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2023年02月04日

「ナイアガラ考」#17「大瀧詠一 乗合馬車 (Omnibus) 50th Anniversary Edition」(下)



大瀧詠一師匠のソロアルバムが1972年11月25日に出て、同年の12月31日にはっぴえんどが解散してしまうので、師匠のソロが原因でバンドが解散したなどと誤解もされたらしいのですが、前述の通りに師匠のソロはあくまでも「はっぴいえんどの大瀧詠一」として始まっています。故に作詞には松本隆さんが書いたモノも多く、はっぴいえんどの細野晴臣さんも鈴木茂さんも、松本さんも演奏に参加しています。そもそも「風街ろまん」の制作中に、先に自分の曲を録音し終わっていた師匠がヒマにしていたのでソロはどうかとなって、はっぴいえんどの活動と並行して録音していたわけで、アルバムは1972年11月25日発売だったものの、師匠のソロシングルは1971年12月10日に出て、アルバムは1年掛かりだったし、当時のはっぴいえんどのライヴでは「びんぼう」や「それはぼくじゃないよ」などのソロで発表された曲も披露されていて、レコーディングを含めて、本人たちも「どこまでがはっぴいえんど」で「どこまでがソロ」なのかが混乱する様な状況だったみたいです。細野さんが「やっといた方がいいよ」と云ったので「シャレ」で始めた師匠は、はっぴいえんどでは封印していた技を此のソロアルバムでは出してはいますが、あくまでも「シャレ」であって、ソロデビューシングル「恋の汽車ポッポ」ではベースが師匠でドラムが細野さんと云った変則的な編成も試みています。

「恋の汽車ポッポ」は元々は「伊呂波」と云うタイトルで、はっぴいえんどの「愛飢を」が「あいうえお」と歌っている様に「いろはにほへと」で歌っていた曲で、松本さんが「それじゃあ売れないよ」と現在の詞になったのだそうです。つまり、ソロデビューの最初の時期では、はっぴいえんど解散など考えてはいなかったのでしょう。此の50周年記念盤に関しては、前述の通り疑問も多いものの、元になったシングルやアルバムは素晴らしい作品であると思います。あたくしは「ロンバケ」よりも前にはっぴいえんども師匠のソロも聴いていたので、特に此の「大瀧詠一」は愛聴していました。此の作品には、当たり前田のクラッシャーバンバンビガロですが、はっぴいえんど直系の曲も、メロディー系もノヴェルティー系もあって、細野さんからは「メロディー系かノヴェルティー系か、どちらかにまとめれば良かった」と云われたそうで、其れが後のノヴェルティー系に振り切った「NIAGARA MOON」や振り切れ過ぎた「レッツ・オンド・アゲン」となり、メロディー系は「ロンバケ」で花開くわけです。両方を混ぜた路線では「コレが売れなきゃ辞める」とまで宣言して見事に売れなかった「NIAGARA CALENDAR ’78」があるわけで、云わばタイトル通りに「大瀧詠一」の全てが詰まった名盤だとは思います。松本さん作詞でメロディー系の「水彩画の街」や「乱れ髪」などは、何故売れなかったのか分からない程に名曲で、師匠も「ロンバケ」の前哨戦として後に再録しています。

其れはノヴェルティー系にも云えて、「びんぼう」や「あつさのせい」は爽快だし、「指切り」はそれまでの日本語ロックでは聴いた事のない様なソウルフルな名曲で、後にSUGAR BABEもカヴァーしています。オールディーズを元にした「五月雨」や「ウララカ」や「恋の汽車ポッポ」や「いかすぜ!この恋」も楽しいし、エルヴィスの邦題を繋げて詞にする技には唸らされました。はっぴいえんど直系の「それはぼくぢゃないよ」も名曲だし、ジャズ系の「朝寝坊」もいいし、冒頭の「おもい」も、アルバム未収録でビートルズの封印を解いた「空飛ぶくじら」も素敵です。つまり全曲いいわけで、師匠自身も名盤のひとつとして、ヴォーカリストとしては此の時期がピークだったとまで云っていました。ところが、あろうことか此のアルバムの原盤権を持っていたキングは16チャンネルのテープを破棄してしまい、1995年盤の解説で師匠が書いている通りに2チャンネルしか残っていないらしいのです。其れが原因となって師匠は原盤権を持つ為にナイアガラをレーベルとして立ち上げて、1年も掛けて1千万円もスタジオ代が掛かってしまった事から福生に移住して自らのスタジオを建てる事となるのでした。たったの5曲半を増やしただけでダブル・オー盤の3倍の価格となった事には憤りを感じるし、幾ら師匠が構想したと云われても曲順には慣れませんけれど、アルバム「大瀧詠一」は名盤ではあります。其れでも「J-POPの始発点」とか「CITY-POPの原点」とか、持ち上げすぎな気もします。再評価に対して、ター坊は「自分はCITY-POPを作っているつもりはない」と云っているし、タツローは「40年前に云ってよ」と云っていますから、師匠が生きていたならば何と云っているのでしょうね。

(小島イコ)

posted by 栗 at 00:07| ONDO | 更新情報をチェックする