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2012年11月09日

BOOT-022:BESAME MUCHO

1962 Live at the Star Club in Hamburg ALL ABOUT BESAME MUCHO オール・アバウト・ベサメ・ムーチョ エニシング・ゴーズ


 w & m:Consuelo Velázquez、w:Sunny Skylar

 録音:1962年1月1日(デッカ・オーディション)
     1962年6月6日(EMI オーディション)
     1962年12月25日(スタークラブでの家庭用テープレコーダーによる実況録音)
     1969年1月29日(THE GET BACK SESSIONS)

 1970年5月13日公開(映画「LET IT BE」) THE GET BACK SESSIONS 音源
 1977年4月8日発売 (「LIVE AT THE STAR-CLUB」) スタークラブ音源
 1982年9月10日発売 (「THE COMPLETE SILVER BEATLES」) デッカ・オーディション音源
 1995年11月20日発売 (「ANTHOLOGY 1」 disc1-21) アップル EMI オーディション音源


何ゆえ「ベサメ・ムーチョ」なのだ?1962年1月1日の「デッカ・オーディション」はブライアン・エプスタインが「色んなタイプの曲を演奏しなさい」と命じたわけですが、其れがダメとなり、テープを沢山のレコード会社に売り込んだら、うっかり「EMIのパーロフォン」で「特命課」みたいなトコに居たジョージ・マーティンが「なかなか、面白いじゃないですか?」と興味を持ったのです。其れで、1962年6月6日に「EMI オーディション」が行われます。たったの四曲しか演奏していないのに、「LOVE ME DO」「P.S. I LOVE YOU」「ASK ME WHY」、そして此の「BESAME MUCHO」なのですよ。レノン・マッカートニーのオリジナルが三曲と「ベサメ・ムーチョ」って、何じゃらホイ。それで、EMIのオーディションには受かって、いよいよビートルズのメジャー・デビューが決まるわけです。

そんでもって、デビュー後に行われたハンブルグでのライヴでも「ベサメ・ムーチョ」を演奏していて、1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」でもやらかし、映画「LET IT BE」でオペラ風に好い気になってがなるポール・マッカートニーの姿がバッチリと収められているじゃまいか。ナンダカンダ云って、四つのヴァージョンが公式音源として聴けるようになってしまいました。1940年にスペイン語で書かれた此の楽曲をビートルズがカヴァーしたのは、おそらくお気に入りのコースターズがカヴァーしていたからでしょう。其れにしたって、何度もやらかしすぎです。完全にポールの趣味だと思いますけど、ビートルズが無国籍音楽へと向うのは、ジョンとジョージも「何でもアリ!」で、面白がって「ベサメ・ムーチョ」を演奏しているからでしょう。ジョンが書いた「ASK ME WHY」がラテン・リズムを用いていて「ベサメ・ムーチョ」の影響とも云われますが、おそらくポールがアレンジしたからだと思われます。

「デッカ・オーディション」でも、「ANTHOLOGY 1」に収録された「EMI オーディション」でも、ピート・ベストがドラムを叩いています。デビューが決定した時に、ビートルズのドラマーはピート・ベストでした。スチュワート・サトクリフは自ら脱退し、亡くなっていました。スチュはジョンの親友であり「THE BEATLES」と命名したのも、ジョンとスチュです。でも音楽には興味がなく楽器も弾けないのに、無理矢理ジョンに誘われてバンドに入ったので、本来の画家としての道へ戻りました。生きていれば、アート・ディレクションなどでビートルズに関わっていたでしょう。問題は、デビュー寸前までメムバーだったのに、いきなりだナァとクビにされちゃったピート・ベストです。でもですね、代わりに入ったリンゴ・スターも、デビュー曲のレコーディングでドラムを叩かせてもらえない屈辱を味わうわけですよ。ジョンとポールとジョージの三人は、かなりシビアです。


(小島藺子)



posted by 栗 at 00:07| FAB4 | 更新情報をチェックする