
ジョン・レノンが、1975年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)にアップルからリリースした5作目で最後のソロ・アルバム「ROCK'N'ROLL」は、全曲がロックンロール・クラシックスのカヴァーで構成されています。全13トラックでメドレーを分けると全15曲が収録されていて、モーリス・レヴィが勝手にリリースしたブートレグの「ROOTS」では、全15トラックで全17曲が収録されています。ブートレグ「ROOTS」にだけ収録されているのは、ロージー&ジ・オリジナルズの「ANGEL BABY」と、ロネッツの「BE MY BABY」の2曲で、両方共に1973年10月から12月にかけてロサンゼルスで行われたフィル・スペクターとのセッション音源で、しかも両方共にオリジナルが女性によって歌われているので、最終段階でジョンが落としたのでしょう。「ANGEL BABY」も「BE MY BABY」も、スローテンポにしてジョンが歌い上げているスタイルなので、アルバム「ROCK'N'ROLL」の硬派な路線の中に入れると、ちょっと違うかな、と思ったのかもしれません。兎も角、ジョンは後に発掘されたアーサー・クルーダップの「MY BABY LEFT ME」(ジョンのヴァージョンは「SINCE MY BABY LEFT ME」)や、テディ・ベアーズの「TO KNOW HIM IS TO LOVE HIM」(ジョンのヴァージョンは「TO KNOW HER IS TO LOVE HER」)なども含めて、多くのロックンロール・クラシックスのカヴァーをレコーディングしました。
選曲は、ほとんど全ての曲をジョンが少年時代から親しんできた楽曲を、ジョンが行っています。ところが、アルバムの最後でB面6曲目に収録されている「JUST BECAUSE」だけは、ジョンがフィル・スペクターに聴かされて初めて知ったとされているのです。ブートレグの「ROOTS」でも、この「JUST BECAUSE」はB面7曲目で最後に収録されていて、これは1973年10月から12月にかけてのフィル・スペクターとのセッション音源を元にしていて、1974年10月の再レコーディング・セッションで、最初と最後にセリフを加えています。「JUST BECAUSE」のオリジナルは、ロイド・プライスが1957年にリリースしています。それで、ジョンがこの曲を知らなかったと云う話は、ちょっと不可解なのです。何故ならば、ポール・マッカートニーが1988年のカヴァー・アルバム「CHOBA B CCCP」で、ロイド・プライスの「LAWDY MISS CLAWDY」をカヴァーしているのです。ビートルズ時代に、ポールだけがロイド・プライスを聴いていたとは思えないので、ジョンも聴いていたと考える方が自然です。更に云えば、こちらの方が重要なのですけれど、ロイド・プライスの「JUST BECAUSE」は、1957年にラリー・ウィリアムズがデビュー・シングルとしてカヴァーしてリリースしているのです。ラリー・ウィリアムズはジョンの大のお気に入りだったわけで、ロイド・プライス盤を聴いていなくとも、ラリー・ウィリアムズ盤は聴いていたのではないでしょうか。そして、ラリー・ウィリアムズは「LAWDY MISS CLAWDY」もカヴァーしているのです。
そもそも、ラリー・ウィリアムズはロイド・プライスの運転手をしていて、そこからバック・バンドのピアニストになって、友人であるリトル・リチャードとの交流もあって、独立してソロ・デビューしているのです。それで、デビュー曲がロイド・プライスの「JUST BECAUSE」になったわけです。ジョンはビートルズ時代に「SLOW DOWN」、「DIZZY MISS LIZZY」、「BAD BOY」と3曲もラリー・ウィリアムズの曲をカヴァーしていて、「DIZZY MISS LIZZY」はビートルズのライヴの定番曲のひとつで、1969年1月の「THE GET BACK SESSIONS」でもラリー・ウィリアムズの曲を取り上げていて、1969年9月の「トロント・ロックンロール・リヴァイバル」でも「DIZZY MISS LIZZY」をプラスティック・オノ・バンドとして演奏していて、このアルバム「ROCK'N'ROLL」でも「BONY MORONIE」をカヴァーしています。そんな経緯から、ジョンはロイド・プライスの「JUST BECAUSE」は聴いていなかったとしても、ラリー・ウィリアムズのカヴァー・ヴァージョンは聴いていたと思えるのです。聴いた事もなかった曲を、アルバムの最後に収録すると云うのもおかしな話なんですよ。2004年にリリースされたアルバム「ROCK'N'ROLL」のリミックス盤では、ボーナス・トラックの最後に「JUST BECAUSE」の別テイクからエンディングの語り部分が収録されていて、ジョンが、ポールとジョージとリンゴに呼びかけている感動的な語りが聴けます。
(小島イコ)