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2011年08月21日

「カタセカイ列伝」# 033「泉谷しげる」

オールタイムベストアルバム 天才か人災か (DVD付)


泉谷しげるは、1948年5月11日生まれのシンガーソングライター、俳優です。漫画家を目指し「COM」「ガロ」に投稿(当時、投稿作が手塚治虫先生に絶賛され、後に「ガロ」でデビュー)する一方で、岡林信康と彼のバックバンドを担当していた「はっぴいえんど」の影響を受けフォークシンガーを志し、1971年に実況録音盤「泉谷しげる登場」でエレックからデビューしました。エレックからソニーに移籍した吉田拓郎の後を受け、エースとして「春・夏・秋・冬(1972年)」「黄金狂時代(1974年)」など傑作アルバムや多くのライヴで活躍します。1975年には、小室等、井上陽水、吉田拓郎とフォーライフ・レコードを設立し最も精力的に「イーストからの熱い風(1976年)」などのアルバムを発表するも、方向性の違いから僅か二年で離脱。ワーナーへ移籍後「'80のバラッド(1978年)」などの傑作を生み出しフォーク界に留まらずロック界での評価も高まったもののセールスに繋がらず、初主演ドラマ「戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件(1979年、テレビ朝日)」で新人賞を獲得した事も重なり、俳優業にも重きを置く様になります。其の後は現在まで、歌手と役者の両面でコンスタントに活動する傍ら、漫画家、監督、プロデューサー、コメンテイター、ボランティア活動など多方面で活躍中です。

片瀬那奈ちゃんとは、第一期女優時代の最高傑作ドラマ「2001年のおとこ運(2001年、KTV)」で、なな、なんと「父娘役」で共演しています。片瀬クン演じる「さくら」の姉は菅野美穂ちゃん演じる「あたる」でしたから、泉谷さんが「菅ちゃん&片瀬クンの美人姉妹の実の父親!」と云う俄かに信じ難い衝撃的なキャスティングでした。然し乍ら、お得意の頑固親父振りは妙に説得力が在り見事で御座いましたよ。団長みたいにカッコイイお父さんも好いけど、あたくしは泉谷さんのオヤジの方が「リアリティ」を感じました。

泉谷さんは個人的に音楽家としても俳優としても好きなのですけど、芯の通ったエピソードや発言の数々にも好感を持っています。「はっぴいえんど」解散後にソロになりレーベルを立ち上げた大瀧詠一師匠が「CMのレコード化に乗ってくれた」との理由でエレックと契約した際には、前述の通り「エレックのエース」だったにも関わらず「大瀧さん、エレックで大丈夫か?此処は長くないぞ」と助言したり(実際に「あっ。」と云う間に倒産)、あまみん主演作「女王の教室(2005年、日本テレビ)」が過激な内容からバッシングされた際には「どんなに批判されようが、此れは立派な作品なのだから最後まで演じきろう」とあまみんを励ましたとか、好い噺ですよ。キヨシちゃんに関する噺なんかは「泉谷らしいナ」と涙します。

音楽家としてもレアな功績も多く、日本で最初にオリジナルでレゲエを演ったのが泉谷さんです。おそらくプロデューサーだったトノバンの趣味だったのでしょうけど。サザンオールスターズのデビュー時に「おいおい、此れはリトル・フィートの替え歌じゃねーか」と発言したり、パンクが台頭した時代に「オレは日本のパンクだ!」と奇怪なファッション(全く英国のパンクとは違うものの、ポリシーはしっかりと継いでいた)で登場するなど、「何気に、かなり聴いてますよ」が伺えます。俳優としての近年で凄かったのは、やっぱ「女帝(2007年、テレビ朝日)」かな。アノ大仰過ぎる「臨終シーン」は余りにもマンガ的で、不謹慎乍ら大爆笑してしまったじゃまいか。

さて、泉谷さんと「CONTROL〜犯罪心理捜査〜(2011年、CX)」で共演されたのが、(つづく)


(小島藺子)


posted by 栗 at 09:56| KATASEKAI | 更新情報をチェックする