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2024年04月16日

「ポールの道」#252「THE 7‘’ SINGLES BOX」#18「SILLY LOVE SONGS / COOK OF THE HOUSE」



「第4期ウイングス」と「第5期ウイングス」が混在した4作目のアルバム「VENUS AND MARS」を大ヒットさせたポール・マッカートニーが率いる「第5期ウイングス」は、1975年9月から1976年10月までの長期に渡ってワールド・ツアーを敢行しました。ソノ間の1975年11月19日から21日までは「WINGS OVER THE WORLD TOUR IN JAPAN」としてウイングスとしては初の来日公演が正式に発表されたのですが、過去の大麻関係での逮捕歴で入国拒否となり、実現しなかったのです。先を急ぐとウイングスは1980年1月にも「WINGS JAPAN TOUR 1980」が東京・愛知・大阪で予定されてチケットも完売したのに、ポールが税関で大麻不法所持で逮捕されて、9日間拘留された後に、強制送還されて全公演が中止になっています。故に、1990年3月の「GET BACK TOUR IN JAPAN」でソロでは初来日公演がようやく実現した時にも、実際に東京ドームでポールが登場するまで、ハラハラドキドキしたものです。

1975年当時には来日公演をTV中継する予定だったTBSが、代わりにオーストラリア公演を放送したのが、以前にも書いた「ポール・マッカートニーのすべて〜ビートルズからウイングスまで」で、其のライヴ映像を観てあたくしは「ポール・マッカートニーの音楽が好きだ」と認識しました。そんな世界ツアーの合間を縫って、ポールは1976年3月25日にウイングスとしては5作目のスタジオ・アルバム「WINGS AT THE SPEED OF SOUND」を「第5期ウイングス」でキャピトルからリリースしました。しかし、ポールは「ウイングスはバンド」を証明しようとして、全11曲中約半分の6曲でしか歌わなかったのです。他の5曲は、デニー・レインが2曲、リンダ・マッカートニーと、ジミー・マカロックと、ジョー・イングリッシュが、それぞれ1曲ずつ歌わせていて、ズバリ云ってソノ方法論は大失敗でした。5人が全員で歌えばバンドになるわけがなくて、ソノ辺はポールとしては、ビートルズの幻想をまだ追いかけていたのでしょう。

それでも、アルバムは全英2位・全米首位(7週間)!・全米年間3位と売れました。でも、ソレは多分に第1弾シングルとして1976年4月1日(米国)・4月30日(英国)・5月20日(日本)にシングル・カットされた「SILLY LOVE SONGS(心のラヴ・ソング)」が大傑作(全英2位・全米首位!)だったからでしょう。評論家から「ポールはくだらないラヴ・ソングしか書けない」と酷評されたのを開き直って「くだらないラヴ・ソングで何が悪い?」と返した此の楽曲は、ポールがお得意の対位法を使っていて、三つの異なったメロディーを同じコード進行で歌い、ソレが重なると云う手法で、アルバム「RED ROSE SPEEDWAY」での「MEDLEY」と同じ手法なのですが、11分以上もダラダラした展開(個人的には嫌いではない)だった「MEDLEY」とは違って、5分57秒でキリリと収めていて、しかも同じコード進行でポールが弾く他の歌メロとは全く違うリード・ベースが強力です。

アルバム「WINGS AT THE SPEED OF SOUND」では、アナログ盤ではB面1曲目に収録されていて、ポールがピンク・フロイドの「MONEY」から頂いたと云うループからリード・ベースに繋がるイントロからエンディングまで、非の打ち所がない名曲です。レコーディング・メンバーは、ポール(リード・ヴォーカル、ベース、メロトロン、ピアノ、他)&リンダ・マッカートニー(バッキング・ヴォーカル)、デニー・レイン(バッキング・ヴォーカル、ピアノ)、ジミー・マカロック(ギター)、ジョー・イングリッシュ(ドラムス)、の「第5期ウイングス」に、ハウイー・ケイシー(サクソフォーン)、タデウス・リチャード(サクソフォーン)、スティーブ・ハワード(トランペット)、トニー・ドーシー(トロンボーン)の4人がホーン・セクションで加わっていて、此の時期の「ウイングス」は、ライヴでも分かる通りにホーンの4人も加えた9人組の「第5.5期ウイングス」と云っても宜しいでしょう。

B面の「COOK OF THE HOUSE」は、アルバム「WINGS AT THE SPEED OF SOUND」のB面2曲目で、つまりコレはアルバムのB面1曲目と2曲目のカップリングなのですが、なんと、まあ、こちらのリード・ヴォーカルはリンダです。リンダには「第2期ウイングス」時代にライヴで披露してレコーディングも行った「SEASIDE WOMAN」がありましたが、何故かスタジオ盤のリリースは1977年なので、コレが「心のラヴ・ソング」の次に出て来た時には、軽く眩暈がしました。両面共に「ポール&リンダ」の共作とされていて、未だに「本当に?」となるのですが、思えば「レノン=マッカートニー」もジョンかポールの単独作でも「レノン=マッカートニー」だったので、そんなもんなのでしょうか。此の時期になると英米ではすっかり「WINGS」名義となっていたのに、日本では「ポール・マッカートニー&ウイングス」名義でした。「THE 7‘’ SINGLES BOX」には18枚目で、フランス盤のピクチャー・スリーヴで復刻されています。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする