
ジョン・レノンが、1973年10月から12月にかけて、フィル・スペクターのプロデュースでレコーディングしたロックンロール・クラシックスのカヴァーは、1975年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)にアップルからリリースしたジョンの5作目で最後となってしまったソロ・アルバム「ROCK'N'ROLL」には、ほとんど収録されていません。フィル・スペクターとのセッションから採用されたのは、「YOU CAN'T CATCH ME」と「SWEET LITTLE SIXTEEN」と「BONY MORONIE」と「JUST BECAUSE」の4曲だけで、他の9曲(メドレーを分ければ11曲)は、1974年10月21日から25日までのたったの5日間でレコーディングし直していて、フィル・スペクターとのセッションの4曲もリード・ヴォーカルを再レコーディングしたりして手を加えています。100時間にも及ぶフィル・スペクターとのセッションを使わなかったのは、当時のジョンがレコーディング中も酔っ払っていて、マトモに歌えなかったからです。更にフィル・スペクターの録音は、ヴォーカルと演奏が団子状態で、バックの音だけを使う事も不可能でした。現在ならば、デミックスで何とかなったでしょう。しかしながら、フィル・スペクターとのセッションには莫大な費用を費やしていたし、モーリス・レヴィには脅迫まがいの圧をかけられたし、EMIとの契約も残っていたので、ジョンはどうしてもそのカヴァー・アルバムをリリースしなければならなかったのです。
そんな混乱のジョンとフィル・スペクターによるセッションからは、前述の通り4曲しか使い物にならなかったわけですけれど、モーリス・レヴィが勝手にリリースしてしまったブートレグの「ROOTS」には、他に「ANGEL BABY」と「BE MY BABY」が収録されていて、どちらもフィル・スペクターとのセッションを元にした音源でした。ジョンの死後の1986年にアルバム「MENLOVE AVE.」がリリースされて、アナログ盤のA面5曲中「ROCK'N’ROLL PEOPLE」以外の4曲が、フィル・スペクターとのセッションを元にした音源で蔵出しされました。「HERE WE GO AGAIN」はジョンとフィル・スペクターの共作のオリジナルで、他に、ロージー&ジ・オリジナルズの「ANGEL BABY」と、アーサー・クルーダップがオリジナルでエルヴィス・プレスリーもカヴァーした「MY BABY LEFT ME」(ジョンのヴァージョンは「SINCE MY BABY LEFT ME」となっている)のカヴァーと、テディ・ベアーズの「TO KNOW HIM IS TO LOVE HIM」(ジョンのヴァージョンは「TO KNOW HER IS TO LOVE HER」と改題)のカヴァーが収録されています。「TO KNOW HIM IS TO LOVE HIM」は、1958年9月にテディ・ベアーズがリリースして全米首位!となった楽曲で、作者はフィル・スペクター自身で、フィル・スペクターは3人組のテディ・ベアーズの一員でもあったのです。
やはり、フィル・スペクターがプロデュースしたロネッツの「BE MY BABY」同様に、当の本人によって「1970年代版・ウォール・オブ・サウンド」をバックにジョンが熱唱しているわけですけれど、やはり「BE MY BABY」と同様に、オリジナルよりもずっとスローテンポにした演奏で、ジョンは吞んだくれていたのか、ずっと喚いています。簡単に云えば、テディ・ベアーズやロネッツの楽曲を、ライチャス・ブラザーズ風にアレンジした感じです。「TO KNOW HIM IS TO LOVE HIM」は、ビートルズ時代にジョンのリード・ヴォーカルで同じく「TO KNOW HER IS TO LOVE HER」としてカヴァーしていて、1962年1月1日のデッカ・オーディションや、1963年7月16日の「ポップ・ゴー・ザ・ビートルズ」で演奏しています。ビートルズ時代のヴァージョンは、原曲に近いアレンジだったのですけれど、10年後には重い楽曲として再演されたわけです。この楽曲は、1965年にピーター&ゴードン(「TO KNOW YOU IS TO LOVE YOU」)や、1969年にボビー・ヴィントン(「TO KNOW YOU IS TO LOVE YOU」)や、1987年にドリー・パートン、リンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリスの「トリオ」や、2006年にエイミー・ワインハウスなど、多くのミュージシャンによってカヴァーされている名曲です。オリジナルのテディ・ベアーズによるヴァージョンはシングルのみで、アルバム「THE TEDDY BEARS SING!」には未収録ですが、フィル・スペクター関連曲の多くのコンピレーション盤には収録されています。ちなみに、邦題は「逢ったとたんにひとめぼれ」もしくは「つのる想い」です。
(小島イコ)