1973年秋から1975年初頭までのジョン・レノンの「失われた週末」時代に、最もジョンとつるんで呑んだくれていたのは、ハリー・ニルソンです。二人の交流は、1967年リリースのニルソンのアルバム「PANDEMONIUM SHADOW SHOW」を聴いたジョンが、ニルソンに国際電話して「You are great!」と云った時から始まっています。ジョンとニルソンが酒場で酔っ払って追い出されるところを撮られた写真もあって、ジョンは「ニルソンたち呑み仲間連中が悪い」と云っていて、ニルソンは「ジョンやリンゴが始めたから俺は付き合っただけで、あいつらが悪い」などと罪のなすり合いをしていましたが、まあ、ジョンもニルソンもリンゴもキース・ムーンも、全員が同罪でしょう。そんなダメな部分が語られがちなこの時期ですが、ヨーコさんと離れた事で音楽活動は精力的に行っていて、ズバリ云って、ジョンのソロ・キャリアの中では最も成果を残している時期が「失われた週末」時代なのです。ニルソンとも、ただ呑んだくれていただけではなく、ジョンのプロデュースでニルソンのアルバム「PUSSY CATS」を制作しています。1974年8月19日(米国)、同年8月30日(英国)にリリースされたこのアルバムは、猫になって並んでいるジャケットで分かる通りに、ジョンとニルソンの合作と云って良い、重要なアルバムです。
内容は、A面が、1「MANY RIVERS TO CROSS」、2「SUBTERRANEAN HOMESICK BLUES」、3「DON'T FORGET ME」、4「ALL MY LIFE」、5「OLD FORGOTTEN SOLDIER」で、B面が、1「SAVE THE LAST DANCE FOR ME」、2「MUCHO MUNGO / MT. ELGA」、3「LOOP DE LOOP」、4「BLACK SAIL」、5「ROCK AROUND THE CLOCK」の、全10曲入りです。ドラムスはリンゴ・スターとジム・ケルトナーのツイン、ベースはクラウス・フォアマン、ギターはダニー・コーチマーとジェシ・エド・デイヴィス、ペダル・スティールはスニーキー・ピート、サックスはボビー・キーズ、ピアノはケン・アッシャー、オルガンはウイリー・スミス、更にキース・ムーンも加えたトリプル・ドラムスまで聴けます。レコーディングのメンバーは、そのまま1974年10月にリリースされるジョンのソロ・アルバム「WALLS AND BRIDGES」や、1975年2月にリリースされるジョンのカヴァー集「ROCK ’N' ROLL」の追加レコーディングに継続されています。更に、ニルソンが酒で美声を失ってしゃがれ声で歌っている事で、ジョンは断酒をして自分のアルバム「WALLS AND BRIDGES」を制作する事となるのです。アルバム「WALLS AND BRIDGES」に収録されたジョンとニルソンの共作「OLD DIRT ROAD(枯れた道)」は、このアルバムの流れを汲んでいます。
ジョンが提供したのはニルソンと共作した「MUCHO MUNGO / MT. ELGA」だけで、他はニルソン作の4曲「DON'T FORGET ME」と「ALL MY LIFE」と「OLD FORGOTTEN SOLDIER」と「BLACK SAIL」を加えた5曲がオリジナルで、残りの5曲はカヴァーです。このカヴァーの選曲がジョンらしく、当初は1973年にフィル・スペクターのプロデュースで制作を開始して頓挫したジョンのアルバム「ROCK ’N' ROLL」に通じるものです。ジョンがベーシック・アレンジをしたジミー・クリフのカヴァー「MANY RIVERS TO CROSS」のオーケストラ・アレンジは、そのまんまジョンの「#9 DREAM(夢の夢)」に継承されています。ジョンとニルソンがアレンジしたボブ・ディランのカヴァー「SUBTERRANEAN HOMESICK BLUES」や、ドリフターズのカヴァー「SAVE THE LAST DANCE FOR ME」や、ジョニー・サンダーのカヴァー「LOOP DE LOOP」、そして、最後のビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツのカヴァー「ROCK AROUND THE CLOCK」と云った曲は、ジョンが歌ってアルバム「ROCK ’N' ROLL」に入れていたとしても、何ら違和感はありません。このアルバム「PUSSY CATS」は、現在では9曲もボーナス・トラックが収録されているCDも出ていますが、アルバム本編の最後を飾る「ROCK AROUND THE CLOCK」での、リンゴ・スター、ジム・ケルトナー、キース・ムーンによるトリプル・ドラムスのお祭り騒ぎが強烈すぎて、そこまででお腹いっぱいです。
(小島イコ)