
ジョン・レノンが、1973年10月29日(米国)・同年11月16日(英国)にアップルからリリースした3作目のソロ・アルバム「MIND GAMES」は、他のジョンのソロ・アルバムとは違った印象となっています。まずは、バックを務めたミュージシャンたちが、凄腕のスタジオ・ミュージシャンを集めていて、それはヨーコさんの1973年のソロ・アルバム「FEELING THE SPACE(空間の感触)」とほとんど変わりません。バックの演奏がそれまでにない程に上手くて、それに加えて「サムシング・ディファレント」による女性コーラスが大胆にフィーチャーされているのも、他のアルバムとは違っています。それは後に遺作となってしまった1980年のアルバム「DOUBLE FANTASY」にも通じる路線で、メロウなアルバム「MIND GAMES」は、AORの先駆けでした。そして、アルバムの全体に「ヨーコさんの不在」も感じられます。半数近い楽曲はヨーコさんに捧げられているし、アルバムのジャケットにも主役のジョンよりもずっと大きくヨーコさんの横顔が山の様にデザインされてはいるものの、それは「ヨーコさんから旅立ってゆくジョン」を象徴している様に感じられます。事実として、レコーディング中に二人の関係は悪化して、ジョンは「ヨーコさんに命令されて愛人になったメイ・パン」と共にロスへと向かったのでした。
アルバム「MIND GAMES」のB面5曲目に収録されているのが、「YOU ARE HERE」です。このアルバムには、全12曲(実質11曲)中の半数近い5曲(「AISUMASEN(I’M SORRY)」、「ONE DAY(AT A TIME)」、「OUT THE BLUE」、「I KNOW(I KNOW)」、「YOU ARE HERE」)もの「ヨーコさん賛歌」が収録されていて、流石にこれだけ入っているとしつこく感じられます。「リヴァプールから東京へ、風よ吹け」と歌われる内容は、他のアルバム「MIND GAMES」での「ヨーコさん賛歌」同様に痛々しく弱々しいものです。レコーディング・メンバーは、ジョン・レノン(ヴォーカル、アコースティック・ギター、パーカッション)、デヴィッド・スピノザ(エレクトリック・ギター)、ピート・クレイナウ(ペダル・スティール・ギター)、ケン・アッシャー(ピアノ、オルガン)、ゴードン・エドワーズ(ベース)、ジム・ケルトナー(ドラムス)、サムシング・ディファレント(バッキング・ヴォーカル)の「プラスティック・UF・オノ・バンド」です。ピート・クレイナウによるペダル・スティール・ギターが良い味を出していて、ジョンのカリブ志向も伺えて、後の1980年のアルバム「DOUBLE FANTASY」に収録された愛息・ショーンくんに捧げた「BEAUTIFUL BOY(DARLING BOY)」にも繋がっています。
そもそも「YOU ARE HERE」は、1968年にビートルズがアルバム「THE BEATLES(ホワイト・アルバム)」をレコーディング中にスタジオにニルソンが見学に来て、ジョンとニルソンで同じタイトルの曲を書こうとなったタイトルです。1968年7月にロンドンで開催されたジョンの個展のタイトルにもなっているので、楽曲の構想はその頃から温めていたのでしょう。ニルソンも同名異曲を書いていて、アルバム「NILSSON SESSIONS 1968-1971」に収録されています。ニルソンとジョンは、1967年にニルソンのアルバム「PANDEMONIUM SHADOW SHOW」を聴いたジョンが国際電話で「YOU'RE GREAT!」と絶賛した時からの親友で、アルバム「MIND GAMES」の後に始まったジョンの「失われた週末」時代の余り有難くない相方としても有名です。「YOU ARE HERE」のアウトテイクは、1998年の箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」や、2024年のアルバム「MIND GAMES」の箱などで聴けます。オリジナル・ヴァージョンは、リミックス音源が2020年のベスト盤「GIMME SOME TRUTH.」や2024年のアルバム「MIND GAMES」の箱などで聴けますけれど、完全なるオリジナル・ヴァージョンは、2010年の小箱「GIMME SOME TRUTH」と、1988年と2010年のアルバム「MIND GAMES」のオリジナル盤でしか聴けません。リミックス盤が主流になるのは、余り良い傾向とは云えないでしょう。
(小島イコ)