
ジョン・レノンが、1975年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)にアップルからリリースした、5作目で最後のソロ・アルバム「ROCK'N'ROLL」は、全曲がジョンが少年時代から愛したロックンロール・クラシックスのカヴァーで構成されています。ビートルズの「COME TOGETHER」の盗作疑惑から始まった企画で、ジョンは元ネタとされたチャック・ベリーの「YOU CAN'T CATCH ME」の版権を持つモーリス・レヴィに訴えられて、モーリス・レヴィが版権を持つ楽曲から3曲をカヴァーする事となったわけです。それで、チャック・ベリーの曲は「YOU CAN'T CATCH ME」と「SWEET LITTLE SIXTEEN」の2曲をカヴァーしています。盗作問題がなくとも、ジョンはチャック・ベリーを「マイ・ヒーロー」と称えていて、「チャック・ベリーは、偉大な詩人だ」とか「ロックンロールを云い代えるなら、チャック・ベリーだ」とまで発言していて、ビートルズ時代にも多くのチャック・ベリー・ナンバーをカヴァーしています。極論を云えば、3コードのロックンロールはチャック・ベリーの発明なので、例えばレッド・ツェッペリンの「ROCK AND ROLL」なども、チャック・ベリーがいなければ存在していないし、ロックンロールは全てがチャック・ベリーの盗作になってしまうのですよ。それらに対して、チャック・ベリー本人は「盗作だ」などと淋しい事は云わなかったのです。
ビートルズ時代に、ジョンがチャック・ベリーならば、ポール・マッカートニーの十八番はリトル・リチャードでした。ジョンとポールが出逢ったとされている1957年7月6日に、ポールはピアノを弾いてリトル・リチャードのモノマネをしたとも云われています。故に、ビートルズがカヴァーしたリトル・リチャード・ナンバーでは、「LONG TALL SALLY」や「HEY, HEY, HEY, HEY」や「LUCILLE」や「OOH! MY SOUL」と云った楽曲は、リード・ヴォーカルは全てポールでした。1965年に「LONG TALL SALLY」に代わるコンサートの最後に披露する曲として、ポールが主導で書いたレノン=マッカートニー作品「I'M DOWN」なんて、曲も歌い方もリトル・リチャードそのものなので、よく盗作だと訴えられなかったものです。しかし、ジョンのアルバム「ROCK'N'ROLL」には、リトル・リチャードの楽曲が「RIP IT UP / READY TEDDY」と「SLIPPIN' AND SLIDIN'」と「SEND ME SOME LOVIN'」と、メドレーを分けると4曲も収録されているのです。チャック・ベリーの楽曲が2曲で、それも盗作問題でカヴァーしなければならなかった事を考えると、リトル・リチャードの楽曲が4曲も取り上げられているのは意外だったし、そこにはポールへの対抗心も伺えます。「SLIPPIN' AND SLIDIN'」は、公式盤の「ROCK'N'ROLL」ではB面1曲目で、ブートレグの「ROOTS」ではB面4曲目に収録されています。この曲は、1974年10月の再レコーディング・セッションでの音源です。
「SLIPPIN' AND SLIDIN'」は、リトル・リチャードが1956年3月にシングルのB面としてリリースしたのがオリジナルで、A面は「LONG TALL SALLY」と云う強力盤でした。この曲は、リチャード・ペニマン(リトル・リチャード)、エドウィン・ボケージ(エディ・ボー)、アル・コリンズ、ジェームズ・スミスの、4人による共作です。1957年3月4日にリリースされたデビュー・アルバム「HERE'S LITTLE RICHARD」にも収録されていて、そのアルバムには「RIP IT UP」や「READY TEDDY」や「LONG TALL SALLY」や「MISS ANN」なども収録されているので、ジョンとポールはアルバムを聴いていたのでしょう。ジョンはシングル・カットも考えていて、サンプル盤があります。ジョンによるリトル・リチャードのカヴァーは、ポールの様な天性の明るい歌唱法とは違っていて、どこか陰があって、内臓が飛び出すかの様な絶叫ですが、二人共に文句なしにシビレます。ジョンによる「SLIPPIN' AND SLIDIN'」は、1975年4月18日放送のBBCのテレビ番組(「オールド・グレイ・ホイットル・テスト」)用にスタジオ・ライヴでの映像(収録は同年3月18日)が「STAND BY ME」と共に制作されていて、DVD「LENNON LEGEND」で観れます。同年6月13日放送(収録は同年4月18日)の「サリュート・トゥ・サー・リュー・グレイド」で、演奏は当て振りでヴォーカルだけライヴで「STAND BY ME」(未放送)と「IMAGINE」と共に披露していて、それがジョンの最後のライヴとなってしまいました。そのライヴ映像は、NHK BSの「MUST BE UKTV」で放送されています。
(小島イコ)