1972年8月30日に、ジョン・レノンはニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンにて「ワン・トゥ・ワン・コンサート」を昼夜2回行いました。ジョンの生涯で最初で最後となってしまった、ソロでのフル・ライヴですけれど、当然ながらレコーディングしていたジョンは、生前にはこのライヴをお蔵入りにしました。1975年にリリースした生前で唯一のソロ・ベスト盤である「SHAVED FISH」の最後に、ほんの僅か「GIVE PEACE A CHANCE」を収録しただけで、しかもそれは、前座を務めていて最後にはジョンと一緒のステージに立ったスティーヴィー・ワンダーがヴォーカルを担当した部分だったのです。つまり、スティーヴィー・ワンダーは、ジョン・レノンともポール・マッカートニーとも共演した稀有なミュージシャンなのです。ジョンが「ワン・トゥ・ワン・コンサート」をお蔵入りにしたのは、B級バンドであるエレファンツ・メモリーに幾らジム・ケルトナーのドラムスを補強しても、演奏の酷さが目立つし、何よりもジョン本人の調子がイマイチだったからでしょう。しかしながら、ジョンのソロでは唯一のフル・ライヴであった為に歴史的な価値はあって、ジョンの死後になって、1985年に「LIVE IN NEW YORK CITY」として映像作品化されました。そちらではヨーコさんがメインで歌った曲も収録されていて、ジョンがメインの曲でもヨーコさんの「キエーッ!」が入っています。
ところが、翌1986年にリリースされたライヴ盤は、ヨーコさんの曲は勿論の事、ジョンの曲でのヨーコさんの「キエーッ!」までリミックスして消してあるのです。内容は、A面が、1「NEW YORK CITY」、2「IT'S SO HARD」、3「WOMAN IS THE NIGGER OF THE WORLD」、4「WELL WELL WELL」、5「INSTANT KARMA!(WE ALL SHINE ON)」で、B面が、1「MOTHER」、2「COME TOGETHER」、3「IMAGINE」、4「COLD TURKEY」、5「HOUND DOG」、6「GIVE PEACE A CHANCE」の全11曲入りです。映像作品では、ヨーコさんの「SISTERS, O SISTERS」と「BORN IN A PRISON」も収録されているし、ヨーコさんによる「キエーッ!」も存分に聴けますけれど、映像だとヨーコさんが奇声を発しているのがバッチリと映っているから、消すわけにはいかなかったのでしょう。映像作品もライヴ盤もヨーコさんがプロデュースしているので、ジョンのソロ・ライヴ盤にしたのはヨーコさんの意思なのです。ヨーコさんは他にも「WE'RE ALL WATER」と「DON'T WORRY KYOKO」と「MOVE ON FAST」と「OPEN YOUR BOX」の合わせて6曲をメインで歌っていますが、前述の2曲は映像作品のみで、残りの4曲は映像作品にすら収録していません。ジョンが生きていたならば、ヨーコさんをカットするなんて事はしなかっただろうし、そもそもこのライヴ音源をリリースしなかったでしょう。
曲目だけを見ると、この時点までのジョンのソロ作品からのベスト・ライヴ・ショーに思えますけれど、内容はジョンがお蔵入りにしたのも頷ける酷い演奏です。特に前半の「NEW YORK CITY」から中盤の「MOTHER」までは、エレファンツ・メモリーの下手で粗い演奏に乗せたジョンのヴォーカルもヘナチョコで、天下御免のジョン・レノン様でも、調子が悪い時もあったのだなあ、と逆に考えさせられるのです。しかし、ライヴも後半になってくると、何とかジョンも持ち直してくるのですけれど、時すでに遅しなのでした。その後半に登場するのがビートルズの「COME TOGETHER」で、1969年にリリースされたアルバム「ABBEY ROAD」のA面1曲目で、シングル・カットもされた「レノン=マッカートニー」作品のセルフ・カヴァーです。ジョンは40歳で夭折したので、ソロのライヴでビートルズ・ナンバー(レノン=マッカートニー作品)をほとんど披露していません。「COME TOGETHER」以外では、「YER BLUES」と「LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS」と「I SAW HER STANDING THERE」位です。「ワン・トゥ・ワン・コンサート」は昼夜2回行われたので、この「COME TOGETHER」も2ヴァージョンあって、現在では両方共に公式盤で聴けます。何故か、このライヴ盤では昼の部を中心に収録されていて、夜の部の方がジョンもノッテきていたのに、どうしてそうしたのかが謎です。
サビの「COME TOGETHER RIGHT NOW」の後で「OVER YOU, OVER THERE」とかおちゃらける昼の部と、「STOP THE WAR!」と決める夜の部と二つあって、前者はこのライヴ盤などで、後者は1998年の箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」や、2020年のベスト盤「GIMME SOME TRUTH.」などで聴けます。ちなみに「COME TOGETHER」は、1995年にポールもセルフ・カヴァーしています。そのポール版は、そもそもポール・ウェラーとノエル・ギャラガーが組んでレコーディングしていたら、たまたま隣のスタジオに居たポール・マッカートニーが顔を出して、おやおや「COME TOGETHER」だったら僕も入れろ、と出しゃばって、ドラムス、キーボード、ギター、バッキング・ヴォーカルを担当したばかりか、「ダメだダメだ、ジョンはそんな風に歌わない」などと歌唱指導までやって、「モジョ・フィルターズ」や「スモーキン・モジョ・フィルターズ」名義で発表したのでした。ミュージック・ヴィデオを観ると、ポール・マッカートニーだけノリノリで、ポール・ウェラーとノエル・ギャラガーがウンザリしている模様を観る事が出来ます。そりゃあ、御本人登場では「邪魔するな」とも云えませんからねえ。ポール・マッカートニーが肝心なベースを弾いていないのは、そこまでやったら「ビートルズになっちゃう」からでしょうなあ。
(小島イコ)