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2025年11月20日

「ポールの道」#917「THE BEATLES BLACK VOX」
#226「WINGS LAST FLIGHT」

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1971年にポール・マッカートニーが結成したウイングスは、メンバー・チェンジが頻繫にあって、「第1期ウイングス」から「第7期ウイングス」まであります。ウイングスには7作のオリジナル・アルバムがありますけれど、同一メンバーで制作されたのは、それぞれ1作ずつとなっていて、「第3期ウイングス」はポール&リンダ・マッカートニーとデニー・レインの3人だけで、1973年12月リリースの傑作アルバム「BAND ON THE RUN」を制作しています。アルバム「BAND ON THE RUN」は前作アルバム「RED ROSE SPEEDWAY」と同じく「第2期ウイングス」で制作するはずでしたが、天然バカボンなポールがナイジェリアのラゴスでレコーディングする事を思い付いてしまい、リード・ギタリストのヘンリー・マカロックとドラマーのデニー・シーウェルがアルバム制作の直前に脱退してしまい、ポールとリンダとデニー・レインだけになってしまったのです。普通ならば新たにリード・ギタリストとドラマーを加入させてレコーディングするところですけれど、そこはビートルズ時代にリンゴ・スターやジョージ・ハリスンがビートルズから脱退した時にも、自らドラムスやリード・ギターを演奏してレコーディングを続行したポールですから、メンバーの補充をせずにラゴスでレコーディングしちゃったのです。ポールとリンダとデニー・レインによってレコーディングされたアルバム「BAND ON THE RUN」ですけれど、リンダは素人同然なので、ポールとデニー・レインの二人だけでレコーディングした様なもので、それも、ポールがひとりでギター、ベース、ドラムス、ピアノ、キーボード、ヴォーカルなどを多重録音していて、デニー・レインの演奏面での貢献度はそれ程には大きくはありません。つまり、ポールはひとりぼっちでもレコーディングを出来てしまう人なので、ウイングスを結成したのは、ライヴをやりたかっただけだったと云っても過言ではありません。それにしても、そんなポール・マッカートニーとメンバー・チェンジなしでオリジナル・アルバムを12作も制作した、ジョン・レノンとジョージ・ハリスンとリンゴ・スターは、それだけでも凄い人たちですなあ。

ウイングスのライヴ・アルバムは、現役時代には1976年12月リリースのLP3枚組(CD2枚組)「WINGS OVER AMERICA」しかありません。この時は「第5期ウイングス」で、ポール・マッカートニー(ヴォーカル、ベース、ギター、ピアノ、キーボード)、リンダ・マッカートニー(キーボード、パーカッション、ピアノ、ヴォーカル)、デニー・レイン(ギター、ベース、ピアノ、キーボード、ハーモニカ、ヴォーカル)、ジミー・マカロック(ギター、ベース、ヴォーカル)、ジョー・イングリッシュ(ドラムス、パーカッション)の5人に、ホーン・セクションの4人(トニー・ドーシー、ハウイー・ケーシー、スティーヴ・ハワード、タデアス・リチャード)を加えた「第5.5期ウイングス」で、この「第5期ウイングス」が「ウイングスの全盛時代」と云われています。確かに、この布陣は、1975年5月リリースの4作目のアルバム「VENUS AND MARS」の途中からと、1976年3月リリースの5作目のアルバム「WINGS AT THE SPEED OF SOUND」全編と、1978年3月リリースの6作目のアルバム「LONDON TOWN」の途中までと、スタジオ・アルバムでも最も長くつづいています。そして、このライヴ・アルバム「WINGS OVER AMERICA」もあるわけで、正に全盛期だったと云えるでしょう。ライヴ・アルバム「WINGS OVER AMERICA」の内容は、A面が、1「VENUS AND MARS / ROCK SHOW / JET」、2「LET ME ROLL IT」、3「SPIRITS OF ANCIENT EGYPT(遥か昔のエジプト精神)」、4「MEDICINE JAR」で、B面が、1「MAYBE I'M AMAZED」、2「CALL ME BACK AGAIN」、3「LADY MADONNA」、4「THE LONG AND WINDING ROAD」、5「LIVE AND LET DIE(007死ぬのは奴らだ)」で、C面が、1「PICASSO'S LAST WORD(DRINK TO ME)(ピカソの遺言)」、2「RICHARD CORY」、3「BLUEBIRD」、4「I'VE JUST SEEN A FACE(夢の人)」、5「BLACKBIRD」、6「YESTERDAY」で、D面が、1「YOU GAVE ME THE ANSWER(幸せのアンサー)」、2「MAGNETO AND TITANIUM MAN(磁石屋とチタン男)」、3「GO NOW」、4「MY LOVE」、5「LISTEN TO WHAT THE MAN SAID(あの娘におせっかい)」で、E面が、1「LET ’EM IN(幸せのノック)」、2「TIME TO HIDE(やすらぎの時)」、3「SILLY LOVE SONGS(心のラヴ・ソング)」、4「BEWARE MY LOVE(愛の証)」で、F面が、1「LETTING GO(ワインカラーの少女)」、2「BAND ON THE RUN」、3「HI, HI, HI」、4「SOILY」の、全28曲入りです。

しかしながら、2作目で1973年6月リリースのアルバム「RED ROSE SPEEDWAY」の時期の「第2期ウイングス」(ポール&リンダ・マッカートニー、デニー・レイン、ヘンリー・マカロック、デニー・シーウェル)によるライヴも捨てがたい魅力があります。そちらは2018年12月リリースの箱「WINGS 1971-1973」に収録されたライヴ・アルバム「WINGS OVER EUROPE」として、公式リリースされました。内容は、1「BIG BARN BED」、2「EAT AT HOME」、3「SMILE AWAY」、4「BIP BOP」、5「MUMBO」、6「BLUE MOON OF KENTUCKY」、7「1982」、8「I WOULD ONLY SMILE」、9「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH」、10「THE MESS」、11「BEST FRIEND」、12「SOILY」、13「I AM YOUR SINGER」、14「SEASIDE WOMAN」、15「WILD LIFE」、16「MY LOVE」、17「MARY HAD A LITTLE LAMB」、18「MAYBE I'M AMAZED」、19「HI, HI, HI」、20「LONG TALL SALLY」の、全20曲入りです。コレはですね、1972年から1973年にかけての「第2期ウイングス」によるライヴ音源で、ライヴ・アルバム「WINGS OVER AMERICA」の「第5期ウイングス」との違いは、一見してお分かりの通り、ビートルズ時代の「レノン=マッカートニー作品」が1曲も演奏されていません。ビートルズ・ナンバーは最後の「LONG TALL SALLY」だけで、それもリトル・リチャードのカバー曲なのです。他は、全てがビートルズ解散後の1970年4月リリースのアルバム「McCARTNEY」と、ポール&リンダ・マッカートニー名義の1971年5月リリースのアルバム「RAM」と、1971年12月リリースのウイングスのデビュー・アルバム「WINGS WILD LIFE」と、1973年5月リリースのウイングス2作目のアルバム「RED ROSE SPEEDWAY」からと、ウイングスのシングル曲やカバー曲だけで構成されているのです。そう云う構成に編集したのではなくて、実際にポールはビートルズ時代の曲を封印してウイングスとしてのライヴ活動を行っていたのです。同じ時期のジョン・レノンですら1972年8月30日の「ワン・トゥ・ワン・コンサート」で「COME TOGETHER」を演奏していたのに、ポールは意地でも「レノン=マッカートニー作品」は演奏しなかったのです。

そうした意固地なポールですが、前述の1976年のライヴでは、ポールが主導で書いたレノン=マッカートニー作品である「LADY MADONNA」、「THE LONG AND WINDING ROAD」、「I'VE JUST SEEN A FACE」、「BLACKBIRD」、「YESTERDAY」と、5曲も「レノン=マッカートニー作品」(クレジットは「マッカートニー=レノン」)を演奏しています。ポールがビートルズを演奏するには、5年の月日が必要だったのでしょう。さて、そんなライヴでも絶好調だったウイングスですけれど、このライヴ・アルバム「WINGS OVER AMERICA」をリリースして、1978年3月リリースの6作目のアルバム「LONDON TOWN」の狭間に、またしてもリード・ギタリストのジミー・マカロックとドラマーのジョー・イングリッシュが脱退してしまいます。それで、アルバム「LONDON TOWN」は「第5期ウイングス」と、再びポール&リンダとデニー・レインの3人となった「第6期ウイングス」でのレコーディング曲が混在して完成されています。3人ではライヴが出来ないので、1978年6月にドラマーのスティーブ・ホリーとリード・ギタリストのローレンス・ジューバーを加入させて、5人組の「第7期ウイングス」が誕生しました。その布陣で、1979年6月にはウイングスの7作目でラスト・アルバムとなってしまう「BACK TO THE EGG」をリリースしたのです。その「第7期ウイングス」は当然ながらライヴ活動を行っていて、1980年1月には来日公演が予定されていたものの、税関でポールが大麻を持っていたので逮捕拘留されて中止となりました。ウイングスはその後のツアーをキャンセルして、なんだかんだあった後に、1981年4月27日にデニー・レインが脱退宣言して解散しましたが、当日にポール&リンダは、リンゴ・スターとバーバラ・バックの結婚式に出席していました。そもそも、1982年4月にリリースされたポールのソロ・アルバム「TUG OF WAR」はウイングスの8作目のアルバムとして制作しようとしていたのですが、久しぶりにプロデュースしたサー・ジョージ・マーティンが「ポールのソロならば受けるが、ウイングスだったなら断る」とか「何故ポールは自分よりも下手なミュージシャンとばかりレコードを作っているんだ?」とか云ったので、ずっとポールの下僕として支えていたデニー・レインとしても、やってられなくなったのでしょうなあ。

さて、そんなウイングスの、結果的には最後のライヴを収録したCD2枚組で税込み千円ポッキリの「MOONCHILD RECORDS」から2021年にリリースされたブートレグ「WINGS LAST FLIGHT」を紹介します。内容は、CD1が、1「HORNS INTRO」、2「GOT TO GET YOU INTO MY LIFE」、3「GETTING CLOSER」、4「EVERY NIGHT」、5「AGAIN AND AGAIN AND AGAIN」、6「I'VE HAD ENOUGH」、7「NO WORDS」、8「COOK OF THE HOUSE」、9「OLD SIAM, SIR」、10「WHEN THE RED, RED ROBBIN(COMES BOB, BOB, BOBBIN' ALONG)」、11「MAYBE I'M AMAZED」、12「THE FOOL ON THE HILL」、13「LET IT BE」、14「HOT AS SUN」、15「SPIN IT ON」、16「TWENTY FLIGHT ROCK」、17「TIPTOE THRU THE TULIPS WITH ME」、18「GO NOW」、19「HORN SECTION INTRO」、20「ARROW THROUGH ME」、21「WONDERFUL CHRISTMASTIME」、22「COMING UP」、23「GOODNIGHT TONIGHT」、24「YESTERDAY」の全24曲入りで、CD2が、1「MULL OF KINTYRE」、2「CROWD CHANT / THANKS」、3「BAND ON THE RUN」、4「GOT TO GET YOU INTO MY LIFE」、5「EVERY NIGHT」、6「COMING UP」、7「LUCILLE」、8「LET IT BE」、9「ROCKESTRA THEME」、10「I'VE HAD ENOUGH」、11「HOT AS SUN」、12「TWENTY FLIGHT ROCK」、13「EVERY NIGHT」、14「COMING UP」、15「RANACHAN ROCK」、16「WITH A LITTLE LUCK」、17「COMING UP」、18「COMING UP」、19「COMING UP」、20「COMING UP」の全20曲入りで、合計44曲入りです。CD1の1「HORNS INTRO」〜CD2の3「BAND ON THE RUN」の全27曲が、1979年12月17日のグラスゴー公演の完全版です。ホーン・セクションのイントロから始まって、1曲目からビートルズ・ナンバー、2「GOT TO GET YOU INTO MY LIFE」が炸裂する掴みはオッケーで、12「THE FOOL ON THE HILL」や、13「LET IT BE」、24「YESTERDAY」と云った必殺のビートルズ・ナンバーも普通に演奏しています。

1970年4月リリースの初ソロ・アルバム「McCARTNEY」から、4「EVERY NIGHT」、11「MAYBE I'M AMAZED」、14「HOT AS SUN」と云った曲も演奏していて、アルバム「BAND ON THE RUN」でのポールとデニー・レインの共作になっている「NO WORDS」と云った隠れた名曲も披露しています。ウイングスの最新シングルだった、23「GOODNIGHT TONIGHT」や、ポールの最新シングルだった、21「WONDERFUL CHRISTMASTIME」と、ウイングスの最新アルバムだった「BACK TO THE EGG」から、3「GETTING CLOSER」、5「AGAIN AND AGAIN AND AGAIN」、9「OLD SIAM, SIR」、15「SPIN IT ON」、20「ARROW THROUGH ME」と云った曲も多くて、1972年から1973年にかけての「WINGS OVER EUROPE」とも、1976年の「WINGS OVER AMERICA」とも、全く違ったセットリストになっています。ポールは1989年から2025年の現在までライヴをやっていますけれど、そのソロでのライヴも毎回セットリストが違っているので、ライヴ・アルバムの収録曲も被らないものとなっています。このセットリストは、1980年1月の来日公演も近いものとなっていたでしょう。CD2の、4「GOT TO GET YOU INTO MY LIFE」〜12「TWENTY FLIGHT ROCK」は、1979年12月29日にロンドンのハマースミス・オデオンで開催されて、ウイングスとロケストラが出演した「カンボジア難民救済コンサート」からのライヴ音源です。ウイングスは最終日のトリに出演して、ほぼグラスゴー公演と同じ20曲を演奏した後に、ロケストラとして4曲(「ROCKESTRA THEME」、「LET IT BE」、「LUCILLE」、「ROCKESTRA THEME(REPRISE)」)を演奏しています。13「EVERY NIGHT」と、14「COMING UP」は、その「カンボジア難民救済コンサート」のDVD音源です。16「WITH A LITTLE LUCK」、17「COMING UP」は、リハーサル音源で、18「COMING UP」〜20「COMING UP」は、グラスゴー公演のライヴでシングルになったヴァージョンのミックス違い音源です。このライヴ・アルバム「WINGS LAST FLIGHT」は、「COMING UP」がシングル化された様に、公式リリースを見据えてライヴ・レコーディングされていた音源です。全編がステレオ・ミックスされていて、音質もかなり良好で、この時にしか演奏していない曲も多いので、オススメです。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする