1994年に、ビートルズの「ANTHOLOGY」プロジェクトが開始されました。このプロジェクトは、ビートルズの歴史を辿る映像作品と、同じくビートルズの歴史を辿る豪華本と、それに付随したビートルズの未発表音源をまとめた音源集から成り立っていて、音源集の「ANTHOLOGY」はCD2枚組が3セットで合計CD6枚組となっております。しかしながら、未発表音源と云ってもその大部分はレコーディング途中で頓挫したボツ音源とデモ音源と、スタジオ・ライヴ音源やライヴ音源で、未発表曲はほとんど収録されていません。それで、第1弾の「ANTHOLOGY 1」は、1995年11月21日にアップルからリリースされました。第1弾はデビュー前の1958年から全世界制覇した1964年までの音源で、合計60トラックの全52曲入りです。ほとんどがボツ音源にすぎない「ANTHOLOGY 1」ですが、全米首位!・全英2位・日本3位と大ヒットしてしまいました。内容は、ブートレグで聴き慣れた音源も多かったものの、やはり公式盤ですから音質は良くなっています。それで、もっとも話題になったのが、CD1の最初に収録された、ビートルズ名義の新曲「FREE AS A BIRD」です。この楽曲は、1995年12月4日(英国)・同年12月31日(米国)・1996年1月1日(日本)に、アップルからシングル・カットされて、全英2位・全米6位と大ヒットしました。現役ミュージシャンは、やってられませんなあ。
これは一体何なのか、と云うとですね、1977年にジョン・レノンが自宅でレコーディングしたデモ音源に、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの3人が新たにオーバーダビングしていて、ビートルズの4人とELOのジェフ・リンがプロデュースした、バーチャル・ビートルズの楽曲なのです。ジョンのデモでは歌詞の一部が未完成だったので、ポールとジョージが新たに書き加えています。レコーディング・メンバーは、ジョン・レノン(リード・ヴォーカル、ピアノ)、ポール・マッカートニー(リード・ヴォーカル、ハーモニー・ヴォーカル、ベース、アコースティック・ギター、シンセサイザー、ピアノ)、ジョージ・ハリスン(リード・ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、スライドギター、アコースティック・ギター、ウクレレ)、リンゴ・スター(バッキング・ヴォーカル、ドラムス)、ジェフ・リン(バッキング・ヴォーカル、エレクトリック・ギター)です。ビートルズの仮想再結成と云うわけですけれど、これは、ヨーコさんからポールが生前のジョンによるデモ音源4曲(「FREE AS A BIRD」、「REAL LOVE」、「NOW AND THEN」、「GROW OLD WITH ME」)を受け取って、それに残された3人とジェフ・リンが手を加えた楽曲なので、当然の事ながら、完全なる再結成ではありません。
イントロのリンゴのドラムスだけで、強烈にビートルズを意識させるものの、つづいてジョージのスライドギターが鳴り響くと、嗚呼、やっぱり、これはビートルズではないんだな、と思わせるし、ポールとジョージが新たに書いたミドル部分でポールとジョージがそれぞれリード・ヴォーカルを分け合っているのも、違和感があります。何よりも、所詮は制作中のデモ音源でしかないジョンのリード・ヴォーカルがへなへなで、いや、やっぱり、これはビートルズではないでしょう、となります。しかし、ジョー・ピトカが監督したミュージック・ヴィデオは、ビートルズの映像や楽曲を巧みに引用した秀逸な作品で、この「FREE AS A BIRD」は1997年のグラミー賞で、楽曲が最優秀ポップ・パフォーマンス賞(デュオもしくはグループ部門)を、ミュージック・ヴィデオが最優秀短編ミュージック・ヴィデオ賞を受賞しました。「FREE AS A BIRD」は、2015年のビートルズ初のミュージック・ヴィデオ集「1+」に、ジェフ・リンとスティーヴ・ジャイによるリミックス・バージョンが収録されています。シングル・カットされた「FREE AS A BIRD」には、CDシングルのカップリングで「I SAW HER STANDING THERE(Take 9)」と「THIS BOY(Take 12/13)」と「CHRISTMAS TIME(IS HERE AGAIN)」が収録されていて、これらはアルバム「ANTHOLOGY 1」には未収録音源です。
(小島イコ)