1969年9月13日にトロントで行われた「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」に出演したジョン・レノンが率いる「プラスティック・オノ・バンド」は、2曲目に「MONEY(THAT'S WHAT I WANT)」を演奏しています。これは、ベリー・ゴーディとジェイニー・ブラッドフォードが書いて、1959年8月にバレット・ストロングがシングルでリリースした楽曲のカヴァーです。ジョンは、ビートルズとして1962年1月1日の「デッカ・オーデイション」で披露していて、その時の演奏はジョンやポールが将来がかかっているからか緊張していて、本来のチカラは発揮出来ていません。ドラマーもまだリンゴ・スターではなくピート・ベストだったので、力量不足が感じられます。しかし、ビートルズはメジャー・デビュー後の1963年11月22日にリリースした2作目のアルバム「WITH THE BEATLES」で再びこの楽曲を取り上げていて、レコードではB面最後に収録しています。その他にも、ライヴ・ヴァージョンが「ANTHOLOGY」や「LIVE AT THE BBC」で聴く事が出来ます。米国では1964年4月10日リリースのアルバム「THE BEATLES’ SECOND ALBUM」に収録されていて、日本では1964年6月5日リリースのアルバム「ビートルズ No.2」に収録されて、同日発売のシングル「PLEASE MISTER POSTMAN」のB面にもなっています。
ビートルズのアルバムの最後に収録したと云う事は、それだけ自信があったからで、ビートルズは1963年3月22日リリースのデビュー・アルバム「PLEASE PLEASE ME with Love Me Do and 12 other songs」での「TWIST AND SHOUT」や、1965年8月6日リリースの5作目のアルバム「HELP!」での「DIZZY MISS LIZZY」と云った、ジョンの絶唱がギラリと光るカヴァー・ヴァージョンをアルバムの最後に収録しています。当時のビートルズのアルバムの曲順は、プロデューサーであるサー・ジョージ・マーティンが決めていたらしいのですけれど、彼の耳でも自身がピアノで参加したそのカヴァー・ヴァージョンが重要だと感じたのでしょう。この「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」でも「MONEY(THAT'S WHAT I WANT)」の次には「DIZZY MISS LIZZY」を演奏しています。このライヴ盤では「DIZZY MISS LIZZY」が「DIZZY MISS LIZZIE」と表記されていますけれど、同じ曲です。「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」では、ジョンが歌った6曲中で3曲がカヴァーですけれど、それはおそらく即席バンドだった為に、トロントへ向かう飛行機の中でしかリハーサルが出来なかったので、ギターのエリック・クラプトンや、ベースのクラウス・フォアマンや、ドラムスのアラン・ホワイトが、既に知っていて直ぐに演奏出来る楽曲を選んだからでしょう。
特に重要なのは、リード・ギターのエリック・クラプトンで、ノリで誤魔化せるリズム隊の他の二人とは違って、曲やコード進行を知らなければギターを弾けないわけですよ。それで、ビートルズの「YER BLUES」も演奏しているのは、前年である1968年12月11日に収録されたローリング・ストーンズの「ROCK AND ROLL CIRCUS」で既に「THE DIRTY MAC」としてエリック・クラプトンと「YER BLUES」を一緒に演奏していたからだ、とジョンは語っています。おそらく、ポール・マッカートニーはその辺の事情を知らされてはいなくて、2度に渡ってビートルズのレノン=マッカートニー作品を自分抜きで演奏されたのはショックだったでしょうし、この「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」でもビートルズとしてカヴァーしていた「MONEY(THAT'S WHAT I WANT)」や「DIZZY MISS LIZZY」も演奏された事にも打撃を受けたでしょう。故に、ポールはこのライヴの1週間後の1969年9月20日の会議で今後のビートルズを熱く語ったものの、ジョンに全て否定された挙句、ジョンに脱退宣言をされてしまったのでした。それから、「MONEY(THAT'S WHAT I WANT)」はローリング・ストーンズもカヴァーしていて、ビートルズとローリング・ストーンズが両方共にレコーディングした楽曲は、コレとレノン=マッカートニー作品の「I WANNA BE YOUR MAN」の2曲だけです。
(小島イコ)
【関連する記事】