
ジョン・レノンが、1973年10月29日(米国)・同年11月16日(英国)にアップルからリリースした3作目のソロ・アルバム「MIND GAMES」には、ヨーコさんへ捧げた楽曲が「AISUMASEN(I'M SORRY)」と「ONE DAY(AT A TIME)」と「OUT THE BLUE」と「I KNOW(I KNOW)」と「YOU ARE HERE」と、全12曲(実質11曲)中、半数近い5曲も収録されています。しかしながら、それらは「愛妻賛歌」ではなく、ヨーコさんに追い出されそうになっていたジョンが再び振り向いて欲しくて書いた楽曲ばかりなのです。結局、ジョンはヨーコさんに捨てられて、18か月に及ぶ別居生活である「失われた週末」へと向かいました。表題曲「MIND GAMES」のプロモーション・ヴィデオを観ると、そこにはヨーコさんは登場していなくて、アルバムのジャケットで地平線にそびえ立つヨーコさんから旅立ったジョンがひとりで街を闊歩する様子が映っています。その別居なのですけれど、ヨーコさんは私設秘書だったメイ・パンにジョンの愛人になるように命じていて、完全なる「パワハラ」を行っています。ジョンもジョンで、ヨーコさんの愛人としてギタリストのデヴィッド・スピノザを勧めていて、夫婦揃って一般常識とはかけ離れた事をやらかしていました。全然知らない他人と浮気されるよりはマシだ、とでも思っていたのでしょうか。
故に、アルバム「MIND GAMES」に収録された「ヨーコさん賛歌」は、表面上は美しい曲でも、中味はドロドロしているのです。もっとも美しい楽曲は、B面2曲目に収録された「OUT THE BLUE」です。レコーディング・メンバーは、ジョン・レノン(ヴォーカル、アコースティック・ギター、クラビネット、タンバリン)、デヴィッド・スピノザ(アコースティック・ギター)、ピート・クレイナウ(ペダル・スティール・ギター)、ケン・アッシャー(ピアノ、リード・オルガン)、ゴードン・エドワーズ(ベース)、ジム・ケルトナー(ドラムス)、サムシング・ディファレント(クリスティン・ウィルトシャー、ジョスリン・ブラウン、キャシー・マル、エンジェル・コークリー)(バッキング・ヴォーカル)の、プラスティック・UF・オノ・バンドです。「突然に、何の前触れもなく、君は僕の前に現れた」と歌われる内容は、ヨーコさんとの出逢いまで遡って愛情を綴ったものですけれど、前述の通り既に二人の関係は悪化していて、どんなにドラマティックに歌われていても、歌のチカラでは何も解決されないのでした。そう云った見方をするならば、これ以前の政治的なプロテスト・ソングも同じで、ラヴ・ソングにも現実的な有効性などないのです。そして、そんな事はジョン自身が誰よりも分かっていたでしょう。
それにしても、この「OUT THE BLUE」は美しい楽曲で、ジョンが書いたラヴ・ソングの中でも特に優れた作品です。ジョンの生前にはアルバム「MIND GAMES」の1曲としてしか存在しなかった楽曲ですが、死後にリリースされた1990年の箱「LENNON」や、2005年の「WORKING CLASS HERO - THE DEFINITIVE LENNON」や、2010年の小箱「GIMME SOME TRUTH」や、2020年の「GIMME SOME TRUTH.」と云ったベスト盤にも収録されているので、「隠れた名曲」から「隠れていない名曲」へと進化しています。イントロのアコースティック・ギターは、1968年リリースのビートルズのアルバム「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」に収録されたポール・マッカートニー主導で書かれたレノン=マッカートニー作品である「BLACKBIRD」を想起させるし、その後の展開には同じ「ホワイト・アルバム」に収録されたジョン主導で書かれたレノン=マッカートニー作品である「SEXY SADIE」にも似ていて、ゴスペル調で派手に展開する点ではジョージ・ハリスン的でもあって、「ひとりビートルズ」もしくは「ひとりレノン=マッカートニー」とも云える路線です。ジョンはストレートなロックンロールも得意でしたけれど、こうした大仰とも云えるドラマティックな展開の曲も好きだったのです。
(小島イコ)
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