
ジョン・レノンのボックス・セットは、全曲集に近い1990年のCD4枚組全73曲入りの箱「LENNON」や、2010年のCD4枚組全72曲入りの小箱「GIMME SOME TRUTH」の他には、2010年のスタジオ・レコーディング曲を全て収めたCD11枚組の「JOHN LENNON SIGNATURE BOX」や、1998年のレア音源集であるCD4枚組全94トラック入りの「JOHN LENNON ANTHOLOGY」があります。それで、2018年のアルバム「IMAGINE」の箱や、2021年のアルバム「JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)」の箱や、2024年のアルバム「MIND GAMES」の箱と云ったソロ・アルバムの拡大版がリリースされる様になりました。残っているのはオリジナル・ソロ・アルバムでは「WALLS AND BRIDGES」だけですし、カヴァー・アルバム「ROCK'N'ROLL」や、ジョンとヨーコさんの共作であるアルバム「SOMETIME IN NEW YORK CITY」とアルバム「DOUBLE FANTASY」と遺稿集「MILK AND HONEY」もあるものの、ネタ切れは間近なのです。そのアルバムの拡大版と云うのが、ジョンの場合は厄介で、本編のリミックス盤とアウトテイク集以外には、勝手にリミックスした「なんちゃってリミックス」音源が本編やアウトテイクよりもずっと多く収録されています。本編のリミックスも、ジョンの死後に行われてはいるのですけれど、まだ生前の原型はとどめているわけで、なんちゃってリミックスはどうなんでしょうねえ。
亡くなった本人不在で、そう云う訳が分からない事を近年に毎年の様に大っぴらにやらかしているのは、「ジョン・レノン」と「ナイアガラ」だけでしょう。一昨年(2023年)にビートルズの「THE BEATLES 1962-1966(赤盤)」と「THE BEATLES 1967-1970(青盤)」が拡大版としてリイシューされて、リンゴがドラムスを叩いた「LOVE ME DO」や、シングル曲「SHE LOVES YOU」が、デミックスによってステレオになっていたので驚かされました。リンゴ版の「LOVE ME DO」は、セッション・ドラマーのアンディ・ホワイトが叩いているヴァージョンに差し替えられていて、混同を避ける為にリンゴ版のマスター・テープは破棄されていて、それまでのCDには「盤起こし」モノラル音源しか収録されていなかったし、「SHE LOVES YOU」は2トラック・テープもセッション・テープも破棄されていたので、モノラル・テープ音源しか収録されていなかったのです。それを「AI」でデミックスして、見事なステレオ音源に生まれ変わっていたわけです。が、しかし、別に「デミックス」は公式盤の専売特許ではないわけで、近年のブートレグでは「デミックス」によって新たにミックスされた音源が登場していて、「LOVE ME DO」や「SHE LOVES YOU」のステレオ・ヴァージョンもブートレグでは先にリリースされているのです。つまり、ジョンの箱で行われている「なんちゃってリミックス」も、限りなくブートレグに近い発想なのです。
さて、1973年10月29日(米国)・同年11月16日(英国)にアップルからリリースされた、ジョンの3作目のソロ・アルバム「MIND GAMES」のA面5曲目に収録されているのが、「BRING ON THE LUCIE(FREDA PEOPLE)」です。この楽曲は、アルバム「MIND GAMES」の中では最も政治色が強く、前年である1972年にリリースされたジョンとヨーコさんの共作アルバム「SOMETIME IN NEW YORK CITY」の名残りを感じさせます。元々は1971年に「FREE THE PEOPLE」としてデモがレコーディングされていて、歌詞には「STOP THE KILL!」と直接的な表現も交えたプロテスト・ソングですけれど、アルバム「SOMETIME IN NEW YORK CITY」の弱点であったエレファンツ・メモリーではなく、レコーディング・メンバーは、ジョン・レノン(ヴォーカル、アコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、マラカス、タンバリン)、デヴィッド・スピノザ(スライド・ギター)、ピート・クレイナウ(ペダル・スティール・ギター)、ケン・アッシャー(ピアノ、エレクトリック・ピアノ)、ゴードン・エドワーズ(ベース)、ジム・ケルトナー(ドラムス、カウベル)、リック・マロッタ(ボンゴ)、サムシング・ディファレント (クリスティン・ウィルトシャー、ジョスリン・ブラウン、キャシー・マル、エンジェル・コークリー)(バッキング・ヴォーカル)となっています。
アルバム「SOMETIME IN NEW YORK CITY」や、1972年8月30日の「ワン・トゥ・ワン・コンサート」でエレファンツ・メモリーを起用したジョンですけれど、このアルバム「MIND GAMES」の様に凄腕のメンバーを集めようと思えば、ジョンの名の下では簡単に出来たはずですし、特に「ワン・トゥ・ワン・コンサート」は、ジョンがお蔵入りにした程の無様な演奏にはなっていなかったでしょう。デヴィッド・スピノザのスライド・ギターに、ピート・クレイナウによるペダル・スティール・ギターも重なっていて、表題曲「MIND GAMES」も含めて、弦楽器でシンセサイザーの様な音像を作っています。ところが、ソレがシンセサイザーでは出来ない音となっているのが、ジョンならではなのです。そうしたアレンジは、どこか「ジョージ・ハリスン風」でもあって、1973年に「ビートルズ再結成」が噂された一因ともなっています。とは云え、ジョンとジョージとリンゴは元々仲違いはしていなかったので、問題はポール・マッカートニーがどう出るか、でした。そのポールもリンゴのアルバム「RINGO」に参加した事で、いよいよ再結成か、となったのでした。「BRING ON THE LUCIE(FREDA PEOPLE)」は、1998年の箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」や、2024年のアルバム「MIND GAMES」の箱などでアウトテイクが、2005年のリミックス盤ではデモ音源を聴く事が出来ます。
(小島イコ)
【関連する記事】