アイヴィーズは、バッドフィンガーに改名して、1969年12月5日(英国)・1970年1月12日(米国)にアップルからリリースした、ポール・マッカートニーが書いてアレンジしてプロデュースした「COME AND GET IT(マジック・クリスチャンのテーマ)」を全英4位・全米7位と大ヒットさせました。ソレで鉄は熱いうちに打てとばかりに、バッドフィンガーとしての1作目のアルバム「MAGIC CHRISTIAN MUSIC」が、1970年1月9日(英国)・同年2月16日(米国)にリリースされました。ところが、全14曲中半数の7曲がアイヴィーズのアルバム「MAYBE TOMORROW」からの再収録(流石にリミックスはしている)で、残りの7曲中「COME AND GET IT」とB面の「ROCK OF ALL AGES」と「CARRY ON TILL TOMORROW(明日の風)」は既にレコーディングしていて、つまり新曲は4曲しかなくて、おまけにレコーディング途中でベースのロン・グリフィスが脱退してしまったのです。それで、トム・エヴァンスがベースに転向して、ピート・ハムとマイク・ギビンズとの3人で新曲をレコーディングして、何とかアルバムに仕上げた内容でした。
それでもバッドフィンガーは、1970年11月16日(英国)・同年10月12日(米国)に、シングル「NO MATTER WHAT(嵐の恋)」をリリースして(B面は英国が「BETTER DAYS」で、米国が「CARRY ON TILL TOMORROW」)全英5位・全米8位と大ヒットさせます。「NO MATTER WHAT」のプロデュースは、マル・エヴァンスとなっています。この時から、バッドフィンガーは、ピート・ハム(ギター、ヴォーカル)、トム・エヴァンス(ベース、ヴォーカル)、マイク・ギビンズ(ドラムス、ヴォーカル)、そして新加入のジョーイ・モーランド(ギター、ヴォーカル)の4人組となりました。全員が曲を書けて、リード・ヴォーカルもやれる新体制となり、満を持して全曲オリジナルのバッドフィンガーとしては2作目のアルバム「NO DICE」を、1970年11月27日(英国)・同年11月9日(米国)にアップルからリリースしました。前述の事情により1作目のアルバム「MAGIC CHRISTIAN MUSIC」がよく分からない構成だった事もあって、バッドフィンガーの本当の意味でのデビュー・アルバムはこの「NO DICE」だと考えている方も多く、個人的にもそう思います。
このアルバム「NO DICE」は、A面が、1「I CAN'T TAKE IT」、2「I DON'T MIND」、3「LOVE ME DO」、4「MIDNIGHT CALLER」、5「NO MATTER WHAT」、6「WITHOUT YOU」で、B面が、1「BLODWYN」、2「BETTER DAYS」、3「I HAD TO BE」、4「WATFORD JOHN」、5「BELIEVE ME」、6「WE’RE FOR THE DARK」の、全12曲入りです。先行シングルだったピート作の「NO MATTER WHAT」や、ピート節が炸裂する「WE’RE FOR THE DARK」など名曲揃いですが、やはり知名度が高いのは、ピートとトムが共作した「WITHOUT YOU」でしょう。バッドフィンガーのオリジナル・ヴァージョンは英米ではアルバムの中の1曲にすぎなかったものの、1971年12月にニルソンがカヴァーして、翌1972年に全英首位!全米首位!と特大ヒットとなりました。更に、1994年1月にはマライア・キャリーがカヴァー(マライア版はおそらくバッドフィンガーのオリジナルではなく、ニルソン版を参考にしているので、カヴァーのカヴァー)をアルバム「MUSIC BOX」からシングル・カットして、全米3位とヒットさせています。
アルバム本編は、「I CAN'T TAKE IT」と「MIDNIGHT CALLER」と「NO MATTER WHAT」と「BLODWYN」と「WE’RE FOR THE DARK」の5曲がピート・ハム作で、「BELIEVE ME」がトム・エヴァンス作で、「LOVE ME DO」がジョーイ・モーランド作で、「IT HAD TO BE」がマイク・ギビンズ作で、「I DON'T MIND」と「BETTER DAYS」の2曲がトム・エヴァンスとジョーイ・モーランドの共作で、「WATFORD JOHN」がトム・エヴァンス、ピート・ハム、マイク・ギビンズ、ジョーイ・モーランドとバッドフィンガー4人の共作で、「WITHOUT YOU」はピート・ハムとトム・エヴァンスの共作です。このアルバムでは、ギターのピート・ハムが才能を開花させていて、全12曲中共作も含めれば半数以上の7曲を書いています。それでも、ベースに転向したトム・エヴァンスも、ドラムスのマイク・ギビンズも、更には新加入したギターのジョーイ・モーランドも楽曲を書いていて、全12曲が全てバッドフィンガーのオリジナルです。
バンド全員が曲を書けて歌えて、ビートルズのレーベルであるアップル・レコード所属だったので、バッドフィンガーは「ビートルズの弟バンド」と云われる事も多いので、「COME AND GET IT」の様にビートルズのメンバーが直接関わっている作品以外も取り上げてゆきます。アルバム「NO DICE」は、本当にプロデュースしたのかは不明なマル・エヴァンスは6曲をプロデュースしたと云われていますが、アルバムに収録されたのは2曲(「NO MATTER WHAT」と「BELIEVE ME」)だけで、他の10曲はビートルズ・ファンにはお馴染みのジェフ・エメリックがプロデュースしています。マル・エヴァンスはビートルズのロード・マネジャーだし、ジェフ・エメリックはビートルズのエンジニアなのですから、そりゃあ、ビートルズにも近い音作りにはなっています。マル・エヴァンスに至っては、レノン=マッカートニー名義の楽曲を幾つか手伝ったなどとも云っていたのですけれど、ジョンやポールが歌詞を書き起こしさせていたのを勘違いしちゃったんじゃないでしょうか。アルバム「NO DICE」のCDは1992年盤と2010年盤があって、ボーナス・トラックがそれぞれ5曲入りで内容が違うので、両方買いましょう。
(小島イコ)