
時代は前後しますが、ジョン・レノンは、1973年10月から12月にかけて、フィル・スペクターのプロデュースで、後にカヴァー・アルバム「ROCK'N'ROLL」としてリリースされるレコーディングを行いました。そもそもカヴァー・アルバム「ROCK'N'ROLL」の企画は、ビートルズが1969年にリリースしたアルバム「ABBEY ROAD」のA面1曲目に収録されてシングル・カットもされて大ヒットした、ジョンが主導で書いたレノン=マッカートニー作品「COME TOGETHER」が、チャック・ベリーの「YOU CAN'T CATCH ME」の盗作だと版権を持つモーリス・レヴィに訴えられて、裁判沙汰にする代わりに、ジョンがモーリス・レヴィが持つ楽曲の中から3曲をカヴァーする事で示談にする事となり、ジョンはそれならば全曲をロックンロール・クラシックスのカヴァーにすると考えてレコーディングを始めたのです。ジョンはビートルズの1970年のアルバム「LET IT BE」に始まり、1970年のソロ・アルバム「JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)」や、1971年のソロ・アルバム「IMAGINE」や、1972年のジョンとヨーコさんの共作アルバム「SOME TIME IN NEW YORK CITY」や、その間にリリースしたシングルでフィル・スペクターを起用していたので、云わばロックンロール・クラシックスの元祖のひとりであるフィル・スペクターと再び組んだわけです。
が、しかし、当時のジョンは「失われた週末」に突入したばかりで、酒浸りの生活をしていて、スタジオでもヘベレケ状態でマトモに歌えず、フィル・スペクターも精神疾患で奇行が目立ち、スタジオで銃を撃ったりしていた挙句の果てに、フィル・スペクターがマスター・テープを持った侭で行方不明になり、交通事故を起こして生死を彷徨い、ジョンの元にマスター・テープが戻って来たのは1974年6月だったのです。その頃には、ジョンはプロデュースしたニルソンのアルバム「PUSSY CATS」を完成させて、自分のソロ・アルバム「WALLS AND BRIDGES(心の壁、愛の橋)」の制作に入っていたので、カヴァー・アルバムは先送りにされたわけです。しかし、ジョンがアルバム「WALLS AND BRIDGES」の完成が見えたので、フィル・スペクターとのレコーディングを聴いたら、前述の理由でほとんどの曲が使い物にならないと分かり、しかも、モーリス・レヴィがアルバム「WALLS AND BRIDGES」には自分が版権を持つ曲がジョンとジュリアン・レノンの親子共演でお遊びの「YA YA」しか収録されていなかった為に「話が違う」と騒ぎ出して、ジョンは慌ててカヴァー・アルバム「ROCK'N'ROLL」を、アルバム「WALLS AND BRIDGES」のセッション・メンバーを呼び戻して、1974年10月21日から25日までのたったの5日間でレコーディングして完成させたのです。
ところが、本来ならばカヴァー・アルバムは1974年の早い時期にリリースされる予定だったので、モーリス・レヴィは半年後の1974年の秋頃には印税を受け取れるはずだったわけで、待ちきれなくなってしまったのです。それで、モーリス・レヴィはジョンから受け取ったラフ・ミックスを元にして、アルバム「ROOTS」を1975年2月にリリースしてしまったのです。慌てたEMIとジョンは、同年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)に、カヴァー・アルバム「ROCK'N'ROLL」を前倒しでアップルからリリースする事となりました。公式盤の「ROCK'N'ROLL」は全13曲(メドレーを分ければ全15曲)入りですけれど、非公式盤の「ROOTS」は全15曲(メドレーを分ければ全17曲)入りで、「ANGEL BABY」と「BE MY BABY」が加わっています。その2曲は1973年のフィル・スペクターとのセッションでレコーディングされた楽曲で、他にも多くの未発表カヴァー曲がレコーディングされていて、ジョンとフィル・スペクターのセッション音源は100時間もあると云われています。そして、ジョンの死後の1986年にアルバム「MENLOVE AVE.」で、その中から数曲が発掘されました。その中のひとつで、アルバム「MENLOVE AVE.」のA面1曲目に収録されているのが「HERE WE GO AGAIN」です。
但し、この「HERE WE GO AGAIN」はカヴァー曲ではなく、ジョンとフィル・スペクターが共作したオリジナルなのです。何故、二人の共作曲がレコーディングされたのかは謎ですし、この1973年10月から12月にかけてのセッション自体が謎だらけで、多くのブートレグにもなっています。中には聴くに堪えない程にジョンが酔っ払っていて歌になっていないものもあるのですけれど、アルバム「MENLOVE AVE.」や、1998年の箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」や、2004年のアルバム「ROCK'N'ROLL」のリミックス盤などで聴ける未発表音源は、なかなか興味深い内容です。そして、総勢50名近いとも云われているレコーディング・メンバーも凄腕ばかりで、ハル・ブレイン(ドラムス)や、レオン・ラッセル(キーボード)や、バリー・マン(ピアノ)や、ジェフ・バリー(ピアノ)、と云った面々から、ラリー・カールトン(ギター)や、ホセ・フェリシアーノ(アコースティック・ギター)なども参加していて、もう無茶苦茶な状況だったと思われます。「HERE WE GO AGAIN」は、アルバム「MENLOVE AVE.」の他に、2006年のサントラ盤「THE U.S. VS. JOHN LENNON」や、2010年の小箱「GIMME SOME TRUTH」に収録されているので、聴く事が出来ます。
(小島イコ)
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