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2026年01月17日

「ポールの道」#975「BEAT THE BEATLES」
#024「THE BEACH BOYS IN CONCERT」

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1970年にキャピトルからワーナー/リプリーズへ移籍したビーチ・ボーイズですが、リーダーのブライアン・ウィルソンは、ドラッグ、酒、煙草、過食、と自堕落な生活を送っていて、1960年代に「天才」と称されたのも遥か昔の事となっていました。ブライアン・ウィルソンがそんな状態だったので、弟であるデニス・ウィルソンとカール・ウィルソンがバンドを牽引するしかなかったのですが、スタジオ・アルバムは、1970年のアルバム「SUNFLOWER」が全米151位・全英29位で、1971年のアルバム「SURF'S UP」が全米29位・全英15位で、1972年のアルバム「CARL AND THE PASSIONS “SO TOUGH”」が全米50位・全英25位で、1973年のアルバム「HOLLAND」が全米36位・全英20位と、英国ではまあまあな成績ながら、本国である米国では低迷していました。そして、シングルはどれも鳴かず飛ばずでした。アルバムも売れずシングル・ヒットもないどん詰まり状態で、ブライアン・ウィルソンは使い物にならないし、マネジャーだったジャック・ライリーとの確執でブルース・ジョンストンは脱退してしまったし、デニス・ウィルソンは怪我でドラムスを叩けなくなり、アルバム「CARL AND THE PASSIONS “SO TOUGH”」からは実質的にはリーダーとなっていたカール・ウィルソンの人脈から、黒人でヴォーカルのブロンディ・チャップリンとドラマーのリッキー・ファターを正式メンバーとして加入させて、ファンキー路線に舵を切ったりしました。しかしながら、レコード会社が求めているのは、どんなにパッパラパー状態になっていても、ブライアン・ウィルソンが書く曲だったのです。ところが、そのブライアン・ウィルソンはアルバム「HOLLAND」にオマケで付けたEP「MT. VERNON AND FAIRYWAY(A FAIRY TALE):A FAIRY TALE IN SEVERAL PARTS」の様な訳が分からない音楽しか作れなくなっていて、ワーナー/リプリーズとしても困ったちゃんとなり、ブライアン・ウィルソンがまともに復帰しなければアルバムは出せない事にしたのです。それで、ビーチ・ボーイズは1973年1月8日にリリースしたアルバム「HOLLAND」の次は、なんと、1976年7月5日にリリースするアルバム「15 BIG ONES」まで3年半もスタジオ・アルバムをリリース出来なかったのです。

ところが、そんな不遇時代のビーチ・ボーイズは、ライヴ活動を活発に行っていて、そちらでは人気がありました。先を急げば、ビーチ・ボーイズは1974年6月24日にキャピトルがリリースしたベスト・アルバム「ENDLESS SUMMER」が、まさかまさかの全米首位!となって、リバイバルながら再び天下を取るのですが、その下地として地道にライヴ活動をやっていたのが功を奏したのでしょう。それは、その半年余り前の1973年11月19日にブラザー/リプリーズからリリースした通算23作目でLP2枚組の3作目のライヴ・アルバム「THE BEACH BOYS IN CONCERT」が、全米25位と久しぶりに手ごたえのあるヒット作となった事からも伺えます。ライヴ・アルバム「THE BEACH BOYS IN CONCERT」の内容は、A面が、1「SAIL ON, SAILLOR」、2「SLOOP JOHN B.」、3「THE TRADER」、4「YOU STILL BELIEVE IN ME」、5「CALIFORNIA GIRLS」、6「DARLIN'」で、B面が、1「MARCELLA」、2「CAROLINE NO」、3「LEAVING THIS TOWN」、4「HEROES AND VILLAINS」で、C面が、1「FUNKY PRETTY」、2「LET THE WIND BLOW」、3「HELP ME, RHONDA」、4「SURFER GIRL」、5「WOULDN'T IT BE NICE」で、D面が、1「WE GOT LOVE」、2「DON'T WORRY BABY」、3「SURFIN' U.S.A.」、4「GOOD VIBRATIONS」、5「FUN, FUN, FUN」の、全20曲入りです。「SURFIN' U.S.A.」や「SURFER GIRL」などの初期の大ヒット曲から、アルバム「PET SOUNDS」以降の「GOOD VIBRATIONS」などの大ヒット曲や、リリース当時のスマッシュ・ヒット曲「SAIL ON, SAILLOR」などの最新曲までを網羅したベスト・ヒット・ライヴ・アルバムとなっていて、演奏もサポート・メンバーを加えているのでしっかりしていて、これは売れますわなあ。レコーディングは1972年8月から1973年9月までの数多くのライヴ音源から、ベスト・テイクを選んで収録されています。

レコーディング・メンバーは、カール・ウィルソン(ヴォーカル、リード・ギター、エレクトリック・ピアノ)、デニス・ウィルソン(ヴォーカル、エレクトリック・ピアノ)、アル・ジャーディン(ヴォーカル、リズム・ギター)、マイク・ラヴ(ヴォーカル)、ブロンディ・チャップリン(ヴォーカル、ギター、ベース)、リッキー・ファター(ヴォーカル、ドラムス)の、ビーチ・ボーイズの6人と、サポート・メンバーとして、エド・カーター(ベース、ギター)、ビリー・ヒンシェ(ヴォーカル、ギター、キーボード)、ロバート・ケニヤッタ(パーカッション)、マイク・コワルスキー(ドラムス、パーカッション)、カーリ・ムニョス(キーボード)、ジョー・ポラード(パーカッション)、リチャード・ディディマス・ワシントン(パーカッション)の7人を加えた分厚いサウンドとなっていて、リリース当時としては緻密なスタジオ・レコーディングから生まれたアルバム「PET SOUNDS」からの「SLOOP JOHN B.」、「YOU STILL BELIEVE IN ME」、「CAROLINE NO」、「WOULDN'T IT BE NICE」や、アルバム「SMiLE」音源を用いたアルバム「SMILEY SMILE」からの「GOOD VIBRATIONS」や「HEROES AND VILLAINS」などをライヴで聴けたのは驚きだったでしょう。LP2枚組ながら、リプリーズ移籍後としては最高の全米25位となりゴールドディスクも獲得しています。が、好事魔多しで、このライヴ・アルバム「THE BEACH BOYS IN CONCERT」を最後に、ブロンディ・チャップリンとリッキー・ファターが相次いで脱退してしまいました。原因は、ジャック・ライリーを解雇して新たにマネジャーとなったスティーヴ・ラヴと、ブロンディ・チャップリンが喧嘩したからだと云われています。スティーヴ・ラヴはマイク・ラヴの実弟で、つまりウィルソン3兄弟の従兄弟で、そりゃあ赤の他人の黒人よりも身内の白人を取りますわなあ。どこまで行っても、ビーチ・ボーイズはファミリー・バンドなのです。ライヴ・アルバム「THE BEACH BOYS IN CONCERT」は、1990年にCBSから、2000年にキャピトルから、1CDでそれぞれCD化されていて、これは一気に75分49秒を聴ける1CDがオススメです。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする