ビートルズ時代にリンゴ・スターがリード・ヴォーカルを務めた楽曲は、1963年の「BOYS」(アルバム「PLEASE PLEASE ME with Love Me Do and 12 other songs」収録)と「I WANNA BE YOUR MAN」(アルバム「WITH THE BEATLES」収録)、1964年の「MATCHBOX」(EP「LONG TALL SALLY」収録)と「HONEY DON'T」(アルバム「BEATLES FOR SALE」収録)、1965年の「ACT NATURALLY」(アルバム「HELP!」収録)と「WHAT GOES ON」(アルバム「RUBBER SOUL」収録)、1966年の「YELLOW SUBMARINE」(アルバム「REVOLVER」収録)、1967年の「WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS」(アルバム「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」収録)、1968年の「DON'T PASS ME BY」と「GOOD NIGHT」(共にアルバム「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」収録)、1969年の「OCTOPUS'S GARDEN」(アルバム「ABBEY ROAD」収録)の、たったの11曲です。
ビートルズの公式レコーディング曲は213曲なので、他の202曲はジョンかポールかジョージが歌っているわけです。ジョージもビートルズ時代には29曲位しか歌っていませんが、ジョージの場合はそのほとんどがオリジナルで、後期には「SOMETHING」などの傑作を自分で書く様になっていました。それに、ビートルズはデビューから最後まで、ジョンとポールとジョージの三声コーラスが売りのひとつなので、ジョージの声はよく聴けます。対してリンゴのオリジナルは単独作では「DON'T PASS ME BY」と「OCTOPUS'S GARDEN」の2曲しかなく、レノン=マッカートニーとの共作となっている「WHAT GOES ON」を加えてもたったの3曲です。「FLYING」は4人の連名ですが、インストゥルメンタル曲です。リンゴは1963年頃には「DON'T PASS ME BY」と云う曲を書き始めていると発言しているので、1曲書くのに5年も掛かっています。
映画「LET IT BE」には、リンゴがピアノの弾き語りで「OCTOPUS'S GARDEN」を歌っていると、ジョージが曲の展開をアドバイスして、つまりは曲作りを手伝ってギターで合わせて、そこにジョンがやって来てドラムスで合わせると云う微笑ましい場面があって、映画だとそこにポールが現れて「酷い演奏だ」と云い放つのですが、実はそれはポールが前日にレコーディングした「GET BACK」が酷い演奏だと云ったのを、あたかも「OCTOPUS'S GARDEN」に対して云った様に編集してあるのです。それは兎も角として、リンゴは「DON'T PASS ME BY」を書くのに5年も掛かっているし、実は「OCTOPUS'S GARDEN」はジョージとの共作なのです。そんなリンゴが、ソロになって1971年4月9日(英国)・同年4月16日(米国)にアップルからリリースしたのが、シングル「IT DON'T COME EASY(明日への願い) / EARLY 1970(1970年代ビートルズ物語)」です。結果から云えば、この「IT DON'T COME EASY」は、全英4位・全米4位と大ヒットしました。
A面の「IT DON'T COME EASY(明日への願い)」をプロデュースしたのはジョージ・ハリスンで、レコーディング・メンバーは、リンゴ・スター(ヴォーカル、ドラムス)、ジョージ・ハリスン(ギター)、スティーヴン・スティルス(ギター)、ゲイリー・ライト(ピアノ)、クラウス・フォアマン(ベース)、ロン・カッターモール(サクソフォーン、トランペット)、バッドフィンガー(バッキング・ヴォーカル)と豪華です。「IT DON'T COME EASY」はリンゴの単独作で1968年頃から書いていたと云われる曲ですが、実はジョージとの共作であった事を後にリンゴが白状しています。と申しますのも、ジョージによるガイドヴォーカル音源がブートレグで流出してしまい、そちらは「ハレ・クリシュナ」とコーラスが入るジョージ節全開の出来栄えになっていて、こりゃあ共作だろうとバレてしまったからです。ガチでマントラ風のコーラスが入っているので、ジョージが自分で発表する気まであったのではないのか、と思わせるデモ音源です。リンゴ版でも耳をすませば、かすかに「ハレ・クリシュナ」は聴こえます。
B面の「EARLY 1970(1970年代ビートルズ物語)」はリンゴの単独作で、リンゴがアコースティックギターとドラムスとたぶんピアノを、ジョージがギターとおそらくベースも担当しています。プロデュースはリンゴとなっているものの、こちらもジョージなしでは完成していない楽曲です。内容は、1番がポール、2番がジョン、3番がジョージと来て、最後に3人全員に逢いたいな、と歌われるリンゴにしか歌えない呑気すぎる曲です。当時のジョージは「ビートルズが解散して一番得した男」と称されていて、ソロ・ミュージシャンとして3枚組のアルバム「ALL THINGS MUST PASS」やシングル「MY SWEET LORD」を大ヒットさせ、プロデューサーとしてもこのリンゴの曲を大ヒットさせて、バングラデシュ難民救済コンサートも行うなどノリにノッテいました。この時期には、ビートルズではレノン=マッカートニーの陰に隠れていたジョージとリンゴが売れていたのです。「IT DON'T COME EASY」も「EARLY 1970」もアルバム未収録でしたが、現在ではベスト盤やアルバム「RINGO」のボーナス・トラックで容易に聴く事が出来ます。
(小島イコ)