プロデューサー:フィル・スペクター
エンジニア:ピーター・ボーン
歌と演奏:ザ・ビートルズ
(録音:1968年2月4日〜2月8日、1969年1月22日〜1月31日、1970年1月3日〜4月1日)
1970年5月8日 アルバム発売(最高位、英米1位)
アップル(パーロフォン) PCS 7066(ステレオ)
side-A
1. TWO OF US
2. DIG A PONY
3. ACROSS THE UNIVERSE
4. I ME MINE
5. DIG IT
6. LET IT BE
7. MAGGIE MAE
side-B
1. I'VE GOT A FEELING
2. ONE AFTER 909
3. THE LONG AND WINDING ROAD
4. FOR YOU BLUE
5. GET BACK
ビートルズの第12作目となるオリジナル・アルバム「LET IT BE」は、彼らのラスト・アルバムです。但し、ほとんどの音源は1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」を元にしており、本来なら「ABBEY ROAD」よりも前に発表されるはずでした。内容に納得しなかったビートルズは、グリン・ジョンズによってまとめられたアルバム「GET BACK」を二度もダメ出し!あわや幻の音源となるかとも思われましたが、映画公開が決定しており、サントラ盤としてのアルバムを出さなければとなります。其れで、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、アラン・クライン、ついでにリンゴ・スターが、フィル・スペクターに依頼するのです。よーするに、スペクターは頼まれたから要望に応えるべく頑張っただけなのだ。
特に強く推したのはジョンの様で、ジョージ・マーティンは「THE GET BACK SESSIONS をオーヴァー・ダビングなしで行うと望んだのはジョンだったのに、そのジョンが過剰なオーヴァー・ダビングを許して作り直させていると聞いた時には、流石に驚いたよ」と語っております。マーティンよりも驚愕したのは、何の相談も無しにスペクター起用が決められ其のアレンジを聴いたポール・マッカートニーでした。ハブにされたポールは怒髪天を突き発狂モードとなり「ビートルズ脱退宣言」をぶちかまし、其れを知った(先に脱退したのに公表を禁じられていた)ジョンは怒り百万馬力でポールを憎み、ビートルズは崩壊します。
各曲解説でも散々と繰り返し書いていますが、あたくしはアルバム「LET IT BE」をプロデュースしたフィル・スペクターの手腕を大いに評価しています。確かに「THE LONG AND WINDING ROAD」は些かやり過ぎだったかもしれませんが、「THE GET BACK SESSIONS」に関して過剰なオーヴァー・ダビングをしたのは其れだけです。「ACROSS THE UNIVERSE」と「I ME MINE」は、そもそも「THE GET BACK SESSIONS」音源ではありませんからね。少なくとも「LET IT BE...NAKED」なんてヘッポコ盤の十万光年倍は好い作品ですよ。フィル・スペクターはイカレポンチの大奇人ですけど、其れと作品の評価は全く別です。イカレポンチで大奇人って云い出したら、ビートルズだって他の多くのミュージシャンだって変わらないじゃん。
(C)2002-2012 (小島藺子/姫川未亜/鳴海ルナ)
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