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2010年11月30日

FAB4-126:SHE'S LEAVING HOME

シリータ ビートルズ・サウンドを創った男―耳こそはすべて ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影


 w & m:LENNON / McCARTNEY

 P:ジョージ・マーティン
 E:ジェフ・エマリック
 2E:リチャード・ラッシュ(3/17、4/17)、ケン・スコット(3/20)
 録音:1967年3月17日(take 1-6)、
    3月20日(take 1 を編集し take 7-9、take 6 を編集し take 10、
    take 9 に SI 「歌」)
 MONO MIX:1967年3月20日(take 9 より 1-6)
 STEREO MIX:1967年4月17日(take 9 より 1-6)

 1967年6月1日 英国アルバム発売 (「SGT. PEPPER'S LONELY HEART'S CLUB BAND」 A-6)
 パーロフォン PMC 7027(モノ)、PCS 7027(ステレオ)


メインとなる部分はポール・マッカートニーが書きましたが、コーラス部分はジョン・レノンが書いた「合作」です。レコーディングも、ジョン&ポールの二人が歌った以外は、ビートルズは全く演奏に関与していません。レノマカの美しいデュエットを盛り上げる伴奏をアレンジしたのはマーティンではなく、マイク・リーンダーです。

ポールも当然乍ら最初にマーティンに編曲を依頼したのですが、マーティンは前述の通りに既にEMIを退社しフリーになっていましてですね、いきなりだナァのポールの要求には応えられなかったのです。すると、ポールは「だったら別の人に頼むだけさ」とリーンダーに持ってっちゃったのです。本来なら自分が書くべきスコアを他人に書かれたという事実は、サー・ジョージ・マーティンのプライドを大きく傷つけました。彼の著作「耳こそはすべて」にも、其の屈辱感が書かれております。しかし、流石は天下のジョージ・マーティン。屈辱に耐え乍らも、リーンダーのスコアを採用し録音したのです。でもですね、マーティンは事在るごとに此の件を蒸し返し「何故、私にスコアを書かせなかったんだ?ポール」と責め立てております。ジョンが加えたコーラス部分の歌詞は、ミミ叔母さんに云われていた小言をそのまんま流用したらしいです。

其のレノマカによるハーモニーは、正に絶品!です。演奏がストリングスなのに、ジョンとポールのハーモニーによって「ROCK」になっているのです。シリータによるカヴァーは、ジョンのパートをスティーヴィー・ワンダーがヴォコーダーを用いて担当した素晴らしい出来映えですが、本家には敵わない。ジョンとポールのハモりって、尋常じゃないです。何でこんなに綺麗なんだ?

1967年の春、アメリカではブライアン・ウイルソンが「僕はビートルズに勝つ!」と「SMiLE」の録音に没頭していました。ポール・マッカートニーは渡米し、ブライアンに逢いに行きます。ブライアンは、ポールの訪問に畏れおののき、納屋に隠れて泣いてしまったそうです。既に、ブライアンはマトモじゃなかった。ようやく現れたブライアンの前で、ポールは此の曲をピアノで弾き語り「おまえも『SMiLE』の完成を急げよ、1967年の夏に間に合わせろ。ケケケ」と云い放ったのでした。ブライアン、沈没。

「鬼かっ、ポール・マッカートニー」


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 00:07| FAB4 | 更新情報をチェックする