
ビートルズのデビュー前の音源で、最も有名なのが「デッカ・オーディション」です。マネジャーのブライアン・エプスタインが売り出しにかかって、1962年1月1日にデッカでオーディションを受けたのですが、あろう事かデッカは「ブライアン・プール&ザ・トレメローズ」を合格させて、ビートルズを落としてしまったのです。それが、ブライアン・プール&ザ・トレメローズはロンドンが拠点で、ビートルズはリバプールが拠点だったので、ブライアン・プール&ザ・トレメローズの方が近くて良いと云うトンデモな理由だったと云われています。デッカはブライアン・エプスタインに「ビートルズはリバプールで人気らしいから、地元で頑張って下さい、ギター・バンドはもう古いんですよ」などと云い放ち、ブライアン・エプスタインが「ビートルズは世界一のバンドになるんです!」と涙ながらに云っても相手にしなかったそうです。確かに、ブライアン・プール&ザ・トレメローズは、1963年には「DO YOU LOVE ME」が全英首位!となるし、1966年にブライアン・プールが独立してザ・トレメローズとなってからも、1967年から1971年の間にはタツローこと山下達郎さんも愛聴する1967年の「SILENCE IS GOLDEN」など、全英チャートで13曲ものトップ40ヒットを生み出したものの、ビートルズの世界的な大成功に比べれば、デッカの選択は違っていたと思えます。
このビートルズが全15曲を演奏した「デッカ・オーディション」は、デッカのスタジオでレコーディングされていて、ブライアン・エプスタインはそれを手当たり次第にレコード会社に売り込んだのですが、どこも相手にしなくて、結局はEMIの子会社だったパーロフォンのプロデューサーだけが興味を持って、ビートルズと対面する事となります。その窓際プロデューサーが、サー・ジョージ・マーティンだったのです。ビートルズのデッカ・オーディション音源は、正式にスタジオでレコーディングされたので音質も良く、何度も公式盤やブートレグになっていて、まとまったカタチでの公式盤は1982年に「THE COMPLETE SILVER BEATLES」として、3曲のレノン=マッカートニー作品を除く全12曲入りで出ていました。その後、1995年の公式盤「ANTHOLOGY 1」には、「SEARCHIN'」、「THREE COOL CATS」、「THE SHEIK OF ARABY」、「LIKE DREAMERS DO」、「HELLO LITTLE GIRL」の5曲が収録されています。そして、その全貌を収録した音源は、ブートレグとして出回ったのです。全15曲が完全収録されているブートレグは、あたくしは3枚持っています。それらは、Yellow Dogからの「THE SILVER BEATLES / THE ORIGINAL DECCA TAPES & CAVERN CLUB REHEARSALS 1962」と、VIGOTONEからの「MARCH 5, 1963」と、MOONCHILD RECORDSからの「THE DECCA TAPES」です。ちなみに、この時のビートルズは、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、そして、ピート・ベストです。
まず、Yellow Dogからの「THE SILVER BEATLES / THE ORIGINAL DECCA TAPES & CAVERN CLUB REHEARSALS 1962」は、1991年に出ていて、内容は、1「LIKE DREAMERS DO」、2「MONEY(THAT'S WHAT I WANT)」、3「TILL THERE WAS YOU」、4「THE SHEIK OF ARABY」、5「TO KNOW HER IS TO LOVE HER」、6「TAKE GOOD CARE OF MY BABY」、7「MEMPHIS, TENNESSEE」、8「SURE TO FALL」、9「HELLO LITTLE GIRL」、10「THREE COOL CATS」、11「CRYING, WAITING, HOPING」、12「LOVE OF THE LOVED」、13「SEPTEMBER IN THE RAIN」、14「BESAME MUCHO」、15「SEARCHIN'」と、全15曲がモノラル音源で完全収録されていて、その後に、16「I SAW HER STANDING THERE」、17「ONE AFTER 909(「THE ONE AFTER 909」と表記)」、18「ONE AFTER 909(同前表記)」、19「CATSWALK」、20「CATSWALK」と、キャヴァーン・クラブでのリハーサル音源5曲を加えた、全20曲入りです。当時のYellow Dogからは、高音質なアウトテイク集である「UNSURPASSED MASTERS」などが出ていて、向かうところ敵なし状態だったので、この「デッカ・オーディション」完全収録盤も買って損なしでした。公式盤の「THE COMPLETE SILVER BEATLES」からは外されたレノン=マッカートニー作品3曲(「LIKE DREAMERS DO」、「HELLO LITTLE GIRL」、「LOVE OF THE LOVED」)も加わって、曲順も演奏順になっています。
次のVIGOTONEからの「MARCH 5, 1963」ですけれど、これの主役は「デッカ・オーディション」音源ではなくて、タイトル通りに1963年3月5日に行われたシングル「FROM ME TO YOU / THANK YOU GIRL」のセッション音源です。故に、1〜13「FROM ME TO YOU」、14〜25「THANK YOU GIRL」、26〜30「ONE AFTER 909(「THE ONE AFTER 909」)」で、31〜45がデッカ・オーディション音源全15曲がボーナス・トラックとして収録されている、全45曲入りです。つまり、本編は実質3曲しかなくて、そのセッション音源が繰り返しあるだけ入っているわけで、そんなもんが面白いのか、と云うと、実はそう云うのが最も面白いわけで、特にブートレグを買っている方々にとっては「あるだけ出して欲しい」わけですよ。しかも、1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」の様にダラダラとしたリハーサルがつづくよどこまでもな音源ではなく、こっちは本番のレコーディング・セッションが、ステレオ音源で丸ごと収録されているのですから、こりゃあ、もう、堪りませんなあ。VIGOTONEからの「MARCH 5, 1963」は1994年に出ているので、既にYellow Dogからの「THE SILVER BEATLES / THE ORIGINAL DECCA TAPES & CAVERN CLUB REHEARSALS 1962」があったので、デッカ・オーディション音源を丸ごとボーナス・トラックとして収録しちゃったのでしょう。こちらのデッカ・オーディション音源は、曲順が若干違っています。
そして、もうひとつは、2019年にMOONCHILD RECORDSから出た「THE DECCA TAPES」です。デッカ・オーディション音源がもはや珍しくはなくなった近年に、敢えて全15曲のみでリリースされたこの「THE DECCA TAPES」の売りは、全15曲がステレオ・ミックスになっているところでしょう。曲順は大きく変更されていて、元々のデッカ・オーディション音源は2トラックでレコーディングされていますが、この「THE DECCA TAPES」は「なんちゃってステレオ・リミックス」だと思います。MOONCHILD RECORDSは、まだ公式盤でリミックスされていないアルバム「RUBBER SOUL」以前の6作のアルバムを「なんちゃってステレオ・リミックス」して出していて、そちらは公式盤のステレオ・ミックスを聴き慣れているので違和感があるものの、このデッカ・オーディション音源はそもそもモノラル音源でしか聴いた事がなかったので、この「なんちゃってステレオ・リミックス」は新鮮でした。ジャケットをよく見ると、小さく「Stereo Version」と表記してあるのですけれど、ジャケットの裏には大きく「NOW IN STEREO」と赤字で書かれてあるのも面白いです。デッカ・オーディション音源は全15曲中12曲がカヴァー曲で、中には「MONEY(THAT'S WHAT I WANT)」や「TILL THERE WAS YOU」の様にデビュー後に公式盤でカヴァーした曲もあるものの、ほとんどの曲がコレでしか聴けません。選曲はブライアン・エプスタインが「上品な曲」で行ったらしく、それで落ちたので、コレ以後のビートルズは二度と音楽的な事でブライアン・エプスタインの指示は聞かなくなったそうです。当時若干18歳だったジョージ・ハリスンが歌うゴフィン&キング作の「TAKE GOOD CARE OF MY BABY」なんて、素晴らしい出来栄えなんですけれどね。
(小島イコ)