログです。
2021年10月以降に関しては、芸能活動が再開されるまでは静観しております。
特に2022年12月からは一般企業の会社員として活動されておりますので、
芸能活動とは一線を画す活動として、積極的には取り上げておりません。
此れらの著作権は全て「小島イコ/姫川未亜」に帰属しております。
又、片瀬那奈さんの写真・画像の肖像権等は、片瀬那奈さん御本人及び、
ジェイドグループ株式会社に帰属しております。
従いまして、当ブログに掲載している全ての掲載内容の無断転載・2次使用及び画像への直リンクは固くお断りしております。
当ブログ内に掲載されている情報は、「小島イコ/姫川未亜」が独自に収集したものです。
当ブログの情報を利用したことによって起きた損害については一切の責任を負いませんので
予めご了承願います。
当ブログはファンから見た「活動記録」と「批評」です。
「批評の為の引用」も時には必須となりますが、到らぬ点は御指摘下さい。
(当ブログへの無断リンクは、固くお断り致します。)
2026年05月10日
1969年4月23日に、ローリング・ストーンズは、同1969年11月28日(米国ロンドン)・12月5日(英国デッカ)にリリースする事となる英国オリジナル・アルバムでは8作目(米国では11作目)の「LET IT BLEED」を、ロンドンのオリンピック・スタジオでレコーディングしていました。ところが、何故かキース・リチャーズが先に帰ってしまい、残されたローリング・ストーンズの3人であるミック・ジャガー(ヴォーカル、ハーモニカ)、チャーリー・ワッツ(ドラムス)、ビル・ワイマン(ベース)に加えて、レコーディング・セッションに参加していたニッキー・ホプキンス(キーボード、ピアノ)とライ・クーダー(ギター)の5人で、ジャム・セッションが行われました。その様子をアルバム「LET IT BLEED」でエンジニアを務めているグリン・ジョンズがレコーディングしていて、1972年1月7日になってからグリン・ジョンズのプロデュース作で、アルバム「JAMMING WITH EDWARD!」として、ローリング・ストーンズのレーベルである「ローリング・ストーンズ・レコード」からリリースしたのです。ブライアン・ジョーンズがドラッグで使い物にならなくなってローリング・ストーンズから解雇される直前に、ローリング・ストーンズは4人体制でレコーディングを続行中で、お馴染みのニッキー・ホプキンスにキーボードとピアノでサポートしてもらっていて、そこにジャック・ニッチェの紹介で当時はまだ無名だったライ・クーダーをギターで参加させていて、つまりはキース・リチャーズ抜きのローリング・ストーンズの3人とニッキー・ホプキンスとライ・クーダーの計5人で一発録音の即興でジャム・セッションを行ったのが、このアルバム「JAMMING WITH EDWARD!」です。エドワードと云うのは、ニッキー・ホプキンスのニックネームで、ジャケットの奇妙なイラストとデザインもニッキー・ホプキンスが手掛けています。
アルバム「JAMMING WITH EDWARD!」の内容は、A面が、1「THE BOUDOIR STOMP」、2「IT HURTS ME TOO」、3「EDWARD'S THRUMP UP」で、B面が、1「BLOW WITH RY」、2「INTERLUDE A LA EL HOPE(INCLUDE “THE LOVELIEST NIGHT OF THE YEAR”)」、3「HIGHLAND FLING」の、全6曲入りです。曲数は少ないものの、ジャム・セッションなので長尺な曲も多くて、「EDWARD'S THRUMP UP」は8分以上もあるし、「BLOW WITH RY」は11分以上もあります。エルモア・ジェームスのカバー「IT HURTS ME TOO」と、引用した楽曲以外は、作者が「ホプキンス、クーダー、ワッツ」名義となっていて、つまりはニッキー・ホプキンスとライ・クーダーとチャーリー・ワッツの共作として発表されたのです。それは、ライ・クーダーがアルバム「LET IT BLEED」を聴いて、自分の名前が「LOVE IN VAIN」でのマンドリン奏者としてだけしか載っていない事に腹を立てて、実はキース・リチャーズがこのジャム・セッション「JAMMING WITH EDWARD!」でのライ・クーダーのギターをパクっているとか、本当はヒット曲「HONKY TONK WOMEN」のフレーズもライ・クーダーが考案したのにパクられたとか、色々と暴露した事などからの配慮でもあったのでしょう。確かに、このジャム・セッションでのライ・クーダーによるギター・ワークは、アルバム「LET IT BLEED」でのキース・リチャーズによるギター・ワークと、かなり似ています。しかしながら、ローリング・ストーンズが強かなのは、こうして元ネタと思われる「JAMMING WITH EDWARD!」を、後出しとは云え、自分たちのレーベルからわざわざ公式アルバムとしてリリースしてしまったところです。良いな、と思ったら、平気でパクるのが、ローリング・ストーンズなのです。
ジョン・レノンが云った通り、1960年代のローリング・ストーンズは「ビートルズのマネばかりしている」だったわけですが、このジャム・セッションをそのまんまリリースしたのは、時期的にはジョージ・ハリスンがアルバム「ALL THINGS MUST PASS」を1970年11月にリリースしていて、LP3枚組の3枚目でジャム・セッションをそのまんま入れていたので、だったらウチにもあるよん、とばかりにやらかしたとも思えます。前回に紹介した1969年のアルバム「LET IT BLEED」のクライマックスである名曲「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」が7分半もの大作となったのも、ミック・ジャガー自身が、ビートルズの「HEY JUDE」をマネしたけど、それが何か問題でもあるのん?と開き直っているのです。このアルバム「JAMMING WITH EDWARD!」を自分たちのレーベルからリリースして、印税がライ・クーダーにも回る様にしたのも、ウチラのレコーディング・セッションでギターを弾いたんだから、アルバム「LET IT BLEED」に関してはローリング・ストーンズの作品なのだよん。逆に、無名のライ・クーダーに自由にギターを弾かせてやったんだから、暴露なんてするなよん。まだまだつづくよん。てなもんや、だったのでしょう。アルバム「BEGGARS BANQUET」やアルバム「LET IT BLEED」辺りからのキース・リチャーズに関して云えば、ライ・クーダーよりもグラム・パーソンズからの影響が強くて、実際にはグラム・パーソンズとキース・リチャーズの共作の様な曲まであるのですけれど、グラム・パーソンズはライ・クーダーみたいに暴露なんかしていないのですよ。グラム・パーソンズの場合は1973年9月19日にドラッグの過剰摂取で26歳の若さで亡くなっているので、墓まで持って行ってしまったのです。アルバム「JAMMING WITH EDWARD!」は、英国ではチャート入りしていませんが、米国では全米33位まで上がっています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
ファミリー劇場 13:20〜22:45(全10話一挙放送)
第6話「運命大作戦!W不倫夫婦に奇想天外の家爆売りGO!」
内山理名 AS 八十多つぐみ(第6話ゲスト)
「家売るオンナの逆襲」第6話の、今年3回目の再放送です。理名ちゃんが演じたつぐみさんは、W不倫カップルの奥さん役です。ソレで、夫役は「24 JAPAN」のアレクシスなんですけれど、理名ちゃんは、アンドレとも、ビクターとも、民三とも、氷川七々美とも、主要テロリストのほとんど全員と共演しています。何せ、元・伝説のテロリストの「カナリアの娘」ですからね。全10話一挙再放送ですけれど、第6話だけ観たい場合は、17時位をめどに観ればよろしいでしょう。
(姫川未亜/小島イコ)
posted by 栗 at 13:20|
RINA
|
NHK BS4K 10:45〜11:30
第六回(最終回)「最後の大仕事」
内山理名 AS 七化けのお千代
「雲霧仁左衛門」第六回(最終回)の、今年初めての再放送です。理名ちゃんが演じる七化けのお千代姐さんは公家の後家に化けて松屋に潜入していましたが、遂に雲霧一党が松屋を襲撃します。鍵を渡さない松屋に対して、雲霧仁左衛門は松屋の目の前でお千代姐さんにキスをして手籠めにしようとさえ見せかけ、まんまと鍵を奪います。お千代姐さんは雲霧仁左衛門を愛しているので、芝居とは云えキスされて放心状態になっています。女絡みで裏切った三次は、熊五郎と六之助によって始末されて、雲霧一党は散り散りとなってひとまず物語は完結します。来週からは「雲霧仁左衛門2」が、引き続き再放送されます。それで「BS4K」じゃ観れないよ、と云う方には、5月12日から「BS1」での再放送が始まるので、そちらで是非観て下さい。
(姫川未亜)
posted by 栗 at 11:30|
RINA
|
2026年05月09日

1969年9月12日に、2作目のベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」を英国デッカ/米国ロンドンから、それぞれ別の選曲でリリースしたローリング・ストーンズですが、同1969年11月28日(米国ロンドン)・12月5日(英国デッカ)に、英国では8作目(米国では11作目)のスタジオ・アルバム「LET IT BLEED」をリリースしました。タイトルが1970年3月にリリースされたビートルズのシングルで、その曲を収録した同1970年5月リリースのビートルズのアルバム「LET IT BE」と似ていますが、リリースはローリング・ストーンズの方が先です。但し、ビートルズの「LET IT BE」は、1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」でレコーディングされていて、悪徳マネジャーであるアラン・クレインが見本盤を米国のラジオ局に配布していたし、1969年10月にアレサ・フランクリンがレコーディングして、1970年1月にビートルズよりも先にリリースしていたし、ビートルズが「LET IT BE」と云う曲をレコーディングした事をローリング・ストーンズは知っていたでしょう。何せ、このローリング・ストーンズのアルバム「LET IT BLEED」のメイン・エンジニアであったグリン・ジョンズは、その前にビートルズの「THE GET BACK SESSIONS」でもメイン・エンジニアを務めていたのです。 となるとですね、ミック・ジャガーとキース・リチャーズは、ビートルズが「LET IT BE(なすがままに)」と来るならば、自分たちは「LET IT BLEED(血を流せ)」だぜ、と云うシャレでもあったのでしょう。このローリング・ストーンズのアルバム「LET IT BLEED」は、ブライアン・ジョーンズが最後に関わったアルバムであり、新メンバーとなった若き天才ギタリストだったミック・テイラーのお披露目のアルバムでもありました。つまり、ブライアン・ジョーンズが参加している曲と、ブライアン・ジョーンズを解雇して4人体制でレコーディングした曲と、ミック・テイラーを迎えた新体制でレコーディングした曲とに分かれていて、しかもそれぞれに豪華なゲスト・ミュージシャンが参加してもいます。デッカ/ロンドンからのスタジオ・アルバムはこの「LET IT BLEED」が最後となり、全英首位!・全米3位となっています。
アルバム「LET IT BLEED」の内容は、A面が、1「GIMMIE SHELTER」、2「LOVE IN VAIN」、3「COUNTRY HONK」、4「LIVE WITH ME」、5「LET IT BLEED」で、B面が、1「MIDNIGHT RAMBLER」、2「YOU GOT THE SILVER」、3「MONKEY MAN」、4「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」の、全9曲入りです。9曲と少ないものの、「LET IT BLEED」は5分半近くあり、「MIDNIGHT RAMBLER」は7分近くあり、クライマックスの「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」は7分半近くあるので、全体では42分21秒もあるLP時代では大作です。この内、ブライアン・ジョーンズが参加しているのは2曲(「MIDNIGHT RAMBLER」パーカッション、「YOU GOT THE SILVER」オートハープ)で、ミック・テイラーがギターを弾いているのは2曲(「COUNTRY HONK」、「LIVE WITH ME」)だけなので、ほとんどのギターはキース・リチャーズが孤軍奮闘して弾き捲っていて、「YOU GOT THE SILVER」では初めて全編を通じてリード・ヴォーカルまで担当していて、「LIVE WITH ME」ではベースも弾いています。前作アルバム「BEGGARS BANQUET」とこのアルバム「LET IT BLEED」は、その後のローリング・ストーンズのイメージを決定づけた名盤ですが、こちらのアルバム「LET IT BLEED」は、キース・リチャーズが「オープン・G・チューニング」を完成させたアルバムなので、これはもう堪りませんなあ、の傑作です。プロデュースは前作アルバム「BEGGARS BANQUET」につづいてジミー・ミラーで、ニッキー・ホプキンスがピアノ(「GIMMIE SHELTER」、「LIVE WITH ME」、「YOU GOT THE SILVER」オルガンも、「MONKEY MAN」)で、ライ・クーダーがマンドリン(「LOVE IN VAIN」)で、バイロン・バーラインがフィドル(「COUNTRY HONK」)で、レオン・ラッセルがピアノとホーン・アレンジ(「LIVE WITH ME」)で、ボビー・キーズがサックス(「LIVE WITH ME」)で、イアン・スチュワートがピアノ(「LET IT BLEED」)で、ジミー・ミラーがトロンボーン(「MONKEY MAN」)で、アル・クーパーがピアノとフレンチ・ホルンとオルガン(「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」)で、それぞれ参加しています。
更に、メリー・クレイトンがリード&バック・ヴォーカル(「GIMMIE SHELTER」)で、ナネット・ニューマン(ナネット・ワークマン)、ドリス・トロイ、マデリン・ベル、そしてロンドン・バッハ合唱団がバック・ヴォーカル、ロッキー・ディジョンがパーカッション、ジャック・ニッチェがアレンジ(「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」)で、それぞれ参加しています。個人的には、数多あるローリング・ストーンズの楽曲の中でもベスト3に入れたい位に大好きな曲が、このアルバム「LET IT BLEED」の最後を飾る7分28秒にも及ぶ大作「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」です。この楽曲の魅力は、マネしたであろうビートルズの「HEY JUDE」がそうである様に、7分以上もある長尺な曲だからこそ味わえるので、後のベスト・アルバムなどで5分前後の短縮シングル・ヴァージョンで収録されているのはいただけませんなあ。ロンドン・バッハ合唱団による合唱から厳かに始まるのに、単調な曲が繰り返される内に徐々に盛り上がって来て、キース・リチャーズのリード・ギターとミック・ジャガーの雄叫びから、大合唱となり、いきなりだなあ、とプロデューサーのジミー・ミラーが自ら叩いたドラムス(チャーリー・ワッツは上手く叩けなかったので不参加)がビート・チェンジする終盤の展開が、カッコ良過ぎるのです。ロバート・ジョンソンの秀逸なカバー「LOVE IN VAIN」以外の8曲はジャガー=リチャーズによるオリジナルで、アルバム制作時にブライアン・ジョーンズからミック・テイラーへとメンバー・チェンジがあったのに、それを感じさせないまとまりがある傑作アルバムとなっています。「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」は別ヴァージョンなので、シングル曲は1曲も収録されていませんが、「COUNTRY HONK」はシングル「HONKY TONK WOMEN」のカントリー・ヴァージョンとなっていて、全てがライヴでの定番曲となる程に粒ぞろいの捨て曲なしのアルバムです。エンジニアのグリン・ジョンズは、エンジニアとしては優秀で、ローリング・ストーンズのアルバムは1965年の「OUT OF OUR HEADS」の頃から手掛けていました。それで、ビートルズも1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」で起用したのでしょうけれど、ビートルズ向きではなかったようです。このアルバム「LET IT BLEED」は、「THIS RECORD SHOULD BE PLAYED LOUD」との但し書きにも、ローリング・ストーンズの自信が伺えます。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
2026年05月08日

1969年9月12日に、ローリング・ストーンズは2作目のベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」を、英国デッカと米国ロンドンから同時にリリースしました。このベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」は、またしても英国盤と米国盤では収録曲が違っています。前回に紹介した英国盤の内容は、A面が、1「JUMPIN' JACK FLASH」、2「MOTHER'S LITTLE HELPER」、3「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、4「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、5「YOU BETTER MOVE ON」、6「WE LOVE YOU」で、B面が、1「STREET FIGHTING MAN」、2「SHE'S A RAINBOW」、3「RUBY TUESDAY」、4「DANDELION」、5「SITTIN' ON A FENCE」、6「HONKY TONK WOMEN」の、全12曲入りで、英国でのアルバム未収録シングル曲が6曲(「JUMPIN' JACK FLASH」、「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、「WE LOVE YOU」、「RUBY TUESDAY」、「DANDELION」、「HONKY TONK WOMEN」)の半数もあって、更に英国ではEPのみに収録されていた「YOU BETTER MOVE ON」と、英国では未発表だった「SITTIN' ON A FENCE」を加えれば、8曲がこのベスト・アルバムで初めてアルバムに収録されました。つまり、それまでの英国オリジナル・アルバムに収録されていたのは、たったの4曲(「MOTHER'S LITTLE HELPER」、「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、「SHE'S A RAINBOW」、「STREET FIGHTING MAN」)のみで、「MOTHER'S LITTLE HELPER」はアルバム「AFTERMATH」から、「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」と「SHE'S A RAINBOW」の2曲はアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」から、「STREET FIGHTING MAN」はアルバム「BEGGARS BANQUET」からとなっています。正に、ベスト・アルバムとはかくあるべし、と云える選曲でした。ところが、米国盤では平気で収録曲を変えてしまったのです。
米国盤のベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」の内容は、A面が、1「PAINT IT BLACK」、2「RUBY TUESDAY」、3「SHE'S A RAINBOW」、4「JUMPIN' JACK FLASH」、5「MOTHER'S LITTLE HELPER」、6「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」で、B面が、1「HONKY TONK WOMEN」、2「DANDELION」、3「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、4「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、5「STREET FIGHTING MAN」の、全11曲入りです。まずもって、英国盤よりも1曲少ない全11曲にしているところからして、やり方がセコイのですけれど、一応は米国でのシングル曲を集めているわけです。が、しかし、このベスト・アルバムでしか聴けないアルバム未収録曲は「DANDELION」と「JUMPIN' JACK FLASH」と「HONKY TONK WOMEN」の3曲のみです。他の8曲もシングル曲ではあるものの、米国では水増しアルバムでシングル曲も平気でアルバムに入れていたので、「PAINT IT BLACK」は米国編集アルバム「AFTERMATH」に、「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」と「RUBY TUESDAY」は米国編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」と米国編集アルバム「FLOWERS」に、「MOTHER'S LITTLE HELPER」と「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」は米国編集アルバム「FLOWERS」に、それぞれ収録済みで、特に「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」と「RUBY TUESDAY」は米国編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」と米国編集アルバム「FLOWERS」でダブっていて、シングルも出していたので、このベスト・アルバムでは4度売りだったのです。そして、米国ロンドンは1967年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」からは英国デッカ・オリジナル・アルバムと同内容になってしまったので、水増しアルバムは出せなくなっていて、「DANDELION」と「JUMPIN' JACK FLASH」と「HONKY TONK WOMEN」を入れたのは、云ってみればこのベスト・アルバム自体が水増しアルバムの様なものだったのです。それでも、全米2位まで上がっています。
更に、米国盤はシングル集ではあるものの、「SHE'S A RAINBOW」と「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」と「STREET FIGHTING MAN」は、英国ではリリース当時にはシングル・カットされていません。米国ロンドンは、独自の水増しアルバムをリリース出来なくなったので、今度は勝手にアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」やアルバム「BEGGARS BANQUET」から独自に水増しシングル・カットしていたのです。英国盤ベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」全12曲入りと、米国盤ベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」全11曲入りは、タイトルが同じだし、ジャケット写真も同じですけれど、内容は雲泥の差があります。両方でダブっているのは9曲(「JUMPIN' JACK FLASH」、「MOTHER'S LITTLE HELPER」、「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、「STREET FIGHTING MAN」、「SHE'S A RAINBOW」、「RUBY TUESDAY」、「DANDELION」、「HONKY TONK WOMEN」)ですが、英国盤ではほとんどがアルバム未収録シングル曲だったのに、米国ではほとんどがアルバムで既発曲だったわけです。更に、英国盤には収録されていた「WE LOVE YOU」(ジョン・レノンとポール・マッカートニーが参加)が、米国盤には収録されていません。「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」と「RUBY TUESDAY」を4度売りする位ならば、「WE LOVE YOU」を収録するべきでしょう。幾ら米国ではA面にした「DANDELION」(全米14位)の方がB面にした「WE LOVE YOU」(全米50位)より売れたとはいえ、英国盤の両A面曲の片面しか入れないなんて、もう訳が分かりませんなあ。これがビートルズだったならば、「PENNY LANE」を入れて「STRAWBERRY FIELDS FOREVER」を入れていないベスト・アルバム「1」みたいなヘッポコリン選曲ですよ。それから、米国盤には「PAINT IT BLACK」と「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」が収録されていますが、英国盤には収録されていません。これはですね、1966年リリースの英国盤のベスト・アルバム「BIG HITS(HIGH TIDE AND GREEN GRASS)」に既に収録していたからです。そっちも英国盤は全14曲入りなのに、米国盤は全12曲入りでした。米国ロンドンは、どこまでいってもセコイですなあ。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第6話「探偵と断りきれない女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第6話の、今年5回目の再放送ですが、「浅見光彦〜最終章〜」とバッティングしています。この第6話では、当時グラビアで活躍していた壇蜜さんをいち早く女優として起用して、深夜枠としては考えられないシリーズ最高の数字「12.0%」を叩き出しました。新聞のテレビ欄には「壇蜜ぬるぬる蜜まみれ」などと云うピンク映画のタイトルみたいな宣伝文句が載っていたので、効果抜群だったのでしょうなあ。内容は、インチキ宗教団体に探偵が挑む話です。そんな中で、第3話で初登場した小池里奈ちゃんが演じた麻美が、この第6話に再登場しています。那奈ちゃんが演じた冴島響子先生は、安定のドSぶりです。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
|
ミステリーチャンネル 18:50〜20:40
第1話「恐山・十和田・弘前編」
片瀬那奈 AS 藤波紹子(第1話マドンナ)
「浅見光彦〜最終章〜」第1話の、今年2回目の再放送ですが、「匿名探偵」とバッティングしています。こちらは「最終章」となっていますが、ソレは「エロス沢村版」が2時間ドラマのシリーズであって、ソノ「最終章」であって、「浅見光彦シリーズ」としてはその前もその後もキャスティングを変えて制作されています。エロスは、意外にもこれが連ドラ初主演でした。那奈ちゃんが演じた藤波紹子さんは料理人で、連続殺人事件に本人は知らずに関わっている役どころです。基本的にはシリアスなドラマなのですが、エロスと那奈ちゃんが並ぶとコントが始まりそうで笑ってしまいます。エロスと那奈ちゃんは、アンナに仲良しだったのにねえ。初回スペシャルだったので、2時間ドラマの尺があります。ミステリーチャンネルでは何度も再放送されていますけれど、何故か第2話が欠番になっています。浅見光彦の兄役は風間杜夫さんで、このドラマでは那奈ちゃんとの絡みはありませんが、2017年公開の映画「こいのわ 婚活クルージング」ではガッツリと共演しています。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 20:40|
ACTRESS
|
2026年05月07日
結成当時のローリング・ストーンズのリーダーは、ブライアン・ジョーンズでした。ブライアン・ジョーンズは黒人音楽に精通していて、ローリング・ストーンズはリズム&ブルースのカバーばかり演奏していました。ところが、メジャー・デビュー後にマネジャー兼プロデューサーだったアンドリュー・ルーグ・オールダムは、ローリング・ストーンズもビートルズの様にオリジナルで勝負すべきだと考えて、メンバーにオリジナル曲を書く様に命令したのです。ブライアン・ジョーンズはオリジナル曲には興味がなかったので、アンドリュー・ルーグ・オールダムはミック・ジャガーとキース・リチャーズの二人に、ビートルズの「レノン=マッカートニー」の様に「ジャガー=リチャーズ」として共作する様に命じて、オリジナル曲を書かせたのです。ところが、始めの内は稚拙な曲しか書けなかったジャガー=リチャーズですが、1965年には「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」と云う傑作を書く様になり、1966年のアルバム「AFTERMATH」では全曲がジャガー=リチャーズ作のオリジナルで構成される程に成長してしまったのです。曲を書いているのはジャガー=リチャーズなのに、周りは未だにブライアン・ジョーンズをリーダー扱いしている事に、ミック・ジャガーとキース・リチャーズは不満を持つ様になりました。しかしながら、ブライアン・ジョーンズは「楽器の天才」でマルチプレイヤーだったので、ジャガー=リチャーズ作の楽曲をアレンジ面では大いに支えていて、例えば「PAINT IT BLACK」でのシタール、「UNDER MY THUMB」でのマリンバ、「LADY JANE」でのダルシマー、「RUBY TUESDAY」でのリコーダー、「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」でのメロトロン、等々、楽曲の魅力を決定づける楽器をローリング・ストーンズに導入しています。アンドリュー・ルーグ・オールダムはその貢献度を認めていたものの、ジャガー=リチャーズはそれ程には認めておらず、逆にひとりでギターを弾く機会が増えたキース・リチャーズは迷惑に思っていました。そして、アンドリュー・ルーグ・オールダムは1967年のシングル「WE LOVE YOU / DANDELION」を最後に、ローリング・ストーンズと袂を分かつ事となりました。
1968年12月6日に英国オリジナルでは7作目(米国では10作目)のアルバム「BEGGARS BANQUET」を、新たにジミー・ミラーのプロデュースで、デッカ/ロンドンからリリースしたローリング・ストーンズは、素早く同年12月10日から12日にかけてテレビ特番「ROCK AND ROLL CIRCUS」を制作しますが、それはお蔵入りしてしまいます。そのスタジオ・ライヴでは、早くも「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」が演奏されていて、次作アルバム「LET IT BLEED」へと向かっていたのですが、バンドでの立場が悪くなったブライアン・ジョーンズはドラッグに溺れて、アルバム「LET IT BLEED」の制作中だった1969年6月に自分が創設したバンドであるローリング・ストーンズから解雇されてしまったのです。そして、同1969年7月3日に、ブライアン・ジョーンズはプールで水死しているところを発見されました。享年・27歳。ローリング・ストーンズは、新たに若き天才ギタリストだったミック・テイラー(当時は少女マンガの王子様みたいだった)をメンバーに加えて、同1969年7月5日にそのお披露目のフリー・コンサートをハイドパークで行ったのですが、ブライアン・ジョーンズの死を受けて急遽、追悼コンサートとして行われました。話は逸れますが、そのハイドパークでのライヴは映像作品になっているので観る事が出来るのですけれど、ライヴが終わった後に観衆の中でニヤけているポール・マッカートニーの姿がバッチリと映っています。丁度、ビートルズはアルバム「ABBEY ROAD」をレコーディング中だったのですけれど、7月5日は土曜日でレコーディングはお休みだったのですよ。折角のお休みなのに、ポールはローリング・ストーンズを観に行っていたわけですなあ。さて、ローリング・ストーンズのアルバムは1968年12月6日リリースの「BEGGARS BANQUET」からギタリストの交代もあって間が空いていて、全米ツアー前にヒット曲「JUMPIN' JACK FLASH」と「HONKY TONK WOMEN」も収録したアルバムを出したかったところに、ブライアン・ジョーンズの死を追悼すると云う大義名分も重なったので、2作目のベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」を1969年9月12日に、英国デッカからと米国ロンドンからリリースしました。
折角、1967年の英国オリジナルでは6作目(米国編集では9作目)のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」から英米で同じ内容になったのに、このベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」は再び英米で別の選曲になっています。ジャケット写真は英米で同じですが、英国オリジナル盤では八角形の変型ジャケットとなっています。英国盤の内容は、A面が、1「JUMPIN' JACK FLASH」、2「MOTHER'S LITTLE HELPER」、3「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、4「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、5「YOU BETTER MOVE ON」、6「WE LOVE YOU」で、B面が、1「STREET FIGHTING MAN」、2「SHE'S A RAINBOW」、3「RUBY TUESDAY」、4「DANDELION」、5「SITTIN' ON A FENCE」、6「HONKY TONK WOMEN」の、全12曲入りです。先ずは、英国オリジナル・アルバムには収録されていないシングル・ヒット曲が6曲(1968年「JUMPIN' JACK FLASH」、1967年「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、1967年「WE LOVE YOU」、1967年「RUBY TUESDAY」、1967年「DANDELION」、1969年「HONKY TONK WOMEN」)もあります。更に、1967年の米国編集アルバム「FLOWERS」に収録されていた「SITTIN' ON A FENCE」(トワイス・アズ・マッチへの提供曲のデモ音源)も、英国では初収録です。他は1966年のアルバム「AFTERMATH」から「MOTHER'S LITTLE HELPER」、1964年のEP「THE ROLLING STONES」から「YOU BETTER MOVE ON」(英国アルバム初収録)、1968年のアルバム「BEGGARS BANQUET」から「STREET FIGHTING MAN」、1967年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」から2曲(「SHE'S A RAINBOW」、「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」)と云った構成で、英国オリジナル・アルバムで集めている方々にとっては嬉しい選曲となっております。特に、米国編集アルバムがなくなった1967年のシングル曲「WE LOVE YOU」は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーも参加した重要な曲ですが、米国編集アルバムでは1972年の「MORE HOT ROCKS(BIG HITS & FAZED COOKIES)」まで聴けなかった曲です。この英国盤ベスト・アルバム「THROUGH THE PAST, DARKLY(BIG HITS VOL.2)」は、全英2位まで上がっています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
結構、長い間プロレスについて書いてこなかったのですけれど、スターダムにしろ、新日本プロレスにしろ、OZアカデミー、東京女子プロレス、仙女、Sareee自主興行、Fortune Dream、等々、まあ、観てはいるけれど特筆すべき興行がなかったからでもあります。スターダムの4・26横浜アリーナ大会に関しては、玖麗さやかが上谷沙弥に勝ってしまって、赤いベルトの王者になってしまった事が賛否両論あるのですけれど、上谷沙弥は売れっ子になってコンディションが悪く、2月にスターライト・キッドとの防衛戦で指を骨折していて、普通ならドクター・ストップでキッちゃんの勝ちになるか、もしくはノーコンテストで再戦になるかだと思うのですけれど、平然と試合続行して上谷沙弥が防衛しちゃったりして、何だかなあ、だったので、ファイヤーバード・スプラッシュで玖麗さやかが勝ったのは説得力がありました。でもね、一体、誰が玖麗さやかにファイヤーバード・スプラッシュを伝授したのでしょうか?本家は今は亡き初代・ハヤブサですけれど、スターダムでファイヤーバード・スプラッシュを使っていた選手って、上谷沙弥しかいなかったんじゃないでしょうか。まあ、それはそれとして、4・26では推しの安納サオリがOZアカデミーの後楽園ホール大会とスターダムの横浜アリーナ大会がバッティングして、OZアカデミーに出てからスターダムに出て、なんとまあ、2連敗しちゃったのですよ。OZアカデミーでの対戦相手はウナギ・サヤカで、スターダムでは再デビューして数か月の新入り選手が相手だったのですけれど、まさか安納サオリがどっちも寝るとは思わなかったので、ショックでしたよ。ウナギ・サヤカには負けたら何でも云う事をきくって条件だったのですけれど、それがですね、ウナギ・サヤカ曰く「アノたんとタッグが組みたい」って、おいおい、何じゃそりゃあ、でした。まあ、一応は安納サオリが勝ったならばウナギ・サヤカは正危軍入りするって云う条件で、ウナギ・サヤカとしては勝ったから正危軍には入らないけれど、安納サオリとはタッグを組みたいって話なんですけれどね。
それで、一応はOZアカデミーの方はストーリーが出来て、安納サオリはウナギ・サヤカと越境タッグを組むけれど、負けたら解消するって事になったみたいです。問題は、横浜アリーナ大会の方で、そっちは流石に負けないだろうと思っていたし、ド新人にサシの勝負で負けた安納サオリのスターダムでの立場って、何なのでしょうか。何だか、スターダムの大きな大会では、ここのところずっと安納サオリが負けてばかりいる様な気がして、やっぱりOZアカデミーとかにも参戦しているから、負けちゃうのかなあ、と思わされますよ。そう云えば、なつぽいも負けていたし、メインエベントで玖麗さやかが負けたらコズエン(コズミック・エンジェルズ)解散とか云う話だったので、こりゃあ、もう解散だね、と思っていたら腹黒・玖麗さやか(引退した鹿島沙希・命名)が勝って解散回避となったわけです。でも、安納サオリもなつぽいも最近はコロコロと負けてばかりいる印象だし、元々のコズエンって、中野たむと白川未奈とウナギ・サヤカのユニットだったわけで、もう誰もスターダムにはいないんですよ。赤を巻いたから玖麗さやかがリーダーになるのか、とも思えるものの、赤は巻いても何だか格付けとしては安納サオリとなつぽいの方が相変わらず上みたいだし、よく分かりませんなあ。安納サオリは横浜アリーナ大会に滋賀から両親を招いていたらしく、それで負けちゃったのですから、困ったちゃんですよ。地味に推しの舞華も血だるまになって負けているし、推しが二人共に負けたんじゃ、あんまり嬉しくないんですよ。さて、5月3日と4日には新日のレスリングどんたくがあってですね、4日のメインはIWGP王座戦で鷹木信悟が挑戦者だったのですけれど、なんとまあ、新婚のお嫁さんであるなつぽいがリングサイド最前列で応援していてですね、煽りVTRでも夫婦仲良く出ていた上に、試合中に応援している様子もバッチリと映っていてですね、王者のカラム・ニューマンがなつぽいにちょっかいを出して鷹木信悟が怒って割って入るなんて場面まであって、おいおい、一体何を見せられているんだ?と思ったりもしました。試合は、嫁まで応援に来ていたのに、鷹木信悟が負けました。
それから、4月16日の小橋建太がプロデュースした大会「Fortune Dream 11」にも触れておくとですね、やはりセミファイナル(元々はメインエベントだったものの、Sareeeが米国大会とのダブルヘッダーだったのでセミファイナルになった)の上谷沙弥(スターダム)VS Sareee(フリー)VS 橋本千紘(センダイガールズプロレスリング)の3WAYマッチは、面白かったです。あたくしはベビーフェイス時代からヒールに転向してからも、一貫して上谷沙弥が苦手なんですけれど、こうして3WAYを組まれたのでは観ないわけにはいきません。但し、試合はSareeeと橋本千紘は何度も対戦しているからか、手が合って、上谷沙弥は最初の内は観客席で高みの見物を気取ったり、場外戦で連れて来た渡辺桃と一緒に暴れたりしていた印象はあるものの、初対戦となる橋本千紘と、2度目の対戦となったSareeeとは、やはりプロレスの方向性が違っていて、噛み合わない感じはありました。試合は、30分時間切れ引き分けでした。Sareeeは、玖麗さやかに負けて赤いベルトを失った上谷沙弥に「何やってんだ!私と戦え!」とか云っていますけれど、多分、手が合わなくて名勝負にはならない様な気がします。Sareeeは、スターダムだったならば、やはり朱里みたいに強い選手とやっていた方が良いし、鈴季すずとも手が合っていたので、ベルトも落とした事ですし、上谷沙弥とは関わらない方が良いと思いますけれどね。横浜アリーナ大会では、メインエベント以外でも「H.A.T.E.」が持っていたベルトのタイトルマッチでは全て「H.A.T.E.」が負けて王座が移動しましたが、以前から思っているのですけれど、スターダムはやる事が度が過ぎていて、逆に観客の想定内の結果になっている気がします。上谷人気などで8千人以上の観客が入って、昨年の敗者引退マッチを超えたものの、赤いベルトの王者が玖麗さやかで大丈夫なのか、とは普通に思いますよ。何せ、玖麗さやかは白いベルトどころか、フューチャーのベルトすら巻いていなくて、いきなり赤いベルトの王者になってしまったからです。早速、舞華や、刀羅ナツコや、鈴季すずや、スターライト・キッドなどが挑戦を表明していますが、何故か次期挑戦者は伊藤ちゃんなのです。タッグ・パートナーのさくらあやも狙っているでしょうから、これからが大事ですね。
(小島イコ)
posted by 栗 at 22:00|
KINASAI
|
テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第5話「探偵とまぼろしの女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第5話の、今年5回目の再放送です。那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」の冴島響子先生は、第4話では自ら依頼人になったのでドラマ全編に登場していましたが、第5話では冒頭とオチのバーでの登場へと逆戻りしています。そして、第5話では「ダン」と「アンヌ」が「ウルトラセブン共演」をしています。どちらも水商売のマスターとママなのですけれど、劇中での絡みがなかったものの、現場では逢っていた様で、2ショット写真を公開していました。内容は、記憶喪失になった依頼人の女性の過去を探偵が探るもので、その女性がホステスとして務めていたクラブのママが「アンヌ」です。アンヌは「ウルトラセブン」の後に東映成人映画にも出ていますが(初めて観た時にはショックだった)、阿南刑事役のキチホンさんも若い頃には日活ロマンポルノに多数出演していました。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
|
2026年05月06日

ローリング・ストーンズの音源は、1963年にデビューしてから1971年に独立してローリング・ストーンズ・レコードからアルバム「STICKY FINGERS」をリリースする前までの、英国デッカと米国ロンドンでリリースした音源と、その期間にレコーディングされた音源の全てが、悪徳マネジャーだったアラン・クレインが設立した会社「ABKCO」に版権を所有されています。故に、この連載でもこの辺から実際にリリースされた順番ではなく、デッカ/ロンドンでのレコーディング音源を先に紹介してゆきます。ローリング・ストーンズの1960年代の音源は「ABKCO」に握られているので、結構いい加減なコンピレーション・アルバムが多数リリースされるのですけれど、1971年と1972年にリリースされてそれぞれLP2枚組だったベスト・アルバム「HOT ROCKS 1964-1971」と「MORE HOT ROCKS(BIG HITS & FAZED COOKIES)」や、1975年にリリースされたレア音源集のアルバム「METAMORPHOSIS」や、1975年にリリースされたLP2枚組のベスト・アルバム「ROLLED GOLD」や、1989年にリリースされた3CDのシングル集「SINGLES COLLECTION THE LONDON YEARS」などのアルバムは、ローリング・ストーンズの1960年代の音源を全て聴く為には避けれて通れません。それぞれのコンピレーション・アルバムは、例えばシングル集と謳っている「SINGLES COLLECTION THE LONDON YEARS」の様にシングル曲ではあるものの、シングル・ヴァージョンではない音源が収録されていたりもするのですけれど、レノン=マッカートニー作の「I WANNA BE YOUR MAN」のローリング・ストーンズ・ヴァージョンなどはそれらでしか聴けません。アルバム「HOT ROCKS 1964-1971」と「MORE HOT ROCKS(BIG HITS & FAZED COOKIES)」に関しては、同じくアラン・クレインが関わったビートルズの「THE BEATLES 1962-1966(赤盤)」と「THE BEATLES 1967-1970(青盤)」を翌1973年にリリースする雛型になっているし、二番煎じだった「MORE HOT ROCKS」には「MONEY」が収録されているので、ビートルズとローリング・ストーンズの両方がカバーした曲を聴くにはそれに頼るしかありません。1975年6月6日に、ローリング・ストーンズ・レコードになって初めてリリースされたベスト・アルバム「MADE IN THE SHADE」にバッティングさせたデッカ/ロンドン時代のレア音源集「METAMORPHOSIS」も、やり口は褒められたものではありませんが貴重です。
さて、時代を1968年12月に戻すと、ローリング・ストーンズは7作目の英国オリジナル・アルバム「BEGGARS BANQUET」を、ジャケット差し替え問題などで遅れて、ようやく1968年12月6日にデッカからリリースしました。そこからがスピーディーで、12月10日から12日まで、翌1969年1月1日に放送予定だったテレビ特番「ROCK AND ROLL CIRCUS」を収録しています。このスタジオ・ライヴ番組は、ローリング・ストーンズがメインのトリで登場して、多くのゲストを招いて前座で演奏させて、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督で撮影されていますが、諸々の理由でお蔵入りして、1996年10月14日に30年近い時を越えて「ABKCO」から映像作品と音源集としてリリースされています。内容は、1「MICK JAGGER'S INTRODUCTION OF ROCK AND ROLL CIRCUS」、2「ENTRY OF THE GLADIATIORS」、3「MICK JAGGER'S INTRODUCTION OF JETHRO TULL」、4「SONG FOR JEFFREY」、5「KEITH RECHARD'S INTRODUCTION OF THE WHO」、6「A QUICK ONE WHILE HE'S AWAY」、7「OVER THE WAVES」、8「AIN'T THAT A LOT OF LOVE」、9「CHARLUE WATT'S INTRODUCTION OF MARIANNE FAITHFULL」、10「SOMETHING BETTER」、11「MICK JAGGER'S AND JOHN LENNON'S INTRODUCTION OF THE DIRTY MAC」、12「YER BLUES」、13「WHOLE LOTTA YOKO」、14「JOHN LENNON'S INTRODUCTION OF THE ROLLING STONES〜JUMPIN’ JACK FLASH」、15「PARACHUTE WOMAN」、16「NO EXPECTATIONS」、17「YOU CAN'T ALWAYS GET WHAT YOU WANT」、18「SYMPATHY FOR THE DEVIL」、19「SALT OF THE EARTH」の、全19トラック入りです。それぞれの曲紹介やサーカス団の演奏もトラック分けされているので、実際のバンドでの演奏は全12曲となっています。このスタジオ・ライヴで最も話題になったのは、ジョン・レノン(ヴォーカル、ギター:ビートルズ)、エリック・クラプトン(ギター:クリーム)、キース・リチャーズ(ベース!:ローリング・ストーンズ)、ミッチ・ミッチェル(ドラムス:ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス)によるスーパー・バンド「ダーティー・マック」です。
演奏は、4「SONG FOR JEFFREY」がジェスロ・タル、6「A QUICK ONE WHILE HE'S AWAY」がフー、8「AIN'T THAT A LOT OF LOVE」がタジ・マハール、10「SOMETHING BETTER」がマリアンヌ・フェイスフル、12「YER BLUES」がダーティー・マック、13「WHOLE LOTTA YOKO」がダーティー・マックとヨーコさんの「キエーッ!」にイヴリー・ギトリス(ヴァイオリン)、14「JAMPIN' JACK FLASH」〜19「SALT OF THE EARTH」の6曲がローリング・ストーンズです。お蔵入りした原因は、フーによるロック・オペラの「A QUICK ONE WHILE HE'S AWAY」の演奏が凄過ぎて、ミック・ジャガーがローリング・ストーンズの演奏部分を撮り直ししたいと云い出したからとも云われています。そのローリング・ストーンズはトリだったので、収録が押して本番は12月11日の深夜から始まりお客さんも帰ってしまい、終わったのは翌12月12日の早朝だったそうです。ジョン・レノンの出演に関しては、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督が先にポール・マッカートニーに声を掛けたのにポールからの返事がなくて、ジョンに声を掛けたら即オッケーされた上に、エリック・クラプトンとミッチ・ミッチェルを連れて来て、おそらく「SYMPATHY FOR THE DEVIL」や「STREET FIGHTING MAN」での演奏を気に入っていたので、キース・リチャーズにベースを弾かせたわけです。ほとんどが生演奏ですが、ジェスロ・タルとマリアンヌ・フェイスフルとローリング・ストーンズの最後の「SALT OF THE EARTH」の3曲はカラオケで歌のみが生収録です。このアルバム「ROCK AND ROLL CIRCUS」は、2019年に拡張盤がリリースされていて、タジ・マハールによる3曲と、ジュリアス・カッチェンによる2曲に加えて、ダーティー・マックの「REVOLUTION」、「WARMUP JAM」、「YER BLUES」テイク2の3曲が蔵出しされました。この番組「ROCK AND ROLL CIRCUS」は、ブライアン・ジョーンズがローリング・ストーンズから解雇される前の、最後のライヴ演奏する姿を観る事が出来る映像作品ですが、当日に手に怪我をしていたらしく、すっかり影が薄くなっています。その分、キース・リチャーズが「ダーティー・マック」でも「ローリング・ストーンズ」でも頑張っています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第4話「探偵と敵が多い女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第4話の、今年5回目の再放送です。毎回、バーで那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」である冴島響子先生が、匿名探偵に依頼をして、探偵は特命係長の様に腕力にものを云わせずに、独自の捜査と推理力で事件を解決してゆきます。この第4話は冴島響子先生が何者かに命を狙われて、冴島響子先生自らが依頼人となるので出番が多い話になっています。一体誰が冴島響子先生を狙っているのかと、探偵は裁判記録を調べて、冴島響子先生との裁判で負けた被告連中の仕業だと考え話を聞く(何故か昼の顔の只野仁のコスプレをしている)ものの、裁判で負けた連中は「アンナ素敵で腕もある弁護士先生なんて他にいないから、何かやらかしたら今度は冴島響子先生に弁護を頼みますよ」とか「僕なんか有罪になったけれど、冴島響子先生が新しい職場を紹介してくれたんですよ、美人だし優しいし最高の弁護士です」とかみんなが云っているので、それじゃあ一体、冴島響子先生を車で追いかけて轢こうとしたり、トラックの前に突き出したり、サウナに閉じこめてしまったり、明らかに冴島響子先生を恨んでいるのは誰だ?となって、探偵の推理(そうか、そう云う事か)で、意外な真犯人が浮かび上がる展開です。サブタイトルの「敵が多い女」は冴島響子先生の事なのでしょうけれど、実際には裁判で負けた連中は敵ではなく、真犯人は別にいた、と云うわけです。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
|
2026年05月05日

ビートルズのマネばかりしている、とジョン・レノンにバカにされていたローリング・ストーンズですが、確かに1967年のシングル「WE LOVE YOU」(ジョン・レノン&ポール・マッカートニー参加)はビートルズのシングル「ALL YOU NEED IS LOVE」(ミック・ジャガー&キース・リチャーズ参加)の二番煎じだったし、同年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」はビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」の後追いでした。特にアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」は、評論家から「ビートルズの劣化版で猿真似だ」とまで云われています。しかしながら、ローリング・ストーンズの英国オリジナル・アルバムを年代順に聴いてゆくとですね、いきなりだなあ、とアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」の様なサイケデリック・サウンドになったわけではありません。1966年のアルバム「AFTERMATH」から、1967年のアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」を経て、1967年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」となったわけで、英国デッカ・オリジナル・アルバムでは徐々にサイケデリックな方向へと進んでいたと分かるのです。ところが、当時の米国ロンドン編集アルバムだと、アルバム「AFTERMATH」もアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」もタイトルは同じなのに収録曲が違っていて、シングル曲を無理矢理に押し込んでオリジナル・アルバムでの数曲を外してしまっていたので、いきなりアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」が出た様に感じられたわけですよ。それを云ったならば、ビートルズの1965年のアルバム「RUBBER SOUL」も1966年のアルバム「REVOLVER」も、米国キャピトル盤は不完全なカタチでリリースされていたわけで、どちらも英国オリジナル・アルバムと同内容となったのは、1967年のビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」であり、ローリング・ストーンズのアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」だったのです。故に、米国では突如としてビートルズやローリング・ストーンズが劇的な変化を遂げた様に受け取られたわけですなあ。
ローリング・ストーンズのレコードは、1967年のシングル「WE LOVE YOU / DANDELION」まではアンドリュー・ルーグ・オールダムがプロデュースしていましたが、決裂してアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」はローリング・ストーンズのセルフ・プロデュース作になっています。そこで、1968年からは新たにジミー・ミラーをプロデューサーに迎えて、原点回帰の方向性へと進むのです。それで、1968年5月にはシングル「JAMPIN' JACK FLASH」(B面は「CHILD OF THE MOON」)をリリースして、全英首位!・全米ビルボード3位(キャッシュボックス首位!)の大ヒット曲となりました。それまでの最高傑作とされていた「(I CAN'T GET NO)SATISFACTION」に対抗出来る名曲を生み出した事から、アルバムの方向性も決まって、英国オリジナルでは7作目となるアルバム「BEGGARS BANQUET」が、ジミー・ミラーのプロデュースで完成しました。が、しかし、現在では元のデザイン通りにトイレのジャケットになっているものの、1968年当時は「下品過ぎる」との理由で変更せざるを得なくなって、やけっぱちの如く真っ白なジャケットに変更されて、1968年12月6日にようやく英国デッカ・米国ロンドンからリリースされたのです。そうです、その通りです。運悪く、1968年11月22日にビートルズのアルバム「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」がリリースされたばかりで、そこに同じ様な無地のジャケットでローリング・ストーンズのアルバム「BEGGARS BANQUET」が登場したわけで、またしても「ビートルズのマネばかりしている」と思われてしまったのです。アルバム「BEGGARS BANQUET」の内容は、A面が、1「SYMPATHY FOR THE DEVIL」、2「NO EXPECTATIONS」、3「DEAR DOCTOR」、4「PARACHUTE WOMAN」、5「JIGSAW PUZZLE」で、B面が、1「STREET FIGHTING MAN」、2「PRODIGAL SON」、3「STRAY CAT BLUES」、4「FACTORY GIRL」、5「SALT OF THE EARTH」の、全10曲入りです。ロバート・ウィルキンズのカバー「PRODIGAL SON」以外の9曲はジャガー=リチャーズによるオリジナルとなっていて、全体的にアコースティック・ギターを中心としたブルースに回帰した様なサウンドとなっています。これはですね、ひとことで云えば「名盤」です。
前作のサイケデリックなアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」とは真逆の方向転換をした様に聴こえますが、実はこの二つのアルバムはそれ程にはかけ離れた作品集ではなくて、逆にかなり近い感覚で制作されています。と申しますのも、ローリング・ストーンズの5人と共に、ニッキー・ホプキンスがどちらのアルバムでも全面的に参加していて、つまり同じ布陣でレコーディングされているからです。ブライアン・ジョーンズがメンバーだった時代にリリースされた最後のアルバムで、翌年にブライアン・ジョーンズはローリング・ストーンズを解雇された挙句、亡くなってしまうのです。それ故に貢献度が低いアルバムとも云われているものの、実際には全10曲中8曲のレコーディング・セッションに参加していて、相変わらず、アコースティック・スライド・ギター、アコースティック・ギター、ハーモニカ、メロトロン、シタール、タブラ、バック・ヴォーカル、とマルチプレイヤーぶりを発揮しています。但し、このアルバム「BEGGARS BANQUET」ではキース・リチャーズが大活躍していて、エレクトリック・ギター、アコースティック・ギター、エレクトリック・スライド・ギター、ベース、バック・ヴォーカルと、ギターはほとんどをキース・リチャーズが弾いているし、印象的な「SYMPATHY FOR THE DEVIL」、「STREET FIGHTING MAN」、「STRAY CAT BLUES」での手数が多いベースもキース・リチャーズが弾いていて(シングル「JAMPIN' JACK FLASH」のベースも弾いている)、最後の「SALT OF THE EARTH」では出だしのリード・ヴォーカルまで務めています。ブライアン・ジョーンズが目立たないと云うよりも、キース・リチャーズが目立ち過ぎなのです。「SYMPATHY FOR THE DEVIL」なんて、もう「リード・ベース」ですよ。ポール・マッカートニーは、アルバム「THE BEATLES」に収録された「WHY DON'T WE DO IT IN THE ROAD?」を「STREET FIGHTING MAN」へのアンサー・ソングとして書いたと云われていますが(インドで猿が道端で交尾していたのを見て書いたとも云われている)、前述の理由でアルバム「BEGGARS BANQUET」は1968年12月までリリース出来なかったので、ポールはわざわざ米国で1968年8月に先行シングル化されたのを聴いたのか、もしくはミック・ジャガーかキース・リチャーズに見本盤をもらって聴いたのでしょう。ポールは、ジョンとは違う意味で、結構ローリング・ストーンズを意識しているのです。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第3話「探偵と世間知らずの女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第3話の、今年5回目の再放送です。那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」の冴島響子先生は、冒頭でバーで探偵に仕事を依頼して、事件が解決後にバーで探偵への報酬を大幅にピンハネするパターンです。この第3話は痴漢事件が発端となるのですが、痴漢親父の娘役で初登場する小池里奈ちゃんが演じた麻美は、その後も何度も再登場するセミ・レギュラーとなっています。このドラマや、元ネタだったドラマ「特命係長 只野仁」は、2026年の現在ではお色気シーンが問題になって、地上波での放送は困難でしょうなあ。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
|
2026年05月04日

ジョン・レノン曰く「ローリング・ストーンズは、ビートルズのマネばかりしている」が最高潮に達したのは、1967年です。ローリング・ストーンズの英国オリジナル・アルバムを追えば、1966年のアルバム「AFTERMATH」は1965年のビートルズのアルバム「RUBBER SOUL」のマネだし、1967年のアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は1966年のビートルズのアルバム「REVOLVER」のマネだし、1967年のアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」は1967年のビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」のマネと云う事になります。そうやって、ローリング・ストーンズはビートルズの後追いをしていたのですけれど、1968年のアルバム「BEGGARS BANQUET」で遂に独り立ちした様に思えます。但し、1968年にはビートルズはアルバム「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」をリリースしていて、1969年には失敗に終わったものの「THE GET BACK SESSIONS」を行っているので、原点回帰と云う意味ではローリング・ストーンズは未だビートルズの後追い状態でした。ビートルズは事実上では1969年のアルバム「ABBEY ROAD」で解散してしまうので、ローリング・ストーンズは繰り上げ当選の様なカタチでトップになってしまいます。しかしながら、そこからがローリング・ストーンズの底力で、常に時代の最先端を行くバンドのマネをして、2026年の現在まで世界最強のロックンロール・バンドとして君臨してゆくのです。ビートルズが解散した後の1970年代には、グラム・ロックが流行すれば化粧してグラム・ロック化するし、ディスコが流行れば臆面もなくディスコをやるし、レゲエが流行れば普通にレゲエもやるし、パンクが出てくれば平気でパンクだってやったわけです。ディスコに接近した「MISS YOU」を聴いたジョン・レノンは、アレは自分が書いた「SCARED」のスピードをアップしただけのパクリだ、と公言していました。ジョンにとっては、ローリング・ストーンズは舎弟であってですね、ビートルズが1966年にライヴ活動を止めた時に、ミック・ジャガーが文句を云ったら、ジョンは「ビートルズは、ミックがランチ・ボックスを持って学校に通っていた頃には、既にハンブルクで夜通し箱バンをやっていたんだぜ」と相手にしていなかったのです。
話は一寸変わりますが、トッド・ラングレンが「レコードで世界を変えようとしているバカがいる」と歌にした時も、ジョンは「トッドの『I SAW THE LIGHT』は、ビートルズの『THERE'S A PLACE』に似ているね」と鼻で笑っていて、ジョンみたいな毒舌野郎に喧嘩を仕掛けるのはアホですなあ。そんなローリング・ストーンズがビートルズに大接近したのが、1967年で、先ずはブライアン・ジョーンズがビートルズのレコーディング・セッションに前年の1966年から参加していて、「YELLOW SUBMARINE」と「YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」でプレイしています。1967年6月25日の世界衛星生中継番組「OUR WORLD」でビートルズが「ALL YOU NEED IS LOVE」を公開レコーディングした時には、ミック・ジャガーとキース・リチャーズがコーラスで参加していて、その姿がバッチリと映っています。そのお返しに、ジョンとポールはローリング・ストーンズのシングル「WE LOVE YOU」にコーラスで参加していて、ノンクレジットながら聴けばすぐにジョンとポールによる歌声だと分かります。ビートルズが1967年5月26日にリリースした英国オリジナルでは8作目のアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」のジャケットには、シャーリー・テンプルの人形が「WELCOME THE ROLLING STONES」と書かれた洋服を着ていて、それに返答するかのようにローリング・ストーンズのアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」のジャケット写真にはビートルズの4人の顔が潜んでいます。前述のシングル「WE LOVE YOU(全英8位・全米50位) / DANDELION(全米14位)」を最後に、アンドリュー・ルーグ・オールダムはローリング・ストーンズのプロデュースを辞めてしまったので、このアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」はローリング・ストーンズのセルフ・プロデュース作となっています。英国デッカからのオリジナルでは6作目で、米国ロンドンからの編集アルバムでは9作目(ライヴ・アルバムを加えれば10作目)となったアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」は、初めて英米で内容が同じになった作品で、1967年12月8日にリリースされています。ちなみに、ビートルズも英国オリジナルでは8作目で、米国編集アルバムでは14作目となったアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」で英米の内容が同じ(厳密に云えば英国盤では最後に入っているインナー・グルーヴは米国盤には入っていない)になっています。
アルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」の内容は、A面が、1「SING THIS ALL TOGETHER」、2「CITADEL」、3「IN ANOTHER LAND」、4「2000 MAN」、5「SING THIS ALL TOGETHER(SEE WHAT HAPPENS)」で、B面が、1「SHE'S A RAINBOW」、2「THE LANTERN」、3「GOMPER」、4「2000 LIGHT YEARS FROM HOME」、5「ON WITH THE SHOW」の、全10曲入りです。但し、A面最後の「SING THIS ALL TOGETHER(SEE WHAT HAPPENS)」の後に、シークレット・トラックで「COSMIC CHRISTMAS」が収録されています。英国での初回盤のジャケット写真は3Dになっていて、トータル・アルバムになっている点も、明らかにビートルズのアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」を意識しています。それは別にローリング・ストーンズに限った事ではなくて、1967年当時の英米のバンドはこぞってアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」のマネをしていたのですけれど、やはり、そこは「ビートルズの公式ライバル」だったローリング・ストーンズなので、ビートルズのマネはイカンでしょ、となったのです。「IN ANOTHER LAND」がビル・ワイマン作で、他の9曲はジャガー=リチャーズ作で、全曲オリジナルです。アルバムは全英3位・全米2位とヒットしたものの、やはり「ビートルズのマネ」と評論家には貶されました。英国でのシングル・カットはなくて、米国などでは「IN ANOTHER LAND(ビル・ワイマンのソロ名義) / THE LANTERN」(全米87位)と「SHE'S A RAINBOW / 2000 LIGHT YEARS FROM HOME」(全米25位)がシングル・カットされました。このアルバムに乗り気ではなかったと云われているブライアン・ジョーンズは、それでも、メロトロン、テルミン、サックス、ヴィブラフォン、ハープ、フルート、オルガン、エレクトリック・ダルシマー、リコーダー、バック・ヴォーカルと大活躍していて、ミック・ジャガー(リード・ヴォーカル)、キース・リチャーズ(ギター、ベース、バック・ヴォーカル)、ビル・ワイマン(ベース)、チャーリー・ワッツ(ドラムス)の、ローリング・ストーンズ5人に加えて、ニッキー・ホプキンス(ピアノ、オルガン、チェンバロ)が全面参加していて、「SHE'S A RAINBOW」のストリングス・アレンジは後にレッド・ツェッペリンに加入するジョン・ポール・ジョーンズが手掛けています。そして、ブライアン・ジョーンズが同じ1967年に制作したサントラ音源には、ジミー・ペイジがギターで参加しています。個人的にはブライアン・ジョーンズが好きなので、アルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」も好きです。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
テレ朝チャンネル2 20:00〜21:00
第2話「探偵と傷だらけの女」
片瀬那奈 AS 冴島響子
「匿名探偵」第2話の、今年5回目の再放送です。主演の高橋克典さんの代表作のひとつである「特命係長 只野仁」と、同じスタッフで共演者も被っている、清々しい程の二番煎じドラマですが、やはり週末の金曜日の夜に放送される「金曜ナイトドラマ」枠では、こうしたおバカなドラマが受けるのでしょうなあ。コレも深夜ドラマなのに、数字が平均で二桁を超えていて、2014年には続編も制作されて、那奈ちゃんが演じた「美人すぎる弁護士」冴島響子先生も続投しています。5月12日からは、その第2シリーズも7年ぶりに再放送されます。只野仁は夜の顔ではスーパーマンでしたけれど、こちらではとぼけた探偵で、推理力で事件を解決するので、頭は良いのでしょう。探偵が「そうか、そう云う事か」と云って事件の真相に迫るのと、最後に冴島響子先生が報酬を大幅に掠め取るのがお約束です。それから、バーのマスターであるモロボシ・ダンは、この第1シリーズでは全編に渡ってセリフが全くありません。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 21:00|
ACTRESS
|
2026年05月03日

ビートルズが1962年にデビューして、ビーチ・ボーイズも1962年にデビューして、ローリング・ストーンズが1963年にデビューした1960年代は、それぞれのバンドが恐ろしいまでのスピードで駆け抜けていった時代でした。ビートルズは、1962年のデビュー・シングル「LOVE ME DO」が、1965年にはアルバム「RUBBER SOUL」になっていたし、ビーチ・ボーイズは1962年のデビュー・シングル「SURFIN'」が、1965年にはアルバム「THE BEACH BOYS TODAY!」になっていたし、ローリング・ストーンズは1963年のデビュー・シングル「COME ON」が、1965年にはアルバム「OUT OF OUR HEADS」になっていたのです。更に、翌1966年には、ビートルズはアルバム「REVOLVER」になっているし、ビーチ・ボーイズはアルバム「PET SOUNDS」になっているし、ローリング・ストーンズはアルバム「AFTERMATH」になっていたわけですよ。そして、1967年には、ビートルズはアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」になり、ビーチ・ボーイズはアルバム「SMiLE」になり、ローリング・ストーンズはアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」となるのです。元々米国のバンドであるビーチ・ボーイズの場合は米国キャピトル盤がオリジナル・アルバムですが、英国のバンドであるビートルズやローリング・ストーンズは、英国オリジナル・アルバムと米国編集アルバムで内容が異なっていました。それが英米で統一されたのが1967年で、ビートルズはアルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」から、ローリング・ストーンズはアルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST」からと云う事になります。つまり、それまでのビートルズとローリング・ストーンズの米国盤は編集アルバムであってですね、ビートルズは1966年のアルバム「REVOLVER」まで、ローリング・ストーンズは1967年のアルバム「FLOWERS」までが、米国編集アルバムでした。ローリング・ストーンズは英国オリジナル・アルバムでは1967年の「BETWEEN THE BUTTONS」がアンドリュー・ルーグ・オールダムの最後のプロデュース作ですが、米国ロンドン編集盤では寄せ集めのアルバム「FLOWERS」もアンドリュー・ルーグ・オールダムのプロデュース作となっています。
1967年には、ビートルズの米国編集アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」もリリースされていますが、それは元々の英国オリジナル盤が6曲入りの2枚組EPでのリリースだったからです。米国キャピトルはその6曲をA面にして、B面には1967年にリリースされたアルバム未収録シングルから5曲を入れた全11曲入りにしたのです。この米国編集アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」は、1987年のビートルズの初CD化の際に唯一米国キャピトル編集アルバムではCD化されていて、それ以後は英国オリジナル・アルバムと同等の扱いをされています。全曲が1967年にリリースされた楽曲で、A面に関してはEP「MAGICAL MYSTERY TOUR」の楽曲なので、統一感がある編集アルバムとなってはいます。但し、やはりロック史上最強の両A面シングル「STRAWBERRY FIELDS FOREVER / PENNY LANE」を、単なるアルバムの2曲にしてしまったのはいただけませんなあ。まあ、それまでの米国キャピトル編集アルバムだった「BEATLES Y」や「YESTERDAY AND TODAY」に比べたらマシになっただけです。米国キャピトルは1970年にもビートルズの編集アルバム「HEY JUDE」をリリースしていますが、基本的には1966年から1969年までのシングル曲を集めたのに、最初の2曲だけ1964年の英国オリジナルでは3作目のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」からの2曲(「CAN'T BUY ME LOVE」、「I SHOULD HAVE KNOWN BETTER」)を収録してしまい、その落差に驚かされます。決してアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」が悪いわけではなく、逆に名盤なのですけれど、その後の1966年から1969年までの楽曲(「PAPERBACK WRITER」、「RAIN」、「LADY MADONNA」、「REVOLUTION」、「HEY JUDE」、「OLD BROWN SHOE」、「DON'T LET ME DOWN」、「THE BALLAD OF JOHN & YOKO」)とは楽曲の方向性が全く違っているのです。混ぜるな危険な選曲で、もしも1964年の2曲を「THE INNER LIGHT」と「GET BACK」シングル・ヴァージョンにしていたならば、ほとんどがアルバム未収録シングルなので、アルバム「MAGICAL MYSTERY TOUR」の様にCD化されて、オリジナル・アルバムと同等の扱いになっていたでしょう。ちなみに、編集アルバム「HEY JUDE」も、2009年リマスター音源に差し替えられてはいますが、現在では公式盤としてCD化されてはいます。
そう云った意味で、1967年6月26日に米国ロンドン編集アルバムでは8作目(ライヴ・アルバムを加えれば9作目)となったローリング・ストーンズのアルバム「FLOWERS」は、ビートルズの編集アルバムたちも裸足で逃げ出す程に酷い選曲です。内容は、A面が、1「RUBY TUESDAY」、2「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」、3「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、4「LADY JANE」、5「OUT OF TIME」、6「MY GIRL」で、B面が、1「BACK STREET GIRL」、2「PLEASE GO HOME」、3「MOTHER'S LITTLE HELPER」、4「TAKE IT OR LEAVE IT」、5「RIDE ON BABY」、6「SITTIN' ON A FENCE」の、全12曲入りです。先ずは、幾ら「RUBY TUESDAY」が全米首位!になったからと云って、米国ロンドン編集アルバムでは前作の「BETWEEN THE BUTTONS」に収録したばかりだった「RUBY TUESDAY」と「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」を、また入れているのは酷いでしょう。「HAVE YOU SEEN YOUR MOTHER, BABY, STANDING IN THE SHADOW?」は1966年のシングル曲で、後は1966年の英国オリジナル・アルバム「AFTERMATH」から米国ロンドン編集アルバム「AFTERMATH」で外した4曲(「LADY JANE」、「OUT OF TIME」但し短縮ヴァージョン、「MOTHER'S LITTLE HELPER」、「TAKE IT OR LEAVE IT」)と、1967年の英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」から米国ロンドン編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」で外した2曲(「BACK STREET GIRL」、「PLEASE GO HOME」)に、この米国編集アルバム「FLOWERS」でしか聴けなかった3曲(「MY GIRL」、「RIDE ON BABY」、「SITTIN' ON A FENCE」)を加えてアルバムにしちゃったのです。未発表の3曲があるので買わずにはいられないのですけれど、テンプテーションズのへっこぽこりんカバーの「MY GIRL」ではミック・ジャガーの音痴ぶりが酷く、アウトテイクにしたのも頷けるし、「RIDE ON BABY」はクリス・ファーロウに、「SITTIN' ON A FENCE」はトワイス・アズ・マッチに、それぞれ提供した曲ですが、セルフ・カバーではなく、デモ音源なのです。いやはや何とも、米国は酷い事をしますわなあ。それでも、全米3位まで上がっていて、ジャケットは工夫している様に見えるものの、ローリング・ストーンズのメンバーの顔写真は、1966年の英国オリジナル・アルバム「AFTERMATH」のジャケット写真を流用しています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
NHK BS4K 10:45〜11:30
第五回「絶体絶命」
内山理名 AS 七化けのお千代
「雲霧仁左衛門」第五回の、今年初めての再放送です。この回では、理名ちゃんが演じる七化けのお千代姐さんが、冒頭部分で怪しい動きをする三次(「24 JAPAN」の民三)を強烈にビンタして「私を見くびるんじゃないよ!」と啖呵を切ったり、雲霧仁左衛門とのラヴシーンの様な受け渡しがあったり、公家の後家に化けている事がバレそうになったり(だからサブタイトルが「絶体絶命」なのでしょう)と、色々な見せ場があります。岡田と云い三次と云い、女絡みで組織を裏切るどうしようもない展開です。そう云えば、「24 JAPAN」の主役の現馬も、決めセリフは「俺を見くびるな!」でした。
(姫川未亜/小島イコ)
posted by 栗 at 11:30|
RINA
|
当ブログのアクセス数が、334万を超えました。今後とも、何卒宜しくお願い致します。
(小島イコ/姫川未亜)
posted by 栗 at 00:07|
LOOK UP THE #
|
2026年05月02日

ローリング・ストーンズの英国での5作目のオリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、1967年1月20日にデッカからリリースされています。内容は、前回の繰り返しになりますが、A面が、1「YESTERDAY'S PAPERS」、2「MY OBSESSION」、3「BACK STREET GIRL」、4「CONNECTION」、5「SHE SMILED SWEETLY」、6「COOL, CALM & COLLECTED」で、B面が、1「ALL SOLD OUT」、2「PLEASE GO HOME」、3「WHO'S BEEN SLEEPING HERE?」、4「COMPLICATED」、5「MISS AMANDA JONES」、6「SOMETHING HAPPEND TO ME YESTERDAY」の、全12曲入りです。英国オリジナル・アルバムにはヒット・シングル曲を収録しておらず、トータル・アルバムを目指していたと思われる内容でした。ところが、米国ロンドンでの7作目の編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、同1967年2月10日にリリースされていて、内容は、A面が、1「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」、2「YESTERDAY'S PAPERS」、3「RUBY TUESDAY」、4「CONNECTION」、5「SHE SMILED SWEETLY」、6「COOL, CALM & COLLECTED」で、B面が、1「ALL SOLD OUT」、2「MY OBSESSION」、3「WHO'S BEEN SLEEPING HERE?」、4「COMPLICATED」、5「MISS AMANDA JONES」、6「SOMETHING HAPPEND TO ME YESTERDAY」の、全12曲入りになっています。英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」から「BACK STREET GIRL」と「PLEASE GO HOME」の2曲を抜いて、結果的には両A面シングルとなった「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」と「RUBY TUESDAY」の2曲を加えて、更に曲順を変更しています。「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」がセックスを連想させるとして「エド・サリヴァン・ショー」では「LET'S SPEND SOMETIME TOGETHER」と歌詞を変えて歌われたりもしましたが、無難な「RUBY TUESDAY」の方が売れて、全米首位!となっています。
問題は、この英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」と米国編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、タイトルもジャケット写真も同じなのに、それぞれで収録曲が違っている点です。ビートルズの英国オリジナル・アルバム「REVOLVER」全14曲入りを、米国編集アルバム「REVOLVER」では3曲抜いただけの全11曲入りにされた程の手抜き編集ではありませんが、既にトータル・アルバムを意識していたローリング・ストーンズにしてみれば、英米で同じタイトルと同じジャケットなのに内容が違っているのでは困ったちゃんだったでしょう。米国編集アルバムは全米2位まで上がっていて、抜かれた2曲(「BACK STREET GIRL」、「PLEASE GO HOME」)は、米国ロンドン編集アルバムでは8作目で最後となる「FLOWERS」に収録されるのですが、その編集アルバム「FLOWERS」と云うのが、これまた酷い選曲で、それに関しては次回で取り上げますけれど、ひとことで云えば、ビートルズの米国編集アルバム「YESTERDAY AND TODAY」も腰を抜かす程に滅茶苦茶な事となるのです。この英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」と米国編集アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」は、実質的にはアンドリュー・ルーグ・オールダムが最後にプロデュースしたアルバムとなっていて、米国では次作の編集アルバム「FLOWERS」もアンドリュー・ルーグ・オールダムがプロデューサーとして名前が載っているものの、その収録曲は全てが英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」以前の音源を集めたものなのです。故に、アンドリュー・ルーグ・オールダムとローリング・ストーンズの蜜月期間は、このアルバム「BETWEEN THE BUTTONS」で終わっています。アンドリュー・ルーグ・オールダムは、シングル曲を中心にしたプロデュースを行っていたので、それまでの米国編集アルバムも意味があるものとなっていたのですが、英国オリジナル・アルバム「BETWEEN THE BUTTONS」の頃には、ローリング・ストーンズは独り立ちしていたので、両者に齟齬が生まれていました。
ローリング・ストーンズは、元々はブライアン・ジョーンズがリーダーのバンドで、R&Bのカバーばかり演奏していました。ところが、アンドリュー・ルーグ・オールダムがマネジャーになって、実質的にはブライアン・ジョーンズを名ばかりのリーダーにしてしまい、ジャガー=リチャーズにオリジナル曲を書かせて、ミック・ジャガーをフロントマンにしてしまったのです。アマチュア時代から音楽的な才能はブライアン・ジョーンズが最も秀でていて、実際にジャガー=リチャーズによるオリジナル曲も、ブライアン・ジョーンズが多彩な楽器を演奏する事で他のバンドよりも個性が強くなっていました。しかしながら、ジャガー=リチャーズがアルバムの全ての曲を書く様になった1966年のアルバム「AFTERMATH」の頃になると、ミック・ジャガーとキース・リチャーズは自分たちが曲を書いているのに、依然としてブライアン・ジョーンズがリーダーとされている事を不満に思う様になったのです。ブライアン・ジョーンズがマルチプレイヤーとして活躍していたのも、アンドリュー・ルーグ・オールダムは認めていたものの、ジャガー=リチャーズにとってはそれ程には貢献度を感じてはおらず、キース・リチャーズはひとりでギターを弾く事になって負担が増えて嫌気がさしていました。ブライアン・ジョーンズは、ビートルズのメンバーとも特に仲が良くて、例えば「PAINT IT BLACK」でシタールを弾いているのは、ジョージ・ハリスンの家に遊びに行ったらシタールがあったので、一寸貸してもらって我流で弾いてしまったのです。1966年にはビートルズの「YELLOW SUBMARINE」のセッションに参加して、バックヴォーカルと効果音を担当していて、1967年(リリースは1970年)にはビートルズの「YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」のセッションでサックスを担当しています。ビートルズからの紹介もあったのか、1968年にはピーター&ゴードンやマッゴー&マクギア(どちらもポール・マッカートニーの身内がメンバー)のレコーディングにも参加していて、ドラムスやサックスを演奏しています。
(小島イコ)
posted by 栗 at 23:00|
FAB4
|
「NO IMAGE」
here is
mia/iko presents
「the diary of nana katase」
A/K/A/ 「COPY CONTROL」
Recording Produced by IKO KOJIMA
Engineer : MIA HIMEKAWA
All voices & instruments : MW-777
(MIA/IKO/TACO/LUNA)
All Songs arranged , written and compoced by
009:栗
(A/K/A/ mia/iko) except where indicated.
with a big help from
001:ANTETSU (from NANAchan OGAMITAI of NO IMAGE),
002:USHIO (from SHiNY ☆ BRADBURYS of NO IMAGE),
008:HITO-WOLF (from MEI-KYO-SHI-SUI),
& 100 = TACO (from Queen of NO IMAGE),
055:PIN (from NEW of NO IMAGE)&
033:KIRI (from SISTER of NO IMAGE),
・・・with their family・・・,
101:NANAMI NARUMI (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
051:LUNA NARUMI (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
0101010・・・,& so on:KOYUKI SISTERS #0-#2 with TVC-15,
& 「KOYUKI #3-#5」with TVC15-2!!,
m-G4-MIMI & W-7,W-10-nanaco#1-#3,
ukulele-MIDORI #1-#3 (from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
070 & 077:NEO FLOWER GIRLS (from &'S LITTLE SISTERS of NO IMAGE),
396:pirozhki (from MARQUEE MOON),
099;mayaya
R-157:rina-chan
000:mamma-mia A+C ! &
007:nana-chan
& EVERY***
AND ・・・「∞:my MOTHER = MIAMIA/IKO-CHAN !」
ALL FOR NANA KATASE from the bottom of my heart.
since 2004-8-8
(C) NO IMAGE INC. with LOVE ☆
YES, we're just only the " NANA chan's FAN " .
since 1981-11-7