片瀬那奈は、かつて女優活動を休止して音楽活動に専念した時期がありました。もう十年前の出来事ですが、其の時に、片瀬那奈は「三代目きれいなおねえさん」であり、連続ドラマでもタイトルロールに堂々と記される伸び盛りの女優であり、グラビア・アイドルとしても女性ファッション誌でのモデルとしても活躍するなど「マルチな活動」をしている「二十歳の旬なタレント」だったのです。ドラマ、CM、グラビアなどで引っ張りだこで、正に順風満帆の時でした。ところが、片瀬那奈は其の全てを封印し「歌手転向」へと向いました。当初は「那奈ちゃんが歌も歌うのね。そりゃまた結構」と軽く考えていたあたくしは、其の真意が詳らかにされて「何やらかしてんのよさ、片瀬那奈!」と激怒したものです。
女優が歌を歌うのは、珍しい事ではありません。然し乍ら「歌手活動をやるから、女優活動は休止します!」と宣言し、実際に其れを実行してしまった存在は稀有です。そんなトンデモな事を、十年前に片瀬那奈は何の迷いもなくやってのけたのです。其の音楽活動に対する余りにも真摯な姿勢は、片瀬那奈の音楽を「唯一無二」のものとし、多くのフォロワーを産みました。「歌手・片瀬那奈」以前に、日本には「カタセ式音楽」は無かったのです。然し、片瀬那奈の果敢な挑戦は、余りにも早過ぎた。志半ばで、片瀬那奈は女優回帰し、歌手活動に専念した「女優としての二年半の空白期間」によって「イバラの道」を歩みました。かつて自分より格下だった女優が主演を張る様になっていた世界に戻った片瀬那奈は「いちから出直し」をしたのです。
ところが、2007年に初舞台となった「僕たちの好きだった革命」に片瀬那奈をヒロインに抜擢した鴻上尚史氏は「舞台の演技に対するカンの良さがある。ずっとステージで歌っていた経験が、生かされている。抜群の運動神経とスタイルの良さで、素晴らしい舞台女優の誕生を目撃すると思います」と「歌手・片瀬那奈」を観て起用したと断言し、期待に応えた片瀬那奈を「奇跡の初舞台!」と賞賛しました。翌2008年には舞台「フラガール」に片瀬那奈は主演します。其れは、演出を手掛けた山田和也氏が「僕たちの好きだった革命」を観劇し「舞台版のまどか先生を見つけた!」と企画に乗ったのです。鴻上氏は「平成の鳳蘭になれる逸材!大女優になる」と絶賛し、山田氏も「是非、ミュージカルを!」と熱望しました。
片瀬那奈は、2009年のドラマ「歌のおにいさん」で演じた「美月うらら」役で女優デビューして10年で、ようやく助演女優賞を獲得しました。2006年のドラマ「鉄板少女アカネ !!」での「西豪寺エレナ様」から顕著になった「コメディエンヌ」路線に「歌って踊る、歌のおねえさん」をミックスした「美月うらら」は、深夜ドラマのキャラクター(しかも、当初は三番手か四番手の脇役扱い)だったにも関わらず、最上級の評価を得ました。此の「コメディエンヌ路線」は、2010年の「高瀬リコ(「プロゴルファー花」)」や「姫様(「テレビでスペイン語」)」へと受け継がれ、完全なる「片瀬那奈の十八番」となります。其れでも、其処で止まらないのが「怪優・片瀬那奈」です。「高瀬リコ」や「姫様」と同時進行で演じた「大久保千秋(「闇金ウシジマくん」)」では「シリアスとコメディを行き来するリアリズム」へと進むのです。
2011年にはレギュラー司会を二番組担当し、活動の場を広げてゆきます。女優活動でも数多くの作品に出演されましたが、新たなる司会業へと注目が集まりました。実際、片瀬那奈はドラマ「美男ですね」から「カエルの王女さま」まで、約半年間を司会専念し女優業を休止しています。そんな様々な経験が、今、爆発しようとしております。半年振りの連続ドラマ出演作となった「カエルの王女さま」で片瀬那奈が演じる「桜井玲奈」は、「キャンギャルでアイドル女優でグラビア・アイドルできれいなおねえさん」だった時も、「歌手・片瀬那奈」も、「奇跡の初舞台を成し遂げた片瀬那奈」も、「西豪寺エレナ様〜美月うらら姫〜高瀬リコちゃん」も、「大久保千秋」も、ナンモカンモぜ〜んぶ内包されているのだ。無論、「司会者としての片瀬那奈」も大きな糧となっています。
片瀬那奈は「歌って踊れる女優」です。そして「シリアスとコメディを、同じ役柄で難なく使い分け、全身で演技するリアリズム」を会得しています。ドラマ「カエルの王女さま」での「桜井玲奈」や、来るべき舞台「サイケデリック・ペイン」での「レディー・パンドラ」は、片瀬那奈が「歌って踊る」から素晴らしいのではありません。「歌って踊りながら、普通にシリアスとコメディを行き来してしまう、表情でもロングショットでも指先や背中でも魅せる、変幻自在な演技」が凄まじいのです。片瀬那奈は、今、正に「片瀬那奈にしか出来ない演技」を魅せつけています。一見、簡単にやっている様に見えて、片瀬那奈がやっている演技は深いのです。サラリと眺めて、分かってもらえなくとも構いません。でも、あたくしは其の秘密の欠片を確かに目撃しました。片瀬那奈は、スゴイんだよ。物凄いのに、其れを悟らせないんだから、全く厄介だ。なんてったって、15年近く追っかけているあたくしが驚愕してしまうんだからね。トンデモないぞ、片瀬クン。キミは面白いよ。途轍もなく、面白い。こんなに面白い存在は、他には居ないです。
(小島藺子)