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2025年11月10日

「ポールの道」#907「THE BEATLES BLACK VOX」
#216「LET IT BE」

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ビートルズは、1969年1月に「THE GET BACK SESSIONS」を行いましたが、その1か月に及ぶリハーサルとレコーディング・セッションからは、1969年4月11日にアップルからリリースしたシングル「GET BACK / DON'T LET ME DOWN」1作2曲しか完成する事が出来ませんでした。「THE GET BACK SESSIONS」音源はエンジニアのグリン・ジョンズに丸投げされて、1969年5月28日にアルバム「GET BACK with Don't Let Me Down and 12 other songs」第1案を完成されるものの、ビートルズに却下されました。1969年5月30日には、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが二人だけでレコーディングした「THE BALLAD OF JOHN AND YOKO」をA面にしたシングル「THE BALLAD OF JOHN AND YOKO / OLD BROWN SHOE」(B面の「OLD BROWN SHOE」はジョージ・ハリスン作)をリリースしていて、ビートルズの興味は「THE GET BACK SESSIONS」を飛び越して、新作アルバム「ABBEY ROAD」へと向かい、1969年9月26日にアップルからリリースしてしまったのです。アルバム「GET BACK with Don't Let Me Down and 12 other songs」第1案は、2021年10月15日に箱「LET IT BE」に丸ごと収録されて、52年の時を越えて公式リリースされています。内容は、A面が、1「ONE AFTER 909」、2「MEDLEY:I'M READY(AKA ROCKER)/ SAVE THE LAST DANCE FOR ME / DON'T LET ME DOWN」、3「DON'T LET ME DOWN」、4「DIG A PONY」、5「I'VE GOT A FEELING」、6「GET BACK」で、B面が、1「FOR YOU BLUE」、2「TEDDY BOY」、3「TWO OF US」、4「MAGGIE MAE」、5「DIG IT」、6「LET IT BE」、7「THE LONG AND WINDING ROAD」、8「GET BACK(REPRISE)」の、全14曲入りです。タイトルの「GET BACK with Don't Let Me Down and 12 other songs」は、1963年リリースのデビュー・アルバム「PLEASE PLEASE ME with Love Me Do and 12 other songs」にかけていて、ジャケットもデビュー・アルバムと同じ場所で同じ構図で同じカメラマンによって撮影されています。

グリン・ジョンズは、ビートルズが「THE GET BACK SESSIONS」の当初に予定した、ジョン・レノンとポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンとリンゴ・スターの4人にキーボード奏者のビリー・プレストンを加えた編成でのスタジオ・ライヴ・レコーディングを、ノーオーバーダビングで収録すると云う考えに沿ってアルバム「GET BACK with Don't Let Me Down and 12 other songs」を完成させています。但し「LET IT BE」は、既にオーバーダビングされた音源を使っていました。ビートルズとしては、思った以上に「THE GET BACK SESSIONS」の出来が悪くて、そのままでは売り物にはならないと判断したのでしょう。1969年には、7月4日にジョンが「プラスティック・オノ・バンド」としてのデビュー・シングル「GIVE PEACE A CHANCE」をアップルからリリースしていて、9月13日には、ジョン・レノン、エリック・クラプトン、クラウス・フォアマン、アラン・ホワイトによるプラスティック・オノ・バンドでトロントでライヴをやっています。その1週間後の9月20日に、ジョンはビートルズからの脱退をアップルの会議でぶちかまし、アルバム「ABBEY ROAD」のリリース直前だったのと、米国キャピトルとの再契約直前だった事から、内密にされています。10月24日にはプラスティック・オノ・バンドの2作目のシングル「COLD TURKEY」をリリースしています。この「COLD TURKEY」は、ジョンはビートルズとして発表する心算だったのですけれど、他の3人に拒否された曰く付きの楽曲です。ところが、このシングル・ヴァージョンは、ジョンとエリック・クラプトンがギターで、クラウス・フォアマンがベースで、リンゴ・スターがドラムスを叩いているのです。ジョージ・ハリスンもライヴでの「COLD TURKEY」にギターで参加しているので、拒否したのはポールだったのでしょう。12月12日にはトロントでのライヴ・アルバム「LIVE PEACE IN TORONTO 1969」をプラスティック・オノ・バンド名義でリリースしています。

ジョンは、1968年のアルバム「THE BEATLES」でのボツ音源である「WHAT'S THE NEW MARY JANE」を、1967年5月から6月にかけてベーシック・トラックをレコーディング(ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズがサックスで参加)した音源に、1969年4月30日にジョンとポールで歌入れした「YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」とのカップリングで、プラスティック・オノ・バンドの3作目のシングルとしてリリースする心算だったのですけれど、ビートルズとして演奏した楽曲を他の名前でリリースしてはいけないとアップルに止められて断念しています。それならばと、1970年2月6日にはプラスティック・オノ・バンドの3作目のシングル「INSTANT KARMA!」をアップルからリリースしています。この時のプラスティック・オノ・バンドは、ジョン・レノンとジョージ・ハリスン、クラウス・フォアマン、アラン・ホワイト、ビリー・プレストンなどで、プラスティック・オノ・バンドは流動的なメンバーとなっていて、「YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」をリリースする気だったジョンは、ポール・マッカートニーもプラスティック・オノ・バンドの一員だと思っていたのでしょう。しかし、ポールはあくまでもビートルズに拘っていたのです。シングル「INSTANT KARMA!」は、ジョンがフィル・スペクターと共同プロデュースしていて、その手腕を目の当たりにしたジョンとジョージは、フィル・スペクターに棚上げになっていた「THE GET BACK SESSIONS」音源を託す事にしたのです。時は前後して、1970年1月5日に、グリン・ジョンズがアルバム「GET BACK with Don't Let Me Down and 12 other songs」第2案を完成させて、またしてもビートルズに却下されています。内容は、A面が、1「ONE AFTER 909」、2「MEDLEY:I'M READY(AKA ROCKER)/ SAVE THE LAST DANCE FOR ME / DON'T LET ME DOWN」、3「DON'T LET ME DOWN」、4「DIG A PONY」、5「I'VE GOT A FEELING」、6「GET BACK」、7「LET IT BE」で、B面が、1「FOR YOU BLUE」、2「TWO OF US」、3「MAGGIE MAE」、4「DIG IT」、5「THE LONG AND WINDING ROAD」、6「I ME MINE」、7「ACROSS THE UNIVERSE」、8「GET BACK(REPRISE)」の、全15曲入りです。

第1案との違いは、ポールがソロ・アルバムに収録する事となる映画「LET IT BE」では登場しない「TEDDY BOY」を外して、映画に登場するので1968年2月のレコーディング曲を蔵出しした「ACROSS THE UNIVERSE」と、映画に使われているので1970年1月3日に新たにジョン以外の3人でレコーディングした「I ME MINE」を加えています。更に、1970年1月4日には「LET IT BE」に大胆なオーバーダビングをしていて、ジョンのベースとコーラスをカットして、ジョージのリード・ギターと、リンゴのドラムスと、ポールのベースと、ポールとジョージとリンダ・マッカートニーとメリー・ホプキンのコーラスと、サー・ジョージ・マーティンによるオーケストラをオーバーダビングしていて、もはや別物にしています。そうして、1970年3月6日には、英国ではビートルズの最後のシングルとなった「LET IT BE / YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」をアップルからリリースするのです。つまり、レコードになった「LET IT BE」には、ジョン・レノンは参加していない事となったわけですなあ。その分、B面の「YOU KNOW MY NAME(LOOK UP THE NUMBER)」ではジョンとポールの悪ふざけがたっぷりと聴けます。1970年1月8日には、ジョージ・ハリスンが自作の「FOR YOU BLUE」のリード・ヴォーカルを差し替えてもいます。何故、1年前の悪夢の「THE GET BACK SESSIONS」音源が、傑作アルバム「ABBEY ROAD」をリリースして有終の美を飾った後に再び引っ張り出されたのかと云うとですね、映画「LET IT BE」の公開が決まっていて、そのサントラ盤をリリースする契約になっていたからなのです。それで、グリン・ジョンズはお払い箱となり、1970年3月23日からフィル・スペクターがプロデューサーとして「THE GET BACK SESSIONS」音源と格闘しました。フィル・スペクターは、1970年4月1日には「ACROSS THE UNIVERSE」と「I ME MINE」と「THE LONG AND WINDING ROAD」にオーケストラと女性コーラスとリンゴのドラムスをオーバーダビングして、翌4月2日にはリミックスして、僅か10日間でアルバム「LET IT BE」を完成させています。ジョンは「聴いて反吐が出なかった」とフィル・スペクターの手腕を讃えて、ジョンとジョージはその後のソロ・アルバムでもフィル・スペクターを起用する事になります。

1970年5月8日にアップルからリリースされたアルバム「LET IT BE」の内容は、A面が、1「TWO OF US」、2「DIG A PONY」、3「ACROSS THE UNIVERSE」、4「I ME MINE」、5「DIG IT」、6「LET IT BE」、7「MAGGIE MAE」で、B面が、1「I'VE GOT A FEELING」、2「ONE AFTER 909」、3「THE LONG AND WINDING ROAD」、4「FOR YOU BLUE」、5「GET BACK」の、全12曲入りです。ほとんどの素材は、1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」音源を元にしていますが、前述の経緯で、「I ME MINE」は新録で、「LET IT BE」、「FOR YOU BLUE」、「ACROSS THE UNIVERSE」、「I ME MINE」、「THE LONG AND WINDING ROAD」には大胆なオーバーダビングが敢行されています。故に、実質的にラスト・アルバムと云われている「ABBEY ROAD」よりも後にレコーディングされた曲も含まれている、ビートルズの12作目で最後の英国オリジナル・アルバムは「LET IT BE」です。全12曲中、レノン=マッカートニー作が8曲、ジョージ・ハリスン作が2曲、4人の共作が1曲、伝承歌が1曲で、リード・ヴォーカルは、ジョンが6曲、ポールが5曲、ジョージが2曲です。A面の、1「TWO OF US」は、ポールが主導で書いたレノン=マッカートニー作で、フォークロック調の楽曲ですが、リハーサルではジョンとポールが1本のマイクで歌うロックンロール調のアレンジでした。この曲のリハーサル中に起きた、ポールとジョージの口論も有名です。2「DIG A PONY」は、ジョンが主導で書いたレノン=マッカートニー作で、ルーフトップ・コンサート音源ですが、ポールとジョージのコーラスをカットしています。3「ACROSS THE UNIVERSE」は、ジョンが主導で書いたレノン=マッカートニー作で、1968年2月のレコーディング音源を元にしています。この曲は、サー・ジョージ・マーティン版もあって、どちらも元になった音源は同じです。4「I ME MINE」は、ジョージ作で、映画にリハーサル場面が使われているので、休暇中だったジョン以外の3人で新録した音源です。

5「DIG IT」は、元々は12分半近くあるジョンが主導のジャム・セッションですが、このアルバムでは50秒と大幅に短縮されています。6「LET IT BE」は、ポールが主導で書いたレノン=マッカートニー作で、サー・ジョージ・マーティンによるシングル・ヴァージョンとは違っていて、ジョージのリード・ギターが喧しいのがこのアルバム・ヴァージョンですが、元は同じ音源です。7「MAGGIE MAE」は、伝承歌で、ジョンのお気に入りなのでしょうけれど、映画にはこの曲は登場しません。ひっくり返してB面の、1「I'VE GOT A FEELING」は、レノン=マッカートニーの合作で、ルーフトップ・コンサート音源で、ポールの曲とジョンの曲が対位法で出来ていて、最後に二人で重ねて歌う名曲です。2「ONE AFTER 909」は、デビュー前に出来ていたジョンが主導で書いたレノン=マッカートニー作の蔵出しで、ジョンとポールが歌うルーフトップ・コンサート音源です。3「THE LONG AND WINDING ROAD」は、ポールが主導で書いたレノン=マッカートニー作の名曲ですが、フィル・スペクターによるオーケストラをオーバーダビングされた事をポールは知らされておらず、激怒した楽曲です。作者にアレンジが知らされていないなんて有り得ない事なのに、ポールは当時のマネジャーであるアラン・クレインと契約していなかったので、フィル・スペクターにプロデュースさせていた事実すら知らされていなかったのです。4「FOR YOU BLUE」は、ジョージ作で演奏は1969年1月25日ですが、前述の通り1970年1月8日にリード・ヴォーカルをレコーディングし直しています。つまり、ジョージの2曲は、アルバム「ABBEY ROAD」よりも後にレコーディングされたのです。5「GET BACK」は、ポールが主導で書いたレノン=マッカートニー作で、1969年4月11日にシングルでリリースされていますが、これはアルバム・ヴァージョンで、イントロとエンディングにルーフトップ・コンサート音源からお喋りを加えてライヴ音源の様にしていますけれど、元になった音源は同じです。フィル・スペクターは映画「LET IT BE」のサントラ盤である事を意識して、ルーフトップ・コンサート音源を3曲(「DIG A PONY」、「I'VE GOT A FEELING」、「ONE AFTER 909」)も入れて、他の曲にもお喋りを入れたりしてサントラ盤らしく編集しています。

アルバム「LET IT BE」は、1987年10月19日に初CD化されました。このアルバムは元々ステレオ・ミックスしかないので、英国オリジナル・ステレオ・ミックスでのリリースでした。1996年10月28日にアップルからリリースされたアルバム「ANTHOLOGY 3」には、1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」音源から10数曲が収録されていましたが、2003年11月17日にはアルバム「LET IT BE... NAKED」がアップルからリリースされました。コレはですね、「ありのままのビートルズ」とか宣伝されていたものの、内容はリミックス盤で、ひとことで云うならば「珍盤」もしくは「トンデモ盤」です。2009年9月9日には、アルバム「LET IT BE」がステレオ(箱とバラ売り)でリマスターされています。2021年10月15日には、5CD+1BDの箱「LET IT BE」がアップルからリリースされました。内容は、CD1がアルバム「LET IT BE」全12曲の2021年ステレオ・リミックスで、CD2とCD3がアウトテイク全27曲で、CD4がグリン・ジョンズが編集したアルバム「GET BACK with Don't Let Me Down and 12 other songs」第1案全14曲の公式リリース盤で、CD5が「LET IT BE EP」全4曲で、BDがアルバム「LET IT BE」全12曲の2021年ステレオ・リミックスの3種類の音源です。その膨大な音源から、どれだけ凄いものが出て来るのかと期待した割には、拍子抜けしたスカスカな内容で、特に事前には「ルーフトップ・コンサート」音源完全版を収録すると云っていたのに、実際に収録されたのは「DON'T LET ME DOWN」のみで、後に配信限定で完全版を別売りすると云う姑息な手段を、またしてもアップルはやらかしています。2023年11月10日リリースのベスト・アルバム「THE BEATLES 1967-1970(青盤)」の拡張盤には、「GET BACK」の2015年ステレオ・リミックスと、「DON'T LET ME DOWN」、「LET IT BE」、「ACROSS THE UNIVERSE」、「I ME MINE」(新収録)、「THE LONG AND WINDING ROAD」の2021年ステレオ・リミックスの、計6曲が収録されています。それにしても、何故フィル・スペクターは「DON'T LET ME DOWN」をアルバム「LET IT BE」に収録しなかったのでしょうか。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする