
ビートルズが、英国・パーロフォンから1962年10月5日に、シングル「LOVE ME DO / P.S. I LOVE YOU」でメジャー・デビューする前の音源として、1961年6月にトニー・シェリダンのバック・バンドとしてレコーディングした「ポリドール音源」と、1962年1月1日に行った「デッカ・オーディション音源」があって、デビュー後の1962年12月の「スター・クラブ音源」もあり、その三つが英国・パーロフォンや米国・キャピトルからの公式盤とは別に出ていました。「ポリドール音源」は当然ながら日本でもポリドールから、「デッカ・オーディション音源」は日本ではトリオから、「スター・クラブ音源」は日本ではビクターから、それぞれレコードが出ていたのですけれど、1985年にそれら三つの音源の販売権が全て日本ではテイチクに移りました。テイチクは、「スター・クラブ音源」を1985年にアルバム「レア・ライヴ’62(完全版)」として、1986年には「デッカ・オーディション音源」全15曲中レノン=マッカートニーのオリジナル以外の12曲入りでアルバム「シルヴァー・ビートルズ」として、同1986年には「ポリドール音源」をアルバム「ヤング・ビートルズ」としてリリースしていて、それらはCDでも出たので、まだ公式盤CDが出る前にそれらの些か怪しい音源がCD化されてしまったのです。実は、ビートルズのCDは公式盤で1987年から1988年にかけてリリースされる前に、盤起こしのパチモンが売られていたのですけれど、テイチク盤は有名なメイカーから出ていたわけで、大いに困ったちゃんでした。
テイチク(オーヴァーシーズ)は、それらの音源を編集して「ジョン・レノン編」とか「ポール・マッカートニー編」とか「ジョージ・ハリスン編」とか(「リンゴ・スター編」はない)CDを乱発していて、遂には1986年にはアルバム「THE BEATLES 1960-1962」をリリースしました。全30曲入りのLPは確か2枚組で、CDは1枚に収めているのですけれど、タイトルやジャケット・デザインからして、公式盤のオールタイム・ベスト・アルバム「THE BEATLES 1962-1966(赤盤)」と「THE BEATLES 1967-1970(青盤)」をマネしていて、しかもメジャー・レーベルから出ていたビートルズが承認していない音源集なのですから、始末が悪いのです。このアルバムは、テイチクの思惑とは違って、通称「緑盤」とは呼ばれていません。内容は、1「CRY FOR A SHADOW」、2「WHAT'D I SAY」、3「LET'S DANCE」、4「YA YA」、5「IF YOU LOVE ME BABY」、6「WHY」、7「SWEET GEORGIA BROWN」、と7曲が「ポリドール音源」なのですけれど、なんと、まあ、ビートルズがバック・バンドとして演奏しているのは「CRY FOR A SHADOW」(ビートルズのみでのインストゥルメンタル曲)と「IF YOU LOVE ME BABY」と「WHY」の3曲のみで、他の4曲は「ビート・ブラザーズ」の演奏なのです。「SWEET GEORGIA BROWN」なんて、わざわざ「オリジナル・ヴァージョン」と書かれていて「ビート・ブラザーズ」ヴァージョンを収録しているのです。そもそもタイトルは「1960-1962」なのに、1961年から1962年にかけての演奏しか収録されていません。
つづいて、8「THREE COOL CATS」、9「TILL THERE WAS YOU」、10「MONEY(THAT'S WHAT I WANT)」、11「BESAME MUCHO」、12「TO KNOW HER IS TO LOVE HER」、13「SEPTEMBER IN THE RAIN」、14「MEMPHIS」、15「TAKE GOOD CARE OF MY BABY」、の8曲が「デッカ・オーディション音源」です。ビート・ブラザーズの演奏を4曲も入れるならば、著作権の問題で収録できなかった3曲以外の「デッカ・オーディション音源」12曲を全て入れてくれた方が親切です。まあ、そっちはアルバム「シルヴァー・ビートルズ」も買え、と云う事だったのでしょう。ところが、このテイチク盤での「デッカ・オーディション音源」は、8曲全てがテープ・スピードを間違えて速いピッチで収録しているので、ジョンもポールもジョージも、3人とも声が甲高くなっていて、チップマンクスになる一歩手前みたいに聴こえます。その辺の詰めの甘さも、気になるところです。その後は、16「TWIST AND SHOUT」、17「I SAW HER STANDING THERE」、18「ROLL OVER BEETHOVEN」、19「ASK ME WHY」、20「HIPPY HIPPY SHAKE」、21「A TASTE OF HONEY」、22「I'M GONNA SIT RIGHT DOWN AND CRY (OVER YOU)」、23「EVERYBODY'S TRYING TO BE MY BABY」、24「WHERE HAVE YOU BEEN ALL MY LIFE」、25「MR. MOONLIGHT」、26「MATCHBOX」、27「FALLING IN LOVE AGAIN」、28「SHIMMY SHAKE」、29「RED SAILS IN THE SUNSET」、30「LONG TALL SALLY」と、15曲の「スター・クラブ音源」が収録されています。
ビートルズが公式盤でも演奏している「TWIST AND SHOUT」や「ROLL OVER BEETHOVEN」や「LONG TALL SALLY」と云ったカヴァー曲を選曲しているのは、有名曲を入れてスタジオでのレコーディングに近い音源を期待させているのでしょう。ドサクサ紛れに「I SAW HER STANDING THERE」と「ASK ME WHY」と云う「スター・クラブ音源」では2曲のみであるレノン=マッカートニー作品もチャッカリと入れているので、もう間違って買ってもらう気がマンマンなのです。CDは優れた音質だと謳ったアルバムの半数の15曲が、劣悪な音質の「スター・クラブ音源」なんですから、もう完全に詐欺ですよ。その上、「スター・クラブ音源」には「STEREO」の表記があってですね、元々家庭用テープレコーダーのワン・マイクで録音された「スター・クラブ音源」を、1980年代にどうやればステレオになるのでしょうか。聴けば分かりますが、ガッツリ「モノラル」です。そんなところまで詐欺をやらかして、一体どう云う商売なのでしょうか。まとめるとですね、タイトルが「1960-1962」と云うのはウソで1960年の音源はなく、ジャケットに居るリンゴは半数の「スター・クラブ音源」でしかドラムスを叩いていなくて、「ポリドール音源」からは7曲中3曲しかビートルズの演奏はなく、「デッカ・オーディション音源」8曲はテープ・スピードが速く、「スター・クラブ音源」15曲はモノラルなのにステレオと書いてあり、解説も出鱈目なのです。よくもまあ、これだけ酷い編集盤を出せたもんだと、逆に感心してしまいます。こりゃあ、もう、ブートレグよりも悪質ですよ。
(小島イコ)