
1984年1月19日(米国)・同年1月27日(英国)・同年1月25日に、ポリドールからリリースされたアルバム「MILK AND HONEY」は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんの共作と云う事になっています。しかしながら、ジョンは1980年12月8日に殺されてしまったので、このアルバムのジョンによる6曲は、5曲(「I'M STEPPING OUT」、「I DON'T WANNA FACE IT」、「NOBODY TOLD ME」、「BORROWED TIME」、「(FORGIVE ME)MY LITTLE FLOWER PRINCESS」)がアルバム「DOUBLE FANTASY」のセッション音源で、もう1曲(「GROW OLD WITH ME」)が自宅デモ音源です。確かに、全てが未発表曲ではありましたが、それは完成前の段階で無残に中断された楽曲ばかりでした。対して、ヨーコさんの6曲は、2曲(「DON'T BE SCARED」、「YOU'RE THE ONE」)がアルバム「DOUBLE FANTASY」のセッション音源を元にしていて、3曲(「SLEEPLESS NIGHT」、「O' SANITY」、「YOUR HANDS」)がこのアルバムの為の新曲・新録で、1曲(「LET ME COUNT THE WAYS」)がデモ音源風となっています。つまりは、ジョンの死後にヨーコさんによって一方的に編集された作品なので、ジョンの遺作となってしまったアルバム「DOUBLE FANTASY」の様に緻密に二人の楽曲を対話形式にした作品とは、根本的に違っています。ジョンの曲はあくまでもリハーサル音源にすぎないし、ヨーコさんの曲は全て後付けの後出しじゃんけんなのです。
しかしながら、そんな無残なアルバムの中で、唯一二人の対話として成立しているのが、B面4曲目に収録されたヨーコさんの「LET ME COUNT THE WAYS」と、B面5曲目に収録されたジョンの「GROW OLD WITH ME」の2曲です。ヨーコさんがエリザベス・ブラウニングの詩に触発されて書いた曲が「LET ME COUNT THE WAYS」で、それを聴いたジョンがロバート・ブラウニングの詩から引用して書いたのが「GROW OLD WITH ME」なのです。ヨーコさんはそれを示す為に、自分の「LET ME COUNT THE WAYS」もピアノの弾き語りでカセットテープに録音したヴァージョンにしています。と申しますのも、ジョンの「GROW OLD WITH ME」は、ジョンがドラムマシンのビートに乗せてピアノで弾き語りしたデモ音源しか遺されておらず、それにエコーエフェクトをかけるカタチで、遺稿集「MILK AND HONEY」に収録されたからです。おそらく、この2曲が対になっているからこそ、ヨーコさんはアルバム「MILK AND HONEY」を共作としてリリースしたのでしょう。簡素で音質も悪い「GROW OLD WITH ME」は、それでも充分に美しい楽曲で、完成していたならばジョンの代表作のひとつとなったでしょう。この曲は、2001年のアルバム「MILK AND HONEY」のリミックス盤では、エコーを外して収録されています。1998年のCD4枚組の箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」には、サー・ジョージ・マーティンが新たにストリングスを入れたヴァージョンで収録されていて、後のベスト盤にもそちらが収録されています。
個人的には、サー・ジョージ・マーティンがストリングスを被せたヴァージョンよりも、元の音源の方が胸に来るものがあります。何より、ジョンが「僕と一緒に歳を重ねよう」と歌っていて、そのジョン自身が発表された時にはもう生きてはいなかった事実に、愕然としたのでした。アルバムはヨーコさんの「YOU'RE THE ONE」で幕を閉じますが、アルバム全体を通して、ヨーコさんの曲は「ジョンの不在」を意識させる曲ばかりで、アルバム「DOUBLE FANTASY」との落差が大きいのです。この楽曲は、後に、1990年の箱「LENNON」と、2005年のベスト盤「LENNON LEGEND」と、2010年の小箱「GIMME SOME TRUTH」と、2020年のベスト盤「GIMME SOME TRUTH.」に選曲されますけれど、前述の通り箱「LENNON」以外はストリングス入りのヴァージョンになっています。そして、この曲は、1994年から始まったビートルズの「ANTHOLOGY」プロジェクト用に、ヨーコさんがポール・マッカートニーに渡したデモ音源のひとつです。その4曲は、「FREE AS A BIRD」と「REAL LOVE」と「NOW AND THEN」と「GROW OLD WITH ME」で、1995年に「FREE AS A BIRD」が、1996年に「REAL LOVE」が、そして2023年に「NOW AND THEN」が、それぞれビートルズ名義でリリースされました。「GROW OLD WITH ME」は、ビートルズの曲としては完成しなかったものの、リンゴ・スターが2019年のアルバム「WHAT'S MY NAME」でカヴァーしていて、ベースとコーラスでポール・マッカートニーが参加していて、ジャック・ダグラスによるストリングス・アレンジは、ビートルズ時代のジョージ・ハリスン作の「HERE COMES THE SUN」から引用しています。
(小島イコ)