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2012年10月22日

BOOT-004:IN SPITE OF ALL THE DANGER

In_Spite_of_All_the_Danger_Label.jpg 「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」オリジナル・サウンドトラック


 w & m:McCARTNEY / HARRISON

 録音:1958年7月12日
 1995年11月20日発売 (「ANTHOLOGY 1」 disc1-4) アップル


クオリーメン自主制作盤の片面に収められた曲で、ポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンの共作とクレジットされています。そして、歌っているのはジョン・レノンです。ポールによれば「楽曲自体はポールの単独作だったものの、ギター・ソロをジョージが考えたから共作とした」そうです。ジョンが歌っているのは、そりゃリーダーでリード・ヴォーカリストだからでしょう。楽曲自体は全くの凡作で、これまた「歴史的価値」以上のものは求められません。其れよりも、理由はどうあれ初めてのオリジナル曲のクレジットが「マッカートニー / ハリスン」だと云う事実が気になります。

ジョンとポールは出逢ってすぐに共作を始め、どちらかが単独で書いた曲でも「レノン・マッカートニー作品」としようと決めたと云われます。然し、二人が出会った当時の1957年には未だジョン・レノンには作曲能力がなかった様です。1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」でビートルズは無名時代に書いた曲を披露していますが、「TOO BAD ABOUT SORROWS」、「I LOST MY LITTLE GIRL」、「JUST FUN」、「THINKING OF LINKING」、「IF TOMORROW EVER COMES」、「WAKE UP IN THE MORNING」、「WON'T YOU PLEASE SAY GOODBYE」などタイトルを聞いただけで「ポールが書いた」と分かります。

ジョン本人が「HELLO LITTLE GIRL」を「初めて書いた曲」と語っており、他に1950年代に書かれたと断定出来るジョンが書いた曲は「ONE AFTER 909」くらいしかありません。対してポールは既に「I'LL FOLLOW THE SUN」なんかを書いていたのです。少なくとも作曲に関しては、ポールの方が出逢った当時は圧倒的に上回っていたのでしょう。そして、ポールはジョージとも共作をしていたわけですよ。此の曲でも「ギター・ソロを考えたから」と共作者にしたわけではないのでしょう。ポールはジョンに、「ジョージは、君よりもコードを知っているよ」とバンド加入へ推しました。其れはつまり「ボクよりもコードを知っている」って事じゃまいか。


(小島藺子)



posted by 栗 at 00:07| FAB4 | 更新情報をチェックする