
ジョン・レノンが、1974年9月26日(米国)・同年10月4日(英国)にアップルからリリースした4作目のソロ・アルバム「WALLS AND BRIDGE(心の壁、愛の橋)」の、A面6曲目で最後に収録されているのが「SCARED(心のしとねは何処)」です。A面の最後に収録されていると云う事は、ジョン自身がこの楽曲を重要だと思ったからでしょう。アナログ盤時代には、A面とB面があったので、それぞれの面でひとつのストーリーを構成出来たわけで、1969年リリースのビートルズのアルバム「ABBEY ROAD」のメドレーは「B面メドレー」と呼ばれていました。アルバム「ABBEY ROAD」のA面は、ジョンが主導で書いたレノン=マッカートニー作品「I WANT YOU(SHE'S SO HEAVY)」で終わっていて、最後がいきなりカットアウトされているのは、アナログ盤でこそ味わえる演出でした。CDになって、すぐにB面1曲目だった「HERE COMES THE SUN」が爽やかに始まってしまうのは、些か味気ない感じがします。サー・ジョージ・マーティンも、アルバム「ABBEY ROAD」は、A面をジョンの好きな感じにして、B面はポールの発案のメドレーを中心にしたと云っていて、明らかにA面とB面を活かした構成にしていました。さて、前曲である哀しい程に美しい「BLESS YOU(果てしなき愛)」が終わった途端に、狼の遠吠えが鳴り響いて始まる「SCARED」は、アルバムの中でも特にヘヴィーな内容です。
「SCARED」のレコーディング・メンバーは、ジョン・レノン(ヴォーカル)、クラウス・フォアマン(ベース)、ジム・ケルトナー(ドラムス)、ハワード・ジョンソン(バリトン・サックス)、リトル・ビッグ・ホーンズ(ホーン)、エディ・モトー(アコースティック・ギター)、ジェシ・エド・デイヴィス(エレクトリック・ギター)、ケン・アッシャー(エレクトリック・ピアノ)、アーサー・ジェンキンス(パーカッション)、ニッキー・ホプキンス(ピアノ)の「プラスティック・オノ・ニュークリア・バンド」で、ピアノに加わったメル・トーメントはジョンの変名のひとつです。ジョンは以前から色々な変名を名乗っていて、その辺の感覚は大瀧師匠と似ています。この「SCARED」は、ジョンに云わせると、テンポを速くするとローリング・ストーンズの1978年のヒット曲「MISS YOU」になるのだそうです。確かに「SCARED」と「MISS YOU」は似ているのですけれど、それを云うのならばローリング・ストーンズの1976年のヒット曲「FOOL TO CRY(愚か者の涙)」も、ジョンの同じアルバム「WALLS AND BRIDGES」に収録されているジョンとニルソンの共作曲である「OLD DIRT ROAD(枯れた道)」に似ていると思います。ジョンは生涯、ローリング・ストーンズを舎弟扱いしていて、常に上から目線でした。
この「SCARED」も、1986年のアルバム「MENLOVE AVE.」にリハーサル音源が収録されていて、ジェシ・エド・デイヴィス(ギター)、クラウス・フォアマン(ベース)、ジム・ケルトナー(ドラムス)の3ピース・バンドだけのシンプルな演奏で、ジョンがギターもしくはピアノを弾いて歌っている音源が聴けます。この不安感を露わにした楽曲は、よりシンプルな編成でのリハーサル音源の方が聴き手に与える印象は強くて、そのアレンジの侭でリリースしていたならば、アルバム「JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)」と同等の評価を得ていたかもしれません。しかしながら、ジョンはそうはせずに、エルトン・ジョンをゲストに迎えたり、ホーンやオーケストラも導入して、あくまでもコマーシャルなロック・アルバムとして「WALLS AND BRIDGES」を完成させていますし、アルバムの全米首位!・全英6位と云う大ヒットに導いています。現在でこそアルバム「JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)」はジョンの最高傑作でロック史上最重要作とされていますけれど、リリース当時の成績は、全米6位・全英8位と驚く程に低かったわけで、それをコマーシャルにしたアルバム「IMAGINE」で全米首位!・全英首位!となっています。ジョンはその前例を踏まえて、アルバム「WALLS AND BRIDGES」を制作したのでしょう。云わば甘口にしているわけですけれど、内容はこの上なくヘヴィーなのです。「SCARED」は、1998年の箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」にも別ヴァージョンが収録されています。
(小島イコ)