
ジョン・レノンが、1975年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)にアップルからリリースした5作目のソロ・アルバム「ROCK'N'ROLL」は、全曲がロックンロール・クラシックスのカヴァーとなっています。1969年のビートルズのヒット曲「COME TOGETHER」が、チャック・ベリーの「YOU CAN'T CATCH ME」の盗作だと版権を持つモーリス・レヴィに訴えられた事から始まったアルバムで、ジョンはモーリス・レヴィが版権を持つ楽曲を3曲カヴァーする事となったわけで、だったら全曲カヴァーのアルバムを作ろう、となったのです。所謂ひとつの「失われた週末」時期に突入したジョンは、1973年10月から12月にかけて、ロックンロール・クラシックスのカヴァーならば最適だとフィル・スペクターにプロデュースを託して、演奏は50名近くの有名ミュージシャンが参加して、ジョンは曲作りもアレンジも演奏もせずに、歌手としてレコーディングに臨んだのです。しかしながら、そのロサンゼルスでのセッションでは、ジョンは泥酔状態でマトモに歌えず、フィル・スペクターの精神状態も最悪で、フィル・スペクターがマスター・テープを持った侭で失踪した事もあって頓挫しました。1973年と云えば、ジョージ・ハリスンがソロ・アルバム「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」を6月にリリースしていて、ジョージもフィル・スペクターと共同プロデュースする予定だったのに、フィル・スペクターの異変に気付いたジョージはセルフ・プロデュースに切り替えています。
すったもんだしたアルバム「ROCK'N'ROLL」は、1975年4月にリリースが決定したのですけれど、2月に早まったのは、ジョンからラフ・ミックスを受け取ったモーリス・レヴィが待ちきれずに、勝手にアルバム「ROOTS」として1975年2月にリリースしてしまったからです。その件に関しては、ジョンとモーリス・レヴィが結託してブートレグとして流出させて、その売り上げの全てをモーリス・レヴィが得る事となった、と云う説もありますけれど、結果的にはEMIとジョンはモーリス・レヴィを訴えて勝訴しているので、内情はよく分かりません。公式盤の「ROCK'N'ROLL」は、全13曲(メドレーを分ければ全15曲)入りで、ブートレグの「ROOTS」は全15曲(メドレーを分ければ全17曲)入りとなっていて、ブートレグの「ROOTS」にだけ収録されているのは「ANGEL BABY」と「BE MY BABY」の2曲です。どちらもフィル・スペクターとのセッションでレコーディングされた曲で、後に同セッションからは「SINCE MY BABY LEFT ME」や「TO KNOW HER IS TO LOVE HER」などが蔵出しされました。公式盤の「ROCK'N'ROLL」には、フィル・スペクターとのセッションから「YOU CAN'T CATCH ME」と「SWEET LITTLE SIXTEEN」と「BONY MORONIE」と「JUST BECAUSE」が収録されていますが、それらは1974年10月に全て手を加えています。未発表となった「ANGEL BABY」と「BE MY BABY」も、おそらく手を加えたのでしょう。
さて、その「BE MY BABY」ですけれど、云わずと知れた1963年リリースのロネッツの大ヒット曲のカヴァーです。ロネッツのオリジナルで、ロネッツから参加したのはリード・ヴォーカルのベロニカ(ロニー・スペクター)だけです。原曲は、ジェフ・バリー、エリー・グリニッチ、フィル・スペクターの共作で、アレンジはジャック・ニッチェで、フィル・スペクターがプロデュースした名曲中の名曲です。多くのフォロワーに影響を与えた大傑作ですが、ジョンは10年後に同じフィル・スペクターのプロデュースで「1970年代型・ウォール・オブ・サウンド」でカヴァーしたわけです。同じ1973年に、作者のひとりであるエリー・グリニッチが小粋なセルフ・カヴァーをアルバムに収録しています。ジョンのヴァージョンは、原曲を大胆に改変したスローテンポのヘヴィーな楽曲になっていて、サビの部分は正に絶唱すると云う類を見ないカヴァーとなっております。この「BE MY BABY」は、ブートレグ「ROOTS」でしか聴けず、ジョンの死後の1986年のアルバム「MENLOVE AVE.」にも収録されませんでした。ようやく公式盤でリリースされたのは、1998年の箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」です。その後は、如何なる編集盤にも収録されていないし、2004年のアルバム「ROCK'N'ROLL」のリミックス盤でも何故か外されたので、今のところ公式盤ではその箱でしか聴けません。その箱では「BE MY BABY」の前に、ジョンとフィル・スペクターがスタジオで大喧嘩している模様が収録されていて、とんでもないセッションであった事が伺える構成となっております。
(小島イコ)