バッドフィンガーが「ビートルズの弟バンド」と称されるのは、同じアップル・レコードの後輩バンドと云うだけではなく、楽曲提供やプロデュースをポールやジョージが手掛けていたり、ジョージのアルバム「ALL THINGS MUST PASS」やジョンのアルバム「IMAGINE」にも参加していたり、ジョージが主導した「バングラデシュ難民救済コンサート」にも出演していたり、プロデューサーにもトニー・ヴィスコンティやマル・エヴァンスやジェフ・エメリックやクリス・トーマスと云った「ビートルズ人脈」が関わっていたりと、色々あるのですけれど、何よりもメンバー4人が曲を書けて歌えて、それを4人で演奏出来たと云う「ビートルズ流」を継承していたからでしょう。ピート・ハム(ヴォーカル、ギター)と、マイク・ギビンズ(ヴォーカル、ドラムス)は、ウェールズのスウォンジ出身で、トム・エヴァンス(ヴォーカル、ベース)と、ジョーイ・モーランド(ヴォーカル、ギター)はイングランドのリヴァプール出身で、トム・エヴァンスとジョーイ・モーランドはキャヴァーン・クラブで演奏するビートルズを観ていたのだそうです。現在ではバッドフィンガーは「パワーポップの元祖」と呼ばれていますが、そのルーツは初期ビートルズの荒々しい爆音ライヴだったのです。
1970年11月6日(英国)・同年10月12日(米国)にアップルからリリースされた先行シングル「NO MATTER WHAT(嵐の恋)」は、全英5位・全米8位と大ヒットして、同年11月27日(英国)・同年11月9日(米国)にリリースしたバッドフィンガー名義では2作目(実質的には1作目)のアルバム「NO DICE」は、名曲「WITHOUT YOU」のオリジナルも収録されていて、全米28位まで上がって「ローリング・ストーン」誌の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれました。ところが、英国ではチャート入りしていません。それは、米国でツアーをやっていて、ジョージ・ハリスンがわざわざ紹介する為に駆けつけて盛り上がっていた間に、英国では全くプロモーションが行われなかったからです。此の辺は、当時のアップル・レコードが如何にヘッポコちゃんだった事を伺わせます。ニルソンが「WITHOUT YOU」をカヴァーする時に、ビートルズの曲だと勘違いしていた程ですから、ネット社会の今とは違います。それでもバッドフィンガーは、1972年1月14日(英国)・1971年11月10日(米国)に、ジョージ・ハリスンがプロデュースした先行シングル「DAY AFTER DAY」をアップルからリリースして、全英10位・全米4位と大ヒットさせました。B面は英国盤が「SWEET TUESDAY MORNING」で、米国盤(日本盤も)が「MONEY」です。
シングル「DAY AFTER DAY」は、ピート・ハム作で、イントロのスライドギターはピートとジョージ・ハリスンが弾いていて、ピアノはレオン・ラッセルです。そして、1972年2月4日(英国)・1971年12月13日(米国)に、バッドフィンガー名義では3作目となるアルバム「STRAIGHT UP」をアップルからリリースしました。内容は、A面が、1「TAKE IT ALL」、2「BABY BLUE」、3「MONEY」、4「FLYING」、5「I'D DIE BABE」、6「NAME OF THE GAME」で、B面が、1「SUITCASE」、2「SWEET TUESDAY MORNING」、3「DAY AFTER DAY」、4「SOMETIMES」、5「PERFECTION」、6「IT'S OVER」の、全12曲入りです。全てがバッドフィンガーのメンバーによるオリジナル曲で固めたこのアルバムは、前作「NO DICE」に引き続きジェフ・エメリックのプロデュースでレコーディングが始まったものの、途中でジョージ・ハリスンがプロデュースを買って出ます。ところが、ジョージは「バングラデシュ難民救済コンサート」の準備で多忙になったので、4曲(ギターも弾いている「DAY AFTER DAY」と「I'D DIE BABE」、そして「NAME OF THE GAME」と「SUITCASE」)だけで降りて、結局はトッド・ラングレンがプロデューサーを引き継いで完成しています。
楽曲は、「TAKE IT ALL」と「BABY BLUE」と「NAME OF THE GAME」と「DAY AFTER DAY」と「PERFECTION」の5曲がピート・ハム作で、「MONEY」と「IT'S OVER」の2曲がトム・エヴァンス作で、「I'D DIE BABE」と「SUITCASE」と「SWEET TUESDAY MORNING」と「SOMETIMES」の4曲がジョーイ・モーランド作で、「FLYING」がトム・エヴァンスとジョーイ・モーランドの共作です。前作「NO DICE」につづいて全12曲中半数近い5曲(内2曲はシングル・カットしてヒットした)を書いたピート・ハムが目立ちますけれども、トム・エヴァンスも2曲、ジョーイ・モーランドも4曲と貢献していて、二人の共作もあります。しかし、マイク・ギビンズの曲は収録されていないので、後に一時脱退する原因となっています。前作の「LOVE ME DO」や、今作の「MONEY」や「FLYING」と云った楽曲は、ビートルズにも同じタイトルの曲がありますが、同名異曲でバッドフィンガーのオリジナルです。
トッドは、ジェフ・エメリックがプロデュースした2曲(「FLYING」と「SWEET TUESDAY MORNING」)と、ジョージがプロデュースした4曲(「DAY AFTER DAY」と「I'D DIE BABE」と「NAME OF THE GAME」と「SUITCASE」)にも手を加えたと主張しています。結果的にはアルバムとしてまとめたのはトッドなので、何らかの事はやっているのでしょう。トッドが最初から手掛けているのは「TAKE IT ALL」と「BABY BLUE」と「SOMETIMES」と「IT'S OVER」の4曲で、ジェフ・エメリックが手掛けていた「MONEY」と「PERFECTION」はレコーディングし直しています。このアルバムは、英国ではまたしてもチャート入りしていませんが、米国では31位まで上がり、シングル・カットした第2弾の「BABY BLUE」も全米14位まで上がっています。そして「BABY BLUE」は、2013年にドラマに使われて全英73位となっています。個人的には「NO DICE」も好きですが、こちらの「STRAIGHT UP」の方がより好きです。CDのリイシュー盤は2種あって、1993年盤はジェフ・エメリックがプロデュースしたオリジナル音源など6曲が、2010年盤には未発表曲を含む6曲が、それぞれ別のボーナス・トラックとして収録されているので、迷わず両方買いましょう。
(小島イコ)