1月と云うと、1969年にビートルズの「THE GET BACK SESSIONS」が敢行された月です。此のセッションは1969年1月2日から1月31日まで行われましたが、アルバム「LET IT BE」として発表されるのは、なな、なんと1970年5月8日です。つまり、録音してから一年半近く経ってようやく世に出たのです。現在の感覚だと大物ミュージシャンが五年に一枚とかでも普通ですが、ビートルズは年間に二枚はアルバムを出していました。1969年には1月に「YELLOW SUBMARINE」を、9月には「ABBEY ROAD」を発表しておりますし、「THE GET BACK SESSIONS」に突入するすぐ前の1968年11月には二枚組の「THE BEATLES」(ホワイト・アルバム)を出したばかりだったのです。結局は新曲での映画になりましたが、「THE GET BACK SESSIONS」は当初には「ホワイト・アルバム」の曲を中心にビートルズがライヴ演奏する「TVショー」として構想されたと云われています。おそらく「HEY JUDE」のプロモーション・ヴィデオの様な感じにしたかったのかもしれません。然し、いざリハーサルが始まるとビートルズは新曲を中心に演奏してしまい、企画もドンドン変更されてゆくのでした。
「LET IT BE」よりも「ABBEY ROAD」が先に発売されてしまったのは、ビートルズが「THE GET BACK SESSIONS」の出来栄えに納得せず、何度もダメ出しをしたからなのですが、1969年2月には既に「ABBEY ROAD」の録音に入っており、しかも「THE GET BACK SESSIONS」でも後に「ABBEY ROAD」に収録される楽曲もリハーサルしていました。「THE GET BACK SESSIONS」は映画撮影用にリハーサルからの音源や映像が残ってしまったので「酷い演奏だ」とか「退屈だ」と思えるでしょうが、正式なレコーディングは「1/22〜1/31」であり、そこだけ聴けばキチンとしています。おそらくビートルズは「オーバーダビングをしない生演奏」とのコンセプトに飽きてしまったのでしょう。ゆえに、次の「ABBEY ROAD」ではシンフォニックなサウンドへと向かったと思われます。
そもそも、ビートルズと云うバンドは「二番煎じ」を頑なに拒んで来たバンドでした。其れが「再生の為に原点回帰だ!」なんぞと云ってデビュー当時の生演奏一発録りに戻るのは、些か無理があったのです。時代は「8トラック時代」となり、アップル・スタジオにはマジック・アレックスが「72トラックを開発した」なんぞと云うホラ噺にも付き合ったわけですから、今更「2トラック時代」へ戻るなんて変なのだよ。生演奏で好いなら、何ゆえ「72トラック」なんて世迷言を信じたのでしょう。完全に矛盾しています。「THE GET BACK SESSIONS」は、最初から頓挫すべくしてお蔵入りとなったのです。ビートルズは「完璧」を敢えて避ける不可思議なバンドでした。ゆえに「THE GET BACK SESSIONS」などと云う発想も出て来たのですが、一寸やりすぎだったのかもしれません。スタジオ時代となった所謂ひとつの「青盤時代」は、緻密なプロダクションで名盤を連発しましたが、例えば「SGT. PEPPER'S LONELY HEART'S CLUB BAND」の最後には訳が分からないお遊びが入っていますし、「ホワイト・アルバム」は存在自体が奇妙です。プロに徹した「ABBEY ROAD」ですら、最後は「HER MAJESTY」なのです。
「THE GET BACK SESSIONS」は、フィル・スペクターによって「LET IT BE」となりました。「音の壁・スペクター」によって大幅にオーバーダビングをされ捲くったサウンドには、最早当初の「原点回帰」などと云うコンセプトは欠片も残っておりません。然し乍ら、スペクターはビートルズを理解していました。冒頭などに会話が挿入される演出は、一応は映画のサントラとしてとの意図もあったのかもしれませんが、最後に収録された「GET BACK」の編集は見事です。実際にはシングルと同じ「1/27」のスタジオ・テイクを元にしていると思えますが、シングルではブレイク後に「1/28」のテイクに変わります。アルバムは、冒頭にジョンの替え歌(「1/27」)を入れ、最後には上手く「1/30」の「ルーフトップ」でのエンディングに繋いでいます。映画で観れる其の演奏は、警察の介入もあって正式音源としては遺せる代物ではありません。此の様な音源が収録されてしまった「アンソロジー」は、公式海賊盤と呼ぶべきで、正式音源集ではないのです。でも、最後の科白はカッコイイのだ。ビートルズのラスト・アルバムは録音順で「ABBEY ROAD」と云われますが、矢張り発売順の「LET IT BE」なのです。其の最後でジョンが「オーディションに受かったかな」と云うのは、余りにもビートルズらしいと思います。
(小島藺子)
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