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2012年11月14日

BOOT-027:BAD TO ME

ビリー・J・クレイマーとダコタス Abbey Road 1963-1966


 w & m:LENNON / McCARTNEY

 1963年5月に作詞作曲

 (ビリー・J・クレマー&ザ・ダコタス盤:1963年7月26日発売 パーロフォン R5094)


ブライアン・エプスタインがマネジメントして、ジョージ・マーティンがプロデュースする、と云うビートルズとおんなじパターンは他にも多くあります。エプスタインとマーティンは「ビートルズが売れるぞ!」と予感し、次々と自らの手で後追いバンドを手掛けました。そして、レノン・マッカートニーに楽曲を提供させているのです。ビートルズを中心として似たようなバンドもドンドンと売っていく戦略は、50年後の「AKB48」と何ら変わりません。「初期ビートルズ商法」は革新的であり、半世紀後でも通用するわけです。ビートルズの成功に後追いして多くのバンドが出てきますが、例えばローリング・ストーンズは「ビートルズが発掘し、自分たちを落としたデッカに紹介している」のです。マネジャーのアンドリュー・ゴールダムは、ブライアン・エプスタインの弟子です。もう何もかもが、ビートルズ絡みで仕掛けられたとしか思えません。

其れは、丸っきり「AKB48」が核となって「アイドル戦国時代」なんぞと謳われ、其の中から「ももいろクローバーZ」などが台頭して来る図式と酷似しております。更に云えば、ブライアン・エプスタインがやらかしたのは「ジャニーズ」の先駆けだったとも思われます。きっと、エプスタインは次々とビートルズの弟分を発掘してデビューさせ、エプスタイン帝国を創りたかったのでしょう。いえ、別に深い意味はありません。でも、やっぱりエプスタインは「ジョン・レノンがすべて」の人だったのです。其れで、ビートルズのレコーディングにも顔を出して、うっかり意見したら、ジョンに「ブライアン、あんたは金勘定だけしてろ!」と云われて、しょんぼりしちゃうのだ。

そんなわけで、ビリー・J・クレマー&ザ・ダコタスは、デビュー・シングルが「DO YOU WANT TO KNOW A SECRET」(B面は「I'LL BE ON MY WAY」)、二枚目が「BAD TO ME」(B面は「I CALL YOUR NAME」)と二枚連続で全てが「レノン・マッカートニー作品」で連続して全英首位の大ヒット!其の後も「I'LL KEEP YOU SATISFIED」や「FROM A WINDOW」を提供され、思いっ切り優遇されました。結局はザ・フォアモストに提供する「I'M IN LOVE」も、ビリー・J・クレマー&ザ・ダコタス用だったとも云われます。そもそも、ジョン・レノンがわざわざ書き下ろしの新曲を提供するって云うのがトンデモない事です。

此の「BAD TO ME」は、ジョンがエプスタインと二人でスペインに旅行した直後に書かれた曲です。ゲイであるエプスタインは完全にジョンに惚れていましたし、二人っきりで異国へとなれば「怪しい」とも思えますが、問題はそんな事ではありません。エプスタインは旅行中に、ジョンに「僕がマネジメントする他のバンドにも曲を書いて欲しい。ポールにも伝えてくれないか」と頼んでいるのです。其れで、ジョンとポールはソングライターとして成長するわけですよ。「BAD TO ME」はなかなか好い曲なので、出来ればビートルズのヴァージョンも聴きたかったのですが、ジョンによるホーム・デモしか残されていません。


(小島藺子)



posted by 栗 at 00:27| FAB4 | 更新情報をチェックする