
ジョン・レノンが、1975年2月17日(米国)・同年2月21日(英国)にアップルからリリースした5作目で最後となってしまったソロ・アルバム「ROCK'N'ROLL」は、複雑な経緯で世に出た作品です。ジョンは最初に、1973年10月から12月にかけて、ロサンゼルスでアルバムのレコーディングを行いました。その時のプロデューサーはフィル・スペクターで、総勢50名近くのミュージシャンによって演奏された「1970年代版ウォール・オブ・サウンド」をバックに、ジョンがリード・ヴォーカルに専念して歌うと云う、ゴージャスなレコーディングでした。しかし、ジョンは泥酔していてマトモに歌えず、フィル・スペクターの精神状態もおかしくなっていて、何を思ったのかフィル・スペクターがマスター・テープを持ち逃げして、ジョンの元に返って来たのは半年後の1974年6月だったのです。ジョンはオリジナル・ソロ・アルバム「WALLS AND BRIDGES(心の壁、愛の橋)」のレコーディングを優先して、完成が見えた段階でフィル・スペクターとのレコーディングを聴いたら、ヘベレケ状態で歌っていて、ほとんどが使い物にならないと分かり、慌ててアルバム「WALLS AND BRIDGES」のセッション・メンバーを呼び戻して、同年10月21日から25日にかけての、たったの5日間でアルバム「ROCK'N'ROLL」に収録されたほとんどの曲を追加レコーディングして、完成させたのでした。アルバム「WALLS AND BRIDGES」のレコーディングも短期集中でしたけれど、流石はビートルズ時代にデビュー・アルバム「PLEASE PLEASE ME with Love Me Do and 12 other songs」のほとんど(既発シングル4曲を除く10曲)を、たったの1日でレコーディングしたジョンです。
何故にジョンがそんなに急いだのかと云うと、アルバム「ROCK'N'ROLL」は、そもそもビートルズの「COME TOGETHER」がチャック・ベリーの「YOU CAN'T CATCH ME」の盗作だと版権を持つモーリス・レヴィに訴えられて、裁判沙汰にはせずに、モーリス・レヴィが版権を持つ楽曲から3曲をジョンがカヴァーする条件で示談に持っていったからなのです。以前にも書きましたかれど、「COME TOGETHER」の作者は「レノン=マッカートニー」なのに、何故にジョンだけが訴えられたのでしょうか。ポール・マッカートニーは、ジョンが「COME TOGETHER」を書いた時に、「YOU CAN'T CATCH ME」に似ているからヤバイよ、と忠告したなどと呑気な事を云っています。しかしながら、前述の経緯でアルバム「ROCK'N'ROLL」は、一度は棚上げにされたので、モーリス・レヴィが「話が違う」と圧をかけてくる事となり、ジョンもフィル・スペクターとのレコーディングに多額の費用を費やしていたのでお蔵入りには出来ず、EMIとの契約上でもアルバムをリリースしなければならず、かと云って折角オリジナル・ソロ・アルバム「WALLS AND BRIDGES」で高評価を得た時に無様な酔っ払いのカヴァー・アルバムをリリースするわけにもいかなかったのです。それで、たったの5日間でほとんどの曲をレコーディングし直したわけですが、何せジョンはビートルズ時代から「カヴァーの帝王」だったわけで、当時から歌っていた楽曲も多く取り上げていて、内容は素晴らしいカヴァー・アルバムとなっています。ところが、ジョンが急かすモーリス・レヴィへラフ・ミックスのテープを渡したら、モーリス・レヴィは勝手にアルバム「ROOTS」をリリースしてしまったのです。
公式盤のアルバム「ROCK'N'ROLL」は全13曲(メドレーを分ければ全15曲)入りで、非公式盤のアルバム「ROOTS」は全15曲(メドレーを分ければ全17曲)入りで、ジョンが最終段階で落とした2曲は、ロージー&ジ・オリジナルズの「ANGEL BABY」と、ロネッツの「BE MY BABY」です。「ANGEL BABY」は、1960年にロージー&ジ・オリジナルズがリリースしたシングル曲で、リード・ヴォーカルのロージー・ハムリンは若干14歳でこの曲を書いて、レコーディング当時にはまだ15歳でした。この楽曲は、タツローこと山下達郎さんも愛聴していて曲(「おやすみロージー -Angel Babyへのオマージュ-」)にしています。ジョンはこうした女性ヴォーカルがオリジナルだった楽曲も、楽々と歌えてしまえるのですから、やはり「カヴァーの帝王」です。フィル・スペクターとのレコーディング曲なので、参加ミュージシャンは定かではないし、フィル・スペクターとの関係が悪化した為にアルバムから弾かれたのでしょう。「ANGEL BABY」は、非公式盤「ROOTS」でしか聴けないレア音源でしたが、ジョンの死後に1986年のアルバム「MENLOVE AVE.」に収録されて、1990年の箱「LENNON」にも収録されて、2004年のアルバム「ROCK'N'ROLL」のリミックス盤にリミックス音源が収録されて、2020年のベスト盤「GIMME SOME TRUTH.」にリミックス音源が収録されています。「ANGEL BABY」は、ジョンのお気に入りであり、メイ・パンのお気に入りでもありました。ロックンロールとは縁遠いヨーコさんとは違って、メイ・パンは幼少時代からロックンロールを聴いていたわけで、アルバム「ROCK'N'ROLL」に対する貢献度も高いと思います。
(小島イコ)