ジョン・レノンは、1975年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)に、5作目のソロ・アルバム「ROCK'N'ROLL」をアップルからリリースしました。このアルバムは全13曲(メドレーを分ければ全15曲)の全てがロックンロール・クラシックスのカヴァーで、結果的にはジョンの生前では最後のソロ・アルバムとなりました。1969年にリリースしたビートルズの「COME TOGETHER」の盗作問題から生まれた作品で、元ネタとされているチャック・ベリーの「YOU CAN'T CATCH ME」の版権を持つモーリス・レヴィに訴えられて、裁判沙汰にはせずにジョンがモーリス・レヴィが版権を持つ楽曲から3曲をカヴァーする事で示談とする事となり、だったら全曲をカヴァーでのアルバムを制作する事になったわけです。ジョンは3作目のソロ・アルバム「MIND GAMES」を、1973年10月29日(米国)・同年11月16日(英国)にアップルからリリースしましたが、そのリリース時期の1973年10月から12月にかけて、フィル・スペクターのプロデュースでアルバム「ROCK'N'ROLL」のレコーディングを行っています。おそらく、モーリス・レヴィから圧力をかけられていたので、早々にカヴァー・アルバムを制作してリリースする事にしたのでしょう。
ところが、フィル・スペクターとのレコーディング当時のジョンは「失われた週末」に突入していて、酒浸りの生活で、レコーディングでも酔っ払っていてマトモに歌えず、フィル・スペクターも精神疾患で奇行が目立ち、フィル・スペクターがマスター・テープを持ち逃げした事でレコーディングは頓挫しました。ジョンの元にテープが戻って来たのは半年後の1974年6月で、既にジョンは断酒をして4作目のソロ・アルバム「WALLS AND BRIDGES(心の壁、愛の橋)」を制作していて、1974年9月26日(米国)・同年10月4日(英国)にアップルからカヴァー・アルバムよりも先にリリースしてしまったのです。アルバム「WALLS AND BRIDGES」は全米首位!・全英6位の大ヒット作となり、特に米国での評価が高く、シングル・カットした「WHATEVER GETS YOU THRU THE NIGHT(真夜中を突っ走れ)」は全米首位!第2弾シングル・カットの「#9 DREAM(夢の夢)」も全米9位と大ヒットして、ジョン・レノン復活を示したのでした。が、しかし、オリジナル・アルバムとなった「WALLS AND BRIDGES」には、モーリス・レヴィが版権を持つ楽曲が、アルバムの最後にジョンと当時11歳のジュリアン・レノンによる親子共演でお遊びの「YA YA」しか収録されておらず、モーリス・レヴィは「話が違う」となったわけです。
慌てたジョンは、フィル・スペクターとのセッション・テープを聴いたところ、100時間もあると云われている音源には使い物になる音源がほとんどなくて、アルバム「WALLS AND BRIDGES」のセッション・メンバーだった、ジェシ・エド・デイヴィス(ギター)、エディー・モトー(アコースティック・ギター)、クラウス・フォアマン(ベース)、ジム・ケルトナー(ドラムス)、アーサー・ジェンキンス(パーカッション)を呼び戻して、更に、ケニー・アスチャー(キーボード)、ジョセフ・テンパリー(サクソフォーン)、フランク・ヴィカリ(サクソフォーン)、デニス・モラウズ(テナーサックス)も加えたセッション・メンバーで、1974年10月21日から25日にかけてのたったの5日間でレコーディングして完成させてしまったのです。全13曲中、フィル・スペクターとのセッションを元にした音源は4曲のみで、他の9曲は再レコーディング(「BONY MORONIE」も再レコーディングしたものの、スタッフのミスで元の音源を使用)しているわけで、ジョンの集中力の凄さが分かります。内容は、A面が、1「BE-BOP-A-LULA」、2「STAND BY ME」、3「MEDLEY : RIP IT UP / READY TEDDY」、4「YOU CAN'T CATCH ME」、5「AIN'T THAT A SHAME」、6「DO YOU WANNA DANCE」、7「SWEET LITTLE SIXTEEN」で、B面が、1「SLIPPIN' AND SLIDIN'」、2「PEGGY SUE」、3「MEDLEY : BRING IT ON HOME TO ME / SEND ME SOME LOVIN'」、4「BONY MORONIE」、5「YA YA」、6「JUST BECAUSE」の全13トラック15曲です。
この内、フィル・スペクターとのセッションからは「YOU CAN'T CATCH ME」と「SWEET LITTLE SIXTEEN」と「BONY MORONIE」と「JUST BECAUSE」の4曲しか収録されておらず、それらもヴォーカルを録音し直していたりして手を加えています。莫大な費用をかけたセッションは無駄になってしまったわけですけれど、アルバム「WALLS AND BRIDGES」で培った気心も知れたメンバーでの再レコーディングは、大正解だったと云えるでしょう。それで、カヴァー・アルバム「ROCK'N'ROLL」は、1975年4月にリリースする事に決定しました。何せ、ジョンはアルバム「WALLS AND BRIDGES」を1974年9月にリリースしたばかりだったわけで、企画モノとは云え、そんなにポンポンとアルバムを出すのはセールス面の影響もあるのです。が、しかし、待ちかねたモーリス・レヴィがジョンから受け取ったとされるラフ・ミックスを元にして、1975年2月にブートレグの「ROOTS」を販売してしまったのです。ジャケットは「THE GET BACK SESSIONS」の頃のジョンの写真を使ったチープな代物ですが、内容は公式盤のアルバム「ROCK'N'ROLL」の全曲に加えて、フィル・スペクターとのセッションを元にした「ANGEL BABY」と「BE MY BABY」を入れた全15トラック17曲で、曲順やミックスも違っています。それで、公式盤のリリースが1975年2月に前倒しされたわけです。公式盤のジャケットは、ハンブルク時代の若かりし頃のジョンが映っていて、前を横切っているのはポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンとスチュワート・サトクリフと云う、内容に合った素晴らしい出来栄えですし、全米6位・全英6位とヒットしています。
(小島イコ)