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2012年07月16日

FAB4-142:BLUE JAY WAY

TAKT JAZZ SADAO PLAYS BACHARACH&BEATLES アクロス・ザ・ユニバース デラックス・コレクターズ・エディション (2枚組) [DVD]


 w & m:HARRISON

 P:ジョージ・マーティン
 E:ジェフ・エマリック(9/6、10/6、11/7)、ピーター・ヴィンス(9/7)、
   ケン・スコット(9/16、10/12、11/7)
 2E:ケン・スコット(9/6-7)、ジェフ・ジャラット(9/16)、リチャード・ラッシュ(10/6、12)、
    ピーター・ミュー(11/7)、グレアム・カークビー(11/7)
 録音:1967年9月6日(take 1)、
    1967年9月7日(take 1 を編集した take 2 に SI 「歌、コーラス」、
    take 2 を編集した take 3 に SI 「歌、コーラス」)、
    10月6日(take 3 に SI 「チェロ、タンバリン」)
 MONO MIX:1967年9月16日(take 3 より 1)、10月12日(take 3 より 2-9、編集 6&9)、
       11月7日(take 3 より 20-28、編集 27)
 STEREO MIX:1967年11月7日(take 3 より 1-2、10-12、編集 12)

 初出:1967年11月27日発売 (「MAGICAL MYSTERY TOUR」 A-4)
 キャピトル MAL 2835(モノ)、SMAL 2835(ステレオ)

 1967年12月8日 英国EP発売 (「MAGICAL MYSTERY TOUR」 D-1)
 パーロフォン MMT-1(モノ)、SMMT-1(ステレオ)


TV映画「MAGICAL MYSTERY TOUR」に使われたジョージ・ハリスンの作品です。曲名となったロサンゼルスの山の中腹にある「ブルー・ジェイ・ウェイ」と云う住宅地の知人宅に滞在していたジョージが、霧の為に飛行機が遅れ約束の時間になってもやって来ない友人のデレク・テイラーを待っている間に書かれました。歌詞では、そのまんま「待たせないでくれ、寝ちゃうよ」とか歌われています。旋律はインド風ですが、演奏はビートルズの四人で行われ、多くのオーヴァーダビング(但しバッキング・トラック以外ではチェロとタンバリンを加えただけで、ヴォーカルとバック・ヴァーカルを重ねている)と編集を繰り返して幻想的な曲となっています。映画では「小さなテントにバスツアー客が入ると映画のスクリーンがあって、ジョージが映し出され何やら瞑想にふけっていると、何故かツアーバスがジョージを轢きそうになる」と云う訳が分からない場面で流れます。

そもそも、映画「MAGICAL MYSTERY TOUR」は全編に渡ってシナリオはなく、楽曲のイメージ映像や意味不明なエピソードをつなぎ合わせただけと云えるでしょう。ビートルズ以外にも、ジョンとジョージがストリップ・ショーを観に行く場面に「ボンゾ・ドッグ・ドー・ダー・バンド」が出演して「Death Cab for Cutie」を演奏したりもします。「ボンゾ・ドッグ・ドー・ダー・バンド」には、後に「ラトルズ」で音楽を担当するニール・イネスや、ジョージの親友で曲にしたりアルバム・ジャケットを任せたりする「レッグス」ラリー・スミスが主要メムバーとして在籍していました。ポールが変名で彼等のシングル「I'm The Urban Spaceman」をプロデュースしてもいます。

此の楽曲は、バッキングはシンプルな編成で曲調も単調なのですが、其のサウンドを作るために尋常ではない労力をかけております。ミキシングにも手間が掛かっており、ステレオにはモノラルのミックスを逆回転させてミックスしていたりもします。このステレオ・ミックスをモノラルにして流用する案も出ましたが、取りやめになりました。余りにもグチャグチャにしてしまったので、モノラルには向かないと考えられたのかもしれませんが、いよいよビートルズもモノ重視からステレオ志向へと変わりつつあったとも思えます。此の凝り捲くった音世界は、1967年のビートルズを象徴していると思えます。同時期に録音されたジョージ作の「ONLY A NORTHERN SONG」「IT'S ALL TOO MUCH」(共にアルバム「YELLOW SUBMARINE」にまわされてしまう)も同じ感覚で弄くりまわされていますが、ジョージの曲だからと遊び捲くっていたのかしらん。


(小島藺子)



元・ディープ・パープルのジョン・ロードが、2012年7月16日に亡くなりました。云わずと知れた、パープルの黄金期でハモンド・オルガンを弾きまくっておられたキーボード奏者です。1968年の結成から1976年の解散まで在籍し、1984年の再結成から2002年に脱退するまではバンド・リーダーでもありました。リッチー・ブラックモアの提案でのハード・ロック路線で売れてしまいましたが、ジョン・ロードは幼少時代からクラシック・ピアノを学んだ本格派で、パープルもハード・ロック路線に転向する前にはオーケストラとの共演をするなどクラシック志向が強いロック・バンドでした。

癌で闘病中と自ら明かしていたのですが、71歳で逝ってしまいました。子供の頃から聴いていた音楽家が亡くなってしまうのは、とても悲しいです。ジョン・ロードは結構意外でしょうけど、ジョージのソロ・アルバム「GONE TROPPO(1982年)」や死後に発表され遺作となった「BRAINWASHED(2002年)」に参加しております。奇しくも、「BLUE JAY WAY」でジョージ・ハリスンはハモンド・オルガンを弾いております。御冥福をお祈りいたします。


(2012年7月17日 追記、小島藺子/姫川未亜/鳴海ルナ)



posted by 栗 at 00:07| FAB4 | 更新情報をチェックする