「mina」2007年 No.2+3(発行/主婦の友社)に掲載された「real faces #101」での片瀬那奈インタビューは、「片瀬那奈劇場の終演」を危惧する者に「新たな光」を示してくれました。昨年7月の「マリッジコレクションブライダルフェア 片瀬那奈トークショー」@ 名古屋 で発せられた衝撃の「引退予告宣言」、そして、其れを逆説的に証明する様な怒涛の「怪優・片瀬那奈」の発芽と光合成の日々がつづき、大手CFも続々とオンエア。一方でバラエティ番組への積極的すぎる参加も激増、オリジナル・ブランドも立ち上げ、更には「DJ : NANA」としての音楽活動すらも継続して居た事実まで発覚。
昨年、特に下半期は「片瀬那奈は、ラストスパートを賭けて臨んでいるのでは?」と思わずにはおれない展開でした。最近の片瀬那奈のインタビューが、妙に「過去を総括」している傾向に在るのも、ファンとしては気を揉む要因のひとつです。果たして、今回も、もともとそうした企画では在るものの、デビューどころか「背が高かったからよくスカウトはされたんですよ」と、「新宿アルタ前伝説」よりも前まで溯って、過去から現在までを語っているのです。う〜む。ドキドキしながら読み進めるしか在りませんね。
「でも、やるからには中途半端にやるのはイヤ、女優で失敗してもモデルには戻らない覚悟だった。」
17歳で女優デビューした当時を、こう片瀬那奈は語ります。運が良くて、演技も稚拙であったことも認め、何かを掴みました。其れは、
「自分自身をちゃんと持つこと」
だったのです。其れは、簡単な様で、最も難しい選択でした。そして、現在の自分の立ち位置を、次の様に分析してみせました。
「今はどんな役でも、それがイメージダウンのリスクがあっても見るひとがそれを楽しんでくれるならいくらでもやる。自分が表に出てるというよりも片瀬那奈をつかって芝居をしてるわけだから、人にどう思われてもいいっていうのはそういう意味で、楽しませる道具としてはイメージなんてどうでもいいの。自分は自分でちゃんといるから。」
強い。片瀬那奈は、最強かもしれません。此処まできっちりと宣言されてしまっては、何も云うことはありません。只只、
「片瀬を信じよ!」
昨年お亡くなりになった「週刊ファイト」の I 編集長が、かつて「猪木弁護士会会長」と呼ばれましたが、あたくしは「片瀬弁護士会会長」と揶揄されようとも構いません。
今回のインタビューでは、こんな言葉も残しています。
「洋服作りは一生続けたいな」
昨年の「引退予告」以後、時折話して居たことですが、しっかりと活字に残されたことで不安は消えました。例え、女優業を結婚引退したとしても、片瀬那奈が自己表現をやめられるはずがないんです。
さあ、ふたたび「怪優・片瀬那奈」をゆっくりと語りましょう。確かに、8年間の過去は在った。でも、今回のインタビューは、まだまだ大いなる「未来」を感ぜずにはおれない「珠玉の言葉」が詰まっています。もう一度、繰り返しましょう。
「片瀬那奈を信じよ!」
(つづく)
※文中・敬称略。片瀬那奈の発言は「mina」2007年 No.2+3(発行/主婦の友社)より引用しました。
初出「COPY CONTROL」 (小島藺子/姫川未亜)