ビートルズは、1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」で終わってしまいました。いえ、やる気はあったのかもしれませんが一ヶ月を費やしてアルバムを作れなかったとの事実は重かったでしょう。然し、其処から立ち上がるのがビートルズでもありましてですね、キチンと「ABBEY ROAD」を制作し事実上の終焉を迎えます。でもですね、彼等は、1968年11月に二枚組の「THE BEATLES」を出して、1969年1月にはサントラ盤「YELLOW SUBMARINE」を出して、9月には「ABBEY ROAD」を出しているのです。更に、1969年4月には「GET BACK」、5月には「ジョンとヨーコのバラード」とシングルも発表しておりましてですね、正式リリースだけでもトンデモな急展開で進んでいたのです。
世には「幻のアルバム」と云うのが在りますが、ビートルズに関しては「1969年」だけでしょう。少なくとも1968年の「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」までは、アルバム制作が頓挫した事はありません。只、其の名を反する様な「バンド作品としてはバラバラ」な作品を発表した事で、もう此の時点でビートルズは死にました。ゆえに、其処からは「再生」の物語が始まります。「YELLOW SUBMARINE」は過去録音の寄せ集めですから、「THE BEATLES」の次は「ABBEY ROAD」であり、其の次は1970年の「LET IT BE」です。何ゆえ「ABBEY ROAD」が「LET IT BE」よりも先に発表されたのでしょう。其れは「LET IT BE」の元になった「THE GET BACK SESSIONS」を彼等が納得しなかったからです。
こうして、ビートルズ史上で初めて「未発表アルバム」が存在する事となりました。1969年4月にはシングルの「GET BACK / DON'T LET ME DOWN」が云わば先行シングルとして発売されているのですから、普通なら次はアルバムでしょ。なのに、5月にアルバム「GET BACK」が完成していたのにビートルズは却下したのです。其れで幻のアルバム「GET BACK」が生まれましたが、音源的には翌年に「LET IT BE」として発表されます。ところがどっこい、「THE GET BACK SESSIONS」から「ABBEY ROAD」までの僅かな期間に「幻のアルバム」が在った!なんぞと当時から云われています。「HOT AS SUN」ってブツなのですけど、まぁほとんどインチキだと思われるものの、何となく信憑性が在る(収録曲とされた作品の何曲かが後にソロで発表されたりデモの存在が確認されている)様なお噺で御座います。
長生きはするもので、ビートルズに関しても随分と謎が解明される世界になりました。「THE GET BACK SESSIONS」が音源どころか映像でも観れるなんて、四半世紀前には「夢の夢」だったよ。此れからも、未だ未だお宝を隠し持っているアップルや、めげずに頑張る海賊盤屋さんなどにお世話になるのでしょう。でも、きっと「HOT AS SUN」みたいな謎は解けないのかもしれません。昔「HOT AS SUN」のブートを見つけた時に、あたくしは即買いしました。如何にも伝説に則った英文ライナーを読んで、ワクワクドキドキで聴いたら「スットコドッコイ音源」でへこみましたよ。ま、ブートなんてもんは見つけて買う時のトキメキが全てなのかもしれません。所詮は「幻」なのだ。
(小島藺子)
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