
最初の洋楽体験がビートルズであった事は、幸運だったと思っています。ビートルズは多くのロックンロール・クラシックスのカヴァーをやっていたので、1950年代のオリジナルへ戻る事も容易だったし、同時代のビーチ・ボーイズやローリング・ストーンズやキンクスと云ったバンドや、ボブ・ディランなどのソロ・ミュージシャンにも直ぐに繋がっています。ビートルズは、ロックンロール・クラシックスのカヴァーだけではなく、ガールズ・グループやモータウン系のカヴァーまで演奏している奇怪なバンドだったので、特に、ガールズ・グループがオリジナルの楽曲の、ゴフィン&キングや、フィル・スペクターや、マン&ワイルや、バリー&グリニッチなどの、作者やプロデューサーの作品へも興味が向いたのです。そして、ビートルズが解散して4人がソロとなった1970年代には、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターが、それぞれソロで(ポールは「ポール&リンダ」や「ウイングス」だったけれど)全米首位!を獲得すると云う、他の如何なるバンドでも不可能な偉業を成し遂げています。ビートルズ以降の音楽は、ほぼ全てが影響下にあるので、ハードロックもプログレも普通にゆけます。それでも、ビートルズの根本は、あくまでも「ロックンロール」だったわけで、チャック・ベリーやリトル・リチャードなどからの影響が強く、やはり、その辺りからオリジナルも聴いてゆく様になりました。そんな中でも、ビートルズがカヴァーしていなければ辿り着けなかったであろうミュージシャンのひとりが、ラリー・ウィリアムズです。
ジョン・レノンが、1975年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)にアップルからリリースした、5作目で最後のソロ・アルバム「ROCK'N'ROLL」は、全曲がロックンロール・クラシックスのカヴァーで構成されていて、B面4曲目には「BONY MORONIE」が収録されています。モーリス・レヴィが勝手にリリースしたブートレグの「ROOTS」では、B面1曲目に収録されています。「BONY MORONIE」は、ラリー・ウィリアムズが自ら書いて、1957年にリリースした3作目のシングルのA面(B面は「YOU BUG ME, BABY」)がオリジナルです。オリジナルは、全米14位(R&Bチャート4位)・全英11位を記録していて、音源は遺されていないものの、ビートルズがジョンのリード・ヴォーカルでクオリーメン時代から何度も演奏していた楽曲です。ジョンはラリー・ウィリアムズに多大なる影響を受けていて、ビートルズ時代に「SLOW DOWN」(1964年のEP「LONG TALL SALLY」)、「DIZZY MISS LIZZY」(1965年のアルバム「HELP!」)、「BAD BOY」(1965年の米国盤編集アルバム「BEATLES Y」、英国では1966年のベスト盤「A COLLECTION OF BEATLES OLDIES」が初出)と、3曲も全てジョンのリード・ヴォーカルでカヴァーしています。オリジナルのラリー・ウィリアムズ盤を聴くと、ジョンはヴォーカルでかなり影響を受けていたと分かります。「SLOW DOWN」のオリジナル・ヴァージョンなんて、ジョンが歌ったのは、例の「ブゥルーー」と口を震わせるのも同じで、最早モノマネですよ。
ジョンは、1969年9月13日に「プラスティック・オノ・バンド」として急遽出演した「トロント・ロックンロール・リヴァイバル」でも、「DIZZY MISS LIZZY」を演奏しています。そして、ジョンにとっては4曲目のラリー・ウィリアムズのカヴァーが「BONY MORONIE」です。この楽曲は、1973年10月から12月にかけて行われたフィル・スペクターとのセッションでレコーディングされたテイクを元にしていますが、ジョンは1974年10月の再レコーディング・セッションでも取り上げていて、スタッフのミスで再レコーディング・ヴァージョンが使えなくなったので、仕方なくフィル・スペクターとのセッション音源に手を加えて収録しています。そして、そうまでしてジョンがこの「BONY MORONIE」を収録したのは、母親ジュリアが1度だけジョンのステージを観に来てくれた時に演奏した曲だったからです。ラリー・ウィリアムズは、1980年1月7日に44歳で不可解な死(自宅で頭に銃創を負った状態で母親に発見されたので、自殺説と他殺説がある)を遂げました。ラリー・ウィリアムズのカヴァーと云えばジョンでしたが、ポールも1999年のアルバム「RUN DEVIL RUN」で「SHE SAID YEAH」をカヴァーしていて、「SHE SAID YEAH」はローリング・ストーンズも初期にカヴァーしています。それで、2025年の現在の様に配信で何でも簡単に聴けてしまう状況では、そうした音楽の関連性に気付くのは、逆に困難になっている気がします。もしかしたら、ビートルズに辿り着く事すら難しいと思うと、逆に不幸なんじゃないかとすら思うのです。
(小島イコ)