元ロネッツのリード・シンガーであったロニー・スペクターが、ソロでアップル・レコードから再々デビューしたのは、当時の夫でもあったフィル・スペクターが1970年リリースのビートルズのアルバム「LET IT BE」を再プロデュースしたり、ジョン・レノンやジョージ・ハリスンのシングルやアルバムをプロデュースしていたからでしょう。1971年4月16日(英国)・同年4月19日(米国)にアップルからリリースされたシングル「TRY SOME, BUY SOME / TANDOORI CHICKEN」は、ジョージとフィル・スペクターが共同プロデュースしています。A面の「TRY SOME, BUY SOME」はジョージが書いた曲で、後に1973年6月22日にリリースされたジョージのアルバム「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」でセルフ・カヴァー(タイトルは「TRY SOME BUY SOME」に変更)していますが、バッキング・トラックはロニー・スペクター用にレコーディングしたものを流用していて、ジョージの声が高くなっています。ロニー・スペクターは、この曲の詞が理解出来ず乗り気ではなかったようです。それでもこの曲を選んで歌ったのは、おそらく暴君であった夫のフィル・スペクターが命令したのでしょう。ちなみに「ヴェロニカ」ではなく「ロニー・スペクター」名義としたのは、ジョンとジョージの発案です。
ウォール・オブ・サウンドが炸裂する「TRY SOME, BUY SOME」は全米77位までしか上がっていませんが、2003年9月15日にリリースされたデヴィッド・ボウイのアルバム「REALITY」でカヴァーされている様に、高く評価している人々もいます。B面だった「TANDOORI CHICKEN」はジョージとフィル・スペクターの共作で、インド料理のタンドリー・チキンをタイトルにした軽快なロックンロール調の曲です。ロニー・スペクター版の「TRY SOME, BUY SOME」は、2010年リリースの「COME AND GET IT THE BEST OF APPLE RECORDS」や、2015年リリースの「THE VERY BEST OF RONNIE SPECTOR」に収録されているので容易に聴けます。特に後者は、1960年代のロネッツ時代から2000年代の曲まで、オリジナル音源でレーベルを超えた選曲です。B面だった「TANDOORI CHICKEN」は、シングルでしか聴けないのでレアです。と云っても、現在ではYouTubeなどを探せば出て来るので、音源だけ聴いてみたいならそれでもいいでしょう。ロニー・スペクターは、アップルにはこのシングル1枚しか残していませんが、実はジョージとフィル・スペクターの共同プロデュースでアルバムも制作する事になっていたのです。それは、当時の夫でもあったフィル・スペクターがおかしくなって頓挫しています。
しかしながら、それが噂だけではなかったと分かるのは、ジョージが他にも「YOU(二人はアイ・ラヴ・ユー)」をロニー・スペクターの為に書いていたり、トニ・ワインとアーウィン・レヴィンとフィル・スペクターの共作で「LOVELY LA-DE-DAY」が用意されていた事実があるからです。この2曲はアップルのアセテイト盤で音源が残されていて、遂に「YOU」のロニー・スペクター版が聴けると思ってブートレグを買ったら、バッキング・トラックのみでズッコケました。これらのレコーディングは、ジョージ・ハリスン(ギター)、レオン・ラッセル(ピアノ)、ゲイリー・ライト(エレクトリックピアノ)、カール・レイドル(ベース)、ジム・ゴードン(ドラムス)、ジム・ケルトナー(ドラムス)、ジム・ホーン(サックス)で行われていて、ジョージが1975年9月12日にリリースしたシングル「YOU(二人はアイ・ラヴ・ユー)」(アルバム「EXTRA TEXTURE(ジョージ・ハリスン帝国)」収録)は、前述の通り1971年にロニー・スペクター用にレコーディングした音源にデイヴィッド・フォスターがシンセサイザーをダビングして、キーがロニー・スペクター用だったのでスピードを落としてジョージが歌入れして、元の速さに戻したので、ジョージの声が高くなっています。
(小島イコ)