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2026年02月10日

「ポールの道」#999「BEAT THE BEATLES」
#048「ORANGE CRATE ART」

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1992年の暮れにブライアン・ウィルソンは、トンデモ精神科医のユージン・ランディからようやく離れる事が出来ました。ブライアン・ウィルソンは1988年に初のソロ・アルバム「BRIAN WILSON」をサイアからリリースしていて、1990年と1991年には2作目のソロ・アルバム「SWEET INSANITY」をほぼ完成させたものの、サイアからリリースを拒否されていました。1988年のソロ・アルバム「BRIAN WILSON」の前には1986年に盟友・ゲイリー・アッシャーとのセッションが頓挫していて、1989年から1990年にかけてのアルバム「SWEET INSANITY」セッション音源はリリース出来ず、1995年から1996年にかけて行ったアンディ・ペリーとのセッションもお蔵入りになっていました。ところが、1995年8月15日には、旧作のセルフ・カバーではあったものの、アルバム「I JUST WASN'T MADE FOR THESE TIMES」をリリースして復調をアピールしたばかりの、同年10月24日にワーナーからブライアン・ウィルソンとヴァン・ダイク・パークスの共作名義でのアルバム「ORANGE CRATE ART」がリリースされたのです。前作であるアルバム「I JUST WASN'T MADE FOR THESE TIMES」からたったの2か月余りでリリースされたアルバム「ORANGE CRATE ART」は、元々はヴァン・ダイク・パークスのソロ・アルバムとしてリリースされると云われていたのですけれど、蓋を開けてみたら「ブライアン・ウィルソン&ヴァン・ダイク・パークス」の連名でのアルバムとなっていました。ブライアン・ウィルソンとヴァン・ダイク・パークスと云えば、1966年から1967年にかけてのビーチ・ボーイズの幻のアルバム「SMiLE」での共作者同士であって、そのアルバム「SMiLE」の頓挫から約30年ぶりに二人がタッグを組んだわけで、大いに注目されました。

アルバム「ORANGE CRATE ART」の内容は、1「ORANGE CRATE ART」、2「SAIL AWAY」、3「MY HOBO HEART」、4「WINGS OF A DOVE」、5「PALM TREE AND MOON」、6「SUMMER IN MONTEREY」、7「SAN FRANCISCO」、8「HOLD BACK TIME」、9「MY JEANINE」、10「MOVIE IS MAGIC」、11「THIS TOWN GOES DOWN AT SUNSET」、12「LULLABY」の、全12曲入りです。ブライアン・ウィルソンとヴァン・ダイク・パークスの共作と云ったならば、どうしても幻のアルバム「SMiLE」を連想してしまうのですが、このアルバム「ORANGE CRATE ART」はほとんどの楽曲をヴァン・ダイク・パークスが書いていて、3「MY HOBO HEART」と、6「SUMMER IN MONTEREY」の2曲がマイケル・ヘイゼルウッドの作詞でヴァン・ダイク・パークスが作曲していて、11「THIS TOWN GOES DOWN AT SUNSET」がマイケル・ヘイゼルウッド作で、12「LULLABY」がジョージ・ガーシュイン作で、その他の8曲はヴァン・ダイク・パークスの単独作です。プロデュースもアレンジもヴァン・ダイク・パークスで、ブライアン・ウィルソンはヴォーカル・アレンジとヴォーカルを担当しています。つまり、このアルバム「ORANGE CRATE ART」は、あくまでもヴァン・ダイク・パークスの作品に、ブライアン・ウィルソンがヴォーカリストとして客演しているだけなのです。それなのに名義が「ブライアン・ウィルソン&ヴァン・ダイク・パークス」となっているのは、それだけひとりのヴォーカリストとしてのブライアン・ウィルソンを、ヴァン・ダイク・パークスが深く信頼している事の証なのでしょう。それでも二人が組んだ為に、このアルバム「ORANGE CRATE ART」に幻のアルバム「SMiLE」の幻影を重ねて期待すると、盛大にズッコケます。

しかしながら、幻のアルバム「SMiLE」を抜きにして考えれば、このアルバム「ORANGE CRATE ART」と云う作品は、米国人であるヴァン・ダイク・パークスとブライアン・ウィルソンにしか作る事が出来ない傑作アルバムです。1988年のブライアン・ウィルソンの初のソロ・アルバム「BRIAN WILSON」では、1曲(「LET IT SHINE」)が英国人であるジェフ・リンとの共作・共演・共同プロデュースとなっていましたが、アノ曲だけが他の曲と肌合いが違っているのです。それは、ジェフ・リンがあくまでも英国人の視点からブライアン・ウィルソンやビーチ・ボーイズを見ていたからであって、ロネッツ風の楽曲に仕上げてあるのに、どうしても米国人にはなりきれていないのです。1995年と云えば、そのジェフ・リンも深く関わったビートルズの「ANTHOLOGY」がリリースされて、リリース当時でも30年前のたかがボツ音源が空前の大ヒット作となっていた時代でした。ブライアン・ウィルソンは、もうかつての様にビートルズに勝つ為に音楽活動を行ってはいなかったのでしょうけれど、あれだけ社会現象と化したビートルズの「ANTHOLOGY」に対しては、何らかの思いがあったであろうと想像できます。そう考えれば、1995年に旧作のカバー・アルバムと、ヴォーカリストに徹したこのアルバム「ORANGE CRATE ART」が矢継ぎ早にリリースされたのも、何か期するところがあったのでしょう。オリジナル・アルバムこそ1998年の「IMAGINATION」まで待たなければなりませんが、1996年にはビーチ・ボーイズに本格的に復帰してアルバムをリリースするし、1997年には娘たちのウィルソンズのアルバムに参加するし、同年には「THE PET SOUNDS SESSIONS」がリリースされるわけで、段階を踏んで本格的な復帰へと繋がっています。アルバム「ORANGE CRATE ART」は2020年にリイシューされて、「RHAPSODY IN BLUE」、「LOVE IS HERE TO STAY」、「WHAT A WONDERFUL WORLD」の3曲のカバー・ヴァージョンがボーナス・トラックで加わっています。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする