nana.812.png

2008年04月04日

「誰の挑戦でも受ける」

自伝大木金太郎 伝説のパッチギ王


あたくしがレーザー・ディスク・プレイヤーを購入したのは1995年で、最初に買ったソフトは「猪木のボックスセット」でした。

猪木自身が全盛期はアリ戦の頃(1976年)と語る様に、1970年代の猪木は本当に強いです。そして、其れは対戦相手が外人にしろ大物日本人選手にしろ、猪木と同格か格上(師匠)だったからこそ盛り上がったのです。

外人に関して云えば、ハンセンあたりからは猪木が育てなければならなかった。其の後の藤波、長州、藤原、前田などは全部、弟子です。ゆえに、過去の焼き直しが随所に見られる様になって行きます。

例えば、最初の「藤原戦」なんかは、丸っきり「大木戦」の焼き直しです。「藤波戦」で使った「鎌固め」は、新日の旗揚げ戦でゴッチに決めた技でした。弟子たちと名勝負を繰り広げる猪木は、切なかったっ!

ストロング小林や大木金太郎と闘う猪木は、生き生きとしています。特に感動的なのが、大木戦です。大木金太郎は猪木のデビュー戦の相手でした。其の大木の「原爆頭突き(なんちゅう技だっ、しかも大木は原爆をデザインしたガウンを着て入場したのだよ!)」を真っ向から受け続け、流血し、起死回生の「反則パンチ」で攻勢に出てバックドロップでフォールした後、猪木と大木が抱き合い号泣するのです。

あのな、あたくしは此れを「八百長」だなんて云えないぞ。こんな感動的な試合はないんだよ。あたくしが、全面的に保障しようじゃまいか。

「プロレスは、真剣勝負です」


初出「COPY CONTROL AGAIN」 (小島藺子)



posted by 栗 at 17:48| KINASAI | 更新情報をチェックする